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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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驕った者から足を踏み外す

【身代わりの人形(ひとがた)

聖水によって清められ、教会の祝福を受けた紙を聖職者が手で一枚一枚、人形へと折り畳んだアイテム。聖なる力が所有者の死に対して反応し、たった一度のみの瀕死状態から全快するほどの祝福をもたらす。死に瀕すれば瀕するほど過敏に反応し、絶対的な死――死に至る一撃が向かって来る場合は中度の回復に加え、その死に対して防護の加護をもって抗う。そこに所有者の意思は介在せず、反応した場合は加護が失われ、千切れて消える。

蘇生は出来ない。あくまで生命を維持するためのアイテムである。冒険者は教会の祝福によって必ず甦ることが約束されるが、死ぬことが許されない場面を想定して持ち歩く者は多い。


『これを使う場面が訪れないことを強く願う。これが使われるということは、そのパーティは追い詰められていることの方が多いのだから』

「よぉ、アリス?」

 いつも自身を名前で貶して来る男は、なにやら絶望に顔を歪ませて、座り込んでこちらを見上げていた。

「……なにがあった?」

 その名で呼ぶな、と文句を言うのがいつもの調子であるのだが、精一杯の強がりしか発せられない男にそれをぶつけても、きっといつものような言葉は返って来ないだろう。

 二人――男の仲間が、仰向けに寝転んでいる。

「寝ている暇があったら、マッピングをさせたら――」

 そこで口を塞ぐ。


 寝転んでいるのではない。死んでいる。


「『身代わりの人形』は? 持っていたんだろう? なんで死んでいるんだ? おい、答えろ」

 胸倉を掴んだまでは良いが、大声を出しては魔物に気取られる。だから静かに、怒りを男へとぶつける。

「ゴブリンが」

「ゴブリンがなんだ?」

「楽勝だと思ったんだよ……楽勝だと、思ったんだ」

 怒りが頂点に達する。

「ふざけるなよ。命のやり取りに楽勝もクソもあるか。登るための穴の前でゴブリンがたむろしていたのはお前たちのせいだな?」

 この男をリーダーとしたパーティはゴブリンにちょっかいを出した。或いはゴブリンに油断した。小さく身軽に動き回る魔物を前に、混乱し、まともな指示も出せないままにパーティが崩壊して行った。

「『身代わりの人形』を失ったあと、どうして先に逃がさなかった?」

「それは」


 なにやら目が泳いでいる。『身代わりの人形』という言葉に、とても動揺を隠せていないように見えた。それは一度だけの加護に頼り過ぎたことによる大きな失敗を隠そうとするような仕草にアレウスには映った。


「推理してやる。お前がリーダーのクセして、指揮を放棄して逃げ出したんだな? 誰よりも速く、誰よりも臆病に」

「そうだよ、こいつが突然、逃げ出して……俺たちは、混乱して。こいつのせいだ、こいつの」

 胸倉から手を離し、力無くへたり込んだ男を足で突き飛ばす。続いて、男を責めるもう一人の生き残りを睨む。

「死人が出たのはパーティ全体の責任だ。一蓮托生なら、一人にあらゆる罪をおっ被せるな」

 それを聞いて、男を責めたもう一人は項垂れた。


「別にリーダーが殿(しんがり)を務めろとは言わない。殿(しんがり)はパーティで一番、余力がある者が務める。事前に決めておけばお前が指揮を放棄して逃げ出しても、崩壊する可能性は低くなる。事前に決めていたならな」

 逃げる順番、逃げさせなければならない職種。それは一概には言い切れない。


 脅威度を一挙に引き受けて走り回る魔法使い。

 ひたすら防御することだけであらゆる魔物を引き付ける騎士。

 付与魔法で防御を上げて耐え忍ぶ神官や僧侶。

 単純に制圧力で無双する戦士。


 パーティのパターンによって、殿(しんがり)もまた様々だ。だがそれは応用やその場のアドリブで決めたことではなく、どれもこれもが事前準備の段階で話し合いが行われ、手に負えずに逃走するという判断が下った瞬間に話し合った通りに遂行することなのだ。それはどんな書店にも売っている英雄譚や冒険譚にすら書かれている。『パーティには職種以外の役割を持たせよ』と。


