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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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惨状

 水がもたらす災厄をアレウスはその身に知らずとも、薄れ行く記憶の中に残されている。水とは人種にとって欠かせない代物であると同時に、人種の命を容易く奪う代物でもある。この世界の海を見たのは、異界の海とあの港町だけであるが、『津波』という言葉はハッキリと脳裏に浮かぶ。

 リュコスをアベリアが濁流で押し流した。まさにあれが、アレウスと獣人に限らず街の西側、その最前線で戦う冒険者たちへと襲い掛かる。

 水が質量を持ち、壁の如く押し寄せる刹那、アレウスは咄嗟に丘の下へと身を隠そうとした。だが、間に合わなかった。あともう少しというところで波はアレウスを飲み込む。

 波の中で体は激しく回転し、前後だけではなく、上下左右も分からない。水面に浮上したいが、水を掻けども掻けども体の回転が止まらない。

 腕を掴まれる。続いて力任せに引き上げられた。乱暴に降ろされるも、水中から脱したことでアレウスは呼吸を思い出す。続いて、飲んでしまった大量の水を吐き出し、目が回ったことで来る気持ちの悪さで、そのまま胃の中の物を吐瀉する。吐き出した先は、津波の水面である。

「そのまま死なせても良かったんだが、どちらが殺したかも分からないのでは父上に報告も出来ないからな」

「そりゃ……どうも」

 獣人が岩の上にアレウスを引き上げたのだ。しかし、岩にしてはあまりにも形状が複雑である。そして岩肌の一部を見れば、明らかに蛇の頭をした部分がある。

「蛇の(あくた)に土を纏わせたのは正解だった」

 どうやら、あの大蛇がとぐろを巻いてそのまま岩になったようだ。こうして波を受けてもビクともしないところから、ただ草原に露出させたまま岩にしたのではなく、尻尾を地面に深く突き立ててから岩に変えたと見える。でなければ、こんな大きな岩ですら水が生み出す波は押し流してしまう。

「これが元々、貴様が考えていた策略か?」

「僕が姫とか言われているお前を引き止め、味方諸共、水の圧力で押し流し、溺死させるのが作戦だと思えるか? お前の乗っていた騎獣がその身を犠牲にして馬防柵を壊したり、獣人を第一防衛ラインの奥へと飛ばすのとは犠牲の数が違い過ぎるだろ」

 これだけ大規模な水の流れ――津波なのか、それとも雪崩の如くと表現すれば良いのか。そのどちらであるのかも定かでは無いが、カプリースのやったことはあまりにも軽率であり、最悪な行為である。

「命を取り合った最中にはなかなかに姑息な手段を取ってはいたが、これほどの非情さは欠いているようにも思えた。今だけは信じてやろう。水の流れが静まれば、もう信じることもないが」

 瞳は黒から茶色へと戻っている。興奮状態は解けているらしい。

「僕だって戦場で殺し合おうとした相手に信じてもらおうと思っていない」

 どうすれば良いのだろうか。この胸の中に残る大きな大きな怒りは、カプリースに向けるべきものだ。しかし、あの男は簡単に始末することが出来ない。それどころか『教会の祝福』を持っているのであれば、何度だって甦る。そして、上級冒険者を殺したとなれば――殺せるとは思えないので、兇器を向けたとなればアレウスはギルドから追い払われてしまう。


「ご無事でしたか、姉上」


 その声にアレウスは身構え、それを獣人が制する。

「『闇の中』を歩く妹に心配されるほど、ワタシは弱いと思うのか?」

「いえ、ジブンは一度も姉上に勝ったことがありませんから、さほどの心配はしてはおりませんでしたが、さすがに父上がうるさいので」

 一体、いつ、そしてどこから現れたのかも定かではない獣人が口にする“妹”は、アレウスを一瞥したのち、興味が無いとでも言いたげな表情を見せてから、すぐに姉上と呼んでいる獣人に向き直った。

「戦場だぞ。親馬鹿にも程があるだろ」

「それはジブンも思いますが」

「芥に短剣を貸している。水が静まるまでは動けん」


「しかしながら、先ほどから」

 “妹”は背後に現れ出でた水の異形を振り向き様に蹴飛ばして弾けさせる。

「このように、ジブンを姫と断定し、幾度も攻撃を仕掛けられております。姉上にも程なくして、攻撃が始まるでしょう。骨剣はまた作れば良いではありませんか。姉上にもしものことがあれば、ジブンは父上の前で首を吊らねばなりません」

