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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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頬を膨らませる

『灯らなかった大灯台』

 大灯台の灯りを見て帰り道を歩いていたガラハが、悲劇の日に大灯台の灯りが見えなかったことから、後悔と苦しみの感情がアーティファクト化したもの。風景であり景色であり、同時に概念である。そのため、このアーティファクトのフレーバーテキストには必ず当時の彼の後悔の念が付け加えられている。彼と感情を共有しているスティンガーにもそれは伝わり、その苦しみから解き放ちたいという妖精の気持ちが光の道筋を作り出す。辛い過去によって惑い、そして迷っているガラハがこの光を見て、正しい道を歩めるようにという想いが込められている。

 光の道筋はガラハが生き残るための道筋でもあり、それは異界であっても脱出するための“穴”を発見できるほどの帰還補助の効果を持っている。だが、用いれば必ず過去を思い出し、悔やみ、苦しむというマイナスな面もある。

 真価を発揮するのは戦闘中であるが、困難に立ち向かう最中にこのアーティファクトを発現するのはドワーフに限らず、どの人種であっても精神力と心を鍛えなければ不可能である。



『衣』

 エルフにのみ伝わる秘儀であり、門外不出の技能。よって、まずこの段階で他人種がこの秘儀に触れられない。

 自らのロジックに干渉し、それを燃料にすることで莫大な魔力と爆発的な能力値の底上げを行う。ほとんどのエルフが『衣』のことを「生き様を燃やす」と言うが、その由来がここにある。結果的に、生き様――刻み付けてきた人生を燃やすということは、膨大な時間を生き続けることのできるエルフにしかできないことであり、他人種が燃やせば五分も維持できない上に、なにもかもを焼失させてしまうため、やはりエルフ以外が秘儀を使用することは難しい。特にエルフは『衣』の発現中に燃やしている生き様を選ぶことも、なにより燃焼速度の調節まで己の意思で自在に行えるため、基本的に多用さえしなければ自身を見失うほどの燃焼を起こすことはなく、エルフがエルフのために編み出したものとも言い切れる。

 炎色反応のように、燃やした生き様によって『衣』の色は変わる。そこに大きな違いはないのだが、血統によって底上げされる能力や、強化される技能に特徴が見られることもある。

 『衣』は燃やした直後は弱く、しかし時間経過によって徐々に強く燃え上がり、焦熱状態に入る。これは『衣』がピークに達している状態で、ここに至れば『衣』は使用者が解かない限りは状態が維持される。焦熱状態に入れば、より強い能力の上昇という恩恵を受けられる。

 焦熱状態は血統に左右されやすく、血統として弱ければ焦熱状態に入っても“色が変わらない”。血統が強ければ、“色が変わるだけ”ではない。

 血統至上主義のエルフは焦熱状態の『衣』の色によって地位が決められるため、四大血統に属するエルフは大半が『衣』を習得している。その中でも最上位なのは、エルフにとっての勝利の色、清廉、純真無垢、白星を体現する『白』。この『衣』を持っているのはナーツェ家である。

 叛逆、返り血、赤星、凶兆を表す『赤』がある。これはロゼ家が持っている。そんな色を持つ血統が四大血統に入っているのは、『白』の意味と『赤』の意味を四大血統として並ばせることで負のイメージを打ち消そうという考えのため。なにより『赤衣』は内包するイメージによって、攻撃という観点では強すぎる力を持っており、これを血統至上主義のエルフ社会では上位として置かなければ、他の血統の不平不満を処理できなくなってしまう。


 回復魔法を使って傷を治してもらっても、体には疲労が残る。そもそも回復魔法は人体の治癒能力を強く活性化させるものだ。細胞分裂が早まれば早まるほど寿命は縮まるものだが、そこだけはまさに魔法の力で最大のデメリットを封じている。なので、疲労感に関してだけは受け入れるしかない。寿命を縮まされるよりはよっぽどマシなのだ。

 そう思いながらアレウスはベッドに横たわり、ただボーッと時が流れるのを待つ。

 脱出したまではいいのだが、そこがどういうわけか拠点としている街から離れた別の街であったことと、どういうわけか演習という名目で、さながら戦場のようになっていた場所に放り出された。直後にアニマートに回収されていなかったなら、アレウスは間違って殺されていたかもしれない。なにせ、演習というのは実際に戦争が起こったことを想定しての命令する側同士の駆け引きを見るものだ。下々の者は誤って殺されていてもおかしくない。それくらい、アレウスはそういった命令する立場の者たちを信じていない。

