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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
149/705

///数日前///


「本当に本当じゃな? その言葉、信じるぞ?」

「ぼくが嘘を申したことがありましょうか?」

「ありすぎて両手の指では数え切れんぞ?」

「……」

「……」

「まぁ、そんなこともありましたね」

「『そんなこと』の一言で済ませおったぞ、この男。下手をすれば、わらわの国が滅ぼされるやもしれんというのに」

「根回しはもう済ませてあるんですよ」

「まことじゃな?」

「シンギングリンは願ったり叶ったりのはずですよ。なにせ今回の異界は、争いや諍いが無ければ穴を見つけられないようです」

「だから、争っているように見せかけるためにシンギングリンを攻めよと? もしそれで、わらわの兵がシンギングリンの民草を傷付けたなら、どうなる?」

「逆にシンギングリンの大元たる帝国に攻め滅ぼされるでしょうね」

「帝国に攻め入られれば、我が国は数日経たずに滅ぶぞ?」

「しかし、小国ではあれ連邦の同盟国であるこの国に、帝国もそう容易く兵を送り込みませんよ。それに、戦争に見せた演習です。なにかしら、問題が起こらなければよいのです」

「そうまでして、わらわの国がシンギングリンに恩を売る価値があるのかのう?」

「ありますよ。あそこには優秀な冒険者のみならず、将来が有望な冒険者が多く属しています。我が連邦からも『天雷』のグリィ・ガリィが出てはおりますが、帝国はそれ以上に冒険者の層が厚い。戦争に出て来ないという暗黙の了解にして全国の規律を守っているのが不思議なほどです。いつか、その規律を壊して冒険者を兵士として投入してきてもおかしくはない。そうなった時、ここでの恩が利いてくるのです」

「恩を仇で返されそうじゃな」

「まさか。こちらは恩人になるのですよ? それも、『賢者』のイプロシア・ナーツェの娘を救う足掛かりです。これを仇で返せるほど、シンギングリンの冒険者は頭の軽い馬鹿ばかりではありません」

「その情報もまことかどうか怪しい」

「ぼくが、彼らが穴に堕ちる間際に革袋の水に忍ばせた、魔法の眼が確認しております。そして、『人狩り』たちの会話もぼくがアーティファクトを通じて耳にしています」

「そうは言うがの。お主も帝国に冒険者として登録しておるじゃろ? わらわを裏切る算段を整えているのではないかと勘繰ってしまうだけでなく、よもや今がその時なのではないかと訝しんでしまうのじゃ」

「忍び込むのには登録は必要なことでしたので」

「風の噂では、おなごをいつも口説いておるとか、危うい性癖を露呈しておるとか。何人抱いた?」

「……」

「何故、黙るのじゃ?! わらわに忠誠と永遠の愛を誓っておきながら、そのような破廉恥なことを! おい、耳を塞いでおるな!? やはりお主は信用ならんのじゃ!」

「……ぼくが女性を抱く抱かないは()いておくとして」

「措いておけんことなのじゃが?」

「いえ、措いてください。なにせ、『奇術師』のカプリース・カプリッチオはこの小国にあり、そしてヴァネッサ様の眼前でひざまずいてこの体こそが、カプリース・カプリッチオに他なりません。帝国に置いている体は、ぼくの偽者に過ぎない」

「アーティファクトはどうじゃ? 貴様の魔力を喰い、蝕んでいるそうじゃな? そろそろ、貴様の言うところの『海魔』とやらに精神を喰われ、狂人と化しているのではないか?」

「気が狂うにはまだ世界は穏やかすぎます。ぼくが狂うとすれば、ぼくがこの世に転生する前に見た、絶望的な景色を見たその時です」

「……のう、カプリース? わらわは怖い。わらわのこの小さな体に、小国とはいえ民草の命が乗っておる…………わらわの言葉一つで、この国は栄えもする、そして、消えもするじゃろう……わらわの重責を知らずに国を弄ぶのであれば、わらわはここで貴様の首を刎ね、わらわも腹を切って死ぬ」

