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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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勇ましき者

 いつだって死線を潜り抜けている。そのたびに力が及ばず、不甲斐なく思い続けてきた。しかし、この場においてアレウスが自ら選んだ囮という選択によってクラリエとエウカリスが逆転の一手を打てるというのであれば、喜んでその囮を完遂する。

 いや、囮ではない。アレウスは自身を囮として差し出す気はない。いつだって、鎧の乙女の裏を掻いて、先ほど右腕を切り落としたようにその体を切り裂いてやろうと執念を燃やしている。

 思えば、これほどの執念を抱いたのは久方振りのことだ。いつ以来だっただろうか。生には貪欲ではあったが、相手の命を奪ってやろうという殺意という欲望は忘れかけていた。

 殺さなければ生きられない。殺して生きている。殺生はいつにおいても胸に抱かねばならないのに、気付けば生きていることが当たり前であって殺すことを遠くに置いていた。魔物を倒すことさえも、殺すこととは別と言い訳し続けていた。

 亜人を殺して分かったが、魔物を倒すことも殺害することとなにも変わらない。その事実にアレウスは打ちのめされたが、失いかけていたものを拾い直すことができた。


 だから、隠剣によって剣身が見えなくなろうとアレウスは絶対に下がらない。どんなに切迫した状況であろうと、不敵な笑みを崩さない。

「ずっとお前たちを殺すことだけを考えて生きてきた」

 鎧の乙女を睨み付けながら、アレウスは心からの言葉を口にする。

「僕が生きながら異界に堕ちて、死ぬ気で生き続けて……僕が求めていた普遍的な人生の全てが奪われて……ずっと、ずっと! お前たちを殺したくて殺したくて、生きてきた」

 右腕に強く力が込められる。

「お前たちを殺せるのなら、獣にだってなってやろうとさえ思えるくらいに」

 さっきの技はどうやって出したのだろう。無意識の内に行っていた。そのため、改めて考えると成立しない。だが、無意識の内に剣戟を繰り出せば、鎧の乙女の右腕を落とすほどの切れ味を引き出せるかと言われればきっと不可能だ。原理は知らないが、剣技もまた『技』である。『盗歩』と同じで、理屈や方法を理解してからならば習得できる。となれば、本能が見せた決死の一撃だったに違いない。

 悔しい話だが、獣剣技を放つに足るだけの技能を有しているのに、二発目を出す方法は戦っている最中には見つけ出せそうにない。死中に活を求めるように、追い詰められた先でまた放てるのだとしても、自分から死の線を見に行くのはあまりにも無謀である。

 左右に体を揺らし、そして左に跳んで鎧の乙女の大剣をかわす。続け様に放たれる剣戟を次から次へと避ける。右腕を失った瞬間こそ魔物らしくもない冷静な反撃を見せていたが、今の鎧の乙女は暴れ馬の如く、僅かでもアレウスが近寄ろうとすれば大剣を縦に振ったのち、辺り一面を薙ぎ払うように振り回す。脅威度はエウカリス以上を維持できている証拠だが、ここまで暴れられると懐へと入れない。『盗歩』で距離を詰めても、構わず薙ぎ払われては体が上下に真っ二つになる。

 追い詰めている感覚がまるでない。それは、この鎧の乙女を無事に撃破したとしても、異界獣の本体を撃破したことにならないという事実があるからだ。霧からの脱出中に二体目の鎧の乙女に襲われたなら、きっともう助からない。だからといって、この目の前の鎧の乙女を倒さずに霧の中を抜けるのはままならない。


『生き様を燃やしてもこの程度か、エルフ。我らが同胞の星を堕とした者に比べれば、あまりにも軟弱だ』


 アレウスに集中していたと思われる鎧の乙女が、上空から迫って来た翡翠の矢を振り返り、大剣で弾き飛ばす。だが、弾き飛ばされても翡翠の矢は構わず速度を整えて再びの突撃を開始する。その性質を理解しているとでも言わんばかりに鎧の乙女が凄まじい動きで翡翠の矢をかわし続け、脇腹に残っている鎧に僅かに(こす)らせた。

