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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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時は過ぎされど

【森の探究者】

 エルフの中でも特別に、深く知識を追い求める者にのみ認められる職業。冒険者ギルドでは未確認ではあるが、エルフ内では有名。好奇心に流されるがままに思うがまま知識を追い求める者たち。


 しかしながら、探究は同時に死に近付くことに繋がる。そのため、この職業に就いている者の大半は情報収集の技能の習得及び戦闘訓練を受けており、『森の掃除屋』と呼ばれる『間諜』や『暗殺者』と等しいだけの技能を身に付けている。それでも本職には筋力でも技能でも劣るため、真正面からぶつかり合うような戦法は取らず、毒や嘘情報などの(から)め手を用いることが多い。


 時として、興味を抱いた相手に知識を披露することがあるが、その知識量があまりにも膨大であるため、大半の者が一時間もすれば根を上げて、彼らの前から逃げ出すと言う。

 異界の調査を始めて、四日が経過した。エウカリスが作った地図の範囲を慎重に調べていったが、どこにも穴は見当たらなかった。そもそも、どれくらいの頻度で穴が移動しているかも定かではないため、一日目の調査結果と二日目の調査結果をアテにすることはできない。こうなると、ある一定の地点で穴が出現するのを待ち伏せるのが効果的なのかもしれないが、それだと穴の移動に合わせて最終感知エリアを調節している異界獣に見つかるだろう。だが、一度調べたところをもう一度調べられるほどの余裕がアレウスたちにあるわけでもない。

 半ば手詰まりに近いのだが、なにもしないのとなにかやっているのとでは精神的な負担は異なる。脱出のために行動しているのだ、という気持ちさえあれば次の日も、その次の日も生きようという気持ちを抱ける。なにもしないまま惰眠を貪れば、魂の虜囚と生き様が似通ってしまうため、自分を見失う。

 それでも、調査は決して無駄なわけでもない。エウカリスの描いた地図は範囲こそ広がりはしないものの、より正確なものになり、より効率良く進むための道筋が立てられるようになる。そして、亜人が極端に多い地点、少ない地点などもチェックできる。亜人は魔物ではあるが、水辺を好む。魔物は水など飲まずとも済むが、“人”の部分が本能的に水辺を求めるのかもしれない。その割には食事を摂る様子はなく、もし摂るのだとしてもそれは亜人同士の殺し合いの結果、殺した側が殺された側を喰っている時だけだった。

 調査が終われば、日が沈む。日が沈めば、夜が来る。そこまでは当然の摂理ではあるが、このベースではそこから亜人の襲撃がある。外の世界では“周期”とは程遠いが、一日のサイクルの中に盛り込まれているか、確実に一匹は亜人がベースを襲撃してくる。それはエウカリスだけでなくアレウスやクラリエも協力して討伐するので問題はない。自分自身の心の足枷を外したアレウスが俊敏な動きで攪乱し、少しずつ傷を負わせ、それをエウカリスが援護し、弱った亜人をクラリエが隙を見て首を刈る。

 エウカリスが言うには「日中に襲うのは三日に一度、夕方から夜にかけては一日に一度、深夜は一週間に一度程度」らしい。ただし、その一度に亜人の数は含まれていない。一匹であることがほとんどであるが、場合によっては二匹や三匹になるらしい。しかし、数が増えてもこの異界における地位の指標たる強さを持った魂の虜囚の協力してくれるため、脅威とはならない。


 問題があるとすれば、アレウスと試合のような手合わせのようなものをした男。そしてその男が引き連れていた女たちの姿がベースから消えた。エウカリスやクラリエの感知からも外れているらしいのだが、「年下に負けて恥を掻いたので、ベースから離れたのでしょう。女性たちもそんな男を見限ったのではないでしょうか。魂の虜囚である以上、外で死んでもこのベースに甦るのですから、心配する必要すらありません」とエウカリスが言っていたため、頭の片隅に入れておく程度にした。


