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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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シオンではなくクラリエとして

 午後になると、疲労感も弱まってきたため、アレウスは部屋を出る。その廊下でアベリアに見つかってしまい、危うく部屋に戻されかけたが墓参りをしたいと伝えたことで渋々ではあったが了承を得る。

「どうして僕の生活はアベリアに許可を得てからじゃなきゃ駄目なんだ?」

 冒険者として活動する際、アベリアはアレウスの指示に忠実であるし、緊急時には相応の動きが取れるだけの判断力もある。だが、どういうわけか生活するという面では、アレウスは色々と彼女に了承を得ることが多い。どこに行くのか、なにを買ってくるのか、又は買ってきていいのか。その辺りを訊ねることは普通であったし、夕食などの調理関係については「なにを食べたい?」と訊くことも沢山ある。となれば、普段の主導権や決定権はアベリアにあるとも思えてくる。

「単純に異性に弱いだけか……」

 家族の感覚ではあるが、それでも男女差は出てくる。そしてアレウスは、女性に対して甘いのではなく弱い。冒険者という一面を介してならば普通に話せるが、そのフィルターを外すと途端に話せないような気がしなくもない。現に冒険者とそれに携わる者以外との関わりは希薄である。苦手意識もそうだが、芽生え出してしまった性への意識が拍車をかけているためなのかもしれない。

 では、どうやれば女性に慣れることができるのか。それはやはり女性と関わらなければならない。しかし、その第一段階がアレウスにとっては乗り越えることのできない壁なのだ。突破方法は恐らく、ヴェインに聞くしかない。

「墓……墓……」

 宿屋から出た。しかし、クラリエがどこにエウカリスの墓を建てたのかは知らないままだ。なので、怪しく呟きながらアレウスは町中を歩き回る。奇異の視線を向けられているが、そのように変人を見るかのような視線には耐性ができている。さすがに罵られれば心が折れるので、クラリエを探す。彼女の気配は異界でずっと感じていたので、アベリアと同レベルで感じ分けができる。

 そう思いながらも結局は町の外周を一周することになり、ようやくクラリエを見つけた場所は海の見える丘の上だった。

「あんまり見つけにくい場所に行かないでくれます?」

「エリスは海を見たことがないから、海の見える場所がいいかなと思って」

「……そもそも、エルフの墓は神樹のある森に作るべきなんじゃないんですか?」


「それはハイエルフの教えだね」

 クラリエは簡易的に作られたエウカリスの墓に、近場で摘んできたのであろう花を供えている。

「星辰って知ってる?」


「星占いみたいなものでしたっけ?」

「星の見え方、明滅、時には流れ星なんかを見て、その後に起こることを予知するの。星読みとも呼ぶんだけど、エルフはこれを信じてるの」

「それが、墓を作ることとなんの意味が?」

「星を信じるのは宗教観みたいなもので、星の見える場所であればどこにでもお墓を作っても構わない。それがエルフなの。で、ハイエルフは星辰以上に神樹を崇め奉るから、自分の魂を天に送れる場所は神樹の近くでなければならないって思い込んでいる」

「エウカリスさんは『灰銀』でもハイエルフだから、そっちに合わせるべきでは?」

 クラリエは首を横に振る。

「ハイエルフの血統至上主義のことなんて、森を出るまで知ることもなかったし、エリスはなにより、その血統至上主義に振り回されてあたしに恨みを抱いた。そんなエリスに、ハイエルフ式のお墓は苦しいだけだと思う」

「……そうですか」

「エルフはお墓を死んだ人が一人だけでも、沢山作るの。森の外を知っているエルフは尚のこと、色んなところにお墓を作る。どうしてだと思う?」

「さぁ……? 降りてきた時に、僕ならどこに降りればいいか迷うから困りますけど」

「それがヒューマンの考え方なんだね。エルフはね、魂が降りられる場所が沢山あるから喜んでもらえるって考えるの。降りたい時に、作られたお墓の、その時の気分で好きなところに降りる。だから、こういう海の見える丘とか、地平線の見えそうな草原地帯とか、生前の居場所を彷彿とさせる森や山にもお墓を建てる」

 ヒューマンにはヒューマンの宗教観や考え方があり、エルフにはエルフの宗教観と考え方がある。それらを口に出さないのは、お互いにそういった観念を尊重しているためである。逆にこれを頻繁に口から出そうものなら、反感を買うし信用も得られない。ヒューマンの神官と他人種の神官が同一のようで異なる部分を持つのもこのためだ。

 しかし、根幹にある死者への想いや尊び方などには大きな違いはないとアレウスは思いたい。

「じゃぁ、これからもクラリエさんが好きだと思った景色にはエウカリスさんの墓を建てないと駄目なんですね」

「うん。それが生き残ったあたしの役目だし……まぁ、あたしが好きな景色がエリスにとっても好きな景色かは分かんないけど」

「その心配はないんじゃないですか?」

「どうして?」

「だってあの人、クラリエさんとずっと一緒に過ごしていたんでしょう? 多少の思い違いや擦れ違いはあったとしても、過ごした時間が長いなら好きな景色だって話したりもしたはずですし、なにより、クラリエさんが建てた自分のお墓にあの人が文句を言うとは思えませんし」

