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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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進むためにも

「え、突然、なに言い出しているの?」

「それほど引かれるようなことを言いましたっけ?」

「物凄く自分に酔っている台詞だったよ。使命感を帯びているみたいな考えは破滅的だからやめるべきかなぁって」

 割と真剣に考えていたのだが、クラリエのあまりな反応にアレウスは溜め息をつき、このことは世界に帰ってからにしようと決める。

 草原を進んではいるが、先の見えない道のりほど険しいものはない。隠密しての移動も限界がある。亜人は他の魔物と違って、決まった姿形をしているわけではなく、ある亜人は獣に人の皮が貼り付いたような姿をしていれば、また別の亜人は猫背に、鳥のような逆関節の足を持って二足で歩いている。それは元となった魔物によって亜人そのものの性質が異なることを意味し、同時に感知する範囲が全ての亜人において共通ではないことを意味する。

「亜人とギガースの根本的な違いってなんなんですかね」

 進み辛く、また戻り辛いところに来てしまっており、動けずにいたアレウスが沈黙に耐え切れずに言葉を零す。

「ギガースは魔物の死体に強引に世界に残っている人の魂を詰め込んだもので、亜人は異界で自然と混ざり合ったもの……なんだけど、ここはさっき君が言ったみたいに無理矢理、混ぜられているから数が多いの、かなぁ?」

「魂が入る器が生きているか死んでいるかも重要ですか?」

「そうだけど、なんでそんなことを訊くの?」

「亜人を仮に倒したら、その死体に魂が詰め込まれないかと」

「う~ん、魔物と人種の魂がどうして引き合わされるのかも分かんないからなぁ」

 そもそも論として、魔物の生態について詳しいわけではない。“周期”があることが判明しており、姿形で分類まではされてはいる。しかし、その派生である亜人の生態など誰も調べてはいない。マーマンやサハギンですら、扱っている武器の素材がなんなのかすら分かり切ってはいないのだ。

 人の顔が幾つも体に貼り付いているが、肝心の頭部には顔が無い亜人が唐突にアレウスたちの方を見て、それから歩き出す。

 隠れ続けるという判断はアレウスもクラリエも取らなかった。その亜人は、確かな理由を持った足音を立てていたためだ。そうして人とは思えない雄叫びを上げながら棍棒が振り回される。先ほどまで隠れていた地点で身を伏せていれば、その手に握られている棍棒で叩き殺されていたことだろう。

 命からがらではあるが、同時に姿を晒すことになった。複数の亜人が二人の存在に気付き、動き出す。

「なんでバレたんだろ」

「ギガースがそうだったんで、推測になりますけど魔物と混ぜ合わされた魂が持っている技能を引き継いでいます。生きている時ほどではないとは思いますけど」

 あの顔無しの亜人は感知の技能を持つ魂が入り込んでいた。だからアレウスたちの居場所を突き止めた。

「柔軟な戦い方……こんなところで学ばされることになるなんてな」

 自分自身への皮肉を零しつつ、アレウスは短剣を抜く。

 亜人はそれぞれ容姿も体格も、それこそ歩き方や骨格まで異なる。一匹の亜人に対して有効であっても他の亜人にも共通して有効になるとは限らない。リスティの考えとは裏腹に力押しでスライムを倒してしまったため、戦闘における柔軟性、自身の戦いに引き込む構築力が未だに育ち切っていない。ルーファスに稽古を付けてはもらえたが、それも付け焼き刃だ。

 だが、それでもやらなければならない。

 気合いを入れて、顔無しの亜人へと剣戟を繰り出そうとしたが、距離を詰め切る前にアレウスは全ての行動を緊急停止させる。

 こちらに棍棒を振り回したはずの顔無しの亜人は、別の亜人の雄叫びを聞いて翻り、同じく雄叫びを上げて走って行ってしまった。振ろうとした短剣を一体どうしたものかと悩みつつ、しかし周囲からまるで襲い掛かられる様子がないため、短剣を鞘へと納めた。

「どうなっていると思います?」

「さぁ……? アレウス君に分からないんなら、あたしにも分かんない」

 クラリエはアレウスが亜人と正面で対峙している間に回り込んでの奇襲を考えていたらしく、結果的に二人は向き合いながら首を傾げ合う形になる。


 亜人たちは未だに雄叫びを上げ、手に持っている得物、或いは爪などで周囲を威嚇し、なにを思ったのか突然、亜人同士での争いが生じる。荒々しく、戦闘の駆け引きの存在しない獣の殺し合いを間近で見せられているような気分を抱く。これが本当に獣同士で、ルールに則って殺さないように配慮されていれば公営のギャンブルに成り得る出し物なのだが、殺し合っているのは残念ながら亜人であるため、見れば見るほどおぞましく、そして寒気を憶え、嫌なほどに吐き気を催す。人の姿が残っていたり、人の皮が張り付けてあるような見た目をしているのが気持ち悪さに拍車を掛けている。

