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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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生き方は外と変わらないはずだが

「そういえば、自分よりも長い間と仰っていましたね? あれの真意を問いたいのですが」

 ベース内のエウカリスのために与えられた木造の小屋に通され、椅子に腰を下ろしたところに彼女が淹れた蜂蜜茶が配られる。

「本来なら隠したままにしたかったんですけど、言わないと亜人云々以前の部分でも信用されないと思いますので言います」

「前置きが長い。戦場だったなら全てを聞くことはできませんよ」

 それはアレウスだって承知している。ここが戦場ではないからこそ前置きを用意したのだが、彼女は簡潔性に拘っている。指摘されたことを腹立たしいと思っても溝が深まるだけだ。

「五年ほど異界で生活した経験があります。エルフのあなたにしたらとても短いでしょうが」

 自身の飲んでいた蜂蜜茶の入った木の器を落とし、エウカリスの目に揺らぎが生じる。

「五年……五年? ヒューマンで、五年……も? 今、おいくつなのですか?」

「十八です」

「では、十三歳の頃に?」

「一年は異界から脱出して外で生活したので、十二歳の時にです」

「それは…………あまりにも、(むご)い話ですね」

 自身が零した蜂蜜茶を布で拭き取りながら呟かれた。

「あなたは同情なんてするとは思わなかったんですが」

「全ては私の業の深さが招いた結果とはいえ、異界で生きることの困難さについて同情する気持ちぐらいはあります。そして、ヒューマンにとっての五年という歳月がいかに絶望的な長さであったかも、堕ちたからこそ分かることです。私は幸いにも戦う術を心得ていました。しかし……十二という(よわい)で身を守る術を心得ている者は少ないはず。なのに、一体どうすれば五年も生きられたんですか?」

「僕の堕ちた異界では労働力が全てだったんです。働ければ、その日は食べ物にありつけました。堕ちる前は、」

 『異端審問会』の拷問については言おうとしたが、やめる。

「いや、これは話の筋から逸れるので黙っておきます。十二歳でなにをすればいいかなんて分からなかったんですが、性欲のはけ口にされることだけは……見て、怯え、恐怖しましたので、死ぬ気で採掘業に従事していました。鉱石を掘り当てられれば、一日といわず一週間くらいは自由気ままに過ごせましたけど、それが喜びになるわけもなく、自分以外を信じる気持ちを失い、奇跡はないことを知り、疑心暗鬼の心を形成しました。なので、僕が力を示さないと信用できないとエウカリスさんが思うのも理解できます。だから、それまでは無理に信じようとしなくて構いません」

「絶望の中で生きてきたからこその感性なのでしょうね。言われずとも、常に私はあなたに気を許してはおりませんよ。そして、異界で生きた中で、あなたは欲さえも失った」

「欲がどれだけ人種を醜くさせるかを見ましたから」

 アベリアはずっと物欲が強いままであるし、アレウスだけの課題となる。言われてみれば、物への執着が強いアベリアは家では魔法について書かれた本を読み耽っている。一回や二回じゃ飽き足らず、擦り切れるほどに同じ本を読み続け、その度になにか新しい魔力の使い方を学んでいるようにすら思えてきた。

 物欲は拘りであり、続けるための根幹でもあり、やがて知識欲へと変換される。では、エウカリスがアレウスに求める欲は一体、どのような代物なのだろうか。そしてアレウスはどのような欲を高めるべきなのか。

 木の器に入った蜂蜜茶をジッと見つめながら、物思いに耽る。

「毒を仕込んでいるとでもお思いですか?」

「あ、いえ、考え込んでいただけです」

「まぁ、なんにせよ慎重さは欠かせません。聞いていますか? クラリェット様」

 隣でなんの疑いもせずにエウカリスに差し出された蜂蜜茶を飲み干したクラリエが首を傾げて、彼女を見る。

「そうやって出された物にすぐ手を出していたら、一服盛られてしまえばなにをされるやら分かったものではありませんよ?」

「エウカリスはそういうことをするの?」

「……するかもしれませんよ? どうして、一度殺そうとした相手を信じるのですか?」

「だってエウカリスだから。それにあたしは、あなたの混ぜた毒には抗体を持っているから。それなら大体の毒は大丈夫でしょ」

「誇って言うことじゃありません。私の毒は植物由来ですので、動物由来の毒に弱いことには変わりないのですから」

「ポーションの耐性は?」

 毒と薬は紙一重である。その人にとっての毒も、他人にとっての薬になってもおかしくはない。となると、ポーションをクラリエの体が毒と認識していたなら、効果がないことになる。

