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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
163/705

時代が変わった

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「ナーツェの一人娘が生きていただと? 死んだはずではないのか?」

「確かに毒殺されたという報告がありました」

「報告……? 誰が報告をした?」

「それが、一切の記録が紛失しており、私たちハイエルフの間でのみ、ナーツェの一人娘は毒殺されたのだという認識が蔓延しておりました」

「誰かが私たちを(たばか)ったということだな?」

「そういうことになるでしょう」

「しかし、ナーツェの血を継ぐ者が生きているとなれば、吉報ではありませんか。すぐに連れ戻し、我らの森にて、未来を担う存在に仕立て上げるべきです」

「イプロシア・ナーツェの――大英雄の血は継がれなかった。これはもう私たちの間では共通認識であったことだ。今更、仕立て上げるなどできまい。『森の声』を聞く者たちは誰一人として納得しないはずだ」

「おのれ、ナーツェの血統め。私たちの信用をこのような形で損ないおってからに」

「四大血統はもはや信用ならんな。ハイエルフの産まれであっても、私たちの傀儡(かいらい)にすらならないとは」

「神域で育て上げれば少しは使い物になるかと思えば……獣人どもの侵略で全てが台無しになってしまった」

「過ぎたことを申されても致し方ないのではありませんか?」

「しかし、不愉快だ。ナーツェ家は失踪、跡取りも死亡という前提が崩れるわけだからな」

「ナーツェ家は我らを裏切り、ロゼ家は人殺しに堕ち、ジュグリーズ家は行方知れず、テラー家に至っては森を出て久しい。にも関わらず、我らの間では未だにこの四大血統の存在は強く生き様に刻み込まれたままであり、彼らの言葉は神樹の言葉の次に重たいものとなっている」

「人殺しのロゼ家はハイエルフの生き恥として語ることもできた。ナーツェ家も失踪と死亡の話で終わらせた。残りはジュグリーズ家とテラー家だけだったのだ」

「ここに来て、ナーツェ家に生きてもらっていては困るのだ」

「であればこそ、生き残っていたナーツェの者を殺すほかあるまい」

「ナーツェ家の『衣』は最上位。殺すにしても、血の重みが足りない」


「だからこそ、ナーツェ家の『衣』にはナーツェ家の『衣』を持つ者をぶつけてしまえばよろしいのではないでしょうか?」



「――以上が、『異端』と『影宵』の救出を行った『神愛』からの報告となります。より多くを求めるのなら、シンギングリンに到着後となります」

 審判女神の眷族がギルド長に報告を終える。

「ナーツェが『衣』を成したか……」

「ルーファスを説得して虎の子の『神愛』を向かわせたんだ。それぐらいの成果はあったっていいだろうさ」

 煙草を吸いながらヘイロンは憮然な態度で感想を述べる。

「だが、『衣』を得たのであれば『森の声』とも少なからず、交信をしたはずだ。『賢者』の娘である『影宵』は毒殺されていたことになっていたはずだが、生きていたとなればエルフたちが黙ってはいないだろう」

「エルフにいつまでも媚び(へつら)う理由もないだろうさ」


「態度が過ぎるぞ、ヘイロン・カスピアーナ」

「ギルド長にそのような態度を続けるのであれば、審判女神の名の下に、断罪しなければなりません」

「こちとら、ルーファスに怒られ、『神愛』にはまた余計な一言を言われるんだ。ちょっとぐらいの態度は許しておくれよ……とは、言えない雰囲気かねぇ」

 二人の付き人はヘイロンを睨み付け、「怖い怖い」と呟きながら彼女は煙草の火をテーブルに擦り付けて消した。


「今回の一件は『人狩り』のクリュプトン・ロゼから始まった。そもそもがハイエルフの『灰銀』であり、彼らが蔑んだ者の叛逆だ。干渉するとしても、ヒューマンに協力を仰ぐことはないだろう。『影宵』を引き渡せと言うのであれば、しかるべき対処を取るが」

「それは従うということかい?」

「優秀な冒険者を手放すわけがないだろう。その精神は私も持ち合わせている」

 ヘイロンはギルド長の答えに満足したらしく、椅子に深く腰掛けてから黙った。


「数度の異界を経て、未だ健在。異界獣と対峙するたびに死の恐怖が骨の髄まで沁みているはずだが、それでも学び、強くなる。まさに鋼の精神の持ち主だな、『異端』は」

「それどころか、数人の冒険者は彼を必要とし、彼のためならばと、すぐに救出の準備を行います。初級、中級という経験の少ない冒険者が、異界に堕ちることの危険性を承知の上で彼を求めています」

