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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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 鎧の乙女が起き上がるまでの間、アニマートの視線はずっとそちらを向いたままで、言葉の真意を読み取ることはできなかった。

「しかしながら」

 杖を手元で回しながら――デルハルトが鎗でやっていたように、強者の立ち振る舞いを見せながら、アニマートが溜め息をつく。

「勇ましさは認めますが、無様。あなた、今も無傷だと思い込んでいるのでしょう? ギリギリのギリギリを攻めすぎて、体が傷付き、悲鳴を上げていることにさえ気付けていない。戦場で傷を把握せずに挑んでいては、いずれどこかで足元をすくわれます」

 先ほどは褒められたと思っていたのだが、ここまでの言葉を繋げると、途端に侮蔑されているのではという疑いも出てくる。しかし、女性に言われた直後からアレウスの体は思っている以上の痛みの信号を発する。これまで必死に挑みかかっていたために、脳が消し飛ばしていた痛覚が戻ってきたらしい。

 戦わなければならない魔物を前にしたことによる興奮も、痛みに気付かなかった要因にはなっているが、場合によってはヴァルゴの鼻歌による脳の混乱が招いたものとも言える。だが、それを言い訳にしたところで女性は無視するだろう。

「『異界渡り』が得意らしいとルーファスから聞き及んではいましたが、私が来なければこの異界獣に諸々、喰い殺されていたでしょう。知識が豊富とのたまっておきながら、その実、浅さが露呈してしまいましたね。これを教訓とし、以降、異界に関わらないと誓ってもらいたいところです」

 そう言って、アニマートが足を動かすも、やはりバランスが取れていないらしく、大きくフラついた。鎧の乙女はその隙を逃さず、凄まじい勢いで接近し、大剣を振るう。

「とはいえ、異界獣に比べればまだ幾分かマシか。けれど、魔物と比べて嬉しがられても困ったりもしちゃったりもしますが」

 悠々と話し続け、まるで防御の体勢を取らない。この人は死にに来たのかと思うほどに、ただバランスを取り直して突っ立っているだけなのだ。


 なのに、鎧の乙女の大剣は女性を切断することなく、なにかとても硬いものにぶつけたかのように強く弾かれた。構わず鎧の乙女は大剣を振り直すが、やはりこの一撃も弾かれる。

 アニマートは体になにかしらの損傷を受けたわけでもなく、大剣が帯びている衝撃を受けてよろめくわけでもなく、ただそこに立っているだけだ。なのに、鎧の乙女の剣戟は三度、四度と弾かれる。


「『灰銀』のハイエルフが生き様を燃やして、『衣』を発動中にも関わらず拘束されている。クラリェット・ナーツェは腕に捕まり、首を絞められている最中……私たちヒューマンも大概ですが、世界であれほど威張り散らしているエルフが異界でここまで痛め付けられている様を見るのは、妙な高揚感がありますね」

 朗らかに笑ったのち、鎧の乙女を再び杖で打ち飛ばす。今度は逆の脇腹の鎧が、軽く振られた一撃で砕け散った。

「最優先すべきはこのままだと窒息死、或いは首の骨を折って死んでしまうだろうクラリェット・ナーツェから」

 霧の中からいつもの神官の外套を纏ったアベリアが飛び出し、起き上がろうとしたアレウスの真横につく。

「“火の玉、踊れ。大きく大きく踊れ”!」

 先ほどよりも数は少ないが、サイズは一回り大きくなった火球が中空に現れ、真っ直ぐにクラリエを掴んでいる腕へと向かう。鎧の乙女は打ち飛ばしているものの、ヴァルゴの意思はそこには介在していないため、この火球に対して霧によって形成された人の皮膚のような膜が遮るのだが、全てが焼き払われても尚、一発の火球がクラリエを捕らえている腕に届き、燃焼させて彼女を解放する。