「エルフは長身痩躯(ちょうしんそうく)であるために、力が弱いと言われますがそれは誤解です。この細腕でもクラリェット様のように亜人の首を刈り取るだけの筋力と、私のように遠くを正確に射抜くために(つる)を引き絞り、維持する力を持っています。通常、筋繊維は鍛え上げられれば隆起しますが、私たちの筋繊維は鍛えても形になりにくく、しかし少し鍛えるだけでヒューマンを越えるだけの本質を秘めています」

「器用な面については?」

 エウカリスの振るう短剣を避けながら、アレウスは訊ねる。

「そうですね、ドワーフは勿論のこと、ヒューマン以上に装飾品には拘る傾向にあるので器用ではある方でしょう。ただし、一つに特化したヒューマンであれば、私たちの器用さの上を行くはずです」

「でもドワーフは鍛造については器用ですよね」

「器用という言葉が内包する意味が違ってきます。ドワーフの器用さ、ヒューマンの器用さ、エルフの器用さはそれぞれが思うものが異なる場合、話としては通じにくい」

 足を蹴り飛ばされそうになったが、寸前で後退して凌ぐ。

「アレウスの言うように分類するならば、ドワーフは採掘と鍛造に器用であり、エルフは木工細工、魔法の小道具に器用であり、ヒューマンはなにもかもに器用さを秘めているものの、極めなければドワーフやエルフに劣る、といった感じでしょうか」

 振るわれる短剣をどうにか避けたところで、アレウスは重心がグラついた。そこをエウカリスが見逃すわけがなく、一気に距離を詰められ、短剣が首筋に向けられる。ここで両者の動きが完全に停止し、続いて彼女が短剣を降ろしたところでアレウスが緊張を解いて、その場に座り込む。

「でも、筋力については疑問があります。エウカリスさんの短剣に対して、僕が短剣を振るった場合、少なくとも弾き飛ばされるようなことはないと思うんですけど」

「そこがエルフの欠点です。エルフは近接戦闘における全ての武器において、力の乗せ方が下手なのです。腕を強く振るっても、それが十全に得物に伝わり、相手の得物と接触して弾くということができません。それはどれだけ鍛えても、乗り越えられない壁です。首を刎ねることのできるクラリェット様と刃を交えても、きっとあなたはその刃を防ぎ、そして弾き飛ばされることはないでしょう」

「魔法による補佐が前提にあるんでしょうか?」

 エウカリスが短剣を納めたところでアレウスは立ち上がり、服で汗を拭う。

「それは、考えたこともありませんでした……なるほど、万物には必ず利点と欠点が宿ります。私たちが魔法の叡智に近ければ近いほど、エルフという人種のロジックには枷がかけられているのやもしれません。そしてそれは、ヒューマンやドワーフにも言えることとなります」

 濡れタオルを差し出され、アレウスは受け取っていいものなのかどうか悩む。

「毒を塗っているとお思いですか?」

「人から差し出される物を素直に受け取ると、痛い目に遭うというのが持論なので」

 そう言いつつ、アレウスは濡れタオルを受け取り、汗をかいた顔を拭う。

「そういえば、私が一時的に貸し出す物に限らず、料理にもずっと疑ってかかっていますね」

「死にたくないんで」

「結構な日数、共に過ごしているはずですがそろそろ警戒を解いてもよろしいのでは?」

「たまに殺すような視線を向けてくるので、それは無理です」

「ふむ……これは愛玩動物に嫌われているようで、気に喰わないですね」

「気に喰わないってなんですか?」

 そんな感情的な面を言葉にするのはエウカリスにしては珍しい。

「とは言え、ヒューマンを(なつ)かせる術は知りません」

「いや、懐きたくもないんですが」

 いつ構えたのかも分からない速度で矢が放たれ、アレウスの首筋を掠めた。


「相変わらず、エウカリスは一つのことに夢中になると周りが見えなくなるよねぇ」

 冷や汗を流すアレウスに、ベースを偵察していたはずのクラリエが景色から現れて、彼女の矛先を変えさせる。

「私が夢中になって、周りを振り回したことは一度もないはずですが」

「あるよ。ほら、あたしと川で遊んだ時も、エウカリスは泳ぐよりも魚の生態について調べていて、あたしが帰るよって声をかけても返事がなかったから、そのまま先に帰ったら深夜になっても帰って来ないからって騒ぎになったじゃない」