「どこぞの『異界渡り』を自称していた冒険者を思い出す。奴も異界で死んでおらず、どこかで生きているかもしれんな」

「それを語り始めれば、イプロシア・ナーツェの失踪に似た、詮無いことでしょう」

「……なに、奴は私ですら一目置きたくなってしまうほどの人材だったということだ。それを失ったからこそ、慎重になれてもいるのだが。それで? いつ頃、この街に戻る?」

 ギルド長の問いかけはヘイロンの隣に座っていたリスティに向けられる。


「ハゥフルの小国から持ち掛けられ、こちらが引き受けたことで起こった演習ですが、アニマートの帰還に伴って終了となり、あちらの国の方々は船に乗って、国へと戻りました。演習後の処理を全てこちら任せなところには苛立ちを感じざるを得ませんが、結果として争いを好む異界獣の性質によって“穴”を引き寄せることができたため、抗議文を送り付けるほどのことでもないと思われます。救出された『影宵』と『異端』は、海辺の街にて療養中ですが、意識は良好なようです。ポーションもですが、アニマートの魔法も合わせれば、一週間もすればこちらに帰還できるはずです」

「一週間か……」

「異界獣を退かせたのであれば、もっと療養期間を設けてもらいたいところですが、その希望は通りませんか?」

「討伐したのであれば、半年ほどは休んでもらっても構わなかったのだがな、報告では『霧に唄う者』と戦い、退けたとある」

「それがなにか?」

「『霧に唄う者』のヴァルゴは、異界獣の中でも比較的、我々が対抗できている」

「つまり、異界獣のヴァルゴを退けて当然だと?」

 リスティはギルド長を睨む。

「傷付き、苦しみ、耐え抜いた彼らが退けた異界獣が、ギルド側の裁定によって勝手に決められたランクとしては低いという理由で、戦った冒険者には休む(いとま)すら与えられないと?」

「感情を抑えな、リスティー」

 ヘイロンが怒りに震えているリスティを言葉で制する。

「まぁ確かに、ギルド長? いくらなんでも、異界獣を退けた冒険者に対して、あまりにも冷たくはないかねぇ? 私も半年とまでは言わないさ。せめて一週間じゃなく半月、長く見積もっても一ヶ月くらいは休ませてあげていいと思うくらいだ。ギルドが決めた強弱に問わず、相手は異界獣で、しかも戦った場所は異界。死ねば、そこでなにもかも絶対に終わる状況下で、退ける。これがどれほどの価値を持っているかぐらいは分かるはずだ。いくら『神愛』の庇護があったところで、彼女一人で異界獣を退けられるほどの力を持っているわけでもないんだよ」

「随分と肩入れをするようだな、ヘイロン・カスピアーナ」

「これは真っ当な理由があるからだよ。私たち担当者は冒険者がいてこそ、美味い飯を喰えている。そんな冒険者をないがしろにするような仕事なんざ、誰一人だってやっちゃいない。私なんかは担当者もまとめなきゃならないし、冒険者にもアドバイスを出さなきゃならない。これを両立させようとすると、誤解されて嫌われる立ち位置になる。現実的な話もするし、経験を積ませるための底意地の悪さも見せたりもするが、本質的には冒険者の成長を願っている。だからこそ、リスティをこの場に呼んでいる。明日にゃ、発言が百八十度変わっているかもしれないがね、今は一応、こいつの思う部分も汲み取れているってことさ」

 ヘイロンの言い方に若干の物言いを付けたいところだったが、リスティは深呼吸をして、この場を彼女に委ねることにした。

「道具ってのは使い続けていたら、いつかは壊れるもんだ。それは人種だって同じさ。冒険者もとんでもない不幸や、不運の連続によって傷付けられ、精神的にやられてしまうと、壊れてしまう。だが、冒険者はいつか壊れるのだとしても、できるだけ長く壊さないように扱う。優秀な人材を酷使してすぐに壊しでもしたら、それは人種の大いなる損失になる。ギルド長? あんただって分かっているはずだ。『勇者』が壊れ、『賢者』が娘を残して行方知れずとなり、『星狩り』は『人狩り』に堕ちた。自称『異界渡り』とそれに付き合っていた神官も異界に消えた。『神愛』は片目を奪われ、『妖剣』は気を滅入らせ、競争相手を失った『鬼哭』は胡坐を掻いている。実に損失が大きいとは思わないかい? もっと冒険者は丁寧に扱うべきだね。どいつもこいつもが、死線を潜れば潜るほど強くなれる奴じゃぁ、ない」


