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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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“星”の解釈

『ある時、我らの世界から火が消えた』

「お前たちの世界になんて興味がない」

 会話をする気はないが、言葉を交わすことでヴァルゴに隙が生じるかもしれない。同時に剣戟や刺突が通用しない理由も見つけられるかもしれない。時間稼ぎになるのなら、なんだってやらなければならない。

『我らが世界より原初の劫火が消えたためだ。人類はそうやって我らからなにもかもを奪っていく』

 饒舌な割に、動きに乱れが生じない。逆にアレウスは思考してしまうため乱れが生じる。そのため、易々とはヴァルゴの懐には入り込めなくなってしまった。たとえ、入り込めたところで鎧の先を貫かなければならないのだが、それでもヴァルゴから脅威度をこちらに向け続けてもらわなければならない。これまでの剣戟、反応、挙動から見て、ヴァルゴはクラリエをわざと狙っていない。狙うと決めたなら、すぐにでも感知し、クラリエのいる方向を攻撃するはずだ。

 それをしないのは、まだアレウスを脅威と感じているから。自身がちょっとでも気を緩ませ、ヴァルゴに“弱い”と思われた直後、全てが瓦解する。

『最初に奪われたのは、我らが大樹』

 振り下ろした大剣を、引き戻すのではなくその場で振り払ってきた。下がってどうにか凌いだが、起きた土煙によってヴァルゴを見失う。感知に専念するが、奏でられる鼻歌が邪魔をする。

「この鼻歌は、僕たちの“技能”に干渉してくるのか?」

 それなら、いくつかは説明が付く。アレウスたちが自身の判断力が欠如しているかのような無策な行動に出たのは、自身の持っている“技能”に乱れが生じたから。方向不全に陥っているのも、ひょっとしたら関係しているのかもしれない。

『次に肥沃な大地を作る土壌』

「アレウス!」

 エウカリスの叫びは危険を知らせるものだ。アレウスは迷いなく振り返り、直後にやってきた剣戟を短剣で受け止める。だが、乗せられた力で弾き飛ばされた。着地は正確に行うが、続いてヴァルゴが追撃を仕掛けてくる。

『全てを浄化する聖水』

 大剣を振るっているはずなのに、その重量をまるで苦とも思っていないようなスイングが続く。一撃一撃が重すぎて、防げてはいるが動くこともできない。ここまで連続的に続くと、剣戟から脱出することさえ難しい。

『純粋なる金属と金床。そして、最後に原初の劫火』

 ヴァルゴの剣戟が静まる。だがそれがブラフでないとは限らない。アレウスはその場から動かず、防御の姿勢を崩さない。

『奪われたものは、似て非なる物で(まかな)わなければならなくなった。それが贋物だと分かっていても、使わなければならなくなった。それは、人類が我らが世界からありとあらゆる(ことわり)を奪っていったからに他ならない』

「責任転嫁も甚だしい」

『それは、我らの言葉だ。我らは奪われた物を取り返しているだけに過ぎない。貴様たちの魂に刻まれた魔力、貴様たちの生き様に隠されたはずの我らが世界の理。奪われたのなら取り返す。そうして、我らは生きてきた』


 クラリエがヴァルゴの背後を取った。そして、首を狙いにいく。魔法の短刀は寸前、僅かにヴァルゴが屈んだことで首を刈ることは叶わなかったが、代わりに兜が衝撃で外れて落ちた。

「女……?」

 兜に隠されていた煌めく長い髪。そして端正な顔立ちをした女の顔。それらがクラリエに戸惑いを与え、その数秒後にやってきたヴァルゴの強烈な裏拳を受ける。防げはしていたが、予めの防御姿勢ではなかったために衝撃は吸収し切れず、彼女は中空から飛ばされて地面に体を打ち付ける。


『我はこの世の獣。この世の主。人類の争いを好み、魔物どもを争わせ、完全なる魔物を生み出す者』


「人種でもなんでもない」

 アレウスはその顔を見て、即座に判断する。これは、亜人と同じなのだ。亜人はヴァルゴによって魂の虜囚を魔物と強引にくっ付けていたことで沢山の人種の顔を持っていたり、人種の皮膚を持っていた。

「喰った人種の顔をそこに貼り付けているだけだろ」

 そして、鎧の下も女性の人種の肉を貼り付けている。クラリエの刃は通ってはいたが、ヴァルゴの肉には届いてはいなかったのだ。異界獣の中でも小柄であり、そして振るう大剣の割には鎧で包まれている腕は細く、なによりも華奢の一面がある。それらは全て、女性的な肉付きをヴァルゴが好んで選んでいるからに他ならない。

 アレウスは死体から右腕と目玉と耳を奪ったが、ヴァルゴは魂ごと全てを奪っている。それは『死者への冒涜』という称号以上の、全人種を冒涜する蛮行でもある。


「生物学上では、どうしても雌雄に拘るならば、雌は生命を唯一生み出すことのできる者であり、誕生の象徴と呼ばれます」

 エウカリスがクラリエの傍まで移動を終え、呟く。

「同時に、雄は雌を奪い合うために争いを起こし、絶対的強者のみが雌に接触することが許されます。エルフが知る歴史においても、美女を取り合うために、美女に全てを捧げるために、傾き、消えていった小国はいくつもあります。強き者を生み出そうとするのは生命の象徴、争いを好み、争いに身を投じるのは傾国の美女の投影なのでしょう」

