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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第4章 -その手はなにを掴む?-】
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大成は無い?

【シンギングリン】

 帝国に属する街。村よりも大きく、町よりも大きいが、都市よりも小さい。いわゆる中規模のヒューマンを中心としたコロニー。他種族に対する弾圧などはほとんど無く、ギルド運営に力を入れているため冒険者のための街とも呼ばれる。一般市民は陽気で朗らかであるが、物乞いなどには差別的な対応を取ることもしばしば見受けられる。街道の整備もされており、繁華街や商店街など、物資に事欠くことはない。歓楽街は多くの種族が訪れる。ただし、ミーディアムはこの街では夜の仕事に従事してはならない条例が施行されている。アレウスも、あることは知っている上に興味もあるが、未だに足を踏み入れたことはない。

 近場に川、そして地下水が通っていることで基本的には飲み水に困らない。街から少し離れると森林、畑などもある。だが、そのように恵まれた土地であるため、帝国においては重要拠点。戦線からは遠いが、他国からは落としたい街の一つに数えられる。

 街を運営するために打ち出したギルドへの力の入れ込み方が、結果的にその権力を大きくすることになってしまい、前街長は辞任。現駅の街長と、それに迎合する者たちとは現在、対立状態が続いている。


 尚、アレウスは街の名前について興味がないため、言われてもすぐにピンとは来ない。またシンギングリンに住む人々も、わざわざ自分の住む街の名前を口にすることは少なく、あっても観光や宿泊に来た人に訊ねられた時ぐらいである。


 街に二日をかけて帰り、更に二日ほど家で養生した次の日、郵便受けにギルドからの手紙が届いており、そこに書かれている指示に従ってメンバーを連れ立ってギルドへと顔を出した。

「アレウスさんのパーティに街から報奨金が出ています。全員に均等にというわけではありませんが、装備を整えるには充分な額が出ています」

 手紙には内容が書かれていなかったので、またギルド長に怪しまれたのではという不安からあまり乗り気ではなかったのだが、リスティから伝えられたことは予想外のもので、しばし事実を受け入れられなかった。

「僕たち、迷惑をかけてばかりな気がするんですけど……なにかの間違いじゃないんですか?」

「ギルドに冒険者が迷惑をかけるのは当然のこと。そこに結果が伴わなければなりませんが、あなただけに限らず皆さんは期待に応えています。近々、ニィナさんとアイシャさんにも報奨金が出ます。金額については秘匿することを厳守します。できないようであれば、没収となりますのでご注意ください」

 金額について話をして、差額について知れば誰かは不公平感を覚える。そうなるとパーティ全体の士気が下がるだけでなく、相手のことを信じることもできなくなる。金銭というものはアレウスのおぼろげに憶えている世界でも、この世界であっても喧嘩の原因になるのは変わらないらしい。

「それと、アレウスさんにはギルド長への報告義務が残っています」

「あたしは?」

「クラリェット様は、」

「『大賢者』とか『賢者』の娘だからって、特別扱いはしないでほしい。冒険者も、担当者もそういうものなんでしょ?」

「……分かりました。クラリエさんはこれから私と共に、あなたの担当者と話し合いをします。そこで話がまとまれば、引き継ぎの手続きに移れますが、こじれるようでしたら明日、明後日と期間を要します。まぁ、担当者は冒険者の言い分を遵守しますし、個人よりもパーティでの活動であれば引き継ぎはよくあることなのですが」

「ですが?」

 クラリエが首を傾げる。

「あなたは特別扱いするなと言いますが、あなたの担当者が特別扱いしているならば、どれだけ言っても引き継ぎの話がまとまらないでしょう」

 『賢者』の娘の担当者。それで特に地位が決まるわけでもないが、肩書きとして置いておきたいという欲深な担当者であったなら、クラリエがリスティの手元に移ることを拒むかもしれないらしい。

「向こうが折れるまであたしは引き下がらないよ」

「長丁場になるかもしれません」

「でも、あたしが決めたことだから、絶対に譲らない」

「そこまで言うのでしたら、私も尽力させていただきます」

 こういった冒険者の管理にはどうしてもギルドと担当者を挟まなければならない。しかし、冒険者自身がこれらを管理することは難しい。誰と誰に関係性があり、誰と誰がパーティを常時、組んでいるのか。もしも、ギルドという組織がなかったなら、そういった資料を常々に持ち歩かなければならなくなってしまう。そして、間違いなく関係の乱れが生じ、冒険者がその名の通りの冒険を続けることはできないだろう。