 たとえ、人ではなくとも人のような姿形をしている。たったそれだけのことなのに、アレウスもクラリエも言いようのない嫌悪感を抱き、転がる死体から目を逸らしたくなってしまう。


「アレウス君は……死体に慣れているんじゃなかったの?」

「慣れていたって、殺しの現場なんて見るものじゃありません」


 漠然と人が殺される様を見続けて来たわけではない。心は閉ざしたが、殺される瞬間に慣れたわけではない。単純に、命が終わり、生き様が終わった死体というものを見慣れているだけである。他の冒険者よりも死が間近にありはしたが、アレウスであっても亜人同士の殺し合いという凄惨な光景は耐えられるものではないのだ。


「なんで、争って……? 獲物のあたしたちを取り合っている感じでもないし」

「……クラリエさん、見て下さい」

 アレウスは見えて来た草原の彼方を指差す。

「う……そ」

 ここだけの話ではない。

 草原の沢山の地点、草原よりも先の彼方、とにかくありとあらゆるところで亜人同士が殺し合っている。それこそ、アレウスたちが堕ちる前に見た、防衛戦という名の戦争のように、勝利のためか、生存のためか、争っている。

「広すぎる」

 アレウスは草原から見渡す限りの異界を見て、呟く。

「あたしは初めてだけど、広いの?」

「僕が渡ったどんな異界よりも広いです。壁があるようにも、思えない……いや、確かめないと分からないか」

 どんな異界でも、景色の全てが足を踏み入れられる場所ではない。目に見えない壁――魔力で紡がれた障壁によって、広いように見えて狭くなっている。そのようにして障壁を調節することで、通路から広間、広間から通路のような造りになっていることも多い。ピスケスの異界は海中ということもあって、例外だと思っていたのだが、こんな広大な異界を見れば、試験の時の捨てられた異界や、リオンの異界こそが例外なのではないかという新たな仮説も立てられる。

「まずは端を探します。要するに、壁を探して……マッピングも、したいところなんですけど」

 異界に堕ちるための準備はしていないため、羊皮紙もペンも持ち込んでいない。

「僕はアベリアほど記憶力が良い方ではないし、覚えても、クラリエさんと共有できるわけでもありませんし」

「なら、お互いに頭の中でのマッピングになりそうだね」

「それだと、どこかで地図を描けるようになった際、互いの記憶違いから歪な地図が出来上がってしまいます」

「完璧を求めても仕方が無いよ。曖昧なところは曖昧なまま、二人で確実だと言えるところは確実に。そういう風にしなきゃ、マッピングだけに集中していたら多分だけど、死ぬ……でしょ?」

「それは、そうでしょうけど」

 地図の齟齬は、後々になってアレウスたちに不利に働くこともある。クラリエの記憶力を疑っているわけではなく、単純に自分自身の記憶力に不安が残る。下手をすれば、彼女を惑わせてしまいかねない。そうなった際、待っているのはマッピングによる死よりも後悔の念が残る死である。

「分かりました」

 だが、承諾しなければならない。地図無しで異界は歩けない。亜人が争いをやめて、アレウスたちを集中的に襲い掛かる可能性も捨て切れない。

「アレウス君? あたしじゃアベリアちゃんの代わりにはならないけど、こうなった以上は一心同体だし、死ぬ時だって一緒だよ。あたしに責任を押し付けたなら、押し付けた分だけあたしを利用して欲しい。あたしは、アレウス君を絶対に裏切らない」

「僕は裏切るかも知れませんよ?」

「当然。あたしが原因で堕ちたんだもん。裏切られる覚悟を抱かないでこんなことは言わない」

「そうですか」

 アレウスは額から滲み出ていた汗を拭って、ふぅ、と息を吐く。

「そこまで言うなら、僕だってクラリエさんを裏切りません。この言葉が嘘にならないように、努力します」

「それで良いよ」

 反省しなければならない。アレウスは身勝手にも、クラリエとアベリアを比べていた。アベリアならこう言うだろう、でもクラリエはそう言わなかった。こういう時、アベリアなら、と。そんな風に比較して、評価して、無意識に心の内で貶していた。


 だが、クラリエは「一心同体」と言った。「死ぬ時も一緒」と言った。そのような言葉は、極限状態でなければ決して口からは出て来ない。彼女が軽はずみにそのようなことを言わないことぐらいはアレウスも分かっているつもりだ。

 そんな彼女が覚悟の言葉を述べたのだから、アレウスも比較する思考を捨てる。

 今はこの場に居る彼女と一蓮托生なのだ。向き合わなければならない。疑心暗鬼の精神を断ち切るには、そうする以外、他に無い。

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