 ハゥフルで構成された船団は街から撤退し、演習は形式的には終わった。事後処理は全て押し付けられた形となってはいたが、海辺の街にあるギルドの人たちは誰一人としてこのことに文句を言うことはなかった。

 アレウスとクラリエを救出するためには“穴”の発見が急務であり、その“穴”の出現するのは争いが起こっている場所の可能性が高いというアベリアの進言によるものだ。しかし、演習自体はハゥフル側から持ち掛けられたことで、この辺りには若干のズレがある。しかし、そのズレに目を瞑るしかない。何故なら、ハゥフルの持ち掛けがなければ、“穴”は現れなかったのだから。

 しかし、海辺の街の宿屋で回復を待っているのはなにもアレウスやクラリエだけではない。魔力を貸したヴェインやアイシャも、肉体的ではなく精神的な負担のために休息が必要となった。それはまだ分かるが、魔力を借りた張本人のアニマートまで宿屋の一室から動けないでいるのかは分からない。

「……あれで、対抗できる異界獣…………か」

 救出されたのち、ギルドへの簡易的な報告したが、そのような反応が返って来た。どのような争いの場にも“穴”を移動させるため、堕ちる者も多く、そこから生還する者も多いらしい。

 あくまで、異界というカテゴリーでの生存や生還の確率によるものなので、十人堕ちたなら二人ぐらいが帰って来るくらいらしいのだが、あれほどの死闘を繰り広げた相手がギルド側としてはそれほどの脅威として捉えられていないのがもどかしい。そして、死闘を繰り広げたなどと大げさに言っているが、実際に繰り広げたのはエウカリスとクラリエなのだから、虚しくなる。

 力が及ばない。どれほど想定し、研鑽を積み上げても、まだ届いていない。

 だが、一つ実感を得られるものがあった。

 エウカリスが「獣剣技」と呼んだ技だ。屈んだ姿勢からの切り上げ。あれはヴァルゴが生成した鎧の乙女に衝撃を与え、下がらせた。アレウス自身は普段と同程度の腕力で短剣を振り上げていたのだが、どういうわけかあれは確かに通用していた。『盗歩』もヴァルゴには有効であった。

 どうやら『技』とは、剣技などという表現以上に、形として現れた際に強い補正が掛かるようだ。つまり、軽いつもりで繰り出しても、それが『技』の型として完成していた場合は、受け止める側は軽くではなく重く感じる。

 ルーファスやデルハルトが武器を軽く扱っているのに、凄まじい力で魔物を屠っていたが、その謎がようやく解けた。あれらは繰り出す剣戟や鎗撃の全てに『技』の補正が掛かっているからだ。

「簡単な剣戟、単純な刺突。それらも名前は付けられていないけど、『技』になっていたんだ。僕はなにも考えずに短剣を振っていたわけじゃないけど、それは『技』にまで昇華していなかった」

 自分自身の短剣術に全て、『技』を乗せる。そうすれば、自身の貧弱な筋力であっても魔物に対抗できるだけの剣戟を得られる。これを応用すれば、魔物の重い一撃に対して『技』で対抗すれば、受け流すのではなく受け止め切れる。

 だからリスティは以前、『技』の習得を求めてきていたのだ。その時、後衛職の『技』は魔法だとも言っていた。実際、異界獣にエウカリスとクラリエの『衣』は有効であったし、アベリアの火球もヴァルゴの作り出した皮膚のような膜を焼き払っていた。

「……次の課題が見えたのはいいことだけどな」

 めげそうになっている気持ちを奮い立たせる。逃げてばかりではあるが、今回は異界獣を退けた。アレウスの手柄でもなんでもないが、エウカリスとクラリエの協力を成立させるために奮闘はした。そこで得るものもあったのだから、気持ちを沈ませている暇はない。

 アレウスがそのように今回の一件を省みて、今後の課題をメモ書きしようと起き上がると、見計らったかのように部屋の扉をノックされる。返事をして、アベリアが恐る恐るといった具合で部屋の様子を探っている。

