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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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今も信じている

「“癒して”」

 アイシャの回復魔法で砕けた骨の再生が始まり、アレウスを襲っていた激痛がゆっくりと和らいでいく。

「随分と長い間、燃やしていたようですがようやく焦熱状態に入ったようですね」

 鎧の乙女に最期の一撃とばかりに杖の先端にある鎚を叩き付け、霧散させてからアニマートが下がりつつ、エウカリスに語る。

「『衣』は血統によって子供にも宿されるものですが……」

 『緑衣』をジッと見つめながら続ける。

「あなたの血統は『灰銀』だからとかではなく、単純に『衣』が脆弱なようです」

「分かっていますよ。それでも、とっておき、と私は思っていたのです。異界獣にだって対等に戦えるはずだと信じていました。ですが、使ってもまだ異界獣には届きません」

「嘆くことはないですよ。異界獣と対等に渡り合えるのは、一握りの人種だけです。しかし、それを知って立ち止まるか、知っても尚、歩めるか。そこで人に差が生じます。あなたがどちら側なのか、しかと見届けさせてもらいましょう。それと…………いえ、これは口にしないでおきましょう。あなたの魔力が、それを望んではいらっしゃらない。普段から余計な一言が多いと言われがちな私でも、汲み取れることぐらいはあるんですよ?」

 最後の部分を自信あり気に言う辺りが一言余計である。だが、そこよりも気になるのは『焦熱状態』という言葉だ。エウカリスから受け取った手帳を開き、そこに書かれていることを斜め読みして、理解度を上げていく。

 そんな中、エウカリスが単独で鎧の乙女に向かう。これに対して、ヴァルゴは霧を一気に収束させ、複数の鎧の乙女を生成して対抗する。摩擦を感じさせない動きを取り、エウカリスは高速の移動を繰り返して跳躍し、空中から矢を射掛ける。一発、二発、三発。その全てが翡翠の輝きを持ち、異常な軌道を描きながら鎧の乙女の隙間を狙う。

「焦熱状態ってなんですか?」

 アニマートは後退したまま、前線を維持している。エウカリスがそれより前で暴れているのだが、ヴァルゴは霧さえあればどこにでも鎧の乙女を生み出せることが先ほど、実証されたため、後衛を守るための判断だろう。なので、アレウスは動けるようになるまでの間に訊ねておく。

「『衣』は発動初期は、弱火なんです。そこに(たきぎ)である生き様を多く投入することで、少しずつ炎という名の『衣』を育てていく。焦熱状態はその『衣』が、強火を越えて焦げるような熱さに達した状態。そうなってからが『衣』の真骨頂なんですけど」

「けど?」

「彼女の血統は、引き継いでいる『衣』が弱いのです。だから、焦熱状態に入っても色が変わらない。けれど、四大血統以外に色の変わる『衣』を持っている者は少ないです。そして、色が変わらずとも『衣』を焦熱状態まで持っていける者は限られているので、先ほどの『けど』は別に侮蔑を込めたものではありませんよ?」

 心外な、とでも言いたげな顔をされた。別にそんなことは塵一つも思っていないのだが、この人は一々、波風を立てる一言を付け足さなければ気が済まないらしい。

「私が下がっているのはあなたたちを守ることもあるのですが、焦熱状態に入った彼女の周りで動き回りたくないというのもあります」


「矢を射掛けてください」


 鎧の乙女を攪乱しながらエウカリスが要求してくる。ニィナはウダウダとなにかを言うこともなく、言われた通りに弓に二本ずつ矢をつがえて、連続的に射出する。

「優秀な射手のようですね」

 そう褒めたエウカリスが、ニィナの放った矢の一本一本に『緑衣』の端を触れさせ、全てが翡翠の輝きを宿して鎧の乙女に向かう。

「先に言っておきますが、ヴァルゴ。魔力を置き換えて、私の矢を操ることはさせませんよ。焦熱状態に入った私の矢は、何度だって私から魔力を供給して、置き換えた魔力を再び私の物へと変えますから」


