意図的ではない
気付かれてしまったのなら、話さなければならない。ここまで頭が回るのなら、誤魔化しは利かない。アレウスはロジックを開く能力があることとアベリアもまた同じ能力を持っていることをアイシャに明かした。ただし、自身のロジックはアベリアにしか開けないことだけは隠し通す。
「二人で負担を分割するとアニマートさんは仰っていましたけど、本当にそうだとは思ってもみなかったです」
そう答えるアイシャを見るに、本当にこの話を聞いたのは初めてであるらしい。このことを知っているはずのニィナは明かさずに黙っていてくれていたようだ。アイシャに知られれば、それはそのまま神官の元に情報が行ってしまうことになる。そこを危惧してのことだったのだろうが、もうアレウスは洗いざらい白状してしまったので、結果的に自分で自分の首を絞めてしまったことになる。
だが、答えに至ってしまっているアイシャに黙ったままでいることは難しかった上に、黙っていることで逆に不信感を持たれてしまえば、神官である父に報告に行くかもしれない。
神官との関わりを極力避ける。このことを、クルタニカやアニマートと接してから僅かだが忘れかけてしまっていたらしい。彼女たちも上級冒険者という肩書きを取り払えば、教会で神職として働いている者だ。黙認しているのも、神官としての位が高いためとするならば、アイシャのように下位の神官であれば、上へ報告することも充分に考えられる。
「僕やアベリアがロジックを開けることは黙っていてくれないか?」
「黙る……? 何故ですか? 開けるのでしたら、あなた方も神官としての務めを果たしてもよろしいのではないでしょうか」
「僕は神官が嫌いで、アベリアはそんな僕に倣って、同様に神官嫌いだ」
「ハッキリと目の前で、私たちを嫌いと言い切る人を見たのは初めてです。何故、そのようなことを仰るのですか?」
「お前はきっと良い神官なんだろう。人のために生きられていると思う。けれど僕は、自分のためにしか生きていない神官に、人生をメチャクチャにされた。その怒りや憎しみは、目的を達成するまでは永遠に拭えない。だから、神官という存在だけで僕たちは怪しみ、訝しみ、そして拒む」
ここまで言ってしまうと、反感を買う。分かってはいたが、線引きをしておきたい。でないとアレウスはまた墓穴を掘ってしまう。
「分かりました。生き様を歪まされたのであれば、私たちを嫌うのは致し方のないことと思います」
アイシャはすんなりと受け入れる。
「となれば、アレウスさんとアベリアさんに好いてもらえるような神官になることが私の一先ずの目標になりますね」
なにかがズレている。
「そういうことを言いたかったんじゃない」
「でも、私しか知らないことって結構ありますよ? 良いんですか? そんな風に拒絶したら、私しか知らない情報を得ることもできなくなりますよ?」
考え方が前向きなのか、それとも本気でアレウスたちの神官嫌いを克服させようとしてきているのか。どちらかなのだろうが、まだアイシャの性格を捉え切れていないために、対応に困る。
「別に神職が語る沢山の言葉を全てそのまま受け入れろとか、勉強しろなんて言いませんよ。そもそも私はそんな風に教えを説けるところまで偉くはありませんし、知っているのは父から教えてもらったことばかり。ひょっとしたらアレウスさんたちの方が、お詳しい部分があるやもしれません。懺悔室を利用されたことはありますか?」
「罪人に見えるか?」
「別に罪人でなくとも、懺悔室は日頃の悪い行いについて告白する場でもあるんですよ。毎日、朝早くに人様の家の庭にある草を抜いているとか、ほんの日々の鬱憤を晴らしていただけに過ぎないのに、その家の庭が段々と貧相になっていくので、自分のせいだったのではないか、みたいな小さい懺悔だってあるくらいです」
「それ、他人に語っていいことなんですか?」
「これは赤裸々な話にはなってしまいますが、私が幼い頃にやっていたことなので、別に話してしまってもいいと思っています」
箱入り娘の割に、案外、性格の悪いことをしていたらしい。いや、むしろ箱入り娘であったからこそ、溜まりに溜まっていた鬱憤をそういった些細なことに思えるようなことで発散したかったのだろう。結果的に些細なことにはなっていないわけだが、アレウスも半分ぐらいはその気持ちを理解することができる。
「アレウスさんにはそういうことはありませんか?」
「ない」
「えー、私は赤裸々に告白したのにアレウスさんはなにも言わないなんてあんまりですよ」
アイシャの無邪気な微笑みに惑わされそうになる。
「ドワーフがロジックの抵抗力に弱いのは、魔の叡智に触れられていないからか?」
