表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
16/705

自身の戦い方

【前衛職】

あらゆる冒険者の基礎となる立ち位置。近接用の装備ならば低度であれ扱うことを求められ、軽装に限らず盾や重鎧を身に纏った戦いも必要とあれば迫られる。筋力、強靭が高ければ高いほどに優秀とされるが、武器を十全に扱う器用さも必要とされる。魔物にとっての脅威度も高く、前衛職としてはまず最初に狙われる。そこから脅威度が中衛や後衛に移らないように前線を維持し続けることが求められる。

対応する職業は戦士、武闘家など多岐に渡る。


『オラオラ、ノロマな魔物ども! 俺たちはここだぞ! 来るなら来やがれ!』


【中衛職】

 一歩引いたところで戦況を分析し、その都度、適切な判断が求められる立ち位置。パーティにおける司令塔や回復職がここを担うことも多いが、前衛と後衛を行き来するような職業もここを担う。筋力よりも素早さ、器用さが求められ、前衛に回っても戦線を維持できる強靭さも必要になる。ただし、パーティ人数が多いのならば後衛職が中衛に入って、中心で守ってもらうような隊列も存在する。一概に中衛職と言い切れるようなことはないため、パーティによってそこを務める職業は様々である。


『出るときは出て、下がるときは下がる。私たちに求められるのは冷静さ。それを欠いたら、攻撃も守備も中途半端になってしまうから』


【後衛職】

 前衛と中衛が戦線を維持している間に回復、攻撃を遠距離から行う立ち位置。弓矢や魔法が挙げられるが、投擲技術を上げた職業がここに入ることもある。総じて言えるのは軽装であるため、非常に防御力に不安があり、強靭さも低いこと。そのためバックアタック、ハイドアタックといった奇襲に非常に脆い。なのでパーティによっては防衛のため後衛に一人、前衛の職業が混じっていることもある。中衛が即座に攻撃に反応し、後衛に移ることもある。素早さや筋力は求められておらず、特に高い魔力と器用さが必要とされている場合が多い。

対応するのは神官、魔法使い、狩人、僧侶など。


『あなたたちのおかげで、これだけの魔力を蓄えることができた!』

「異界に入ってどのくらいだ?」

「一時間ちょっと」

「穴をすぐに見つけられたのは良いけど、あれじゃ入れないな」

「ずっと見張っているわけにも行かないし」

「だよなぁ」

 度胸の足りなさにアレウスは歯痒さを覚える。異界で暮らしていた頃はもっと大立ち回りするような勢いが自身にはあった。しかし、魔物を知り、悲劇を知り、苦しみを経た結果、慎重に慎重を重ねてしまうようになってしまった。それは美徳でもあるのだが、同時に短所でもある。特にこの場、この瞬間に尖兵の如く、攻撃を仕掛けに行くような強さがない。


 そもそも、前世の記憶を辿ってみても、自身が人や動物を刃物を使って殺すといった残虐非道な行いをしたなどということはなく、ましてや動物に突然、襲われたなどということもないのだ。それを少し前に経験したは良いものの、指示があったから出来たことだ。能動的に殺すというのが、まず心に、そして体にブレーキを掛ける。向こうから一斉に襲い掛かって来たならば、この限りではきっとない。自分は思うがままに剣を振るって、殺すのだろうと想像も出来る。ただし、キッカケが得られない。それでは、いつまでも受動的なままなのだ。


 ひょっとすると、倒さずに出来る限り戦闘せず、逃げることを重視したいと考えてしまうのも、ひょっとすると殺生(せっしょう)に対する途轍もない嫌悪感が抜け切れていないことを象徴しているとも言える。


「鶏も、豚も、牛も、殺して加工して喰って……そういう生活はあっちだろうとこっちだろうと一緒だっただろ」

 要はその現場を見ていたか見ていなかったかの違いであり、アレウスは見たことがない側である。こちらでの生活においても、なるべく見ないフリを続けて来た。


 人種の死体を見るのには慣れているクセに、動物の死骸を見るのには慣れていない。そんな歪んだ状態が、今のアレウスの弱腰を表面化させている。


「私が行こうか?」

「それは尚更、駄目だ」

 一度、その場に屈んでから呼吸を整え、ゴブリンの徒党を睨んでから剣を抜く。

「援護を頼む。一気に穴へと駆け込む」

 アベリアが肯き、杖を構える。

「壁はぶち破らなきゃ意味が無い。奥に、奥に、奥に、奥に溜める」

 怯えるな、下がるな、ビクつくな、ビビるな、足を出せ、飛ぶように前へ駆けろ。

 自身に命じ、重たい足が一歩、前に出る。歯車にオイルを差したかのようにそれまでどうしても動かせなかった足が、一気に回り出す。


「“火の玉、踊れ(ファイアボール)”」


 ゴブリンの徒党に考えなしに飛び込むのは愚行だ。それは分かっている。だからまず、アレウスより先にアベリアの魔法の火球がゴブリンへと三つ飛んで行く。通常の炎と違って魔法によって生み出された炎は魔物に有効である。それはゴブリンも本能的に理解していることで、徒党は散り散りに――全四匹がバラバラの方向へと避けて、そしてアレウスを見つけて石を削って作った短剣を握った。見るより速く、アレウスが加速して一匹に近付き、剣を縦に振る。頭部を直撃したが、骨が邪魔をして振り切るまでには至らない。自身の筋力と、『オーガの右腕』によるボーナスを受けていても数値がゴブリンの骨をかち割るには足りないのだ。大量の鮮血が飛び散るが、そんな物は気にせず、真上に剣を振るほどの勢いでゴブリンの脳天から剣を抜き取る。