「……と、言うことだ。勝負はお預けらしい、強奪者」

「ありがたい話だ」

「次に会う時はもう少し良い格好で殺してやろう。長旅でどうにも、獣臭さが戻って来てしまっていたようだからな」

 まるで汚らしい格好は本来の自分の姿ではないかのように言って来る。

「僕は右目だけじゃなく、右腕も左耳も奪い取っている。お前たちがミーディアムと蔑まされているのなら、それほど死者を冒涜し、強奪した僕はもはやヒューマンですら無いのかも知れない」

「なんだ? 獣のワタシたちに付いて来るとでも言うのか?」

「このヒューマンは多少なりとも連れて帰る価値はありそうです。殺さないように体を切り開き、強奪する肉体構造を調べられるやも知れませんが」

 不意に獣人たちが空を見る。

「それを許してはくれなさそうだ」

迦楼羅(かるら)……いえ、ミディアムガルーダですか。そんな得体の知れない存在に目を付けられているヒューマンを連れて行くわけには参りませんね。研究対象としては惜しい存在ではありますが」

 獣人が指先で空間を揺らす。生じた揺らぎの先には暗黒の世界が見える。


「ここで仕留めさせてもらいますわ!!」

「言ってろ、ミディアムガルーダ」

「ミディアムビーストが偉そうに!!」

 空から落ちるような速度で飛来するクルタニカの暴言に暴言を返し、獣人たちは暗黒の世界へと身を投じる。揺らぎは獣人を飲み込んだのち、すぐに消え去る。数秒遅く、アレウスの元にクルタニカが降り立った。


「……ゲート? いや、異界の“穴”……か? その、どちらでもない……?」

 獣人は指先で空気を揺らした。あの感じは、アレウスやアベリア、果てには神官がロジックを開く時のそれにとても似ていた。

「くぅ~! 獣風情が! この私から逃げるなど!」

「クルタニカさん」

「ちゃん様でしてよ!」

 こんな緊迫した状況において、呼び方を訂正して来るのは恐らく彼女だけであろう。

「クルタニカちゃん様」

「なんですの?」

「僕に『解毒』を掛けて欲しいのと、あとはこの水はどうにかなりませんか?」

「『解毒』はちゃんと掛けて上げますわ。けれど、この水流ばかりはどうしようもありませんわね」

「何故?」

「大元がカプリース・カプリッチオの魔力であり、そしてそのアーティファクトですの。私がどれだけの魔力を注ぎ込んで、この津波が如き水流を風で掻き分けても、アーティファクトが止まらない限りは、水流は無くなりませんのよ……もう一つ、奥の手はあっても、絶対に使いませんわ」

 尻すぼみになにかを言ったようだが、アレウスには絶対に使いたくないと言い張る奥の手よりも、風の魔法に期待していたので、肩を落とす。

「“穢す力を(アンチ)解きほぐせ(ドート)”」

 アレウスの左手の傷に光の粒が染み入り、続いて大量の膿が溢れ出す。それをクルタニカが布で拭き取る。表情からして、どうやらもう『解毒』は終わったらしい。

「無事でなによりですわ。アベリアが最前線へ走らずとも良いように教えに行かないとなりませんわね。あなたは……当分、ここからは動けそうにはありませんわね」

「どんなに泳ぎが得意な奴でも、この水流の中に飛び込みはしませんよ」

「水の中を歩く独自魔法を持っていらっしゃる方は?」

「後衛で回復役です。カプリースにパーティを分散させられているんです」

「でしたら、連絡してから冒険者に救援をお願いして参りますわ。中級冒険者の魔法使いや僧侶であれば、水の中を歩く魔法に限らずとも、この水流を越える魔法ぐらいは習得していると思いますわ」

「ついでに僕をここから……とも思いましたが、この惨状を見てアベリアが猪突猛進してしまいそうなので連絡を急いで下さい」

 まず、アベリアに無事を知らせておかなければならない。彼女はこの水流にすら飛び込んで来るやも知れないのだから。

「任されましてよ」

 風を纏い、クルタニカが宙に浮く。そのまま飛翔し、後方へと向きを変えた。


「っ!?」

 今まで『エルフの耳』としては機能していなかったはずの左耳が、唐突に強い耳鳴りを伴う。

「避けて……そして、逃げろ!! クルタニカさん!」

---


「幾つか問題はあれど、ようやくお目見えか」

 呟きながら、『人狩り』は矢を弓につがえる。

「『風巫女』……貴様の存在は『奇術師』以上に厄介だ。貴様を射抜かなければ、ナーツェに連なる血統を引きずり出すことは叶うまい」

 『人狩り』の瞳は赤く染まり、つがえた引き絞った矢は強く赤く輝きを放つ。

「我が矢は流星の如く駆け抜け、我が矢は星をも穿つ……! どうか……避け切ってくれるなよ!」

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