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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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『星狩り』と謳われた者

 鳥が身を守るために発する耳を劈くような鳴き声。或いは音の壁を突き抜ける時に聞く激しい音色。建造物が崩壊して行く時に奏でる不協和音。どれだけ表現しても、そのどれもが他者へ向ける攻撃的で害悪の音色である。そんな様々な悪意ある音を発しながら、赤の輝きを放つ一本の矢は空間を裂くかのように真っ直ぐに、空を飛ぶクルタニカへと高速――もしかすると音速なのではと疑うような速さで差し迫っていた。

 クルタニカは反転し、自身を貫こうとする矢を一瞥したのち、すぐさま左へと逃げる。

「なんだ……あれは」

 彼女は確かに赤い矢を避けた。だが、禍々しいまでに赤の軌跡を残し続ける矢は避けたクルタニカを追って、急角度で曲がったのだ。それを再びクルタニカが避け、矢が軌道を修正する。それが何度となく繰り返されて、空中には彼女と矢が踊ったかのような軌跡が描かれ続ける。ここまでの異常な動きから推理出来ることは、あの矢は彼女を貫くまでは止まりそうにないということだ。

 クルタニカが一気に降下する。そして水面擦れ擦れで急停止し、そこから水上を滑るように飛ぶ。赤い矢は水流に一度呑まれはしたが、水の流れに反して水飛沫が上がり、やがて水中から赤い矢が飛び出す。

「魔物にしつこく追い掛け回ることはあっても、ここまでわたくしを追い掛け回す物体を見るのは初めてでしてよ」

 近場で赤い矢から逃げ回りながら、クルタニカは独り言なのかそれともアレウスに届くようになのかは分からないが言葉を発する。

「接触するまで止まらない、邪悪なる力――呪術、呪言の類であるのでしたら、魔法で打ち砕くほかありませんわ」

 赤い矢を一度、避け切ってクルタニカが杖で空気を裂いて、身構えた。矢は弧を描きながらではなく、稲妻のような軌跡を描いて急角度に向きを変える。

「“風よ、壁となりなさい(エア・ウォール)”」

 クルタニカの周囲を取り巻く空気が風となり、それは強力な圧力となって、彼女の前方に展開する。


「悪いが『風巫女』。ここでは禁制だ」

 どこからか声がして、風圧の壁が綻び、消し飛んだ。クルタニカが驚き、目を見開いた刹那、赤い矢が彼女の体を貫いた。

「どうし……て……」

「“舞楽禁制(ブンゲローゼ)”。私が決めた彼方まで続く道では、舞うことも音色を奏でることも許しはしない」

「おど……り? ……わたくし、は……踊って、なんて……」

「なにを知らない風な口で物事を言っている? 私の射った矢と戯れていたじゃないか」

「そんな、こと……で?」

「『カルメン』は小説に出て来る女の名前だが、同時にオペラの題材の一つ。奏でられるは組曲。組曲は音楽。私の前では貴様の存在そのものが、禁制だ」

「仰っていることの……意味、が……」

 意識を失い、クルタニカは落ち、水流の中へと呑まれてしまった。岩の上からでは届かない。アレウスにはただ見ていることしか出来なかった。


「貴様は“知っている側”だろう? アレウリス・ノールード?」

 声はすれども姿は見えない。獣人の妹とやらが用いた、“闇”を渡っているのか。それとも、シオンや『影踏』のように気配を消し切っているためか、定かではない。しかしながら、こうして声が聞こえるということは少なくともその気配消しの技能の一部を緩めている。

 つまり、アレウスに声を掛けている人物は同じ岩の上に居るに違いない。迷いなく振り返り、短剣を振るう。

「私の見立てでは、そうであると思っていたのだが、違うのか?」

 アレウスの振るった短剣の刃は目標には届かず、腕を握られて止められる。景色という衣が溶けるように消えてなくなり、両目に赤い瞳を灯す女がこちらを睨んでいる。耳は長く、肌は信じられないほどに白い。絹糸のように細い髪は銀に輝く。

「エルフは皆、金髪とでも思ったか? 時折、金やそれい近い色ではなく、このような髪の子が産まれ落ちるそうだ。『灰銀』と言ってな、ダークエルフのみに見られる髪質の変化を産まれながらに持っていたならば、たとえ、ハイエルフであろうと森で大きな役職に就けないまま、迫害を受けて天寿を全うするまで外には出られない。飼い殺される。何百年も、或いは何千年も生きる人種であるというのに」

「何故、クルタニカを狙った?」

「“正義”のためだ。悪の前ではあらゆる正義が正当化される。そう、悪の前にどれだけの人種が立ちはだかろうと、私は正義を遂行するためにそれらを排除し、この身を血で染め上げる」

「正義だと?」

 そう言えば、獣人は「正義のために」と叫んでいた。

「お前が獣人をけしかけたのか?」

「けしかけたのではない、吹き込んだだけだ。魔物の“周期”に合わせて、獣人を刺激する。そうすると、隠れ潜んでいた魔物どもは獣人の気配を察し、自らの糧になるのならと群れを成して、それを追い掛けるようになり、“周期”とは関係無しに人種を襲いに掛かる。どうだ? 面白くも無様な者共だろう?」

「そうやって街を襲って、罪も無い者たちが死んでも良いというのか?」

「構わない」

 断言されてしまう。

「むしろなにが悪いというのだ? 正義のために、大義のためには死を積み上げなければならない。それは冒険者……貴様たちがいつもやっていることだろう? 多くを助けようとも全ては救えない。犠牲に犠牲を重ね、人種に牙を剥く獣人という名のミーディアムも殺し、そうして積み上げた幾千、幾万もの死骸を登って、辿り着くのが『至高』なのだろう?」

