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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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魂は消させない

「ちょっとアレウス! 地面が揺れているんじゃなくない?」

「そんなこと僕に言われても困る」

「あんたの借りを返すためにわざわざ堕ちてきたのに、あんたと一緒に異界で人生が終わるなんて絶対に御免なんだから。なんとかしなさいよ」

「僕に判断を求めるな」

 ニィナの要求はかなり乱暴ではあるのだが、彼女はアレウスとアベリアの異界の知識を信用している。それを裏切るわけにもいかないのだが、“穴”を見つけたのはエウカリスとクラリエであって、アレウスじゃない。

「エウカリスさ、」

 声をかけようとしたが、炎のように揺らめく『緑衣』が消えて、瞳から輝きが失せている彼女の姿に躊躇いを覚える。

「あの、大丈夫ですか?」

「…………アレウスさん? 私は……なにを燃やし尽くしたんでしょう? 最後の一手のために、莫大な魔力を矢に注ぎ込みましたが、その時、確かに大切な物を燃やした気がしてならないのです。それを知りたいと思う半面、知るのをとても怖ろしくも思います……けれど」

「けれど?」

「私にはもう、関係のない話なのかもしれませんね」

 彼女は魂の虜囚である。異界獣がこの異界を捨てるということは、魂の虜囚もまた消失することを意味する。つまり、“穴”を見つければそこで彼女とは別れることになる。

「どこに出口があったか覚えていますか?」

「……いえ、方向不全に陥ったあと、目視していた“穴”が見えなくなりました。あれは恐らく、“穴”が移動してしまったのでしょう」

 クラリエは半分、意識がない。では、ここから改めて出口となる“穴”を探すことになる。


 異界が揺らぐ。崩壊は既に始まっている。


「どうしましょう?」

 アイシャが震える声でニィナに訊ね、寄る辺を求めるかのように彼女の腕にしがみ付いていた。

「止まっていても出口がこちらにやってくるわけじゃありませんので、取り敢えず、歩きましょう」

「出口とは逆方向に歩いていたら、絶望的になりませんか?」

 アニマートの発言にアレウスは異を唱える。

「動かなかったら助かる命も助からないけれど?」

「それはそうですけど、アテもなく歩けば生存確率が下がるのも事実です」

「じゃぁ、どうするのかな? このまま、崩壊に身を委ねるの?」

 それは……と、アレウスは続けるべき言葉を見失う。


「オレにはどこに出口があるか分かる」


「それが虚言であったなら、ここにいる全ての冒険者を破滅に導くこととなりますよ?」

「ならば、真実であることを証明しよう。スティンガー、頼む」

 ガラハの懐から飛び出した妖精が、一段と強く発光しながら辺りに光の粒を振り撒いた。その粒の一つ一つが地面に落ちると、その場で灯火となる。等間隔に灯火が作り上げるのは光の道筋だった。そして、その光の先――恐らくは目的地と思われるところは地面ではなく遠方でも見える高さで一際強く輝いている。

「灯台……」

「オレが帰る道で、見ることのできなかった大灯台。その輝きだ」

 アベリアの呟きにガラハが反応する。


「なるほど、帰還補助のアーティファクトですか。それならば、言葉を信じることができますね。けれど、あるならあると言って、さっさと使ってくださればいいのに」

 やはり一言が余計である。しかし、帰還の道しるべができたのであれば、これほどありがたい話もない。


 全員が光の道しるべを頼りに足を動かし、たまに起こる異界の揺らぎに足を止め、崩壊が近場で起きていないかを慎重に視認しながら進む。


 アレウスは振り返り、クラリエを気遣いながら歩くエウカリスを見る。ガラハとスティンガーの作り出した光の道しるべの最終目標である大灯台が如き輝きの足元まで来た。そこには出口となる“穴”があり、ニィナとアイシャがアニマートに促されてまず最初に飛び込む。


「アレウスさん、クラリエを頼みます」

 言われ、エウカリスと交代してクラリエにアレウスは肩を貸す。

「エリスは? エリスも一緒でしょ?」

「……私ができることは、ここまでです。私は、外に出ることはできません。何故なら、」

「もう死んでいるから?」


「……聞き耳を立てていらっしゃったんですか?」

「違うよ。エリスと再会した時から分かっていたよ。初めから、分かっていたんだよ」

「ならば、どうしてそれを黙っていらしたのですか?」

「エリスから言わないなら、私が言わなくてもいいことだから。エリスが言わないって決めたことを、私がわざわざ訊くなんてことするわけないじゃん。だって、ずっと一緒だったんだから。ずっと、そうして来たんだから……あたしたちは」

 ガラハがアベリアとヴェインを追い出すようにして、三人まとめて“穴”に入る。エウカリスとクラリエの会話をこれ以上、聞かせないようにするための配慮だろう。

「話す時間すらも惜しい状態にあります。今生の別れであろうと、留まることは許されません」

 そうは言うが、アニマートは“穴”に入ろうとしていない。恐らくはアレウスとクラリエが“穴”に入るまで、この人は異界から出ようとはしないだろう。なので、二人の別れの見届け人ということになる。


「そう、ですか……最初から、分かっていたんですか」

 エウカリスは呟くように言い、それから深く息を吐いた。

「クラリエに隠し事をするのは、これで何回目でしたか そして、私の隠し事があなたに筒抜けだったのは何回目でしたか?」

「さぁ? そんなの覚えていないよ。でも、エリスがなにをどうして隠したいのかも、なにを隠しているのかもあたしには分かる」

「どうして?」

「だって、エリスだってあたしの失敗や、隠し事を見抜いちゃうじゃん。それと一緒だよ」

「一緒、ですか」

「そう、一緒。ずっと一緒。あたしたちは、一緒」

「あなたは……」

 エウカリスが涙を零す。

「森を裏切り、森に狂気を呼び込み、果てにはあなたの命を奪おうとし、そのようなお姿にしてしまったこの私を……恨んではいらっしゃらないのですか……?」

 そう。

 それはきっと、エウカリスがクラリエに再会してからずっと抱えていたことである。殺すほど憎かった相手が、実は殺すほど憎むべき相手ではなかった。彼女が恨み、憎むべきは血統ではなく、エルフの社会そのものであって、侍女として支えていたクラリエではなかったのだ。

