後始末
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「天秤を見せてくれ」
「「はい」」
「今回は四つの道を示したのだから、四天秤を使ったな?」
「「勿論」」
ギルド長はアレウスが去ったのち、付き人から差し出された天秤は、四つの秤によって平行を保っている。しかし、机に置かれた直後に一つに強く傾いた。
「言葉の通りに、『異端』は獣の秤へと傾きました」
「私たちは『審判女神の眷族』として、嘘偽りない事実をお伝えします」
「ふむ…………獣の道、か。だが、よく見てほしい」
四天秤に付き人が視線を向ける。
「これは」
「……残りの三つにも僅かに傾きが?」
「一見、一つに全ての重みがかかっているようだが、残りの三つにも僅かではあるが重みが乗っている」
「平行ではないにせよ、『異端』は獣の道以外にも向かえる可能性が残されているのですか?」
「しかし、このような微かな重みなど、獣の重みを上回ることはないでしょう」
「上回ることは、ないやもしれん。だが、残りの三つが重みを増して、再びここで四天秤を調べた時、平行になっていたならば……面白いかもしれないな」
「あり得ません」
「そのような冒険者はこれまでここに訪れ、道を示した中ではただ一人だけ。『勇者』しかいないのですから」
*
アレウスが戻っても、リスティとクラリエの姿はなかった。どうやら引き継ぎが難航しているらしい。
「なにを言われたの?」
「別に」
「なにを言われたの?」
はぐらかそうとしてもアベリアの追及からは逃れられそうにない。
「僕は大成しないって言われただけだ」
「なんだ、そんなこと」
「そんなこととはなんだ」
もっとショックを受けると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「アレウスのことだからまた自分に厳しいことを言ったんだと思って。なんだっけ? 難しいことをできないことの言い訳にするな、みたいな」
「自分に厳しいか?」
「だって、そんなこと言われたら私、多分だけど引きこもるようになるし」
「……いや、嘘だろ?」
確認のようにアレウスはガラハとヴェインを見る。
「それを本気で言われたなら、オレはパーティを抜ける」
「まぁ、冒険者以外の仕事をもしやっていた時、先輩や上司に言われたら俺はその仕事を辞めるかな」
そんなにも無茶なことを口にしていただろうか。しかし、改めて自身の言っていたことをアレウスは反芻する。そして、パワハラやブラックなどという言葉が頭の中を飛び交った。
「アレウスは自分に厳しいだけだからいいけど、目上の人からそういう風に言われたくはないよ」
「だから俺たちには甘いままでいてくれるとありがたい」
「お前たちに甘くなった覚えはない」
アベリアには甘い対応を取ることはあるが、記憶の限りではヴェインやガラハにはそのような素振りを見せたことはないはずだ。
「オレはともかく、アレウスは基本的に誰にでも甘い」
「でなきゃ、その歳で冒険者みたいなお人好しの職業を選ばないよ」
なにかアレウスとメンバーで自身の評価に隔たりがあるようだ。論破しようにも三人で共通認識ができあがっているため、人数差で敵いそうにない。
「相変わらず仲が良いねぇ、あなたたちは」
待ちぼうけをしているアレウスたちにリスティの先輩――シエラが声をかけてくる。
「仲が良いように見えますか?」
「まぁね。あなたたちみたいに、パーティ全員でギルドに来るのは結構、少ないのよ?」
「それは何故だ?」
珍しくガラハが興味を持った。人間関係や家族構成などがヒューマンとは異なるドワーフにとっては、こういった話題の方が気になるらしい。
「人種の問題もあってパーティの組み方を偏らせるのもそうだけど、公私を分けている冒険者もいるの。だから、パーティは組んでいるけどそのリーダーのことはあんまり知らないとか、メンバーが妻帯者であることや、既婚者であることすら知らなかったりってパターンもあるの。クエストを受けに来るのはリーダーだけで、パーティは現地集合なんてことだってあったり」
「価値観が違うからな。同行を強制されるのも面倒だ」
「そう言うわりに、あなたはメンバーと一緒に来ているじゃない?」
「アレウスを見張るためだ。このヒューマンは、なにをしでかすか分かったものじゃないからな」
照れて言っているのではなく、本気で言っている。だが、アレウスはガラハに見張られることをやむなしと思っている。外の世界に興味はあっても、もうヒューマンには騙されたくはない。そう思っても、知らない誰かとコミュニケーションを取りたいという気持ちや憧れは捨てられない。そこに都合良く、アレウスが現れた。見張るように接することで二度と騙されないように努め、更に冒険者として活動することで見聞も広められる。
だが、信用していないから見張るのではなく、信用しているから見張るという面もある。アレウスの行き過ぎた言動を止めるのはヴェインだが、信じられないような暴挙を止めるのは筋力では決してアレウスでは敵わないガラハの役目となる。
「なにかと理由を付けても良いけれど、メンバーが揃ってギルドにやって来るのはとても良いと私は思うわ。中にはパーティメンバーの一人をどうしても信用できなくて、ギルドに素行調査を求める冒険者もいるんだもの。あなたたちはお互いに知っている部分が深いから、少なくともパーティ内で疑心暗鬼になることもない」
それはアレウスが最初に求めていたパーティ像である。そもそも、最初にアベリアと二人だけで活動しようと考えたのも信用を置けるような者は現れないだろうと決め付けていたためだ。そこから多くの人と接し、ヴェインとガラハが入り、そして今ではクラリエをメンバーに加えようとしている。