「どうしたんだ?」

「さっき、シオン――じゃなかった、クラリエに見つかりそうになって」

「別に見つかってもいいだろ?」

「抜け駆けは良くないって言われた」

「なんだそれ? ってか、もうクラリエさんは歩き回れるんだな」

「気配を消して宿屋の中を動き回ってる」

「分かるのか?」

「ううん、分かんないけど、さっきたまたま、気配を消していないところを見つけたから」

 そう言いながらアベリアが部屋に入ってくる。

「まだ横になってなきゃ駄目」

「これからについて考えて、書き溜めておこうと思ってな」

「完治してからでいい」

「ジッとはしていられないから」

「ちゃんと横になっていて」


 言葉に凄みがある。アレウスは従い、起こしていた上半身を再びベッドに沈ませる。


「異界に堕ちた時、物凄く不安だった」

「それは悪かった。その場にアベリアがいたなら、一緒に堕ちているだろうけど」

「あんな、わけの分からない状況になるんなら……一人にしないでほしかった」

「アベリアが助けに来るだろうって思っていたんだよ。で、アベリアをガラハは絶対に一人では行かせないし、ヴェインも異界に堕ちるとは思っていなかったけど、そこまでの手助けはしてくれると思った」

「パーティに甘えすぎ」

「だよな」

 反省していると、アベリアがベッドの横に椅子を持ってきて、座る。それからアレウスのベッドに顔をうずめてくる。

「どうした?」

 声を掛けると僅かだが顔を上げた。

「アレウスが死んだら、私も死ぬ」

「それは僕だって同じだ」

「私たちは一心同体なんだから、これからは別行動するのは無し」

「クエストの内容によっては難しいな」

「……むぅ~」

 顔を上げ、頬を膨らませた表情をアレウスに見せてくる。

「怒っているのか?」

「怒ってない」

「ならそんな顔するな」

「そんな顔ってどんな顔?」

 怒っているのか拗ねているのかどっちなんだとアレウスは思いつつ、深い溜め息をつく。


「異界でアベリアの顔を見た時、思わず抱き締めそうになった」

「え……えっ?!」

「いや、あれだけ長く離れていたことなかったし、感無量になって」

「べ、別に……抱き締めてくれても、良かったのに?」

「さすがに異界獣を前にしてそんなことしていたら、みんなにブッ叩かれていただろうからやらなかったけど」

「……む~」

 また膨れっ面をアレウスに見せてくる。「アベリアはなにを考えているのか分からない」と、周りは言う。だが、こんな風に喜怒哀楽を見せてくる彼女のどこが分からないというのだろうか。確かに出会った当初は感情が希薄ではあった。だが、それも昔の話なのだ。


「アレウス……? また、落ち込んでる?」

 しばらくして、不意にアベリアは訊ねてくる。

「前よりはマシ。まだ僕にも成長の余地が残されているのが分かったから」

「そっか」

「パーティメンバーに対して、僕がリーダーであるのが釣り合っているのかって考えたりもしたけど、みんなが僕をそうやって求めてくるのなら、もうしばらくは悩まなくていいだろって思うし」

「リーダーがアレウスじゃないと、私は付いて行かないから」

「パーティに迷惑を掛けそうな脅し文句はやめろ」

「だって……」

「拗ねるな。僕より優秀な奴なんて、いくらでもいるんだ。そいつと折り合いが付けられるのかどうかは別問題だけど」

 アレウスは我が強い方ではないが、パーティの方針が異界に関わらないものになるのなら、ひょっとしたら離脱する決意を固めるかもしれない。そうしたら、アベリアも付いて来てくれるのだろうか。そういう、一抹の不安はある。


「ところで、クラリエさんが気配を消していなかったのはなんでだ?」

「お墓を作るって言っていたかな。私は、その……異界に堕ちていたエルフのことをあんまり詳しくは知らないから、一緒に行くのは邪魔だと思ったから」

「……だよな。僕はお世話になったし、疲労感が取れたらクラリエさんから場所を聞いて、墓参りに行くか」

「でも、エルフに協力してもらえるなんて思わなかった」

「死んでいても、果たしたいことがあったんだ。皮肉なことに、それに気付けたのは死んだあとだったみたいだけど」

「でも、魂はこの世界に(かえ)った」

「ああ。だから、悲しんで落ち込むことはあっても、立ち直るのはすぐだろ」

「そう思う」


 世界に還ったエウカリスの魂が次に生まれ変わるのがいつなのかは分からない。

 だが、せめて血統や種族などに縛られない命か、或いはそんな世界に転生を果たすことをアレウスは祈るばかりである。

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