「生きてた」

 アベリアはアレウスを見て、唐突に感動が押し寄せたらしくその場でピョンピョンと跳ねる。

「生きてた生きてた生きてた生きてた!」

「そんなに繰り返さなくてもいいだろ」

 彼女の手を借りて起き上がらせてもらい、アレウスはともかくも彼女を落ち着かせるために頭を撫でる。

「あの人はどうやって攻撃を防いでいるんだ?」

 ようやく安堵したらしいアベリアにアレウスは問いかける。実を言うと、アレウスもここでは抱き締めたいほどに再会に打ち震えているのだが、それはここですべきことではないので我慢している。安全になってから、改めて感情は爆発させてしまえばいい。だから、ここでは必要最小限の情報の伝達を求める。

「ルーファスさんのパーティ所属の神官。体調が悪いから、クルタニカが最近は穴を埋めるために入ることがほとんどらしいけど」


「考えなしに霧の中に突っ込んで、負けじとそれを追いかけた時にはどうなるかと思ったよ」

「いや、逆に考えがあってこその突撃だったはずだ。でなければ、この小娘は付いてはいかなかった」

「ヴェインと、ガラハも……」

 まず救援に来るとすればアベリアとヴェインを想像したが、最終的にはアベリアだけが来るのではと若干の不安があった。ヴェインは婚約者のことを思えば異界には飛び込めないだろうし、ガラハは自業自得と言って、一蹴するのではないかと。

 しかし、アレウスの予想を良い意味で裏切って、二人の姿はあった。

「俺たちだけじゃないよ。ほら、射手の子も来ている」


「アレウスを驚かせてやろうと思っていたのに、先にバラしちゃったら意味がないでしょ!」

「驚かせる余裕があるのなら、好きなだけ俺もその話に乗るところだけどね。どうやら、そんな状況ではないらしい」

 ヴェインが軽くあしらう相手は意外な人物であったため、アレウスは本物かどうか疑う。

「ま、私が来たんだから感謝しなさい」

「お前……異界はもう懲り懲りだって言っていただろ」

「借りを返しに来ただけよ。これっきりよ、これっきり? 今後は絶対に勘弁なんだから」

 ニィナは弓に矢をつがえて、標的を探る。

「あと、私の連れの紹介も……本当は、こんなヤバいところで紹介させるつもりもなかったのに、あんたが異界なんかに堕ちるから」


 ガミガミと文句を言われるのだが、まったくその通りなのだから反論できない。

「あの、すみません。私がニィナさんのパーティに入ることになりました、アイシャ・シーイングです。アレウスさんのお話は、ニィナさんから沢山聞かされていて」

「そういうのは今、話すことじゃないのよ」

「すみませんすみません」

「仲間を怯えさせてどうするんだよ」

「いえ、いつもはこうじゃないんですよ? ただ、アレウスさんの話をする時は決まって機嫌が悪いと言いますか」

「だからそういうことは言わなくていい」

「はい!」

 どうやら自身は彼女たちの関係になにかしらの作用を引き起こす原因となっているらしい。それで仲違いでも起こされると困るので、ニィナはともかくアイシャにはあまり声をかけるべきではない。恐らく、ニィナを通してでないとニィナが機嫌を損ねる。そういう雰囲気を僅かな会話の中で察する。


「お話をしている場合ではありませんよ? ヴェインさんとアイシャさんはこちらに。私に魔力をください」

 言われるがままヴェインとアイシャがアニマートの元へ向かう。開かれた眼にチラつく蜂蜜のような輝きが、二人を捉える。

「信じられるか? ああやって見つめているだけで魔力を吸う。同時に、魔を惹き寄せる」

 ガラハがアニマートがなにをしているのか説明してくれる。

「『蜜眼』と呼ばれる『魔眼』の類らしい。他人の魔力を思いのまま吸い、それを自分の魔力に還元できる。ただ、スティンガーがそうであるように、とても甘い魔力になるらしく、ほとんどの魔物があの女を集中的に狙う。ここに来るまでも、ほとんどの亜人があの女を喰うために襲いかかり、返り討ちに遭っていた」