「ポーションは効果が出るけど、薬草単体は駄目。薬効成分を調合で強めてくれないと、体が反応してくれない。風邪薬みたいな調合されたものなら効くけど、植物由来で、しかも単体で薬効成分が薄いだけだと無理だと思う」

 毒への抗体がネックになっている。しかし、一応ながらポーションが効くのであれば、冒険者として致命的欠陥を備えているわけではない。問題は病気に罹った時だろう。外の世界で出回っている大半の薬は基本的に植物由来である。恐らくはアレウスたちよりも強い薬を飲まなければ効果が出ない。だが、それは同時に体への負担がアレウスたちよりも強いことを指す。病気は魔法では治せない。できる限り、彼女は病気に罹らないように努めなければならない。

 だが、それは誰だって同じなのではないだろうかとも思える。


「あなた様は今後も病原菌に近付くようなことはおやめ下さい」

 それにはエウカリスもまた至ったらしく、語意を強めてクラリエに告げていた。アレウスはクラリエの危機感の無さを気にしつつ、ゆっくりと時間をかけて蜂蜜茶を飲み干した。


「異界で五年も生きたのであれば、下賤な輩はそろそろ探し始めていることかもしれませんが、これについては私の方から言っておきます」

「探し始めている?」

「さっきも僕が言ったでしょう? 僕の異界では労働力が生活において必要不可欠だった。外の世界と同じかと思われそうですが、この労働力とは他の採掘グループと争い合うために必要な数値、頭数みたいなものです。大した働きを出せないのであれば、労働力不足ということで掃き溜めに捨てられる。だから、この異界にも似たような法則があり、エウカリスさんがここで生活することが許されているなにかしらの要因があります」

 ピスケスの異界はベースを見つけられなかったため、なにが法則かまでは至れなかったが、この異界についてはエウカリスがいることで早々に発見し、それに順応できるということだ。


「ここでは亜人と戦えるか否かが全てです。つまりはベースの防衛をできる者、それ以外の者で扱いに差が生じます。守れる者ほど真っ当な生活が許され、力無き者は最下の地位となります。農業、飲食業、商業などは中間の地位です。これは、ベースを守れる者の生活を守っているから与えられている地位となります」

「じゃぁ、そこに従事できない人は……最下の地位の人はどんな生活を送るの?」

「大抵が物乞い、一部が男娼や娼婦として娼館に。娼館が許されるのも、守る者の欲を発散する場として機能しているという邪道な理由で許されています。それ以外は……どうやって生きているのかすら、私にすら分かりません」

「そんな……」

「エウカリスさんは手練れでしょう? 何故、小屋で生活しているんですか?」

 彼女の力であれば、もっと大きな家に住んでいてもおかしくない。ここまで慎ましい生活を送っているのは不自然だ。

「私は森の住人です。誰かと関わり、誰かに力を誇示するような家は好まないんです。それに、一人で暮らす上で大きな家は不要です。クラリェット様のように、沢山の者たちに囲まれて暮らすのであれば別ですが」

「じゃぁ、大きな家に住んでいるのは沢山の人と一緒ってこと?」

「はい。いわゆる冒険者でいうところのパーティです。数が多ければそれだけ亜人は確実に倒せます。争いや諍いが起こっても、多勢に無勢で鎮めることができます。亜人関連はともかく、それ以外が正しいかどうかは分かりかねますが」

「誰かと協力すればいいのに」

「私になにかと理由を付けて迫ってくるような輩の言うことには従えませんし、その手の輩に取り入って、気位(きぐらい)ばかりが高くなった女性とも話が合うこともありませんので、質素でありながら、適度に、そして確実に生活できるこのぐらいが落ち着きます」

 森で狩猟をして生活をするような感じなのだろうか。だが、狩猟対象が亜人であるので得られるものはほとんどない。まさに倒したことで報酬が支払われないと立ち行かない。

「冒険者がクエストを受けて、成功後に報酬を受け取るのと似た感じか……」

「そう思えるのは今のうちだけです。あなたはまだ、亜人と戦うことの意味を知らないのですから」

 言葉の重みが違う。そして、その言葉の真意について、アレウスはまだ知らない。

 しかし、亜人とはいえ魔物。そしてそれを倒すのがここの生活に関わる大事な要素だというのなら、冒険者としての生活とほとんど変わらない。


 そうは思っている。だが、不安は拭い去れない。


 労働力が全てなのは外の世界でも変わらなかった。だがアレウスは死ぬような思いで生きていた。

 戦闘力が全てであるのなら、外の世界での現在の生き方と変わらない。だが、きっと思っている通りには行かないのだろう。


 異界とは、そういう場所なのだから。

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