「……そうだと、いいけどね。なに? 口説いているの?」

「いや、全然そのつもりはないですが」

 ただ事実は事実として伝えておいた方がいいと思った。エウカリスはクラリエのために生き様を燃やした。自身が同じような立場で、同じことができるかと言えば難しいだろう。

 アベリアのために生き様を燃やせと言うのなら、もしかしたらできるかもしれない。しかし、生き様を燃やす以上にアレウスだって生きていたい。大切なことを忘れずに生きたい。だから、エウカリスのようにはきっとなれはしないだろう。

「……最後に嘘をついたの」

「エウカリスさんに?」

「そう。エウカリスって細かいことを物凄く記憶するんだよね。根っからの研究者みたいなところがあって、回数については絶対に間違えない。だから……」

 息を吸って、吐く。しかし吐息には乱れがあり、震えがある。

「あたしに隠し事をした回数も、あたしに隠し事がバレた回数も……憶えていないとおかしいんだよね。あたしがした隠し事の回数も、あたしがバレてしまった回数だって、エリスは絶対に憶えているはずなんだよ。でもあの時、エリスは数字を口にしなかった……それって……あたしとの想い出を、燃やしちゃったってことだよね?」

「大切な物を燃やしてしまった気がすると言っていました」

「なら……エリスにとって、あたしとの下らないやり取りや生活の日々は、大切な物だったってことで、良いのか、なぁ?」

「……それはエウカリスさんにしか分からないことだとは思いますけど」

 それでもアレウスがなにかを言えるとするならば、なんであろうか。少しだけ呼吸を置いて、考えを纏める。

「クラリエさんが嘘をついてでも守りたかったんなら、それは大切な物だったってことなんじゃないですか?」

「そう、思っちゃって……良いの、かなぁ……だって、あたしに託してくれた『手帳』には、色んな薬の調合の仕方が載っていて……それに、『衣』のことも、書かれていて……これをあたしに、託したかったのって、絶対に」

「回復魔法が効き辛いクラリエさんのために、ポーションでの回復方法を伝えておきたかったんでしょうね。でも、そんな時間はなかった。だから、アーティファクトで伝えるしかなかった」

 エウカリスが唐突にアーティファクトをクラリエに託したいと願ったのは、ダークエルフという体質上、魔法への耐性ができてしまい、回復魔法ですらも効き辛くなってしまった彼女の今後を思ってのことだ。

 それは、手帳をクラリエのロジックに『写本』として書き写す際にアレウスが読み解いたことだ。だから、手帳という形を取っているアーティファクトの根幹にはエウカリスのクラリエに対する思いの(たけ)が込められている。だから、彼女はエウカリスに託されたアーティファクトを開くたびにその想いを感じ取ることになる。

 だが、本来のアーティファクトとはそういうものなのだ。アレウスのように機能はしていても、使ってもそういった感情が芽生えないことの方が稀なのだ。むしろ、どうしてアレウスはアーティファクトに込められたテキストによる感情の揺らぎを受けないで済んでいるのかが分からない。ひょっとしたら、アベリアですらも読むことのできなかった部分に、真相が隠れているのやもしれない。或いはその真相が、アーティファクトから送られてくる感情の揺らぎを排除する効果を持っている可能性もある。


「はぁ……ぁあ、なんで、あたしの……大切なことは手から零れ落ちてばっかり、なんだろう」

 涙を必死に拭い、呼吸を整える中でクラリエは呟く。

「でも、生きるって決めた以上は……あたしが生きると決めた以上は、そういう判断をした以上は、エリスの分まで生きる。『衣』を使った時に、そう決めたから」


「それがエウカリスさんの一番の望みでもありましたからね。裏切っちゃ駄目ですよ。特に、死者が伝えたかったことを死者が伝えてきたのなら」

 なので、アレウスもクラリエがどのような人生を歩むのかを見届けなければならなくなった。

「僕のパーティに入りませんか?」

「……どうしよっかなー?」

 はしごを外されたような気持ちになる。

「嘘だよ、嘘に決まってるよ。叔父さんがどう言うかは分かんないけど、担当者にお願いしてみる。あたしもアレウス君たちと一緒に、色んなところに行きたい。色んなものを見たい。そして、色んなところにエリスのお墓を建てるの。エリスがあたしの見た景色を、降りてきた時に見ることができるように」


 ヴェインの時もガラハの時もそうだったが、パーティに誰かを誘う時はいつも緊張する。クラリエはきっとアレウスが緊張していることを承知の上で、迷う素振りを見せた。本当の答えはもう心の中で決めてあったにも関わらずだ。


 この人には今後も振り回される。そうは分かっても、勧誘を取り消そうとアレウスは思わない。

 こういう人と冒険するのも悪くない。せっかく、パーティを組むのだ。同じような性格のメンバーではつまらない。もう既に、取り返しのつかないほどに個性的なメンバーばかりだが、だからこそクラリエが混じったところでアレウスのパーティが不穏になることもない。

「女の子がアベリアちゃんだけなのもかわいそうだし」

「それは……密かに思ってはいましたけど」

「だよねぇ。アレウス君はアベリアちゃんのこと気にかけてばっかりだもんね」

「茶化してます?」

「どうだろう。もしかしたら嫉妬かもよ?」

「それだけはないと思いたいんですけど」

「ま、覚悟はしておいてよ」


 なんの、そしてどのような覚悟であるのか分からないまま、アレウスはクラリエと握手を交わしてから、エウカリスの墓に合掌するのだった。

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