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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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争いはやまない

 騒乱、喧騒、争いに(いさか)い。ありがたいことにそれらはアレウスたちにはプラスに働いた。戦争の最中に狩猟をするような兵士がいないように、亜人もまた争いの中で獲物を狩りに行こうとは考えないらしい。とは言え、顔無しの亜人はこちらを感知していた。辺りに別の亜人がいたからこそ注意が逸れた。孤立している亜人は争いには参戦する気がないのだろうから、なんにせよ近寄らないのが得策だろう。

「アレウス君はミーディアムのことをどう思うの?」

「こんな時になんですか?」

「こんな時だからこそだよ。外ではミーディアムって言葉は出し辛いし、あたしみたいな『賢者』の娘の発言になれば、それは国の内政にすら干渉することになりかねないから」

「素性を隠していたのはそのためですか?」

「それもあるけど、イプロシア・ナーツェの娘がダークエルフになった、なんて事実が漏れれば、ありとあらゆる森のエルフがあたしの産まれた森を襲う。『賢者』の娘が戒律を守らなかったのは、育った環境が悪かったからみたいな、ね」

 クラリエが一体どのような経過を経てダークエルフになったのかはアレウスもまだはっきりとは教えてもらっていない。これからも教えてもらうことはないのかも知れないのでそこは些末なことに過ぎない。それでも、何度考えたところで彼女がエルフの作った戒律を破るようなことをするようには見えないということだ。イプロシア・ナーツェの娘という自覚もある。周囲の監視も強く、厳しい戒律の中で純粋に育って来たはずだ。

 そう推測できるからこそ、ここでは敢えて野蛮なエルフに身を落とした理由については訊ねない。

「色んな人種がいるのは良いことだと思います。むしろ血統に拘るのはもう時代遅れなのではないでしょうか」

「時代遅れかぁ」

「それは人種が時代の流れと共に発展して来た証拠でもあります。ミーディアムも、僕はそこまで強い偏見を抱けない。そもそも、そこまで多くの人種を見ていませんから」


「発展……発展とは言うけど、それはヒューマンの蹂躙の歴史なんだよ」


「蹂躙、ですか」

「ヒューマンは山を開拓し、森を切り拓き、エルフやドワーフの住まう場所を奪って行っている。ドワーフは蒸気機関を利用した生活を確立して、エルフは静かに森の中で生きる。それを一つずつ壊しているのは、紛れもなくヒューマンだよね? 迦楼羅や魚人も居場所を追われているのはヒューマンが自然を破壊したから。獣人は確かにミーディアムだけど、自然の再生力を残して流浪する。こうやって考えると、ヒューマンがやっているのは自然の破壊と同時に世界の蹂躙にしか見えない」

 話しながら正面に亜人が見えたため、アレウスは足を止める。しかし、クラリエは構わず歩を進め、アレウスが瞬きをした時には既に亜人の真裏を取っていた。そしてそこから揺るぎない力でもって、亜人の首を刎ね飛ばす。

 力は込めてはいたが、手先は非常に器用で、動作も軽いものだった。骨の断ち方を理解した手捌きは、どこか『影踏』を彷彿とさせる。彼女は自身がダークエルフであることを受け入れ、『賢者』ではなく『影踏』を目指した。その意思表示とも受け取れる。

 亜人の血に濡れた短刀は塵になって消える。魔法で生み出した短刀ならば、魔物に血の臭いを追い掛けられることもない。アレウスが処理するよりもクラリエが処理するのはこの状況においては上策に違いない。


「一蓮托生と言ったのはクラリエさんの方です。周囲を充分に警戒していたとはいえ、倒すなら倒すと言ってから動いて下さい」

 しかし、クラリエから返事はない。先ほどの質問についての答えをアレウスが出していないからだろう。

「ヒューマンの発展が蹂躙の歴史だというのなら、エルフの歴史は高潔で誉れ高き歴史であると? ドワーフの生き様はヒューマンには真似するには尊い代物であると? 獣人のような流浪の生き方を、ヒューマンは決して出来ないと?」


 このような人種に対する意見を出すのは好きではない。人道を語れば怪しい集団が声を掛ける。教会や神官を信用していないのだから、その手の集団からも興味を惹かれないようにしておきたい。

 だが、クラリエには関係ない。アレウスの腹の内を知りたいのだ。ダークエルフなどへの偏見についても、そして人種が異なることで生じる価値観の違いについても、歯に衣着せぬ意見を求めて来ている。色を付ければ見抜かれるだろう。クラリエはそんな甘えを許さないはずだ。


「ヒューマンにとって発展の歴史、けれどその裏では沢山の殺生が行われたであろう血に濡れた歴史。きっと、クラリエさんの言っていることは正しいでしょう。けれど、これはヒューマンの歴史に限らず、エルフとドワーフ、果てには獣人やミーディアムの歴史にも言えることです。戦争では人を沢山殺せば英雄です。けれど、日常で行えば殺人鬼。表の反対は裏であるように、誰も正しい歴史など知ってはいないんです。ならば、長寿なエルフこそが全ての歴史を綴ることの出来た人種なのかと問われれば、僕は首を傾げます」

「何故?」

「エルフの綴った歴史は、必ずエルフにとって都合の良い歴史に書き換わるからです。だってそうでしょう? エルフが森を守るために多くの殺人を行ったとしても、歴史の中にそれを含めますか? 語り継ぎますか? 詩人は吟じますか? 語るとしても、吟じるとしても人殺しとは言わず、『讃えるべき大英雄』と謳われるでしょう。これはエルフに限らず、全人種に言えることです。なので、なにが言いたいかと言いますと」