 ガラハの視線は空中を舞い踊っているスティンガーに向けられ、そしてその妖精は現在進行形でアニマートが放つ魔力の香りに抗っているような表情を見せている。

「花の蜜を吸って、蜂蜜を作る……みたいなところか」

「それが正しいだろうな。同時に魔力も蓄えられるんだろう。ただし、それ以上にあの女が扱う魔法は大量の魔力を消費するようだ」

「だからヴェインと、ニィナのところの神官が?」

「還元できる魔力だが、敬虔なる僧侶と神官以外は難しいらしい。アベリアの魔力は異界に来る前に、体に合わないと確認している」

 アベリアは本質的に神官嫌いな部分があり、神を信じられるほどの強い信仰心も持ち合わせてはいない。それらはアニマートが持つ『魔眼』には合っていないのだ。

「ありがとうございました。それでは下がって、魔力の回復を……いえ、自己防衛かこちらの動きに合わせられるようでしたら魔法による援護もお願いしたいところです。そのために、極々、少量で済ませたのですから」

 アニマートはそう言うが、ヴェインとアイシャの二人の額には汗が滲み出ている。魔力を吸われる感覚はよくは分からないが、結構な負担がかかっているように見える。

「お前のところの神官が初めての異界で、初めての異界獣との遭遇で、ああやって自分よりも上の冒険者に魔力を吸われるのはどうなんだ?」

「良いわよ、別に。だって、認めざるを得ないもの。あなた、知らないの? あのアニマート・ハルモニアよ?」

「……知らない」

「シンギングリンで一番大きな教会の神官長よ? いわば、あの街のほとんどの神官を束ねているの」

「……見たことはないが」

 教会にはあまり近寄らないが、それぐらい有名であれば街中を歩けば耳に入り、そしてどこかしらで目にすることもあっただろう。

「体調不良でほとんどの仕事を副神官に任せているのよ。こっちもかなりの腕前の神官って話よ? で、その副神官が元々務めていた教会に所属しているのがクルタニカ・カルメンってわけ」

 アニマートが一番偉く、その下に副神官、そしてその下にクルタニカがいる。

「あのクルタニカが、三番手?」

「三番手なのか、もしかしたらもっと下かもしれないわ。私も、あなたを異界から救うって依頼の際に初めて顔を見たわ。そこからは……もう言わなくても分かるでしょ?」

 神官でありながら、神官らしくなく前衛。隻眼というハンデ、更には常日頃から体調不良という一面を抱えている。だが、鎧の乙女とそれを操っているヴァルゴを後手に回している。


「よく言われるんですよ。片目だけでは距離感を掴めず、生活で色々と不便だろうと」

 こちらの心でも読んだのかと言わんばかりにアニマートが独白する。実際、読んだのかもしれない。ニィナの話であれば、それぐらいはやってのけそうな気配がある。

「私はよくこう答えるの。『生活では確かに不便ばかりで困ってしまうけれど、魔物を狩る時には一度も困ったことがない』って。だって私のこの眼は昔から、困難ばかりを突き付けてくるから、もうなにが困難で困難じゃないか分かんなくなっちゃったから。それに比べたら、生活は平凡で、平穏で、平和だから、冒険者として生きるよりずっと不便を感じやすい」

 鎧の乙女が起き上がり、再びアニマートへと大剣を振り上げた。


「“我が盾となれ(シールド)”」


 アニマートの体に半透明な正六角形を敷き詰められていき、剣戟を防ぐ。

「私たちが驚かされたのはこのあとよ」

「一回の詠唱で、何度も攻撃を防ぐんだろ?」

 彼女の魔法はいわゆる攻撃ではなく防御に類する付与魔法だ。『軽やか』と同じように効果時間が存在し、切れれば体に負担がかかる。切れればもう一度、もう二度とかける魔法だ。そうならないように長時間、効果を発揮させるためにはもっと言霊は複雑なはずだ。しかし、アニマートが唱えたのは恐らくだが『軽やか』と同じ初級の魔法で、二度、三度と攻撃を防ぐような代物じゃない。