「あれはクラリェット様がもっと大きな声を発してもらえていれば、私はお灸を据えられずに済んだのです。侍女として情けないなどとは思っていません」

「研究熱心なのは凄いと思うけど、書庫で本の虫になるのはやめてほしかった」

「クラリェット様が歴史について知りたいということで書庫を訪れたというのに、私よりも先に飽いてしまっただけです」

「だってジッと本を読むとかあたしには無理だし」

「なら、私は悪くありません」

 そうですよね? などという同意を求める視線がアレウスに刺さる。

「僕は、どちらかと言えば、調べものは納得するまで継続したいので」

「えー! アレウス君はエウカリス派なんだ?」

 いつの間に派閥ができあがったのだろうか。

「まぁ、近接戦闘に限らず様々なことを仕込みましたから、懐いてはおらずとも加勢はしてくれるというものです」

「僕を動物みたいに扱うのはやめてもらいたいんですが」

「エウカリスは、気に入った動物には物凄く世話焼きだから、そのせいかもね」

「いや、答えになってないんですが」

 アレウスの発言について、クラリエもエウカリスもハッキリとした答えを見せない。どうやらこの二人は、揃ってアレウスのことをヒューマンとは認識してはいるものの、エルフらしい心持ちで若干ながら、動物的目線で捉えているようだ。それも言語を介する知能のある動物という扱いだ。

「気を付けなよ、アレウス君? エウカリスは調べたいことはとことんまで調べるから、体を切って内臓の検査とか考えているかもしれない」

「私はそういった手術は得意ではありません。ですが、ヒューマンの人種を問わない生殖本能には興味がありますね。そしてその成分についても」

 寒気を覚えたので、アレウスはエウカリスから渡された濡れタオルを投げて返す。

「たとえば、この濡れタオルに付着したヒューマンの汗の成分の解析も、施設さえあれば行いたいところです」

「やっぱり善意でタオルを渡してないじゃないか!」

 差し出された際に怪しんで正解だった。研究者や探究者はどこか超然的な観念を持っている。悪く言えば頭のネジが外れている。だからこその功績と、人々を聞き入らせるだけの魅力を備える。それもまた、アレウスが持ち合わせていない欲がもたらす人徳だ。きっと、エウカリスも『灰銀』や血統への妬みさえなければ、エルフの中でそういった類の職種に就いていたのかもしれない。

 だが、その探究心が逆に、ナーツェの血統への妬みや自身の『灰銀』の現状を知るキッカケにもなってしまった。

「稽古はこれくらいにして、そろそろ本日の調査に行きましょうか」

「毎回ながら思いますけど、少しは休憩させてください」

「体力を備えるのも必要なことです」

「万全な状態で亜人と戦えないと困るから、休ませてあげたら?」

「そう言って、クラリェット様が休憩したいだけなのでしょう?」

「あったりー」

 言って、アレウスが瞬きをした時にはもうクラリエの姿は消えていた。

「仕方がありません。三十分ほど休憩を取りましょう」

 厳しいことを言っているようだが、三十分も休憩を取らせてくれる辺り、エウカリスにはまだ優しさがある。

「その間に話しておきたいこともありますし」

「まだあるんですか?」

 エウカリスはここ数日間、アレウスに稽古を付けると同時に信じられない量の知識を与えてくれている。休憩中にまでそれを続けられると、頭が限界を越えてしまいかねない。


「私のロジックについてです」

「開くなと言っていませんでしたか?」

「状況が変わりました。折を見て、あなたにはロジックを開いてもらいたい……ですが、エルフのロジックは膨大です。開き切るのにも時間がかかりますし、膨大なテキストにあなたの脳が付いて行けなくなるかもしれません」