「違う!」

「では、この水流はなんだ!? 貴様は違うと言ったが、傲慢なるヒューマンが多きを救い、どうせ甦るのだからと冒険者を犠牲にした! その結果ではないのか?!」

 顔が近付き、より瞳の赤がアレウスの目に刺さる。

「言っていることとやっていることが一致しない。貴様たちは矛盾が過ぎる。だから冒険者を狩る。しかし、貴様を狩るのは星を穿つよりも下らないようだな」

 腕を唐突に放され、アレウスはバランスを崩して尻餅をつく。

「貴様はそこで見ていろ」

 鮮血のような赤が女の握った矢に込められる。その矢をアレウスの前で弓につがえた。

「次は『奇術師』。その首を射抜くのではなく刈り取る。我が矢は我が命を糧に赤く輝き、我が矢は使命のために生物を穿つ!」

「やめろ!!」

「全てが取るに足らない世界だ。貴様もまた、取るに足らない地を這う虫だ」

 手を伸ばすアレウスを女が嘲笑い、矢を放つ――が、女が開放したはずの矢は弓につがえられたまま、動かない。これにはさすがの女も動揺の色を見せた。

「『私が決めた彼方まで続く道』と言ったよな?」

 アレウスが言ったことを女はすぐに理解したが、同時に自らのミスにも気付き、これだけの水の音の中でも聞こえるくらいの強い舌打ちをする。


「揺れるは草木、届けるは音色。されど時として、強く吹き荒れる」

「どこだ!? どこに居る?!」

 女はあらゆる方向を眺めるが、そのどこにも目当ての人物は現れない。何故なら、その人物は女がつい先ほど射抜き、水流の中へと消えてしまったからだ。アベリアが唱えたものとは言霊が異なるが、これは大詠唱だ。そのためアレウスは女に言われた通りに地を這う虫の如く岩にしがみつく。

「故に()く廻れ、故に奔れ、故に命じる。仇名(あだな)一切(いっさい)を跳ね除けよ」

 水中から飛び出したクルタニカの前方、その中空に大量の魔法陣が現れ、五芒星を描く。その全ての五芒星の中でも特に、『木』を司る一点の星が強く煌めく。

「大詠唱、“嵐風よ(ストーム・)衝撃となれ(インパクト)”!!」

 女はクルタニカの居場所を突き止めた。しかし、女の言う『禁制』が働くには時間が足りなかったらしい。魔法陣から迸る風の塊が直進し、女に接触すると同時に強く、強く弾ける。そこに詰め込まれた膨大な魔力によって生じる風は渦を成し、空気と空気を擦って稲妻を伴い、嵐となって女を呑む。それはアレウスも例外ではなく、しがみ付いていた岩ごと、宙へと体が浮いた。このまま女のように嵐の中へと吸い込まれて行くのかと思いきや、異形の水の一部がスライムのように粘性を抱き、捕まえられ、そして嵐の外へと引き戻される。

《君を餌にすると大物が掛かるのなら、捨て駒にするのは惜しい》

 女には地を這う虫、カプリースには餌、クルタニカには大詠唱を唱え終えるまでの視線外しのための囮。三者三様にアレウスは扱われたわけだが、虫と餌は場合によっては同義であり、どうせ利用されるのならばクルタニカのように逆転の一手のための囮として扱われたいところである。


「先手を打ったのは正解のようだ」

 気の抜けない状況ではあれど、脅威は去ったと思っていたアレウスの耳に女の声が響く。

「大詠唱ではあるが、ムラがある。万全であったならば私も覚悟を決めたが、どうやら正義は私にあるようだ」

 水流の上でアレウスは異形の水に捕まったままなのだが、そこから見えるクルタニカの顔からは生気が失せ、再び落ちてしまいそうな雰囲気すら醸し出している。そして声はすれど、女の姿は見えない。これでは、居場所以外にクルタニカが大詠唱を行う前となにも変わっていない。

「大詠唱を凌いだのか?」

「凌いだのではない。身を委ねたのだ。歯向かわず、流れに乗れば魔力は私を傷付けない。灰銀のハイエルフでも魔法の叡智は心得ている。ヒューマンですら辿り着けないところまでな」

 血を吐いたクルタニカが落ちた。あの様子を見るに今度は演技ではなく、本当に水流へと呑まれてしまったとしか思えない。

「『奇術師』の水を断つのは造作も無いことだが……地を這う虫への喰い付きが良い。まさに『奇術師』が言うところの“餌”だな」

 異形の水を目に見えないなにかが切り裂き、景色を溶かして姿を現した女がアレウスを掴み、水の流れていない丘陵へと乱雑に投げる。水面を地面のように蹴って、同じく丘陵へと辿り着くと、おもむろに自らが辿って来た方へと向き直る。

「その道に精通した一流の者であっても、私の首は刈らせん」

 告げて、女が威嚇のように手で握った矢を振るうと、消していた気配を放出させ『影踏』が現れる。

「いつの世も、同族同士で殺し合う。それでもヒューマンは栄華を極め、エルフは数を減らし、森が枯れて行く。掟で縛るが故に、破った者を赦さないが故に……」

「そう思うのであれば、私の正義の邪魔をしないでもらいたい」

「その正義は歪んでいる」

「貴様たちの生き様が正しく真っ直ぐに描かれているとでも?」

「『星狩り』とまで謳われた元冒険者が道を踏み外すとは思ってもいない」

「ほざけ…………しかし、ようやくお出ましだな。イプロシア・ナーツェに連なる者……! そして、私の前に差し出せ。イプロシア・ナーツェのたった一人の娘を!」

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