「ぼくは、あなたに出会った時に言ったはずですよ? あなたを抱くまで、ぼくは死ねないし裏切らない」

「カッコよく言ったつもりなんじゃろうが、ちっとも胸に届かんぞ」

「……」

「何故、黙る!」

「唯一の誤算は、あなたがこの国の心臓であること、そして未だ女性の適齢期に達していないことでした。ハゥフルの身体の成長がここまで遅いとは……」

「そう言うことを外でも言っておるんじゃなかろうな?」

「外ではもっと紳士にしていますよ。こう、帽子を被りつつ、綺麗にお辞儀をしつつ」

「発言が紳士的でなければ、どれだけ態度で紳士を示そうとも無駄じゃな」

「……」

「今の沈黙は思い当たる節があるという沈黙じゃな?」

「まぁまぁまぁ……ともかく、シンギングリンには話を通してあるんです。帝国にどう報告するかは、あちらの冒険者ギルドと都政を司る人の問題です。ぼくらは言われるがままに演習に参加した。そう言い張るだけでよいのです」

***現在***


「アレウスは、女性のロジックを開いたことは?」

「アベリアのロジックなら、一時は互いに練習するために一日に複数回は開いたことがありますけど。なにを気にして……ああ」

「察するのはやめていただけませんか?」

「じゃぁ口にして良いんですか?」

「いえ、そのまま読み続けていてください」

 エウカリスのロジックは既に開き終え、尚且つ、アーティファクトのフレーバーテキストについても完全に記憶した。なので休憩が終わるまでの間はずっと彼女のアーティファクトである薬学の手記を読み続けている。写本としての機能を働かせるには、アレウスもまたこの手記について把握しておかなければならない。

 ロジックを開いたことで、エウカリスが気にしているとすれば生年月日と身長、体重、そしてスリーサイズだろう。そういった情報を女性は秘匿したがる。アベリアはそれほど気にしていなかったが、世間一般的な女性が隠したがる内容はなんとなく理解できてしまう。

「エルフに豊満な体の持ち主っているんですか?」

「私の体が貧相だと?」

 しかし、理解していても口にして良いことと悪いことの区別はつかない。

「別にそうは言っていないじゃないですか」

「……まぁ、少ないでしょうね。クラリェット様は私に比べれば恵まれている方です」

「なにが?」

「言わせないでください。毒の矢で刺しますよ?」

 彼女を駆り立てている感情がなんなのか、アレウスには分からない。しかし、脅されているのでこれ以上は下手なことを言えないので手記の黙読に戻る。


「生きている時に……いえ、これを言うのはまだ早いですね」


 なにかを言いかけたようだが、エウカリスはクラリエの姿を捉え、彼女に見つかったことでクラリエは景色から現れてアレウスの目にも映る。手記を後ろ手に回して、エウカリスへと返す。言おうとしたことがクラリエに聞かれたくないことだったのか、もっと別のことだったのかは定かではない。

「どこまで把握しました?」

「半分ぐらいは、手記がどういった意味を秘めているかを認識したつもりですけど」

 内容までは頭に入れなくていい。必要なのは、手記という名の“どのような経緯でアーティファクトとなった”か、そして“どういった効果を持つアーティファクト”か、である。

 半分ほど流し読みしただけでも、アレウスはエウカリスの手記を感覚的に頭で認識し始めている。あと一度でも目にする機会があれば、写本としてクラリエのロジックに書き写すことができるだろう。だが、彼女の気持ちを汲み取るのならばクラリエにバレないようにそれは遂行するべきだ。


 そのため、休憩から帰ってきたクラリエが支度を終えたのち、今日の調査を開始する。アレウスからしてみれば、休憩という休憩を取っていないにも等しいので肉体的にも精神的にも疲労感が強いのだが、そんなことで文句を言うつもりはない。むしろ昔よりも体力は付いているし、精神的な成長もあると思っている。自分の限界は自分が一番よく理解しているのだ。そんな自分が、まだ大丈夫と訴えているのだからアレウスはまだ無茶が利く。

「アレウス君はエウカリスから色々と教わっているけど、そのままだと冒険者ギルドじゃ煙たがられる『暗殺者』になっちゃうけどいいの?」

「『盗賊』が駄目なのは分かりますけど『暗殺者』が通る理由ってあるんですか?」

「私は冒険者の仕組みについては知りません」

「あたしは知ってるよ。『暗殺者』が通るのはギルドにとって、都合の悪い相手を殺す仕事があるからねぇ。そういった集団を『暗部』と呼んだりもしているんだよ。だから、他の職業と違って明らかな人殺しだから、嫌われるし煙たがられる」