《マズい! アレウス!》

 その瞬間、なにかが変わった。アレウスの直感を物語るように矢から翡翠の輝きは失われ、青色に染まった。鎧の乙女を追い続けていたはずの矢は、真っ直ぐにアレウスに向かってくる。

「一体なにが?!」

《私の燃やした生き様の一端をそのままに魔力を塗り替えられました。今のその矢は、あなたを穿つまで止まらない!》

 動揺は見せたくなかった。だが、ここで見せてしまった。


 だから、鎧の乙女の接近に反応が遅れた。


「殺せると思ったんでしょ?」

 アレウスが大剣と青色の矢、その両方に狙われている中でクラリエが姿を現し、鎧の乙女の背後から首元を狙う。それが反応の遅れたアレウスにとっては生死のラインを分かつ一秒にも満たない猶予を与えた。頭をかち割られる一撃を、ギリギリのラインで避ける。縦に振った大剣を結果的に地面を叩く。


『ようやく現れたか。臆病者』

 しかしそれを把握していたかのように鎧の乙女は大剣を横薙ぎに振るう。だが、その動きはクラリエの首刈りを止めるためのものじゃない。

 これはアレウスを寄せ付けなくさせるための動きだ。ではどうやってクラリエの首刈りに対応するのか。後退した先でアレウスは状況を整理する。


 切断したはずの右腕が浮遊し、クラリエの首を掴んでいる。


『我の腕を切り落として、浮かれていたのか?』

 虚を突かれたわけではない。これは、アレウスとエウカリスの判断ミスである。

 何故なら、エウカリスは一度、この方法で首を掴まれている。そしてアレウスはその腕を一度、切り裂いた。

 二人で原理については語り合い、把握した。しかし、それをクラリエにまで伝達できてはいなかった。これが一つ目の判断ミスだ。

 二つ目は、原理を知っておきながら、こうなることを予期できなかったこと。ヴァルゴの正体が霧の集合体であると仮定しておきながら――どこからともなく腕を生成することができると知っておきながら、クラリエの首刈りとエウカリスの翡翠の矢に期待しすぎた。

 切り落とした右腕が勝手に動いていたのならアレウスも気付けたのだろうが、クラリエの首を掴んでいる右腕はヴァルゴが新たに生成したものだ。

『貴様たち人類の中で、我の感知から最も逃れやすい者を誘い出す。そうするには、貴様たちを追い詰めるのが一番容易い。どうにも人類は、同胞の死が近付くと、止まれなくなる性質を持っているようだからな』

 青色の矢を短剣で弾く。弾いて弾いて弾く。しかし青色の矢は永遠にアレウスを追尾し続ける。これにばかり、かかずらっていてはクラリエを救えない。

『貴様もまた同じだ、軟弱者』

 仕方なくエウカリスが『緑衣』の速度を借りて一気に鎧の乙女へと接近していたが、あまりにも直線的だった。クラリエを救いたいという気持ちが前面に出過ぎていて鎧の乙女には、その速さでも通用しない。大剣を振り乱し、だが冷静に彼女の怒気を纏った矢の一撃をかわしてみせて、空気中に生成された複数の腕がエウカリスの四肢を掴んで拘束する。

 この間、アレウスはクラリエの救援に行きたかったが、青色の矢に付き纏われていて本来の動きが取れないばかりか速度まで殺されて、近付けない。そしてエウカリスの処理が終わった鎧の乙女が振るう大剣の剣身が消えた一撃が引き起こす衝撃波によって、吹き飛んだ。


『どんな人類も、すべからく同罪であり、同類だ。なにをどうやっても、貴様らは我らに喰われる運命からは逃れられない。たとえ、火種が激しく燃えようとも。たとえ、激しく生き様を燃やそうとも、運命は貴様たち人類のためには回らない』