「好戦的にも少しだけなるんですけど、あれは生き様を、心を燃やすからこそ起こる気の昂ぶりみたいなものです。ああなってからだと、巻き込まれやすくなります」


 アニマートが最後に呟いた刹那、鎧の乙女に刺さった翡翠の矢が激しく明滅し、爆発する。鎧が砕け、バランスも崩したところに追撃とばかりに二本、三本と矢が向かっていき、刺さっては爆発を繰り返す。それはニィナが放った矢も例外ではない。彼女の『緑衣』に触れたことによって魔力を与えられ、それが対象に接触して爆発を起こしているのだ。

「自衛のための矢は残しても構いませんので射掛けるのを続けてください」

 返事はせず、ニィナは行動で答えを示す。アイシャはニィナの横でフォローに入れるように身構えている。

「あの状態のエルフとは共闘が難しいんですよ。あんな感じで、辺り一帯を縦横無尽に駆け巡りながら矢やらなんやらが飛び交うので、私たちまで巻き込まれるのではと不安になるんです。完全に掌握しているエルフも少ないので、実際、味方を巻き込んでパーティが全滅して教会で甦ってから喧嘩をするというのを何例か見たことがあります」

 アレウスは上半身を起こし、そして折れた骨が接合されたかどうか、恐る恐る体に力を込めて立ち上がる。

「ナーツェの娘を後回しにしたのは、目覚めることにも賭けていたのですか?」

「首を絞められていた時間は、救援もあって僅かの間でしたので」

「それなら、私も優先順位を後ろに回しますね。あなたの判断ミスではありません。むしろ……暢気に目覚めないナーツェの娘が悪い。『灰銀』のエルフは彼女を守るために自分自身を囮にして、全ての鎧の乙女を惹き付けるつもりなんでしょうけど、彼女の『衣』が燃え尽きる前に目を覚ましてくれないと、全てが無意味に終わります」

 どれだけエウカリスが焦熱状態で周りを巻き込むほどの暴れっぷりを見せても、倒れているクラリエが一抹の不安として残っている。

 『衣』のコントロールは困難を極めるらしく、鎧の乙女が爆発で吹き飛ばされるたびに奏でられる鼻歌で、一瞬ながら翡翠の矢の軌道が乱れる。意識の混濁、そして混乱や困惑を強制的に引き起こす中で、それでも必死に魔力を手繰っているようだが、下手をすればクラリエに翡翠の矢が刺さりかねない。

 なので、彼女の不安要因を排除するには、アニマートですら近寄りたくないという前線に飛び込むしかない。そもそも鎧の乙女を排除するために翡翠の矢を操っているのは、未だに意識を回復させずにいるクラリエを守るためだ。ヴァルゴがエウカリスの『衣』を学習して、戦い方を変える前に終わらせて、さっさと撤収しなければならない。


 自分に言い聞かせ、状況が変わるたびに再認識させるために考えていることが、何度も何度も思考に上がってくるのは、やはり鼻歌による混乱のせいだろう。あれを聞かされるたびに、自身の最終目標を見失いそうになるのだ。指揮は変わらずヴェインに任せる必要がある。ガラハとは、互いの武器のリーチを把握して、なにより相手の邪魔にならないようにする。指揮はともかく、スライムと戦った際にはできていたことが、できなくなっていることがあってはならない。


「アベリアは、ニィナと同列。アイシャより一つ前で待機。異界なら、お前の方が即断即決ができるはずだ」

「分かった」

「そしてヴェインはそのもう一つ前。僕とガラハを指揮する以上は、後衛じゃなく中衛を維持してもらう」

「任せてくれ」

 この翡翠の矢が乱舞している中にアベリアを連れては行けない。後衛職であることも含めて、アニマートの防衛線をヴァルゴが抜けた際の最終防衛になってもらう。ヴェインは大剣を防ぐだけの筋力を持っていることは確認した。だから、不安はない。

「射抜かれるなよ、ガラハ」

「あのエルフも一応は貴様に力を貸しているのではないのか?」

「分かっていると思うが、異界獣が僕たちを混乱状態にする。集中力が切れて、矢のコントロールが失われた場合、僕たちに刺さらないとも限らないってわけだ」

「はっ、アレウスは避けられんか」

「馬鹿言え。僕はお前の心配をしただけだ」

 互いに罵るようにして鼓舞し、士気を上げる。

《異界獣の能力を踏まえても、絶対に当てないとは言い切れません》

「でも、お前はクラリエを守るために身を燃やしている」

《はい》

「だったら、僕たちのやろうとしていることも理解しろ」

 エウカリスは『森の声』で、それ以上の言葉を送ってくることはなかった。代わりに行動で示しているかのように、翡翠の矢の精度が上がっていく。そして彼女の移動速度も上昇しているように感じられる。

