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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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信じる者の道

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 産まれたのは私の方が先。だけど、彼女の方が地位は上。エルフの世界では血統至上主義となっている。けれど、私たちよりも年上の者は大半がそれなりの血統の者であるため、年功序列の一面も見え隠れすることもある。

 それでも、血統よりも年上の言葉を重視することもあり、年を取れば取るほど他者の言葉に耳を貸すような傾向が見られるらしい。だから、血統による格差は薄まるとエルフの老師は言った。

 だが、それは逆に言えば幼少期のエルフは血統による強い格差を受けていることを表す。産まれた森とどこの血統か。果ては父母を越えて祖父母や曾祖父母、更にその先まで血統を調べられ、エルフとして“なにを成してきたのか”も、親族よりも他者が知り尽くしている歪みが起こる。

 私は『灰銀』だ。産まれた時から凶兆の証とされる銀の髪質を持っていた。両親は酷く狼狽し、そして私は座敷牢へと閉じ込められた。

 物心か付いた頃に、両親によって私は『灰銀』について語られ、それはエルフとして生きる際に大きな大きな足枷となることを伝えられた。苦肉の策として、私は両親の魔法で銀の髪質を金色に変色させてもらい、またそれを維持する術を学ばされた。金であることが正しく、銀であることは間違い。そう強く強く教えられ、外に出れば私は多くの者から酷い扱いを受けるとまで言われた。それは洗脳に近く、私の中で『灰銀』の劣等感と、そして血統至上主義のエルフの世界に恨みを抱く要因の一つとなった。

 本来の自分を隠し、生きなければならなくなった。周囲は普通に過ごしていればいいのに、私は魔法で常に魔力を消費する。一日一日は地獄のように長く、そして家に帰れば気を失って、次の日の朝になって目を覚ます。これが私の生活であり、毎日だった。それから解放されるようになったのは、魔力の消費をコントロールできるようになり、自身で変色の魔法が途切れるタイミングを調節できるようになってからだ。

 何年だったかは分からない。十数年だったかもしれない。何十年だったかもしれない。とにかく、私が一般的なエルフの生活を得られるようになるまでに、周囲に比べて酷い酷い遅れがあった。

 劣等感に苛まれながらも、それを否定したかった。いや、否定するためにあらゆることに手を出した。魔法はまず最初に、次に弓術、次に剣術、次に格闘術、次に杖術。さすがに呪術にまでは手を出さなかった。その中でも、薬学は私の知的好奇心を刺激し、様々な効力を持つポーションの作成に臨み、失敗し、たまに成功し、また失敗してを繰り返す。

 楽しかった。魔力のコントロールよりも、ポーションの作成はなによりも楽しかった。調合については一つ一つ丹念にメモを取り、どのような効果を見せるか、どのように組み合わせたら失敗したか、またどのような組み合わせならばそれは成功になったのか。熱を加える時間についても、濾過(ろか)して成分だけを抽出する術も、なにもかもを記した。

「エウカリス・クローロン」

 私はポーション作りに没頭している時、声をかけられた。血統を調べた結果、私にはハイエルフの血が流れているからと有無を言わさず神域に連れて行かれ、そこで体を清めるためにと神樹の雫を飲み、神樹が生み出す空気に慣れるために、そして肌を神樹を介して降りて来る日光を馴染ませるために数日を特別な個室で、裸で過ごした。気でも触れそうだった。

 私の『灰銀』がバレてしまい、きっと私はこれからここで血統至上主義の過激派に蹂躙されるのだろう。そのように思っても、個室には厳重に鍵を掛けられて、どのような魔法を唱えても、どのように鍵開けを行おうとしても外に出ることはできなかった。


 迎えが来た時は、死んだと思った。


「侍女?」

「そうだ、光栄に思え。あの『賢者』であるナーツェの血統。その唯一の一人娘であるクラリェット様の侍女としての役目をお前に与える」

「ありがたい話ですが、私は薬を作ること以外に能のない者。もっと多芸に秀でた者に委ねた方がよろしいのではないでしょうか?」

「……あの娘は、少しばかり厄介でな」

「厄介?」

「いや、聞かなかったことにしろ」

 あとになって知ったが、この時、私をクラリェット様の元に連れて行ったのは彼女の叔父である。そして、この『厄介』という言葉の意味を私は、途方もない歳月の先で知ることになる。


「多くのハイエルフやエルフと話をしたが、お前ほどの若さで勤勉なエルフは滅多にいないそうだ」

「勤勉なのではなく、興味があるだけです。興味を失えば、飽きてしまいます」

「それはどのような者も同じだ。大事であるのは、その興味が継続して一つのことに対し、続いていることであり、今も尚、お前は薬についての研究をしたくてしたくてたまらないという好奇心を抱いていることだ」