信じられる相手とアレウスが認め、アベリアもまた異議を唱えることはなかった。結果的にそのことが、信用のおけるメンバーの確立に至っている。
「信じ合える仲間となら、切磋琢磨もしやすい。失敗のカバーにも入りやすいし、小さなミスに沈んでも、手を差し伸べてくれて這い上がらせてくれる。やっぱり、どこかよそよそしいと、そういったことができないから互いに高め合うのも難しくなっちゃう。アレウス君とアベリアさんは私の抱えているニィナに良い刺激を与えてくれているのも助かっているわ」
「アイシャ・シーイングさんはどういった人なの?」
アベリアはニィナのパーティに加わっていた神官の名前を口に出す。ニィナが自身の知らない相手とパーティを組んでいるので、友人として心配しているのかもしれない。
「あの子は、とある村の教会に神官の娘さんなの。クラリ――あんまり大きな声で出すのも憚れるからシオンって呼ぶわね? シオンよりは全然マシだけど、あの子も箱入り娘でね。世間には疎いんだけど、どうしてもってワガママを言って冒険者になったのよ。あなたたちも世間には疎かったけれど、あの子の場合は悪い意味で世間に疎すぎる。人の話を簡単に信じて、騙されてしまいそうになるし、裏切られそうになったりもしたし、ちょっと女の子として危ない目にも遭いかけた。そのせいで、ギルドへの貢献が低くって当時の担当者にも見放されていたんだけど、私がどうしても見過ごせなかったから引き継いだの。その三ヶ月後ぐらいにニィナがテストに合格したのかな。あの子もそのあと色々あったけど、落ち着いたところで引き合わせてみたら、案外、上手く行っているみたい」
「アイシャさんもテストを受けて合格したんですよね?」
「そうよ? 例年通りの捨てられた異界を使ったテスト。あなたとアベリアさんが受けたテストはあまりにも理不尽であり得ないテストだったけど、あの子が受けたのはちゃんとした安全性も配慮されたテストだった。資料を見た限り、テストでの成績は抜群に良かった。だから、人を見る目がないのが致命的だっただけみたい」
「へぇ、じゃぁニィナさんと一緒なら安心だろうね」
「そうだと良いけれど……」
ヴェインの言葉にシエラは返答はしたものの、心配の種は消え切ってはいないらしい。
「担当者は親の気持ちになるから覚悟しろって面接では言われたけど、毎日がそんな感じよ。私にとってはアイシャもニィナも、受け持っているパーティや冒険者の一人に過ぎないし、誰かに強く入れ込んだりせずに均等にアドバイスをして、クエストを選んではいるつもりだけど……私は結果を待ってばかり。そして、良い結果じゃなく悪い結果が待っていても私は、それを飲み込んで次のアドバイスを用意しないといけないし、『教会の祝福』で甦った冒険者には、死の恐怖を取り去るための、別の意味での補助も必要になる。シオンとあなたの救援の際に、人手が足りないからニィナに声をかけたら『借りを返してやる』ってすぐに準備したし、アイシャも『困っている人を助けます』って同調した。あの時も、声をかけたのは間違いじゃなかったかな、と帰還するまで悩んじゃった」
「それは、ご迷惑をかけて申し訳ありません」
アレウスとしては、これからもこの話題が出るたびに頭を下げなければならないのではと思っている。人に迷惑をかけずに生きていきたいと思ったが、自分一人のために、或いは救うという気持ちだけで多くの人が動く。それはヴェインを助けに行った時にも感じたことであるし、今回も同等かそれ以上だ。
だから逆に、誰かが危険な状態に陥っているのなら自身が助けに行きたい、という次に繋がる気持ちを作っている。
「気にする必要はないわ。担当者の誰もが知っていることだし、言っていることだと思うけど、“冒険者には迷惑をかけられて当然”なの。ギルドも、冒険者が正しいことをしているのなら見捨てる選択肢はない。正しいことをしていれば、ね。それに、今回の救援でニィナは中級冒険者確定だから、ありがたくもあったりしたわね。アイシャは、もう少しかかるだろうけど」
それでも、冒険者として歩み出しているのであればアイシャも様々な常識を学び、強くなる。その速度がどれほどのものかはまだ分からないが、アレウスたちも負けてはいられない。
「あ、そうだ。アベリアさんとヴェインさんへ、ギルドから依頼があるのよ。多分だけどリスティからも頼まれると思うけど」
「なに?」
「カプリースが洪水を起こしたでしょう? 街は守られていたけど、街の近郊で暮らしていた農家さんや猟師さんやその家族は何人か犠牲になって」
「御霊送りの準備ですか?」
だが、それだけだとヴェインにまで依頼が出ているのは気掛かりだ。
「それは当然、最優先事項なんだけど、他にもカプリースの尻拭いをしなきゃならないの。あのアーティファクトが起こした洪水はただの洪水じゃなくて魔法の洪水。でも、決して清らかなものじゃなくて、不浄の水なの」
「不浄の……?」
「カプリースのアーティファクトが起こした水はどういうわけか土地を腐敗させるのよ。耕して、肥料を撒いて、何年も、或いは何十年も、世代を越えて作り上げた上質な田畑が駄目になっただけじゃなく、新たに田畑を作ろうにも土が腐っているから、野菜が育たない。野菜が育たないだけじゃなく、洪水に巻き込まれた森林は、枯れ始めているから野生生物も死んでいく。そうなると飲料水に適していた川も穢れて、それを利用していた人たちが疫病にかかる。まさに負の連鎖が起こっちゃう。だから、手の空いているシンギングリンの神官は総出で浄化に当たっている。アベリアさんは神官ではないけれど、ヴェインと同じように聖水を用意できるでしょう? その浄化の力を、私たちは借りたいの」
「私とアレウスが冒険者になる前には、農家さんにも猟師さんにもお世話になった。だから、その頼みを断る理由はない」