「負担をかけてしまって申し訳ありません」

「仕事ですよ? 負担などと思いません」

 リスティは本当に気にしていないようだった。根っからの仕事人間であるのと、冒険者としての経験があるからこそ、こちらの気持ちを汲み取ってくれているのだ。


 報奨金を受け取るため、リスティから出された書類に色々と書かされ、魔法の羊皮紙による能力値のチェックも行われた。その後、リスティはそれらの書類をカウンターの奥にいた事務員に預けた。クラリエは彼女と共に現在の担当者の元へと赴き、アレウスは他のメンバーと別れて、職員にギルド長の部屋へ案内される。

「『審判女神(テミス)の眷族』がいらっしゃいますので、嘘をつけば罰を受けます」

 なにやら怖いことを言われたので頬を引き攣らせつつ、アレウスは職員がドアをノックし、開いた部屋へと入る。

「好きなところに掛けていい」

 職員がドアを閉じたあと、ギルド長が椅子に座ることを求めてくる。向こうは既に椅子に自身の仕事机に備え付けの椅子に座っている。作法のいろはを知らないのだが、いつまでも突っ立っていても話が始まるわけもないので、目の前にあった椅子に座る。そもそも、座れそうな椅子はその一脚しか用意されていなかった。

 『審判女神の眷族』は相変わらず、二人体制でギルド長の傍から付かず離れずのところに立っている。睨まれているような、心の奥を覗き込まれているような視線を感じつつ、居辛い雰囲気に僅かだが胃酸が上がった。

「君がギルドに来て冒険者になってから、仕事が増えてしまってね」

「……すみません」

「いや、良い意味で言ったつもりだ。君の活躍は他の冒険者の刺激にもなっている。君のことをなじる輩もいるが、自身の実力不足を認めない者たちだ。恨まず、成長の時を待ってもらいたい」

「テストの時からそういう目線や発言は受け続けていたので、あまり気にはしていません」

「そうか……それで、ヴァルゴの異界について、所見を聞かせてもらおうか。報告のつもりでも構わないし、私見が混じっても構わない」

 真実を伝えなければ、裁きが下される。なんだかんだと自由にしてもらえているようで、そうではない。嘘をつけるような立場でもなければ、嘘をつきたいとも思っていないが、もしもの時の言葉の逃げ口が塞がれているのは窮屈に感じてしまう。

「……ヴァルゴは、争いを好む異界獣です。“穴”の出現法則は、争いや諍いの場。それも小規模ではなく中規模、大規模な争いに反応しているように思います」

「何故だ?」

「命を取り合う場において、人種は狂気に陥りやすい。瀕死の相手を始末する時、目の前に“穴”を見たならば、そこに放り投げる者もいるのではないでしょうか。争いであっても、死体を残せば高揚する者もいれば気落ちする者もいます。士気が上がるだけであれば無視できても、下がる要素になるのなら死体は見えない方がいい。そうなると、“穴”は非常に好都合です。そして、死にかけている相手であれば自身が手を下さず、“穴”に堕ちたのだという自身の心の言い訳にもなります。殺人はしていないという、生殺与奪の場において意味不明な言い訳をかざし、心を制御することが可能です」

「なるほど……死にかけであれば、異界では魂の虜囚にするのも難しくはない」

「はい。魔物たちにとっての良い魔力源になるだけでなく、常に魔力を吸い取るための魂の虜囚を増やすには、異界獣にとっても好都合です」

「しかし、ヴァルゴの“穴”は目撃例も生存確率も、他の異界に比べればまだある。何故だ?」

「冒険者の誰もヴァルゴの本体に辿り着けていないからでしょう」

 ギルド長が机に肘をつく。

「本体とは?」

「亜人を蠱毒のように争わせ、強い個体をベースへと送り込む。恐らくはギルド長もそのように承知していると思われます」

「違うと? 君自身も、この街に戻る前に行った報告ではそのように伝えているようだが」

「日にちが経つほどに、ある可能性が生まれました。亜人が争い合っているのはヴァルゴの力が及んでいるため。しかし、ベースを襲っているのは亜人の反抗心から来ているようにも考えられます」

