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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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馬鹿

【魔法】

詠唱は脳内、胸中、或いはそのまま口にするなど様々だが、最終的に必要最低限な言霊さえ口にすれば発動する。ただし魔の素養と魔法への理解が必須条件となる。人によって構成の仕方のイメージが異なる(『編む』、『組み立てる』、『固める』など)。熟練具合で低度の魔法も威力に差が生じる。

自身の魔力を外へと放出する必要があるため、装備は軽装が望ましく、体に密着しやすい布製品が特に好まれる。

前段階として自身の魔力を衣服に満たし、発動への速度を上げることが多い。熟練者はこの行程を飛ばしての高速詠唱を可能としている。


『ほら、見てよ。なにもないところに火を起こせたわ。これって魔法ってやつじゃない?』


 アレウスたちは洞窟以外の異界を知らない。当然ながら当然なのだが、そのせいで堕ちてからすぐにそこが異界なのかどうかを判別するのにしばしの時間を要した。洞窟構造ではなく広い広い荒地。草木は枯れ果て、緑などどこにも見当たらない。冒険者に穴へと誘われていた時には森の奥地だった。周りは草木に囲まれ、鳥や虫も飛び交い、花の匂い香る場所だったので、こうも景色が一変したのならば、異界なのだろう。


「慣れないな」

「慣れない」

 二人合わせて、まず最初の感想が被る。


 異界とは閉塞的な場所。そのイメージが焼き付いてしまっているので、荒地とはいえ日差しと変わらない光が差し込み、周辺を難なく見渡せるのが不思議で仕方が無い。これで異界の端とも言えるような壁があるのだろうか。

「異界には絶対に行き止まりがある」

「そうだな。それじゃ、やるべきことから始めよう」

「“巡れ”」

 アベリアが来ている衣服、そして神官の外套に微かな波紋が揺らめき、魔力が満ちる。「魔法は胸の中で詠唱し、最後に必要な言霊さえ口にすれば発動できる」と彼女は言っていた。だが、その前段階として肌に触れている衣服に魔力を巡らせなければならない。でなければ不要に魔力を消費するか、或いは想定以下の魔法しか発動しないこともある。

「上達すれば必要無くなるのか?」

「多分」

 あの女性はアベリアのような準備を必要としていなかった。魔法に対する知識、魔力の放出能力、それらが高ければ高いほどこの前段階はパス出来るのかも知れない。そんな日がいずれ訪れるまでは、彼女の魔力が巡るまではアレウスが辺りを見張るのが通例化するだろう。


 彼女の準備が終わったのち、自身もまた装備を(あらた)める。短剣を納めた鞘、自身が扱い切れる程度の長さに整えてもらった剣の鞘。堕ちた際に僅かでもベルトと鞘の位置がズレていたのなら、抜剣時に支障をきたす。


「これで準備としては問題無しだ。僕は大丈夫だけど、お前は軽減補正を掛けておけ」

「“軽やか(エアリィ)”」

 自らに唱えた魔法によって、アベリアの足運びは先ほどとは劇的な加速を見せる。

「うん、掛かった」

「どれくらいにした?」

「二日、くらい……? 長い?」

「全二界層だろ。登るのに一日ずつ掛けるとして二日と考えたならベストだと思うよ。捨てられた異界だって言っていたから、きっとそこまでは掛からないんだろうけどさ」


 羊皮紙を開き、インクを含んだペンを鞄から取り出す。


「私がマッピングする」

「あー、そうだったな。前衛じゃなくて後衛の方が良いんだっけ。方向感覚は大丈夫だよな」

「大丈夫」

 どこまで遠い買い物に行ってもアベリアは必ず借家へと帰って来た。自然と方向感覚、そして頭の中で地図を形成出来るのだろう。彼女のことは一年前からずっと信じている。なので迷うことなく羊皮紙とペンを手渡した。

「警戒偵察」

「ああ」

 彼女が軽く全体を眺めて、地図の最初の地点からざっくばらんに見える物を書き込んでいる間にアレウスは付かず離れずの位置で、まず魔物が見えるか見えないかを遠目で調べて行く。それ以外にも特徴的な枯れ木やこの荒地には珍しい大きめの岩があれば、アベリアに報告し、地図に描き込んでもらう。

「周囲に魔物は見えない。気配も特に無し。取り敢えず、現状は安全だな」

「ここから描き込めたのはこれぐらい」

 アベリアが地図を見せて来る。

「……アベリアには壁が見えているのか?」

「魔力で遮断されているから、なんとなく」

「そっか。ならこの現在地は助かるな。壁が無い中央に放り出されていたら、四方八方から狙われる上にどこに進んだら良いか悩んでしまうところだった」


 景色は見えても、その向こう側には行けない断絶するような壁があるらしい。地図にはしっかりと、それが分かるように描かれている。


「しばらくは壁沿い?」

「そうだな。壁沿いに行こう。右半分から襲われる可能性が消えるわけだし」

 右の壁を横にさえしていれば、魔物は左方面からしかやって来ない。ただし、発見が遅れると壁を背にして囲まれてしまうというデメリットもある。

「フードは脱いで良いぞ。ここなら人の目は気にしなくて良いし、そっちの方が音も聞ける」

 彼女は言われた通り、フードを脱ぐ。相変わらず、その造形の美しさに一瞬だが目を奪われそうになる。フードを普段から被るように言っているのは、目立ち過ぎるためだ。妙な男に絡まれたり、襲われたりしないように念には念を入れている。