「だが、君が挙げた者たちは揃いも揃って死線を潜れば潜るほど強くなる者たちばかりだった。これは私なりの考えなんだがね。昔よりも壊れやすく、諦めやすくなっている。冒険者全体の質が低下しているのだ」

「それは老いた者の言う台詞だよ、ギルド長。昔は良かったと遠くを眺めながら呟く老人となんら変わりゃしない。過去の栄光や成功を私たちはずっと掲げていちゃいけないんだ。過去がいくら成功に満ちていても、今で失敗してりゃ意味がない。冒険者の質が低下してんじゃなく、冒険者の性質に変化が現れ始めているだけだ。昔と生き方が変わった連中は、当たり前だが考え方も昔と違う。そういった奴らにクエストを与える私たち側――ギルドが柔軟に変化できていないんじゃ、これからも昔と比べりゃ、どんどんと冒険者は壊れていくだろうさ」

「ギルド長に対する物言いとは到底、思えませんね」

「審判女神の名の下に、あなたを断罪します」

 ヘイロンは明らかな敵意をギルド長に見せていたため、二人の付き人が反応する。


「よせ」

「「しかし」」

「シンギングリンの担当者を束ねる者の言葉だ。私よりも現場を見ている彼女の言葉を、自身の権限だけで一蹴することはできん。それは、ギルドを束ねる者としての対応ではない。下の声に耳を傾けるのも私の仕事だ」

「そうさ。そういう男と知っているから私たちも言葉をぶつけられるんだ。では、ギルド長。ここからは互いに利益となる話をしていこうじゃないか。今回の一件だって、ヴァルゴがいくら異界獣の中で格下とギルド側が決めていたって、そのヴァルゴが巣くう“穴”の出現する法則を見つけたのは『泥花』が初めてなんじゃないのかい? ついでに異界に堕ちた側で『異端』もその可能性を抱いていた上に、ヴァルゴがどのようにして最終感知を行うかも看破した。『異端』も救援することにはなったが、それは『影宵』という『賢者』の遺産を救うためでもある。私はそれらを考慮して、少しばかりの報奨金があってしかるべきだと思うがね」

「結局は金か」

「『異端』と『泥花』の登場から、世界が変容を始めている。だが、若すぎるが故にいつも悩むのは金のことばかりだ。質素な生活をしているとリスティから聞いている。それは美徳ではあるが、冒険者において万全の準備ができるというわけではない。普段から倹約に励む様子も見られることから、報奨金を受け取ってもそれを浪費するような馬鹿にはならないだろう。もしそんな馬鹿になるようだったら、次の会議では二人への報酬金を減らす進言をさせてもらうよ」

「一手、二手と私がなにを言うかも分からない状態でよくもまぁ、要求してくるものだ。しかし、粗製な道具で命を落とされても寝覚めが悪い。報奨金については考えよう。だが、これだけじゃないのだろう?」

「そうだねぇ。それは、リスティの口から言ってもらうかねぇ」

 ヘイロンは肝心な部分をリスティに押し付ける。一番、言ってもらいたい部分を任されたことは信頼の証ではない。単純な意地の悪さである。ヘイロンは、提案しようとしていることがギルド長を激怒させるかもしれない。その時、「リスティが言い出したことだ」とヘイロンはシラを切るつもりなのだ。

 だが、同時に試されている。ギルド長を悩ませる提案であり、激怒させる提案であっても口に出せるのか。冒険者のために声として発信することができるのかを見定められている。


「こういった事態が連続して続く以上、移動のリスクを軽減するべきだと思われます。これまでも、緊急時は一部の限られた冒険者のみを通過させていましたが、それではもう対処が遅れかねません。なので、ギルドが保有するゲートを、条件を満たした冒険者がすぐとは言わずとも申請後、数十分程度で利用できるように開放すべきではないでしょうか?」

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