 短剣と剣の血を布で拭いて、アベリアに手渡す。彼女は聖水を掛けて浄化する。臭いを消し去ったので、これでまだしばらくは魔物が気付くことはないだろう。

「その二人をお前は死なせた。しかも異界で、だ。捨てられた異界であっても魂は二度と還らないし巡らない」

 縄を数本と大きな布を二枚取り出し、近くの枯れ木の枝を使って簡易な担架を二つ作り上げる。それに二人の死体をそれぞれ乗せて、両手で引っ張る。引きずる形にはなるが、これで運べる。

「でも、誰かのせいで死んだんだとしても、魂が決して還らず巡らないんだとしても、死体をここに置いては行けない」

 いずれは消える異界だ。次に来た時に無くなってしまっては、もう死体は回収できない。それどころか魔物に荒らされてしまうかも知れない。

「運んで、脱出するつもりかよぉ」

「それ以外に、なにがあるって言うんだよ」

 泣きそうな顔をしながら縋り付かれても、アレウスはもうこの男にしてやれることはなにもないのだ。この男に死体を任せて運ばせても、またどこかで逃げ出し、置いて行ってしまうかも知れない。そんなことになる前に、自分が運んだ方がまだ外まで運んでやれるだろう。決して最後まで、運べるとまでは言い切れなくともだ。


「俺たちが手伝おう」


 声がした方へと顔を向けると、たった今、登って来たのだろうもう一つのパーティと再会する。でなければ、突如としてこんなにも人の気配が増えるわけがない。声を掛けて来たのは丘の上で無意味にゴブリンを挑発していた男だ。

「お前たちに任せても死体が増えるだけだろ」

「運ぶのを手伝わせてくれ。さっき助けてもらった借りを返したい。協力でも、手助けでもなく、与えられたことへの礼儀として」


「勘弁して欲しい。ゴブリンで崩壊したパーティと、ゴブリンで馬鹿をやらかしたパーティとはこれ以上、関わりたくない」

 不意にアベリアに杖で頭を小突かれた。

「死者の前で、死者が信じた人を冒涜するのも、一度の間違いをいつまでも言い続けるのも禁止。言いたいことはもう充分言ったはず。私も、言って欲しいことは全部言ってもらった。アレウスも、非情なフリはしなくて良い。守らなきゃならないなら守る。助けなきゃならないなら助ける。怒りで忘れていない?」

 顔を手で覆い、そして口元をそのまま軽く拭う。自身に被せていた非情な仮面を取るように。

「……悪い。随分と都合の良いことを言うかも知れないが、手を貸してくれ。僕の筋力じゃ運び切れない」

「構わないさ。俺は筋力だけには自信がある」


「陣形を組み直す。二人足して四人足して二人。八人に死者二人。計十人で行動して脱出する。パーティメンバーの職種を教えて欲しい。前衛と中衛、後衛を割り振る。一人じゃ当然、考え切れない。知恵を貸してくれ。全員で脱出する」


///


「二界層で死者が二人? なにかの間違いじゃないのか?」

『間違ってません。ゴブリンにちょっかいを掛けて一つのパーティが崩壊しました』

「二人と言うと、丁度、アレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼだが」

『いえ、むしろその二人は協調性を除けば優秀です』

「何故、救援に入らなかった?」


『入ろうとはしたんです。手遅れでしたけど』


「手遅れ? 何故だ? 『身代わりの人形』を渡していたはずだ。一度甦ったところに助けに入れば良いだけだろう。まさかゴブリンに怯えて、助けに入れないような者が中堅冒険者というわけでもあるまい」