 ガラハと合わせて前線に出る。クラリエを回収し、後退さえさせれば万事解決。そう信じ、走るのだが、それを待っていたかのように鎧の乙女が次から次へと霧を媒介にして生まれ出てくる。どれもが大剣を握り締め、そして振るうたびに剣身を不可視のものとする剣術を使いこなす。アレウスとガラハが代わる代わる、それらを相手にしていると複数の翡翠の矢が援護とばかりに鎧の乙女に突き刺さり、爆発を起こす。爆風を浴び、爆音を聞きながらも足は動かす。翡翠の爆発は逆にアレウスたちにとってはメリットがある。ヴァルゴの生態がどのようなものかは分からないが、とにかく霧を媒介にしていることは確かであるため、爆発が起こればその霧が一時的にではあるが晴れる。再び霧が満ちるまでは、その地点はほぼ安全ということになる。この状態――鎧の乙女を複数用意して、混乱状態にある者を刈り取っていく戦法がヴァルゴの全てであるのなら、仲間と共にであれば、ピスケスよりは確実に弱い。巨体がそのまま恐怖を表すような異界獣としか出会っていない分、ヴァルゴのような異界獣は少々、拍子抜けする。これは混乱が招いている思考ではなく、単純に仲間と合流できたことで気が大きくなった結果、導き出せていることだ。付け上がれば、必ずしっぺ返しを喰らう。なので、鎧の乙女がどの瞬間に、これ以上の凶暴性を見せるのかを注視し続けていたのだが、案外、楽にクラリエの元には辿り着けてしまう。いや、それもこれもエウカリスと、アニマートの存在が大きい。特にアニマートは存在するだけで、ある程度の無茶が押し通せるような気にさえなる。それくらい、あの眼と、防御の魔法が強すぎる。

「クラリエさん、聞こえますか?」

 問い掛けるが、返事はない。仕方がないので、担ぎ上げようとするとガラハに止められる。

「エルフは本当に姑息だな。一時しのぎに過ぎないことをして、物事から目を逸らすとは……オレが言うべきことじゃないのも分かってはいるが」

「なんだ、一体どうした?」

「こいつは意識を失ってなどいない。首を絞め上げられ、救われてからもずっと、意識がないフリをしていただけだ。そして今も、それを続けている」

「……クラリエさん?」

「目を閉じ、惨状から逃げ、身を捨てて、誰かが解決してくれるだろうと決め付け、命を捨てている。貴様、なんのために生きている? なんのために、オレたちは命を賭けて助けに来なければならなかった?」


「……もう、嫌なんだよ」


 クラリエが口を開く。

「もう、もう、もう、本当に、ほんっとうに、勘弁なの。限界なの、嫌なの、辛いの!!」

 子供のようなことを言い出す。

「異界に堕ちる前から、堕ちてからもだけど! 人生を道に喩えて歩くのも、生き様を自分のロジックに刻み付けるために生き続けるのも!! 誰かが私のせいで死ぬのも、誰かが私のせいで殺されるのも、耐えられない! だから、だったら……もう、私が死んでしまえば全部、終わるでしょ? 私が死んでしまえば、私が、私という存在が置いてけぼりにさえなれば、誰も傷付かない! 誰も、苦しまない! だから、置いていってよ。捨ててよ。私の命を、ここで捨てさせてよ!」