「そんな無理をお願いしてまで、僕にロジックを開かせたい理由はなんですか?」

「私には薬学の知識があります。長年をかけて、記録を付け、毒草と薬草、調合による毒薬やポーションの作成方法など……それらは私の中で手記という形で残り、アーティファクト化しています」

 エウカリスは本を開くような仕草を見せる。その動きに呼応して、彼女の前方に光の粒が収束し、一冊の本が手に乗る。

「このように、私が望めば本として形となり、私が望む調合の結果、効果についての記録を開くことが可能です」

「……まさかとは思いますが」

「そのまさかです。あなたにはこのアーティファクト――アーティファクトのフレーバーテキストを写してもらいたいのです。ロジックを開いた者が、フレーバーテキスト以上にアーティファクトがどうして出来上がったのかを知っており、尚且つ、記憶として残しているのなら、贋物ではあるものの、私から別の誰かに受け渡せます」

「抜き取ることは?」

「エルフの中でも、秘儀の中の秘儀となります。用意も必要になりますし、なにより私にはアーティファクトを抜き取る儀式についての知識はありません。ですが、既に死んでいる身。このアーティファクトが形になってくれている間に、写本は済ませてしまいたいのです。クラリェット様はダークエルフとなってしまい、魔法による回復を体が拒絶してしまいます。そして、私が毒殺しようとしたせいで、薬効成分が低く、安価なポーションでは傷の回復すら行われないかもしれません。であれば、あの方の命を繋ぎ止める方法は、煮詰め、薬効成分を高めたハイポーションが理想となります。ですが、ハイポーションはヒューマンの間では高価なもの。その世界に身を投じているのであれば、クラリェット様もなかなか手元に複数本を揃えるのは難しいことでしょう。ならば、ご自身で作るほかありません。ハイポーションは買うよりも作る方が安いのです。なのに、本人に薬学、薬師の知識がないのは致命的です。だから、クラリェット様に、クラリェット様自身に、このアーティファクトを託したい」

 しかし、『魔眼収集家』は簡単に人の手からアーティファクトを奪い、そして人の手にアーティファクトを与えていたように見えた。エルフですら知らない方法で、あの男は『魔眼』を集めているとでも言うのだろうか。

「可能ですか?」

「はい。でも、ロジックを開くのに時間がかかるのなら」

「ええ。余裕のあるときがよろしいでしょう」

「いいえ、僕の手には『栞』があります」

 アレウスは携帯していた『栞』を取り出し、エウカリスに見せる。

「これを用いれば、ロジックを開いた際、望む部分のテキストは早く組み上がります」

「ロジックを開く強化は奥の手になります。そんな大切な物を使わずとも、」

「いいえ、僕たちはこの異界からいつ出るチャンスが訪れるか、そしていつ助けが来るのかも定かではありません。肝心なその時、ちゃんとアーティファクトを写せていなければ、あなたの心残りになります。だから、僕はエウカリスさんとクラリエさんのためにこの『栞』を今、ここで使います」

「本当に……よろしいのですか?」

「あなたの知識を、あなたが想う最も必要としているだろう相手に渡す。そのために必要な代価が『栞』だと言うのなら、僕は迷わず使います。こんな物は命よりも大切な物ではありませんから、使いたい時に使うべきものです。それで、どうでしょうか、エウカリスさん? あなたの意志は、僕の意志や決意と同等か、それ以上の物と言い切れますか?」


「私は誰かのために生きるということをしてきませんでした。それこそ、クラリェット様の侍女になるよう命じられたのも、彼女よりも二十数年先に産まれたことぐらいしかありません。なので、私は思うのです。死んでから思ったのでは手遅れなのかもしれませんが、ようやく私は、あの方のためにこの命を捧げられるのではないか、と」

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