 だが、『影踏』は確実に『暗殺者』寄りの『間諜』だろうし、クラリエも限りなく『暗殺者』に近い技能を習得している。アレウスには当面、理解できない景色に溶け込むほどの気配消しはどのようにして確立させているのか。知りたいとは思うが、その方面を求めていけばいくほど、アレウスの求める冒険者像から遠ざかるような気もしないでもない。

 だが、そもそもアレウスの求める冒険者像は、自身を助けてくれたあの男のように正面から魔物を迎え撃ち、剣で切り伏せる『戦士』のような職業だ。複合職のアレウスも勿論、その素質を持ち合わせてはいるのだが、『狩人』方面の技能を伸ばさざるを得ないことばかりが起こる。命が一つしかない生き方をしているのが原因だとするならば、やはり『教会の祝福』は受けるべきなのかもしれない。

「あなたは俊敏さがありますが、重たい装備で身を固めて歩めるほどの筋力を持っているようには見えませんし、現在のままでは私たちのようなエルフのように素早く懐に潜り込む戦法か、弓で射掛けるかのどちらかに寄ってしまいます」

「弓もちょっと使えるんだよ、アレウス君は」

「なんともエルフ寄りのヒューマンなのですね」

「いや、そういう冒険者は僕だけじゃありませんよ、絶対」

 人種がなんであろうと、戦い方がヒューマンらしくない者はいるだろう。ニィナは特に、ヒューマンだが『狩人』に就いているために動きが非常にエルフのそれに近い。


 今後の自身の方針に悩みつつも、亜人の位置を把握しつつ、バレないように枯れ草の荒野を進む。


「本当に広すぎて、壁まで到達できない……」

 調査では一回も見えない壁に至れていない。広大なのは身を隠すのにも適しているが、脱出までの期間が延びる要因にもなる。

「……右斜め前方に、少し気になる物が見えます」

「気になる物?」

「ん~……あれって、もしかすると……“歪み”?」

 だが、アレウスの目ではまだ視認できない。二人の視力が高すぎるのだ。

「もしその歪みとやらが、外に出る“穴”なら空気の流れが異なります。なので、問題ないようなら、近くまで行って確認したいんですが」

「そうですね。私も近場でもっとよく観察した方がよろしいかと」

 焦る必要は全くない。いつものペースで進んで、いつものように確認する。心を躍らせるのは、“穴”だと断定できてからだ。


「……誰?」

 クラリエが訊ねてきた。

「なにがですか?」

「誰か、鼻歌を唄っていたでしょ?」

「鼻歌?」

「私は唄っていませんが」

「ならアレウス君?」

「僕に唄う余裕があると思います?」

「じゃぁ一体、誰……ほら、また! 聞こえるでしょ?」

「……聞こえません」

「私も……そうですね、聞こえません?」


「嘘! だって絶対に誰かが鼻歌を唄って、」

 唐突にクラリエが言葉を切った。

「霧……?」

 そう呟いたので、アレウスも周囲を眺める。その動きに流されるようにエウカリスも続く。


 クラリエの言うように、周辺から霧が立ち込めている。


「これは一旦、戻るべきだ」

「アレウスに同感です。方向不全に陥る前に、ベースに戻りましょう」


 鼻歌が聞こえる。


「誰だ?」

 振り返るが、そこには誰もいない。

「アレウス君も聞こえた?」

「私も、今のは聞こえました」

 エウカリスが弓矢の用意を始めている。

「魔力を利用した鼻歌です。この歌声は、私たちエルフしか聞こえないはずですが、『森の声』を聞くことのできないクラリェット様までも聞こえるということは、とても強い魔力の流れを生み出せる者の仕業ということになります」

 鼻歌がどこから聞こえるか。確かめている内に霧が濃くなっていく。


「聞こえた方には向かいたくないというのに」

 アレウスは呟きつつ、短剣を引き抜く。

「僕たちは既に方向を見失っている」


 霧が、なのか、それとも鼻歌が、なのか。それともその両方なのか。なんにせよ、方向感覚を喪失するにはあまりにも早い。


「でも鼻歌ってことは、亜人だよね?」

 クラリエの問い掛けは「異界獣じゃないよね?」と聞きたがっているようにしか思えない。そしてアレウスとエウカリスは、その問い掛けに対して強く(うなず)くことはできなかった。

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