 続いて、背後から攻めて来ているゴブリンに振り返り、そして剣で横に薙いだ。これは当てるためではなく、詰めるのを留まらせるためだ。近距離ではアレウスよりも小さく、身軽に動くゴブリンを切るのは難しい。懐に入られれば終わりなのだ。


 一匹は恐らくあのまま死ぬ。ここで相手をしているのは一匹だけ。残り二匹がこの状況じゃ探せない。だから後ろに引く。悪い判断ではない。とにかく詰められれば不利なのだから、距離さえ開ければ有利なのだ。観察していた結果、この四匹は弓を持っていなかった。あの枯れ木が燃え上がった拍子にそのまま放り出してしまったパターンなのか、それとも別の徒党なのか――その場合、この徒党の窮地に駆け付けて来ることも考慮しなければならない。


 思考は巡らせつつ体を自在に動かす。ゴブリンは思った以上の俊敏性を見せて、アレウスが開いた距離を一気に詰めて来た。剣を振るう。しかし、避けて懐に入られた。

 柄から手を離して距離を取る。石の短剣が身に着けていた衣服を裂いて、その下に身に着けていた鎖帷子(くさりかたびら)の一部まで削って行った。装備していなければ、皮膚から肉へと至って、出血していたに違いない。それでもゴブリンは腕力だけでアレウスに僅かな違和感を腹部に残した。裂かれたのではなく、これは打撲に近い。

 鎖帷子は必ずしも石の短剣から身を守ってくれるわけではない。確かに石よりは固いがカバーできていない部分はある。鎧も考えたのだが、アレウスはあの男に言われた通り、まず小ズルい戦い方を独力で学んだ。そのため、魔法を掛けられずとも足運びが軽やかでなければ自身のスタイルが確立しないのだ。


「アベリア、二匹が見えない。お前を狙っている可能性がある、こっちに来い」


 火球はゴブリンにとって脅威だ。つまり、一匹が瀕死状態にあるのならば一匹がアレウスの気を引いている。残り二匹が、アベリアへと向かって始末する。そのような導線が僅かながらの可能性としてアレウスの頭を駆け抜けた。


 駆け寄る彼女の足音を聞きつつ、剣を捨てた今、アレウスは短剣を引き抜く。


 特別な力は付与されていない、ありふれた短剣だ。それなりの鍛冶屋によって打たれ、刃が研がれたからか切れ味はとても良い。だが、どこからどう見ても至って普通の短剣に過ぎない。これよりも良質な短剣は他にも幾らでもある。


 それでも、あの男が渡してくれた短剣だ。鞘から抜けば無駄に込めていた力が抜けて先ほどよりもより体は動かしやすくなる。だから神官の有無を言わさないロジックへの干渉しようとする動きにも反応し、アベリアのロジックを開くことを阻止した。


 自然とは、不自然以上に難しい状態にある。力を込めれば筋肉は張り詰める。だからと言って、気を抜けば逆に筋肉から力が抜け過ぎる。自然体は意識したら成立しない。だから、アレウスは不自然と自然の合間を行き来するような、それこそゴブリンが動きを止め、その足運びに目を追ってしまうほどに複雑な動きと速度でもって先ほどは不利でしかなかった距離感に入り込み、短剣でゴブリンの喉元を貫く。


「危ない」

 短剣を引き抜こうとしたが、忍び寄っていたゴブリンが背中に飛び乗って来る。それをアベリアが杖に魔力を込め、打ち飛ばす。

「回収は後回しか……いや、捨てるのも考慮して」

「それは絶対に駄目」

 捨てた剣を拾って、鞘に納める。


「“(トーチ)”」

 杖から放たれた魔力が光球となって宙へ放たれ、二人の真上で強烈な閃光を放って消える。二匹のゴブリンが目をやられて、呻いている。俯いて閃光をやり過ごしたアレウスはゴブリンの喉元から短剣を引き抜き、もう一方の手でアベリアの手を掴み、自身の魔法で目が眩んでいる彼女を引き連れて穴へと飛び込んだ。


 寸前、左足にジワリとした痛みを感じたが、界層を登ったことで残った二匹のゴブリンからの追撃から逃れることが出来た。


「眩しさの中でがむしゃらに攻撃されたな……」

 左足の脛付近に複数の切り傷が出来ており、血がダラダラと流れ出ていた。このテストが終わったあとは絶対に脛当てか、それに代わる軽い防具を買おう。そう思いつつアレウスはアベリアから自身の荷物を受け取り、ポーションを飲む。傷の縫合にはまだ時間が掛かるので、その場に屈み込んで魔物の気配を探る。

「回復魔法、唱える」

「これぐらいなら大丈夫」

「唱える」

「大丈夫だから」

 なににしても、アベリアはアレウスの負傷に敏感なのだ。小さな怪我でさえすぐに魔法を唱えて回復しようとする。ありがたいが、魔力の回復手段が限られる場所では節制というものを学んで欲しい。

「今のは、危なかった。でも、良い立ち回りは出来たな」

「二匹しか倒せなかった」

「いや、あそこで目を眩ませたのは正しいよ。実際、一杯一杯だったから逃げるしかなかったんだ」


 彼女の機転を褒めてから、魔物の気配は無くとも人の痕跡――それも血痕を見つけたので、傷は未だに縫合を続けているが、痛みは和らいで歩くのに支障は出ていないのでそちらへと足を運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