「そのように思うのはどうしてだ?」

「ベースを襲ってくる亜人は、中級冒険者に成り立ての僕であっても、討伐が可能な強さでした。争いに勝利し、相手の肉を喰らった亜人は強くなり、高揚感と興奮、闘争心と狂気に満ちて、そのままベースへと向かっていると思っていました。そして、僕はあの異界のベースを一つの安全地帯だと信じて疑いませんでしたが……ヴァルゴが魂の虜囚を完璧に管理している場所だったのではないかと考えを改めています。他の異界獣やベースが同様ではなく、ヴァルゴの異界のみ特殊な法則が働いているように思えてなりません」

「続けたまえ」

「ヴァルゴは本当に強力な亜人は――それこそ亜人同士で争い合い、喰らい合って、魔力を高めた亜人は手元に置いているのです。蠱毒の最中、ヴァルゴの管理から外れた亜人が、ヴァルゴの管理するベースへと向かう。それは狂気ではなく、ヴァルゴに対しての叛逆でありせめてもの反抗。自分はお前の管理には従わないという証明。僕たちはそれを誤解し、討伐してしまう。それもまた、ヴァルゴの狙いなのです。亜人を倒せる強力な魂の虜囚。それを喰らうことでヴァルゴは技能を得る。僕が異界に堕ちている時に出会った魂の虜囚は『隠剣』という剣技を持っていました。ですが、その者はヴァルゴに喰われ、逆にヴァルゴの操る鎧の乙女が用いてきました」

「鎧の乙女か、生存した冒険者からも報告がある。鎧を纏った女の顔を持つ亜人であり、鼻歌を奏でて意識を混乱へと導く」

「あの異界は、ヴァルゴが成長するための全ての実験場。ベースで魂の虜囚と、自らに歯向かった亜人を戦わせることで自身が欲する技能を見出し、強さの限界に至り、自身に反抗しない亜人を、鎧の乙女に見繕う。この鎧の乙女が、ヴァルゴの霧――或いはそのものとも言える霧の中で、僕たちのようなベースから逃げ出した者たちを発見する感知の核となる。この個体だけは他の鎧の乙女よりも、明らかに強く、僕一人では太刀打ちのできない存在でした」

「最終感知については?」

「脱出するための“穴”を発見した時であり、界層が関係ありません。ヴァルゴは霧であり、霧は空気に混ぜて全域に及んでいる。つまり、僕たちは異界獣の目を盗んで逃げ出せていたわけではなく、異界獣が常に見ている中で動いていただけに過ぎないのです。“穴”の発見は同時に逃げる意思が確定した瞬間でもあるので、ヴァルゴは霧を集約させて核とした鎧の乙女を隠しつつ、脱出を阻んでくるのです。ただ、この場合はあくまで感知の核となる鎧の乙女、そしてヴァルゴなのだと思われる霧だけ。霧をどれだけ払っても、感知の核を潰さない限り、ヴァルゴは異界を捨てようともしませんでした。なので、霧もそうですが、霧を発生させているヴァルゴ本体がどこかに隠れ潜んでいたはずなのですが、見つけることはできませんでしたし、そのように考える時間もありませんでした」

「……時間が、いや、猶予が与えられたから考えられるようになったと?

「はい」

「しかしだ……君は異界についてあまりにも精通しすぎている。どうやって、調べている? どうやってそのように予測を立て、考えられる可能性を口にできる?」


「僕に短剣術を教えた人がいます」

 嘘は言っていないので、付き人の二人はなにも言ってはこない。

「その人は、異界に精通しており、常々に思考を張り巡らせ続けていました。異界の法則、魔物の闘争本能、異界獣がなにを考え、そのような巣を作るのか。僕は短剣術を教わる中で、その人が呟くことを頭に留めました。きっと、その人は自分が呟いていることを僕が聞いているとも、そして自分が呟いていたことさえ気付いてはいなかったと思います。それぐらい、常に思考を放棄してはいませんでした。どんなに絶望的な状況であっても、です」

「だから、君もそれに(なら)うわけか」

「全ての生き物には生きるための手段、方法があり、生き方にはそれぞれ特徴があります。魔物にもそれは当てはまります。闘争本能という言葉だけで捨て置かず、何故、そのような行動を取るのかを読み解き、そこから魔物にとって一番、やられたくないことをやる。それが決定打ではなくとも、有効打になる」