 アレウスは中腰の体勢から立ち上がり、息を整える。

「僕たちは歴史に翻弄されてはならないということです。僕たちは目で見て、確かめたものこそを信じなければならない。人種が語るもの、それこそが全てであると鵜呑みにしてはならない。そりゃ、参考にするぐらいなら問題はないでしょうけど」

 過去を知るには歴史を紐解かなければならない。過去の偉人が綴った文章を、その生き様を覗き見なければならない。しかし、そこには必ず真実の全てが書かれているわけではない。それでも歴史家が語ることは、書かれていることを元にして組み立てられた想像である。

 世界に名を馳せた偉人も、実はもっと弱音を吐いていたかも知れない。世界でも有名な芸術家も、テキトーに描いた絵を死後に過大に評価されているかも知れない。そう思えば、『賢者』と呼ばれるクラリエの母親もまた、極めて人種的――人間的な一面を持っていたのではとも思えるようになる。

「正解だったな」

「なにが正解なんですか?」

「ううん、叔父さんに無理を言ってアレウス君に付き纏ったのは正解だったなと思っただけ。目で見たことを信じる……うん、あたしもそう思うよ。目で見て、信じたいから。さっきは勝手に動いて御免ね。でも、首を刈れる確信があったから。それに、倒さないとあたしたちはしばらく足止めされていただろうし」

 そのことについてはもうアレウスはなにも言うつもりはない。結果的にクラリエの行動は必要なものだった。ただ、意思疎通が取れていなかっただけだ。そこは今後、修正して行ける部分だろう。

「付き纏うって……もしかして、キャラバンの時からそうだったんですか?」

「当ったりー」

「はぁ……妙だとは思っていましたよ。なんで黒衣を纏って、顔を隠している人がなんの脈絡もなく、キャラバンの僕たちの馬車に乗り込んで来るのか分かりませんでしたから」

「あれは叔父さんに無理を言って、一人追い出してもらったんだよねぇ」

「『影踏』にまで迷惑を掛けているとは」

「叔父さんには叔父さんなりにあたしへの罪の意識があるからねぇ。ちょっとくらいのワガママはしても良いかなって。可愛い姪っ子だし」

「かわいそうに」

「なんでよ! あたしにお願いされれば叔父さんも本望でしょう?」

「僕なら困りますけど」

 思った以上に、子供っぽいところが一面があるらしい。この一面を晒してくれたのも、アレウスの返答がクラリエにとって気に入ったものだったからに違いない。ただし、この意見がクラリエ以外に通るわけではない。全ての人種に対して、気持ちの良い返事をして気に入られるのも良いことではあるが、それでは終始、顔色を窺うような生き方をしなければならなくなる。そんなことをすればただでさえ生き辛いというのに、余計に生き辛くなってしまう。場合によっては政敵とみなされて暗殺者に殺されてしまいそうだ。

「こういう話は外ではしないで下さいよ?」

「アレウス君の頭の良い一面はもっと出して行かないと」

「そういや、馬車に乗っていた時も国の兵士云々の話を持ち掛けて来ましたけど、あれも試していたんですか?」

「どうかなぁ?」

「もう絶対に話題として切り出さないで下さい」

 アレウスは思っていることを口に出してしまいやすい。理論的であれば良いのだが、場合によっては自論的になってしまう。そういった場合、大抵、知識不足を露呈することになる。論じることは嫌いではないのだが、その気持ちに知識量が付いて来ていないのだ。


「君はあたしと似たことを言ってくれると思っ――! アレウス君、避けて!!」


 言われ、即座にアレウスは立っている場所から飛び退く。前進、後退、それとも左右か。考えている暇は無い。考えて避けられるのが一番だが、考えられる状況に無かった。止まっていれば、なにかしらの傷を負うのは確定なのだから動かなければならない。

 攻撃は避けられたのか、それとも相手が外したのか。避けた先で体勢を整えて、アレウスはすぐさま周囲を眺める。地面には数本の矢が突き立っている。彼女が叫んでくれなければアレウスは今頃、この矢に貫かれていたことだろう。

「クラリエさ、」

 言うよりも速く、クラリエは短刀を両手に握って、敵対する者と交戦を開始していた。それをすぐさま目視することが出来なかったのは、クラリエだけでなく、アレウスに矢を射掛けて来た側も気配を消していたからだ。

「気配消し……僕が気を抜いて、感知出来ていなかったわけじゃない……のか?」

 とは言え、アレウスの感知は目視に大きく寄っている。これまでの経験上、培って来た直感も、アレウス以上の手練れには鈍る。死に直結するような攻撃であれば、射掛けられる前に気付けていたかも知れないが。


 短刀でしばし戦っていたクラリエの気配が大きくなる。合わせて、彼女の短刀による一撃を弾いた敵対者の気配も大きくなった。


「どうして……」

「何故……」


 二人が顔を見合わせ、同時に武器を降ろす。戦闘を中断したのではない。ただ、驚きと戸惑いが大きくなり、両者の腕が自然と降りてしまった結果である。


「……クラリェット様」

 シオンではなく、彼女の真の名前を敵対者は口にした。

「知り合いですか?」

 なのでアレウスは自然とクラリエに訊ねる。


「……彼女は……あたしの侍女よ。前に『元』が付くけれど」

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