 なにより壁を張るのではなく、衣服共々、全身に貼り付けた。アレウスのパーティはどちらかと言えば攻撃魔法や妨害系に強く、防御系の魔法を有していないせいもあるが、それでも、あんな防御の付与魔法は見たことがない。崩壊した村や、先の獣人との戦いの最中でも見聞きしていないのだ。

「一度の詠唱で最高で六回は攻撃を防ぐわ。場合によってはあの人だけじゃなくて、私たちにもかけてくれる。それも、半永久的。あの人が解かない限り、あの付与魔法は解けない」

「異名は『神愛』。シンギングリンの絶対不可侵の盾とまで言われている。あの『蜜眼』を持ちながら、シンギングリンに魔物の大群は攻め寄せてこなかったからね。まぁ、前回のでなにもかもが覆ってしまったんだけど」

 戻ってきたアイシャをねぎらうニィナが、そしてヴェインが前線に立ち続けるアニマートの異名とその偉業を揃って口にする。

「“傷を癒やせ”」

 その後、ヴェインが鉄棍で地面を叩き、唱えられた魔法でアレウスの傷が縫合を開始する。

「話はこれぐらいにしよう」

「その方がいい。あのヒューマンが癇癪を起こせば、オレたちの被害は甚大だ」

 ガラハに言われ、気を引き締め直す。

「アレウス」

 横でアベリアがアレウスに武器を差し出す。

「なんで、これを持っていたんだ?」

「カプリース・カプリッチオが持っていけって」

「……意趣返しか、イヤミか、それとも皮肉か……」

 呟きながら、アレウスは武器――骨の短剣を受け取る。それは獣人の姫が用いていたものであり、戦場に置き捨てられたものでもある。使える物はなんでも使う。強度については不明だが、ただの鉄の剣よりは強靭なように窺える。ただの骨で作られたものではないことは確かなのだから。

「それより、なんでクラリエとエウカリスさんを助けてくれない?」

 救援によって戦況は一気に覆ったが、アニマートは鎧の乙女を相手取っているだけで一向に地面に投げ出されているクラリエも、拘束されたままのエウカリスも助ける気配がない。


「『衣』を用いても異界獣に刃が立たない『灰銀』のハイエルフと、ナーツェの血統でありながらダークエルフとなった者……この二人を救うメリットが私たちにありますか? あるようには思えないので、上質な魔力源として放置しておこうかと。そうすれば、異界獣が魔力を求めてそちらに向き、隙を作ります」

 朗らかな笑顔でとんでもないことを平然と口にしてくる。だが、頭は怒気に支配されない。

 何故なら、アニマートもまた同じなのだ。見た目だけで人を判断しない。見ただけで人を信用しない。彼女が求めているのは人間性と、力だ。それが信用を勝ち得るための判断材料である。アレウスも、アベリアも、エウカリスも、アニマートも、似てはいるが歩いている道が異なるだけなのだ。

 道が異なれば言葉も異なる。否定的か、拒否的か、攻撃的か、毒舌的か。しかし、芯が同じだからこそその言葉には悪意はなく、本質を示せという真意を汲み取ることができる。

「僕がどうにかして死ぬ気で証明しますよ」

「死んではいけませんよ?」

「助けに来たなら死なせないように立ち回ってください」

「勇ましさに胡坐を掻いて、技術が追い付いていないようでしたらルーファスの目が節穴だったと判断して、捨て置きます」

「まぁ、そういう世界でしか生きてきていませんから問題ありません」

 アレウスは二本の短剣を構える。

「生き様を燃やしている人と、生き様を燃やしてでも助けたいと思える相手。どちらにも価値があって、どちらも助けなきゃならない。それが冒険者だと僕は思いますけどね」


「……まるで、昔の仲間を見ているかのような感覚に陥りました。けれど、その仲間にはまだ程遠い。これが、仲間が来て急に強気にさえならずに言えていたなら、別だったんですけど」

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