「その者は独り言でそのように言っていたのか?」

「いえ、これはその人が僕に渡してくれた手記に載っていたことです」

 渡してくれたというよりも、偶然、荷物の中に入っていたとも言えるのだがアレウスとしては“渡された”という念が強いため、この発言にも付き人は反応しない。

「……分かった。『異端』の発言は纏められたか?」

 ギルド長が付き人に言葉をかける。

「問題ありません」

「発言内容にも虚偽は見られません」

 手元の羊皮紙と羽ペンが機械的に動き続けていたが、あれは素行や動向の怪しい部分を記していたのではなく、発言を記録していただけらしい。


「ならば、報告についてはまた『異端』の方で纏めて、書類でギルドに提出してもらおう。では、君の次の問題に移ろう」

「次の問題?」

「『技』の問題だ。君の報告や発言によれば、まずヒューマンに短剣術を学び、同じくヒューマンのルーファスに剣技を学んでいる。だが、異界で君はハイエルフに指導を受け、なのに『技』として出したのは『獣剣技』だ。どう思う?」

「多芸に秀でるのは良いことではないかと」

「技能に関しては、君の意見がもっともだろう。だが、『剣技』はそうはいかない。方向性は統一しなければ、大成もない」

「どういうことですか?」

 付き人二人がギルド長より前に出る。


「あなたには四つの道が示されています」

「一つ目は、世代を越えて伝えてきたヒューマンの『剣技』」

「二つ目は、古より生き続けた経験により、個々人によって型の異なるエルフの『剣技』」

「三つ目は、蒸気機関を開発し、金剛不壊に培われたドワーフの『剣技』」

「四つ目は、誰の手でもない、誰に教わればいいのかも分からない獣の『剣技』」


「ヒューマンの『技』はどの状況においても極めて高く、派生すれば『隠剣』、『砕剣』などに至れることでしょう」

「エルフの『技』は一子相伝にして門外不出のものも多く、学ぶことは難しいとされていますが、派生すれば『星剣』に至ることでしょう」

「ドワーフの『技』は、ドワーフの腕力を前提としているものが多いため、ヒューマンの身では決して極めることはできないでしょう」

「獣の『技』は誰にもすがらない茨の道。自己を見つめ、自己を高め、自己を知ったものが本能の赴くままに極めるもの。『獣剣技』以外にギルドで確認されている『技』はありません」


「君は剣よりも短剣を扱うようだが、どちらにせよそれは『剣』だ。人種とは、どれもを学べはしないものだと思っている。なにかを学ぶのなら、なにかを諦めなければならないだろう。君が求める『技』はどれだ?」


 アレウスは深呼吸をして、頭の中で言いたいことを整理する。

「なにかを得るために、なにかを諦めなければならないなんて誰が言ったんですか?」

「……ほう?」

「それは、できなかった者たちの言い訳なのではないですか? なにかをやるためにはなにかを犠牲にしなければならない。そんなことは決め付けでしかないですし、できないことへの言い訳です。できないことは難しいことと同義ではありません。難しいからできないのではなく、難しくてもできる。僕はそう思います」

「中途半端な『技』を身に付けることになるぞ? それはパーティへの負担にもなる」

「だとしても、僕は欲深く、どの『技』にも手を出してみたいと思います。勿論、それを教えてもらえるような相手が見つかればの話なので、当分はヒューマンの『剣技』に頼ることになりそうですが」


 ギルド長はその言葉に小さく笑みを零し、二人の付き人が顔を合わせて「やはり」と口を揃えて言う。


「なにがおかしいんですか?」

「『審判女神の眷族』として、あなたの発言がどの道に向かうかを裁定していました」

「『審判』とは即ち、言葉にされたことが正しきことか悪しきことか。そして、示された道のどこへ向かうかを見抜くことでもあります」


「「あなたはまさに、獣の道へと進もうとしている」」


「獣の、道?」

「獣のように貪欲に、獣のように雄々しく、獣のように激しく、獣のように醜く、そんな『技』へと向かうことでしょう」

「『剣技』に迷える者はこれまでも多くいました。しかし、あなたのように獣へと傾く者は一人としていなかった。ともすれば、ミディアムガルーダのみが持ち合わせている『秘剣』に巡り会うこともあるやもしれません」

「しかし、その道でつまずくことがあったならば」

「「あなたは決して、『至高』には到達しない」」

「それでも君は、その道を行くか?」


「言ったことを撤回はしませんよ。『審判女神の眷族』の言葉を否定するわけではありませんが、女神でも推し測れないことを証明してみせますよ」

 威勢よく言ったが、付き人二人が声を揃えての発言は、アレウスの心にモヤモヤを残すこととなった。

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