 知って、謝ることもできず、しかし、だからと言って恨んでいるという言葉でクラリエを異界で殺すことすらもできないままに、有耶無耶なままここまでやってきた。だから吐露した直後に涙が溢れる。自身の間違いと愚かさに。そして、もっと生きたいという欲と、なによりもクラリエと離れたくないという気持ちに揺り動かされて。

「恨みは人を変える。そのことはあたしもよく知っている。けれど、わだかまりはいずれ解ける。どれだけ黒に染まった感情も、どれだけ苦しい毎日も、たった一言と、たった一つの出来事で白くなる。ずっと濁り続けるわけじゃない。濁りは循環されて、綺麗になる。だから、恨みはしているけれど、エリスのことを嫌いになったわけじゃない」

「ああ…………あぁ、そうなの、ですね」

「ねぇ、エリス? あたしたちを外に出そうと決めたのは、あたしの姿を見て、あたしの言葉を聞いて、そこで自分の間違いに気付いたからなんかじゃないでしょ?」

 クラリエはエリスの涙を指ですくう。

「あなたは真面目で、とても慈悲深いから。あたしたちじゃなくたって、あなたはエルフの誇りのために、尽力して生者に脱出させるための沢山の援助をしていたはず。だって、それがあたしの知っているエリスだから」

「私は、そこまで勤勉なエルフではありません。興味があるだけなのです」

「もしそうなのだとしても、興味と好奇心を抱き続けることのできるあなたのことがあたしはずっと羨ましかった」

「……叔父様から、聞いたのですか?」

「なにを?」

「いえ……なにも、そう……なにも」

 クラリエはエリスの手を取る。

「あなたはもう死んでいる。この事実を捻じ曲げることはできないけど、あなたをこの異界に置いていくつもりはないから」


「……そうか」

 アレウスはクラリエの考えていることを察する。

「死人ではあるけど、異界を出れば魂は解放される」

「そう。エルフの言うところの星の巡りに、あなたを連れて行ける。あなたの魂を、ちゃんとお墓を立てて鎮めることができる。ねぇ、エリス。あたしはこんなにも変わってしまったけど、変わらずあなたを忘れないために、世界にあなたの名を刻みたい。こんな異界で消え去ってしまわないようにしたい。駄目かな?」

「よろしいのですか……? こんな、裏切り者の私のために」


「罪を認め、告白し、自戒し訓戒としている。そんなあなたを女神は咎めはしません。しかしながら、それで魂の穢れが晴れるわけではありません。星の巡りに戻ったとしても、あなたに待っているのは、その魂が清らかなものになるまでの苦しく長い日々です。生まれ変わるには相当の歳月がかかることでしょう」

 アニマートがエウカリスに告げる。

「だとしても、ここに魂を置いて消え去るよりも、あなたの魂は世界に戻るべきかと、神官たる私も思います。あなたの尽力あってこその脱出。あなたがいなければ、この二人は生きていたかも怪しい。あなたの協力に感謝の意を表明します。あなたの意志は、あなたの想いは、伝えるべき者に伝わった。そのように私も受け取れました」


「ありがとうございます」

 エウカリスはアレウスを見る。

「クラリエをよろしくお願いします。ワガママで、自分勝手で、目を離すとなにをしでかすか分からないやんちゃな性格ではありますが……私はそんな彼女の侍女であったことを誇りに思っています。だから、どうか……どうか、見守ってあげてください」

「見守られるのは僕の方だと思いますけど」

「それと、私はもっと世界を見るべきでした。あなたのようなヒューマンがいると知っていたのなら、きっと私も、森を出て冒険をしていたことでしょう」

「なにか含みのある言い方にも聞こえますが」

「いいえ、これはなんの含みもない本心です。私の魂の分まで、あなたが長く生きることを切に願います。そして、私にはもう残っていない、未来へと繋がる生き様を……どうか大切に」

「はい」


 クラリエとエウカリスが手を繋いで、お互いが見つめ合いながら“穴”に飛び込む。


「堅苦しいエルフすらも誑し込むとは、ルーファス君の言っていた通りの人物ですね」

 なにやら要注意人物を見るかのような表情を向けられる。

「そんなこと言っている暇ないですよ」

「それはそうではありますが」

 アニマートは杖を後ろ手に持ちつつ、“穴”へとアレウスを(いざな)う。

「厄介な人ほど魅力的に見えてしまう。あなたがギルドを裏切って、『異端審問会』側に付かないとも限りませんから」

「それは絶対にありません」

「何故ですか?」

「僕は『異端審問会』のせいで異界に堕ちました。それを助けてくれたのは、たった二人の『異界渡り』を自称する冒険者でした。その二人の言葉と想いを継ぐためには、冒険者で()り続けなければなりません」

「『異界渡り』……まさか、ナル、っ! さすがにもう時間がありませんか。忌々しくも思うのですが、私情よりも状況を優先します」

 なにかを言い掛けたところでアニマートは崩壊を察する。アレウスの腕は掴まれ、細腕に似合わない力で“穴”へと投げ飛ばされた。そして、彼女自身もその反動を利用して“穴”へと身を投じた。

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