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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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シオン

「イプロシア・ナーツェ?」

 水流は洪水の如き景色を描き、更に前方ではクルタニカが落ちても尚、竜巻が暴れ回る中でもアレウスの左耳は女の言葉を捉えていた。

 “大いなる至高の冒険者”の一人にして、『賢者』――もしくは『大賢者』とも呼ばれる称号を持つ。それがアレウスの知るイプロシア・ナーツェという人物の情報だ。それ以外にも色々と調べてはみたが、どの文献にもそれ以上の物は書かれてはいなかった。そのことをリスティに訊ねれば「本当に『大賢者』のことを知りたいならば、エルフに訊ねる以外に無い」とまで言われた。そのことから『大賢者』はエルフであるのだろうと予測はしていた。そして、エルフが秘匿したいほどに『大賢者』が姿を消したことは大事(おおごと)であったということも。

「この世に冒険者が生まれるよりも前、ギルドという施設が誕生するより以前より、あらゆる森のエルフを超越するほどの類稀(たぐいまれ)なる魔法の叡智を宿し、その力をもってすれば今頃、ヒューマンではなくエルフがこの大地の全てを握っていたとまで謳われる。それがイプロシア・ナーツェ。エルフの中における大英雄だ」

 短刀を投げ、女の意識をそちらに向けさせてから『影踏』が瞬く間に距離を詰める。

「私と戦いながら話す余裕があるのか?」

 詰められた距離に、女が更に詰める。アレウスならば引くところを女は引かず、立ち向かった。『影踏』の短刀を鉄よりも固い鉱石で作り上げられているのであろう弓で防ぎ、そこから片手に握る矢を突剣のようにして振るう。

「星を穿ったともされるその腕で、一体どれだけの人種の命を奪った?」

「最初の一人は印象深かったが、二人目からは憶えていない。数える意味があるか? この世を巡る魂の数は幾千を超え、幾万、幾億に至る。にも関わらず、殺した人種の数に拘る理由はどこにも見当たらない」

 弓を盾に、矢を突剣に。距離を詰めた『影踏』の信じられない速度で振り回される短刀の斬撃を捌きながら、女は狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「しかしながら、ナーツェに連なりながらもその叡智をここまで使えない者がいるとはな!」

「確かに俺はナーツェに連なってはいるが、直系では無いのでな」

「なるほど? では、イプロシアの実子を守るために間諜や暗殺、監視に全てを捧げた哀れな眷族(けんぞく)か」

 女の握る矢が赤く輝く。

「哀れなのはどちらだ。『星狩り』から『人狩り』に堕ちたハイエルフ」

 赤の刺突を『影踏』が景色に溶け込みながら避ける。しかし、その気配消しに対して女が素早く反応し、『影踏』の足が景色に消え去る前に蹴飛ばして、技能を強引に解除させる。

「そこのヒューマンには消えて行くのだろうが、私には見えている。貴様が培ったありとあらゆる姑息な手段は、私の前では無意味だと思え」

「……何故だ? 何故、人種に仇名す道を選んだ?」

「仇名しているのではない。正義が、仇を名すわけがないだろう?」


 このやり取りの不自然さに、アレウスは一つの疑念を抱く。


「この人はロジックを書き換えられている可能性があります」

「なんだと? だが、多少、書き換えられた程度では俺たちの生き様は抵抗し、元のロジックに戻るはずだ」

 女の追撃をかわして、アレウスの傍まで下がった『影踏』が呟く。

「書き換える力が強ければ強いほど、書き換えたことが定着します」

 アレウスを異界に堕とした『異端審問会』は、村の人々のロジックを書き換え、存在を抹消した。それは、アレウスを救った男の日記の最後の日付のページに書き残されていた。

 異界に堕ちて五年後の村でも尚、アレウスの存在が忘れ去られていたというのならば、強いロジックへの干渉能力を持った者が居たということになる。そして、五年以上もロジックが書き換えられたことにも気付かず、残りの生き様を綴っているという事実でもある。