「ええ。全ての人種はすべからく、魔力の流れを一度は体に受けるものなのですが、ドワーフは流れ込むはずの魔力を全て弾いてしまっているようです。ドワーフに限らず、ヒューマンにもたまにいらっしゃいますよね、魔力を感じられないどころか魔力の器を持たない人が。アレウスさんはロジックを開く能力を持っているので、そんなことはないでしょうけれど」
ロジックを開くのにも魔力が必要となる。そのことはアレウスも知っている。しかし、アレウスには魔力の才能がない。魔力の貯め込むための器もない。ではどうして、ロジックを開けるのか。ここに大きな疑問があるのだが、未だ答えには至れていない。
「そういう魔の叡智に触れられないヒューマンも抵抗力の低さが見られます。ですが、『神官の祝福』も『教会の祝福』もロジックには干渉しますが、実際に開いて書き加えるものではありませんので、冒険者の皆さんはその恩恵を受けられるんです。ギルドで自分のロジックにランクやレベルなどが追加された際も、ロジックを開かれたわけではありませんし」
どういうわけか、アレウスはアイシャの話している間に見せる仕草に目を惹かれる。アベリアやクラリエを相手にした際もこういう風に女性的な仕草に心惹かれるようなことはあったが、それほど交流していないはずの彼女に対して抱くことではない。
「アレウス、話し込んでいても作業の手を止めるだけだ。なまけていると思われないようにそれぐらいで切り上げたらどうだい?」
「え、ああ。そうだな。ありがとう、アイシャさん」
「いえいえ、お気になさらず。それでは私も浄化作業に励むので、アレウスさんたちも頑張ってください」
アイシャが手を小さく振りつつ、遠くへと走っていく。その様を最後まで見届けようとしていたが、ヴェインに首根っこを掴まれて強引に向きを変えられた。
「なんだ?」
いつになくヴェインの無理やりな行動にアレウスは違和感を覚える。
「あの子について、実はシエラさんからもうちょっとだけ聞き出しておいたんだ」
「なにを?」
聞き出さなきゃならないほどのなにかがアイシャにあるとは思えない。
「本人に教えてはいないらしいけど、『無垢なる誘惑』の称号がロジックに刻まれているらしい。ギルドで登録される称号とは別の、生き様に刻まれることで場合によってはプラスに働いたりマイナスに働いたりする称号だけど、知っているだろう?」
アレウスのロジックにある『死者への冒涜』と『スカベンジャー』は物盗りの事件現場に居合わせた場合、真っ先に疑われやすくなる。この二つを臭いだけで気付かれたなら、事情を知らない相手にはまず間違いなく死体漁りの嫌疑を掛けられる。アレウスのそれは完全にマイナスの効果を働いているわけだが、どうやらロジックに刻まれる称号はそれ以外にもあるようだ。それ以外に無いと思っていたこと自体が、大きな間違いであるのだが、今までそういった称号持ちと話したことも見たこともなかったために失念していた。
「文字通り、男を惑わせる色香を発している。これが間諜や密偵であったならありがたい称号だけど、彼女にとってはマイナスの効果だろうね」
「意図的に振る舞っているってことか?」
「違う。そういうのは『傾国の美女』の称号だ。彼女の場合は、素で男を惹き付ける仕草を取ってしまうんだ。男からは言い寄られやすく、同性にはあざとく見えてしまって嫌われやすい」
難儀な称号だとアレウスは他人事のように思う。
「それって、ニィナにも影響があるんじゃないのか?」
同性に嫌われやすいのであれば、アイシャとニィナのパーティはすぐに解散するような危うさがあるということだ。
「君も酷い称号を持っているけれど、俺たちは気にしていない。それは称号の奥にある性格や生き方を理解したからだ。ニィナさんもきっと、アイシャさんの生き方や考え方を知ったから、称号のマイナス面を跳ね除けている」
「僕がアイシャの仕草に目を奪われていたのはそのせいか……ヴェインは大丈夫そうだったけど」
「女性を知らなかったり、或いは独り身の男は惑わされてしまうけど、俺には婚約者がいるからね。そういう男は、称号に振り回されない」
質問ばかりをぶつけてはいたが、この返答に対しては癪に障るものがあった。
「それはなんだ? 僕に対するイヤミみたいなものか?」
「いやいや、違うよ。忠告しているんだよ。だって、もしアレウスがアイシャさんに惚れたりしてごらんよ? 絶対に怖ろしいことが起こる」
「怖ろしいことってなんだよ?」
「それを俺の口に言わせる気なのか……」
しかし、ヴェインが危惧するのも分かる。リーダーが称号で女性に骨抜きにされたなどと知れたら、メンバーも恥を掻く。それだけで済めばいいが、そこから軋轢や亀裂が生じる場合もある。
「女性絡みは、誰も得しないか」
「得しないんじゃなくて、アレウスがもっと近くを見るだけでいいんだけど……あ、あー、その顔は分かってないな? 本当に本当に、君はこっち方面は駄目駄目だな」
呆れられることは何度もあったが、ヴェインはこれまでで一番の呆れ顔を見せる。呆れを通り越して呆れ返っていると表現してもいいほどだった。