「でしたら、異界獣のために運命が回っていらっしゃると?」

 霧の中へと突き抜けてきた何者かがアレウスに付き纏う青色の矢を弾き飛ばす。

「それは暴論でしょう? だって、あなたたちは巣穴でしか威張れない。巣穴からひとたび、外に出ようものなら私たち総出で袋叩きに遭って死んでいく。井の中の蛙大海を知らずとはよく言ったものです。あなた方は、蛙以下ですが、生き方はその言葉に出てくる蛙のようなものだと思っています」

 再度、アレウスへと向かってくる青色の矢だったが、次に何者かに弾かれたのち、狙いがそちらへと切り替わる。

「魔力を伝って言葉を送り込んでくる異界獣に遭遇したのは初めてです。けれど、あまりお話をするつもりはありません」

 執拗に狙い続ける青色の矢を何者かは素手で掴んだ。

「だって、私もあなたも、対話を望んではいませんから。望んでいない以上、対話をしたとしても分かり合うことは一切ないのですから。そうでしょう、醜悪で下賤で、この世の物とは思えないほどにおぞましい、汚物のような化け物さん?」

 青色の矢は手の中で魔力と輝きを失い、何者かはそれをその場に投げ捨てる。

『何者だ、貴様は?』

「語らう間柄ではない者に語るつもりはありません。なので、私はこの場にいる私が救わなければならない者たちに自己紹介をさせていただきます」


 亜麻色の髪。ふてぶてしい態度。大人びた風貌。エウカリス以上の毒舌の女性。しかし、体のバランスはとても取り辛いのかアレウスの近くでフラフラとよろめいている。

 一方の眼は眼帯で隠れていて分からないが、恐らくは隻眼。その片目だけでアレウスたちを眺め、状況を読み取っている。


「アニマート・ハルモニアと申します」

 自己紹介した直後、鎧の乙女が剣身を隠した一撃を放つ。

「道徳、道理、そして躾がなっていないですね。自己紹介はとても緊張するんです。少し笑いを取ってみようか、けれどそれで変に思われたらどうしようか。だったら真面目に話してみようか。けれど、そこまで自分は真面目じゃない。そういう懊悩の先で、どうにかこうにか、心臓がバクバクしている中で行われる、さながら儀式のような時間を、そのように乱したり、おちゃらけて笑い者にしたり、興味がないからと違うことに目を向けて知らんぷりをするのは非常に腹が立ちます」

 一度閉じ、再び開いた隻眼には明らかにアレウスたちとは違った虹彩の輝きが秘められている。

 どこからともなく取り出された杖で大剣を受け止め、そしてさほどの力を加えもせずに払う。続いて杖の先端に付いている鎚でもって、脇腹を打ち、そしてそこにあった鎧を破壊した。

「ギルドからの要請で来ました。あなた、ルーファスのお気に入りなんでしょう? 一目会いたかったんですよ? なのにルーファスったら、私の健康が第一だって言って全然、これっぽっちも会わせてくれなかったんですから! 酷いと思いません?」

 女性の周囲に複数の腕が現れる。

「理解が及んでいないんですか? さすがは異界獣。人の言葉を用いても、頭の中は獣とそう変わらないようですね。私一人が霧の中へと飛び込むのは自殺行為にも等しい。そんなこと、私がやると思いますか?」


 複数の火球が女性の真後ろから忍び寄っていた複数の腕を焼き払う。


「あなたは仲間に愛されていますね。異界に堕ちても、意地でも救いに行くと、誰もが言うのです。私はその姿から、そしてその言葉から、私は思ったのです」

 杖のような鎚で地面を叩き割って、鎧の乙女を威嚇する。

「勇ましき者は、こうやって英雄へと昇り詰めて行くのだろうな、と」

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