「それは」

「それはできないって言うんでしょ?! 誰かに命を預けたつもりもないのに、命を守られ続ける辛さが分かる!? 私には生きる価値があるからって、みんなが言う! 私の血統は意義のあるものだって誰もが言う!! でも、その誰も、誰一人として! 私自身を見てくれていない!! 正直、異界に堕ちた時には、これで私は終わるんだなって思った! でも、なんで!? なんでなんで?! なんで、アレウス君は付いて来ちゃったのよ!! なんで、そんな風に、助けるのよ……! 死ぬかもしれないのに、他人の命を守れるのよ……なんで、みんな、私の命を、守るの……。私がナーツェの一人娘だから!? 私が、『賢者』の娘だから!? 私には英雄の血が流れているから?! でも、実際はどうなの!? ちっとも力になんてなれていない! それに、ハイエルフでもないハーフエルフですらない、野蛮な……ダークエルフ。それでも最初は生きようって思った。生きたいって思った!! ナーツェから解放されたって思って嬉しかった! でも、やっぱりだよ……やっぱり、私はナーツェの一人娘だから、みんなを巻き込んで、そしてみんなが死んで行くんだ……私だけ、また生き残るんでしょ? もう嫌だよ、もう、そんなの、無理だよ」

 かけるべき言葉が見つからない。

 アレウスは血統だの貴族だのとは無縁の生活をしてきた。蝶よ花よと育てられていたクラリエが一体、どのような毎日を過ごし、その後、どのような経験の果てに凋落したかの如く、ダークエルフになったのか。経緯を聞いていないからこそ、単純に彼女の言葉を肯定も否定もできない。

 なにより、生きてきた人生の長さが違う。好奇心を抱きながらも外に出られなかった期間、ダークエルフとなって、先ほど吐露した苦しみを抱き続けてきた期間。その両者ともにアレウスの年齢以上に違いない。

 種族が異なるだけで、見た目はヒューマンと変わらない。しかし、寿命は年月ばかりは共有ができないし、共感することさえできない。

 では、どう答えるべきなのか。正しさを突き付けるのか、それとも間違いに自身も身を沈めるのか。この判断で、目の前のクラリェット・ナーツェというダークエルフは生きようとも思うし、死のうとも思う。

 決断が迫られている。生き死にを、委ねられている。

 こんなバカな話があるかとアレウスは思う。生きることと死ぬことは、誰かに委ねるべきことではない。自分自身の判断で決めるのだ。少なくとも、意思表示ができる段階で、生死を委ねることも預けることも筋違いだ。だが、人はとても弱い。孤独は恐怖となり、虐げられることは精神の崩壊へと繋がる。

 生きることにベクトルを向け続けることができる者はひょっとしたら少ないのかもしれない。何故なら、アレウスですら思ってしまう。誰かに生死を委ねること以上に、気楽なことはないと。使い物になっている内は仕事に従事し、使い物にならなくなったら捨てられる。そんな世の中を生きているからこそ、同じ人種に任せてしまいたくなる。

 生きることが考え続けることであるのなら、死ぬこともまた常々に考え続けることなのだ。この二つが表裏一体だからこそ、生きる実感があり、その背後に死の恐怖で震え上がる。


「僕は、」

「クラリェット様」

 なにかを言う前にエウカリスがクラリエの前に降り立つ。しかし、クラリエは返事をしない。

「クラリェット・ナーツェ様」

 やはり返事はない。

「クラリエ様」

 それでも返事はない。

「クラリエ!!」

 たまらず、エウカリスがクラリエの頬をはたく。

「私の生き様は、あなたのために燃やしている。あなたのために、あなただけのために燃やしている。燃やしているのは人生だ。不必要な毎日のサイクルから燃やしていても、大切な想い出も徐々に燃えていく。あなたは……あなたは!!」

 『緑衣』は炎のように激しく揺らめく。

「分かるか? あなたのためにこの『衣』は燃えている。あなただけのために揺らめいている。なのにあなたは……無駄にして…………私の人生を笑うのか!!」

「エウカリス……?」

「生きなさい、クラリエ。私が燃やした人生の分だけ……いえ、それ以上にあなたには生きてもらう。無駄になった分を、あなたの生き様で帳消しにしろ」

 敬語ではなく、エウカリスの心からの訴えがただただ溢れている。

「だって」

「だってもへったくれもない! 私が生きろと言った! なら、それだけでいい。その理由だけであなたは生きられないとでも言うのか?! 人に生きるか死ぬかを求めておいて、自分が求めていない答えが返ってきたら、答えた者の気持ちはないがしろにするのか?!」

 クラリエは答えない。


「……私は、今も信じているんですけどね。あなたが、ダークエルフであったとしても『賢者』を越える英雄になると……」

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