「エルフは相当な抵抗力を持っているぞ? それでも尚、書き換え、定着させる者がいるとでも?」

「正義を振るう者が、こう何度も正義という言葉を口にするのはあまりにも不自然です」

「的を射ているようにも感じるが、もしそうだとして、お前に書き換える手立てはあるか?」

「……いいえ、僕はあの人に近付くことさえできません」

「だろうな」

 『影踏』はアレウスを守るために前へ出て、女の刺突を捌いていく。

「そろそろ、顔を見せろ。ナーツェの眷族。顔を見れば、私も思い出すかもしれんぞ?」

「では、尚のこと見せるわけにはいかないな」

 黒衣を剥ぎ取るように手で握る矢を振るって来たため、『影踏』は容易くそれを拒絶する。

「俺はよく知っている。『星狩り』と謳われた者の名は、『大賢者』よりも劣りはするが全てのエルフの耳には入っている」

「ほう?」

「『星狩り』のクリュプトン・ロゼ。バラの如き赤き輝きを宿す者」

「では、『風巫女』のようにその身で味わってみるか? 星を穿った我が赤き矢を」

 女は笑みを浮かべながら赤に染まった矢を弓につがえる。

「この距離で矢を射掛けさせると思うか?」

 当然、それを阻止するべく『影踏』が動く。

「禁制だ。“走ることを禁ずる”」

 『影踏』の足が止まる。

「そもそも、私の視界の中で自由に動けていたことに感謝しろ」

「呪言だと!? ハイエルフが、呪いに手を染めているとでも言うのか」

「叡智とは即ち、自らの知識が道理にどれほど近付けているかだ。魔法だろうと呪いだろうと、使えるのならば私はその叡智に触れる」

 赤い矢が火花の如き輝きを見せ、鏃は『影踏』を捉えている。

「我が矢は我が命を糧に輝き、我が矢は星をも穿つ!」

「動くな」

 立ち上がろうとしたアレウスだったが『影踏』に止められる。

「消え去れ、闇夜を駆ける眷族」


「駄目!!」


 矢が放たれる刹那、女にシオンが飛び掛かる。射掛けること、そして『影踏』を視界に収めることに集中していた女にとって、気配を消したシオンの思わぬ登場には対応が遅れる。それでも手から解き放たれた矢は空を裂き、『影踏』のほぼ真横を駆け抜けて彼方へと駆け抜けて行った。

「動くなと言ったはずだ」

「だって、あたしが動かなかったら叔父様が!」

 ここでアレウスは勘違いに気付く。先ほどの「動くな」とは自身に掛けられた言葉では無く、気配を消して様子を窺っていたシオンに対して投げ掛けられたものなのだと。考えてみれば、上級冒険者が中級になったばかりの冒険者の代わりに命を落とそうとは考えない。たとえ面識があったとて、『影踏』はそういった判断を下す。アレウスのことを『祝福知らず』と知っていてもそれは変わらない。


 では、どうして命を落としてでも守らなければならない場合――シオンを守らなければならないという思考が働くのか。

 考えるまでもない。アレウスがそうであるように、女もまたその答えに至ったらしく、自らにしがみ付いて来たシオンを払い除け、そして片手で首根っこを掴んだ。


「とうとう現れたな! イプロシア・ナーツェに連なる者! 『大賢者』がこの世に残した唯一の実娘(じつじょう)!」

「ぐ……あ……ぎっ……」

「クソ!」

 走ろうとした『影踏』を横目で女が睨み、再びその足が止まる。

「こうも聞き分けの悪い娘とは! 身命を賭して守るべき者の頭がここまで悪いと、もはや滑稽だ」

 女は弓を放り出している。矢はさっき放った。つまり、武器を持っていない。アレウスは静かに体勢を立て直す。ただし、悟られないように屈んだままの状態は維持する。

「さぁ、審判の時だ! クラリェット・ナーツェ!」

 女が『影踏』を睨んだまま後退する。その背後で空間が揺らぎ、歪みが生じる。

「異界の穴?!」

「顔を見てやりたいところだが、そこの眷族を視界に収めたままでは手元が狂って殺してしまいかねないのでな。なぁに、案ずるな。この世と少し違う世界を見るだけだ」

「異界に……堕ちるのだけは……嫌!」

「何故拒む!? なにを怯える!? 貴様の母が生み出した『(ゲート)』と! この『(ホール)』! その差が一体、どこにあると言うのだ!?」

 女はシオンを“穴”へと投げ入れる。

「この世のどこでもない幽世(かくりよ)で死ぬが良い」

 足腰に力を入れて、アレウスは走る。咄嗟に女は視線を動かそうとしたが、その直後に飛んで来た短刀を首の皮一枚で避ける。少しでも視線を外し、呪言の効果が切れれば女は『影踏』への対応に手間取ることになる。だから、真横を駆けるアレウスを妨げられない。

「一人になんてさせるものか」

 アレウスは三度、自らの意思で閉じ掛けている“穴”へと堕ちる。

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