「は、ぁ?」

「ナーツェの一人娘だが、お前とさして年齢は変わらない。生年月日から見れば、お前の方が先に産まれている。だが、ナーツェの血統は四大血統」

「怪しければ、殺されるんですね?」

「その通りだ。だが、」

 そこで声の調子を整えた。

「常識知らずに常識を教えることは大切だ。馬鹿なことをしていれば、馬鹿なことをしていると、そのまま事実を伝えて構わない。時折、敬えなくなり、言葉遣いが乱れても構わない」

「四大血統のナーツェの血統……それも一人娘ですよね? そのような扱いをしたら、私は磔刑に処されるのでは?」

「俺が言うのだから、許される。乳母は選出するのに時間をかけたが、その分、随分と堅いことしか学ばせていない。だから侍女を俺たちは必要とした」

「それでは、私は生贄に近いではありませんか。どこまでが許され、どこまでが駄目なのか。それが分からなければ、私の基準で叱りつければ、もしかしたらその瞬間に首が刎ねられているやもしれない。そんな務めを、私は真っ当することができません」

「ここに連れられた以上、お前に選択肢はない。それに、俺はお前がする大半のことには目を瞑ろうと思っている」

「乳母様は?」

「あの者は、少し不遜なところがある。地位に胡坐を掻いてはいないが、ナーツェの一人娘の乳母であることを喧伝し始めている。お前がその者と同様な態度を見せるようになれば、同様の措置を取るようになるやもしれないが、きっとお前ならば大丈夫だろう」

「勝手に決め付けられても困ります」

「決め付けではない。とにかくも、ナーツェの一人娘には必要なのだ」

「なにが?」

 血統としては最上位の生まれだ。これ以上になにを欲すると言うのか。


「友人だ」

「友……?」

「血統が血統であるだけに、蝶よ花よと育てられたはいいが、同胞の中にナーツェの一人娘と同列に物事を考え、学び、語り合う者がいない。分かるか? あの娘は常に孤独に生き、孤独と戦い、孤独であるがために、いつも夜に、孤独に泣いている。俺たちは話し相手にはなれるが、友人になることはできないのだ。だから、お前が相応しい。ほぼ同齢で、勤勉であるお前ならば、あの娘の孤独を埋められる」

「私は、そんなに素晴らしいエルフではありません」

「素晴らしくなくともいい。むしろ、素晴らしくない方がいい。イプロシア・ナーツェは冒険者として『賢者』のを得てはいたが、決して“賢き者”と言い切れるほどに人格が出来ていたわけではない」

「そのように蔑んでは、命を狙われるのでは?」

「俺はイプロシア・ナーツェに(えん)を持つ者だ。大半の者は笑って済ます。ナーツェを笑えるのは、ナーツェに連なる者のみ……これも歪みではあるな。とにかく、『賢者』の名に相応しい立ち振る舞いを持ち合わせていたわけではない。むしろその逆のような性格だった。そんなイプロシア・ナーツェの一人娘となれば、継いでいる部分も似通っているだろう。その言動に呆れてしまうこともあるかもしれない。しかし、決して見捨てるようなことはしないでもらいたい。あの娘は寂しさから、かまってもらいたいがために、様々な馬鹿をやらかすだろう。それでも、同列に、同位に、そして先に産まれたことを理由にして、多くを教えてもらいたい」

 私よりも、ナーツェの一人娘は知っていることが少ないらしい。


 それは確かな優越感だった。


 だが、そんなものでは私の闇は晴れはしない。


 どれだけ傍にいようとも、どれだけ傍で語り合おうとも、どれだけ傍で夢を応援しようとも、私の闇は膨らんでいく。


 だから私は、間違いを犯し、異界に堕ちた。


 異界で生きるには、外の世界以上の苦難が待っていた。だが、なんにでも手を付けていたが故に生き抜くことはできた。


 しかし、訪れてきたのは寂しさ、そして孤独。座敷牢に閉じ込められていた時も、同じように感じたものだ。解放されたからこそ、私は沢山のことに目を向けることができ、好奇心を殺さずに済み、興味から薬学の知識を付けていった。逆行するかのように異界で閉じ込められ、一人であるという事実、一人であるからこその孤独に押し潰された。


 どれだけの歳月が経ったかは分からない。過ぎ去る時間の流れすらも曖昧になり、いずれ消え去るこの魂が、いついかなる時にこの世ともあの世とも異なる世界で消失してしまうのか。きっと星の巡りや、世界の輪廻からは外れるのだろう。魂が尽きれば、私という存在は永遠に、二度と、巡らない。