 それだけではない。

 アレウスはヴァルゴという言葉をよく知っている。その名称が示すのは『乙女座』だ。

 点と線はそこで唐突に繋がる。リオンだけは聞き慣れなかったが、それが『Lion』から来ているのであれば、『獅子座』を示す。そしてピスケスは『魚座』となる。

 異界獣の名称は、アレウスの知るところでは全てが星座繋がりである。しかし、それらは異界でもこの世界――異世界でもない。アレウスが前世で生きていた世界での話であり、名称だ。

 それらの言葉が何故、異界獣の名称となっているのか。前世の記憶がおぼろげに残っているために混乱が起こる。それをヴァルゴは見逃さない。


『原初の劫火に触れているのであれば、貴様を喰らう。喰い、飲み込み、その中にある原初の劫火への道筋を辿る』


 強烈な一撃でアレウスは打ち払われる。防げはしたが、クラリエが魔法で生み出した短刀が砕け散った。腕力もだが、なにもかもが規格外である。見た目に騙されて挑めば、まず間違いなく死んでいる。ファーストアタックにおいてそこに注意を向けられたことは不幸中の幸いだろう。


「言っていることが支離滅裂なんですけど、頭に留めておく必要ってありますか?」

 短刀を失いはしたが、これはまたクラリエの魔法で手元に戻せる。なので、アレウスがやることは脅威度を常に保つことだ。上手くヴァルゴの周囲で立ち回りつつ、クラリエとエウカリスを後方に置く形まで場を整え直す。

「ハイエルフの文献には、神樹の芽がどこからやって来たか不明とされていました。異界から大樹を奪ったのであれば……それはつまり」

「異界獣の言っていることには一理あると?」

「そうではありませんが、なにかしら調査してみる価値はありそうだという話です」


『エルフ……! 貴様はエルフと呼ばれる人類か?!』


 迎え撃つべくアレウスは身構えていたが、ヴァルゴはその横を抜けようとする。すかさず剣戟で妨げようとするが、歯牙にもかけず、鎧で防ぐのみで後方でクラリエの容態を診ているエウカリスへと疾走する。


『ああ、ああ! 遂に見つけた! 我らが同胞を穿った、憎き人類種よ!』


「うが……った? いや、待て。穿ったって……もしかして」

「『星狩り』のことですか!?」

 エウカリスはクラリエを抱えて跳躍し、ヴァルゴの剣戟を容易にかわす。その合間にアレウスが自らの体を割り込ませるが、やはり無視される。攻撃の意志を見せても、ヴァルゴはアレウスに対抗しようとはしない。

「まさか……だから、『星狩り』なのか?!」

 クリュプトン・ロゼは星を穿った。その“星”とは、『星座』であり、且つ『星座』の名を冠する異界獣のことなのではないか。そのような突拍子もない発想が浮上し、そんなわけはないだろうと冷静さを取り戻そうとするが、どうにも現実味が強く、汗が噴き出す。


 異界獣を本当に討伐しているというのなら、アレウスはクリュプトン・ロゼと対立する理由がまるでない。むしろ異界獣を討伐する意志が残っているのだとすれば、あのハイエルフと行動を共にした方が、全ての異界獣を討伐し、異界を壊すという目的に近付ける。


『だが、穿たれようと星は堕ちはしない。我らは同胞に星を継がせるのみだ。だが!!』

 ヴァルゴが全身を包んでいた鎧の一部を霧を噴出させながら剥ぎ落とす。身軽になったヴァルゴはエウカリスの回避速度に追い付き、大剣を振り上げる。

『我らは同胞の死を絶対に忘れることはない!!』


 さながら全人種が言いそうなことを声ではなく、魔力で送り込みながら、エウカリスの動きを完全に読み切った剣戟が落ちる。引き起こされる土煙で、二人がどうなったかをすぐに確認することができない。


「異界獣が穿たれようと堕ちないのなら、私たちエルフもまた堕ちはしません。異界獣が同胞の死を忘れないと言うのなら、私たちエルフもまた永久(とこしえ)に死を忘れることはありません」

 翡翠に輝く布が意志を持っているかのように土煙を払う。ヴァルゴの大剣は確かにエウカリスを捉えていたはずだが、その刃は彼女を断ち切るわけでもなく、ただ地面を抉っただけのようだ。抱えていたクラリエも意識はあるようだが、なにが起こったのかは理解できていないらしい。

「私の一族に伝わる生き様の色は、緑」

 エウカリスの背後から飛び出していた布が彼女の体に絡まり、羽衣となる。

「これより我は生き様を燃やし、『緑衣(りょくえ)』を纏う」

 瞳の色も翡翠に染まり、エウカリスがヴァルゴを強く睨み付けたのち、走り出す。

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