「先が思いやられるよ、まったく」
「アイシャに話しかけるように仕向けたのはヴェインじゃないか。仕向けたって言葉もなにか変な感じだが」
「それは、まぁ、そうなんだけど……アベリアさんが近くにいた時の方がよかったかな」
「なんでアベリアがいた方がよかったんだ?」
「……本気で言っているのかい?」
君の頭はそんなにもポンコツだったのか? とでも言いたげな視線が向けられている。
断じてポンコツなのではない。ヴェインがアベリアの話題を出す理由ぐらい、すぐに辿り着いている。だがそれは、あくまで保護者の観念を持っているアレウスからしてみれば、論外なのだ。アベリアの幸せや将来性をもっと考慮しなければならない。そこには自分を含めてはならない。何故なら、アレウスはあの男との約束のためだけに生きているからだ。約束を果たそうともがき続け、きっと果たせるだろうとも思っている。しかし、もしも果たせた時、自身がまともな思考力や五体満足でいられるかどうかまでは分からない。そんな見通しのない将来に、アベリアを巻き込めない。彼女には幸せな生涯を送る権利があるのだから。
だからポンコツであるように振る舞う。しかし、そんなことでヴェインの目を誤魔化せるとは思っていない。既にバレていると分かっていても、ポンコツを演じる。そうすることでしか彼に自身の意図を知ってもらう方法を知らないからだ。
いっそのこと、アベリアの将来について話そうかとも思った。しかし、彼にも彼の将来がある。そこにアベリアの問題を組み入れてほしくはないのだ。エイミーとの将来が確約されているからこそ今後、彼にはカタラクシオの家督と村長の資格も、のしかかる。その重圧をヴェインはまだ顔に出しはしないが、いつか弱音を吐く時が来るに違いない。戦士から僧侶に転職した自分自身を「弱虫」や「臆病者」と罵っていたほどだ。こう見えてヴェインは自己評価を低く取る。アレウスによく説教をするが、根本が実は似ている。一緒にいられるのもそのためなのかもしれない。
「そろそろアベリアたちと合流するか」
「彼女たちとガラハを一緒に行動させたのは、意図的なものなんだろう? 取ってつけたような、恣意的な考えとは思えない」
「ガラハは僕と少しずつだけど話すようになって、ヴェインとは割と普通に話すようになっただろ?」
「アレウスより俺と話している方が気楽そうに見えるよ」
実際、アレウスよりもヴェインと話をする方が楽しいのだろう。
「アベリアのことは能力について認めてはいても、それ以外のことで話をしないし、クラリエとはあんまり話す機会がなかったから、この機会に打ち解けてもらおうと思った。せめて、一言二言の合図で動けるくらいには互いのことを把握してくれていないと困るから」
「エルフとドワーフがそう簡単に仲良くするかな」
「エルフは妖精に近いんだから、スティンガーがクラリエを認めればガラハも口を開くようになるだろ」
そもそも、エルフとドワーフが反目し合っている事実はない。エルフは森で、ドワーフは山で生活をする。エルフは現存する森で、最低限の開拓に留め、ドワーフは生活基盤のために山を切り崩しはするものの、極端な環境破壊は行わない。要は住居が自然的か人工的かの違いでしかなく、生活そのものは自然との共存である。
むしろ、この二つの人種はヒューマンを嫌う。だから、そんなヒューマンのアレウスをリーダーとしてドワーフのガラハとダークエルフのクラリエがメンバーにいるのは外部からしてみれば、あり得ない光景である。
「思ったんだけど、アレウスは最初からドワーフやエルフをパーティに加えたかったのかい? なにかその、物珍しさでメンバーを選ぶつもりがあったのかどうかだけ聞いておきたい」
「前衛、中衛、後衛をバランス良く組み立てていこうとは思っていたし、リスティさんからもそう言われていた。でも、意図的なものじゃなくて、これは完全に恣意的なものだ。接して、理解した気になって、パーティに加えたいと思った。そうしたらパーティのバランスは整っているけど、不可思議なパーティになってしまった」
「……ま、意図的にメンバーを選出するよりは思い付きや、思うがままに決めたメンバーの方が長続きはするだろうね。実は俺も、案外このパーティは嫌いじゃない。居心地が良いと思うくらいだ」
「だから、メンバーの誰かが欠けるようなことが起こってほしくないと願うんだろ? そして、不安になる」
「その通りだよ。頼むから、最初に欠けるのがアレウスなんてことはやめてくれよ。君はパーティのリーダーなんだから」
「肝に銘じておく」
「それはそうと、本当に女性経験は済ませなくていいのかい?」
「これ以上、その話題でからかったらパーティから追放するからな」
冗談を交えながら、アレウスとヴェインはアベリアたちが活動している地点まで移動を始める。