 だとしても、孤独に潰れた私にとっては、私という概念が消え去っても構わないほどにその時をずっと待ち侘びていた。


 再び、あなたと出会うまでは。

 再び、あなたを知るまでは。

 再び、あなたに檄を飛ばすまでは。



「ヴァルゴの音色は僕たちを惑わせる」

「集中が切れる?」

「いいや、二人だからこそ切れはしない」

 ヴァルゴがどれだけの音色を奏でようと、アレウスとアベリアの作業が止まらない。ロジックというテキストに触れている間であれば、互いの乱れを互いに指摘し、互いに元通りにするだけだ。これがアベリアではなくアイシャやアニマートとの作業だったならきっと途中で乱れ、ロジックを閉じてしまっていた。

 知り尽くしているからこそ、癖を知っている。乱れはすぐに分かる。

「スペースは空けたけど、大丈夫?」

「ああ」

「その手帳のアーティファクトを理解していないと、ロジックに書き写すのはできないよ?」

「だから異界にいた頃からずっと考えて、僕の中で理解したつもりでいる」

 ずっと考えていたわけではないが、どういった経緯を持ち、どういった物であり、これがエウカリスにとってどれだけ大切であったかを受け止めたつもりでいる。だから、その感情から湧き上がってくる文章をロジックに書き込むだけでいい。

 ただ、同時にエウカリスの生き様をクラリエは垣間見てしまう。そこでエウカリスの死を知ってしまった時、彼女がちゃんと立ち上がれるかの不安は残る。しかし、もうロジックは開いてしまっている。迷わずに彼女の生き様に刻まなければならない。

「アレウス」

「ん?」

 アベリアが指差したテキストにアレウスは視線を向ける。


「…………だから、クラリエさんのためにギルドが躍起になったのか」


 刻まれている出生の秘密を知ったが、口にはせず胸に留めておく。それはアベリアに視線で伝え、彼女も首を縦に振って同意してくれた。


「あとどれくらいだ?」

 ガラハが訊ねてくる。

「スティンガーが疲れてきてしまっている。異界獣に捕まってしまう前に下がらせたい。そうなると、オレの直感で霧を払わなければならなくなる」

 今までは先出しで攻撃し、ヴァルゴの霧の収束による現出を抑え込めていたが、スティンガーの補助がなくなるとそれができなくなってしまう。そうなると、ロジックを開いているアレウスたちにもヴァルゴの攻撃が飛んできかねないようだ。

「あと少しだ」

「信じるぞ、その言葉」


《ヴァルゴが泥を食べて、なにか意味があると思いますか?》

「泥を食べている……?」

 エウカリスの『森の声』を介した質問にアレウスは気を取られる。しかし、僅かに視線をそちらに向けてみると、確かに複数の鎧の乙女が泥を手に取り、食している。

「……! ただの泥じゃない! それはアベリアの残した魔力の残滓だ! あいつは魔力を補給している!!」

《残滓……? 泥と花が?》

「アベリアが魔法を唱えたあとに、残滓として泥が残り、そこに花が咲く。それを食べているんだ」

 この事実はエウカリスもアニマートも知らない。ニィナはもしかしたらアイシャに伝えているかもしれないが、どちらにせよ、状況が切迫している。


『……まさか! 泥にまみれてはいるがこれは!!』

 鎧の乙女の全身が炎を纏う。それらの炎を全ての鎧の乙女が自身の握っている大剣に宿し、一振りでアニマートたちを炎の渦へと招き込む。

『ああ、ああ!! これこそが、奪われた原初の劫火!!』


「なにを言っているんだ、こいつは?」

「さぁな」

 ガラハの問いかけに荒っぽく返事をしつつ、アレウスは書き込みを終えて、アベリアと息を合わせてクラリエのロジックを閉じる。


「なにを垣間見たかまでは知りませんが」

 目覚めつつあるクラリエにアレウスは囁くように伝える。

「それがあなたの勇気になると信じて、僕たちは託しました」


 アベリアと一緒にアレウスがクラリエから離れた刹那、霧を巻き込むようにしてクラリエを中心に風が起きる。


《まさか……》


 エウカリスが中空で制止して、クラリエに向く。

 二人の視線が交錯する。


 両目が銀に染まり、クラリエは“白い衣”を纏う。


《白き衣……エルフにとっての“白”は、正しき道を進む者の色。そして、勝利に導く者の色。そうですか、やはりあなたは私が調べた通り》

 クラリエが両手を振って、魔法の短刀を手に取る。

《『賢者』の血統にして、『勇者』の血を継ぐ者》

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