『一度は甦るアイテムを持っていると誰だって思うじゃないですか。でも、“持っていなかったんですよ”、そのパーティ。助けに入るのはパーティの一人が一度でもアイテムの加護を受けてから、って話になっていたはずです。なので、そりゃもうこっちもやらかしてしまったと思いましたよ。でも、二界層をテストに影響しないようゴブリンを刺激しないで調査したら――いや、まぁ何匹かは始末しましたけど、とにかく原因が分かりました』


「まさかとは思うが、堕ちて早々に捨てていたのか?」

『そのまさかですよ。こっちの保険を、彼らは台無しにしていたんです。十人中六人が手放さなかったアイテムを、一つのパーティ四人全員がその場に放棄です。音痕(リサウンド)で再生出来ますけど、聞きます?』

 冒険者は空を仰ぐ。口から「馬鹿者め」と自然と零れる。

「ああ、一応はギルドに報告しなければならない。なにも知らないまま、私たちの怠慢と見なされるのも不本意だ」


『《一度切りの人生だろ。こんなもんに頼っているんじゃ、三下(さんした)だろ。いらねぇよこんなの。死なないんだからそもそも使わないしな》……以上です』


「……これだから仕上がっていないのにテストを受けたがる志望者は困る。それで、テストの方はどうなっている?」

『一つのパーティは崩壊していますけど、全てのパーティが一界層に到達。登った地点で合流して、一悶着あったみたいですけど八人体制での脱出に作戦を移行したようです。あと、アレウリスとアベリアは死んでしまった二人の亡骸を運んでの脱出を考えているみたいですね』

「リーダーは?」

『アレウリス・ノールード』

「死んだ者の職種は?」

『魔法使いと調合師』

「なら残りは神官二名、魔法使い一名、射手一名、戦士二名。術士のアベリア・アナリーゼと猟兵のアレウリス・ノールードか」

『どうします? 中断して、我々で穴まで案内させましょうか』


「ギルドからは『身代わりの人形』を使ったパーティから救援に入れと言われている。捨てた以上、まだどのパーティも、未だアイテムを使っていない」


『別に構わないですけど、一界層はどうも魔物が安定していないのか、ゴブリンはほとんど見られません。自分より上位の魔物にテリトリーを奪われてしまったんではないかと。それでもコボルトが残っているのは、番犬役として残しているんだと思われます』

「異界は捨てられているがまだ生きている。代謝物が残されている限りは、なにがこれから生まれ出るかは分からない。コボルトまでならまだ静観だ。オーク、オーガが出たなら中止する。監視と警戒をそのまま続けて欲しい」

『分かりました』

 魔法で繋げた話を切る。“両接続(チャネリング)”は双方の魔力行使が安定しており、異界獣による妨害さえ無ければ異界とも繋げられる。


「……協調性に欠けるが、優秀か。それでも二人で二界層を突破し、登ったのなら合格だ。だが、他の志望者のテストが終わっていない。導かれれば動ける者が居るのか、それとも、もう出し尽くしたか。その判断がまだ出来かねている。君にその引き出す力が備わっているのか、アベリア・アナリーゼ以外に対しても相応の指揮を発揮できるのか、見せてもらいたい。還らず巡らず魂の抜け殻となった二人の亡骸を運ぶという選択を恥じるな。その選択は、至高の冒険者を目指す全ての者が通って来た道なのだから」

 しかし、冒険者は自身の違和感に苛まれている。

「どうにも妙な気分だよ。二人も死んだ。普段の私なら、有無を言わさずに中止にする。なのに、どうしてか今日の私はそれを下せない。そして、異界に入っている中堅冒険者も誰一人として中止を叫ばない。一体、どうしてなんだろうね? まさか……“私たちのロジックを弄ってなどいないだろうな?”」

 その問いに対し、隣の神官はなにも答えはしなかった。

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