 凄絶な過去がある分、アベリアには幸せになる権利がある。冒険者になることは彼女の意思で、アレウス自身もそこは尊重したいために多くは言わなかったが、出来れば冒険者になってからでも途中で恋に落ちるようなことがあって、そのまま辞めてくれないだろうかと思ったりもする。微妙に、寂しくはなりそうだが、保護者としての気持ちはそれを上回っている。

 こういう話をすると、決まってアベリアは頬を膨らませて怒った風になるので、最近ではその話題も出さなくなってしまった。それでもやはり、アレウスの気持ちは変わってはいない。


 壁沿いに歩き、空を仰ぐ。


「灯りが必要無いのは気楽だな」

「気を抜いちゃ駄目」

「分かっているよ。でも、暗闇に怯える必要が無いから」

「それは、ちょっと分かる」

「ランタンは不要だったな」

「夜になったら分からない。捨てるのはまだ早い」

「そりゃそうだ」

 荷物から切り捨てそうになったランタンを再び腰のベルトへと付け直す。

「じゃぁいらないのは今のところは無いか」

「無い、と思う」


 異界に物を捨てたいわけではないのだが、不必要な物をいつまでも荷物として持っているのも愚策だろうとアレウスは思っている。使える物は使うし、いらなくなった物は切り捨てる。それは強力な魔物と対峙した際に、すぐさま逃げられるように。力量に見合わない魔物と戦わず、一目散に逃げられるように。


「お前はなんでもかんでも拾う癖があるからな」

「捨てるの、勿体無い」

 物乞いの技能が未だに尾を引いているのはなんとかしなければならないだろう。だが、不要と思った物がいざ必要になった際にアベリアが持っていた、なんてこともいつかは起こるかも知れない。彼女のアイテムに対する執着心は、捨てる物は捨てる派のアレウスには逆に有用である。

「屈め」

 先行するアレウスがアベリアに指示を出す。二人して屈み、先を見つめる。

「ゴブリン?」

「小鬼が……一匹じゃないな。一匹なワケが無い」

「その言い方、なにか変」

「変か?」

「ゴブリンはゴブリン。小鬼じゃ、伝わらない」

 あの男はそう呼んでいたが、どうやらアレウスとあの男の共通点――転生者にしか分からない造語のようだ。ならば、不意に口にしてしまうのは仕方無しとして、この世界の呼び方に統一してしまった方が良いだろう。

「ゴブリンが一匹。あいつらは二足歩行だ。頭が良い。本能的な活動と知能的な活動のどちらも行える」

 だからこそ、一匹だけがポツンと立っているのはあり得ないのだ。もっと様子を見なければならない。囮か、或いは獲物を捕らえるためにゴブリンの間で決めた生贄か。それらが判明すれば遠回りをして、人種の存在を感知して策に陥らせようとしているゴブリンから始末することが出来る。


 金属と金属を叩く音が響く。


「なんだ?」

「あれ」

 アベリアの指差した方向には男が一人、荒地の丘に立っている。この異界に入った冒険者志望の一人だろう。ゴブリンを引き寄せるために剣で盾を打ち鳴らしているのだ。


「馬鹿だ」

 小声で彼女が罵倒する。

「観察している余裕が無くなった。カバーに入る」

「見捨てたら?」

「それじゃ、誰もを守る冒険者にはなれない」

 小声で会話を交わし、アベリアと手の動きだけでやり取りをしてから肩に掛けている荷物をその場に降ろし、彼女に持ってもらう。重量軽減の魔法を掛かっているアベリアはそれぐらいでは足取りが乱れることもない。


 なので、二人で急いで男の方へと駆け出す。距離はそんなに遠くない。走って二十秒程度で辿り着くだろう。


「なんだ、獲物を横取りしようとしているのか? 悪いがそこのゴブリンは俺たちの獲物だ」

 こちらに気付いた男が大声でそんなことをのたまっている。アレウスに一々、突っ掛かって来た男ではないのだが、それと同レベルの苛立ちが募る。だが、そんな物に支配されていては冷静な判断力を失う。ここで大声で説明していては、自身もアベリアの言う「馬鹿」の仲間入りなのだ。

「大きな音を立てるな。盾を打ち鳴らすな。さっさとパーティと合流して、この場を離れろ」

「だから、そこのゴブリンは俺たちの獲物だって言ってんだろ」

 瞬間、一匹しかいないゴブリンの視線がこちらに向いていた。見つけた場所から動かず、ジッとこちらを見つめている。


 つまり、それが合図だ。獲物の居る方向を見る。それだけであのゴブリンの仕事は完了した。

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