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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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防衛開始


 鎖帷子を着込み、いつもの冒険者用の衣服を纏う。やはり戦闘用に考えられ、作られた衣服は気持ち程度であっても防御能力が高い。縫製技術もそうであるのだが、布製であっても急所となる箇所には分厚い皮を用いたりと試行錯誤が見られる。アレウスが着るのはその中でも特に安物なのだが、それでもまだ冒険者が生き残ることを願って作られた物であることには変わりない。

「僕に合った短剣術……人の真似で会得したものじゃない……自分自身の、か」

 あの男に短剣術を学んだ。そこからは独学だったのだが、それでも男の姿を憧憬としていたために、人真似のようになってしまったのだろう。ルーファスは真似ることを悪く言う方ではなかったし、それこそアレウスは『闇歩』を真似をしたことで『盗歩』は形になるまでに至った。なのに「やめろ」と言うのだから、よっぽどアレウスにとって現在の短剣術は枷になってしまっているということだ。

「アレウスは最前線?」

「ああ。明らかにカプリースの嫌がらせだな」

「私はその少し後ろだけど、アレウスとは距離がある」

「だな」

「戦場で落ち合えたら良いけど」

「隊列を乱せば、その分、混乱が生じる。合流をすぐに考えるのは得策じゃない。だから、死なないことを互いに信じ合うしかない」

「……うん。『身代わりの人形』は?」

「ちゃんと持っているよ。港町の『異端審問会』から奪い取った『栞』も一応は持ち歩く」

「そっか」

 アレウスはアベリアの髪に触れ、それから頭を軽く撫でる。死ぬつもりは毛頭無いが、ギガースのように死に掛けるような戦いに身を投じなければならないのは事実である。そのため、いつも以上に彼女の髪の感触や、手に平から伝わる体温を感じつつ、しかし時間が迫って来ているため名残り惜しみながら離れる。

「行こう」

 そう言って扉を開く。家の前では既にヴェインとガラハが集合している。

「個々の能力と判断力が求められるし、僕が居なくてもちゃんと自分の意思で行動してくれ」

「オレは言われずともそうさせてもらう」

「俺は……そうだな。判断を仰ぐために君の姿を戦場で探すようなヘマだけはしないようにするよ。俺も俺の判断で、したいようにする。前々からそうだったのに、いつの間にかアレウスに頼るようになってしまっていたからね」

「いや、僕も危険な場面ではヴェインを探すこともあったし、自分自身の作戦にすぐ迎合してくれる存在を求めていた。結局、お互い様だ。パーティではあるけれど、意思はしっかりと独立させよう。それでいて協調性を維持しなきゃならないってのも理不尽な話だけどな」

「分かっていて踏み込んだ領域のはずだ」

「ああ。ガラハもだろ」

 言われるまでもないといった具合の、強気の視線を受ければもはや、言葉などは必要ではない。

 四人は未だ日の昇っていないシンと静まり返っている街並みを眺めながら西門を抜け、ギルドと冒険者が総出で作り上げた陣に加わる。アレウスは最前線、ヴェインはそれより五つ後方、アベリアは三つ後ろ、ガラハはアレウスの一つ後ろである。しかし、魔物との戦闘が始まれば陣は左右へと広がる。そうなるとアレウスは中央付近で戦うが、残りの三人は見事にバラける。思っていた通りの嫌がらせではあるが、ギルド長と上級冒険者による総指揮の下では、全てが絶対となる。逆らえば、街を守ることさえさせてはもらえないだろう。

「信じたいから信じる、守りたいから守る……それで、良いんだよな?」

 自分に言い聞かせる。この街には随分とお世話になった。冒険者になるための様々なことに限らず、井戸水や食べ物、そして採掘業。ボロボロではったものの借家もある。そして、それ以上に、自分たちのような外から来た者を、時間は掛かったかも知れないが受け入れてくれた人情がある。だからこそアレウスとアベリアの生活基盤はこの街になったのだ。なのに、歯向かって街を守らせてくれないともなれば、自分たちに支援してくれた者たちへ顔向けが出来ない。


「街の西門は守衛が固めているけど、魔物との戦闘経験はほぼ皆無だよ。この街の冒険者を総動員したとは言っても、軍隊と呼べるほどの布陣が出来上がっているわけでもない。魔物と獣人の物量に押されれば一気に壊滅しないとも限らない。人種の智慧が試される」

「シオンさんも最前線に? あと、気配を消して近付かないで下さい」

 気配を感知した時、敵襲かと思って身構えてしまう。

「『密偵』や『探索者』は気付かれたらおしまいだからね。普段から気配を消して動くことを意識しておかないと、ちゃんと身に付かないらしいから」

「『影踏』から教わったことですか?」

「まぁ……そうだね。『呪言』だけじゃ、私は戦えないから」

 ギガース相手に『首刈り』をしようとした部分も加えると、職業は彼女自身が口にしたものだけでなく、『暗殺者』としての技能も持ち合わせていそうだ。どちらにせよ、『影踏』同様、あまり敵には回したくはない。

「戦っている最中に話し掛けて来ないで下さいよ?」

「そこまで空気の読めないことはしないし」

 言って、またフッとアレウスの前から消えてしまった。気配消しの技能であるのだとしても、こうして魔法のように景色の中に一瞬の内に溶け込まれてしまうと、なんとも落ち着かない。気配を消すことと、姿形まで消し去ってしまうこととは決してイコールでは無いと思うのだが。


 後方、物見櫓(ものみやぐら)から鏑矢が幾本か放たれ、耳を劈くような音がアレウスの耳にも届く。続いて街の中で楽器の演奏が開始される。その軽快なリズムに重ねて、後方支援の隊が銅鑼(どら)を鳴らす。


「勇猛なる者たちよ! 命知らずの無謀者よ! 顔を上げよ! 胸を張れ! 怯えず前方を睨め!! 生とは、死の線を潜り抜けた先にある!!」

 馬上で最前線を任されている上級冒険者の声が木霊する。恐らくは近くの神官や魔法使いによって声が響くように魔法を掛けてもらっているのだろう。

「笑え、大いに笑え! 腕を試す時が来た! 街より貰った恩を返す時が来た! 喜び、叫び、溌剌(はつらつ)と得物を抜け!!」

 街道の彼方――丘陵となっていて見えなかった道の先から、おびただしい数の魔物が現れ、凄まじい勢いで坂を下って来る。

「怖れるな! 我らはとうの昔より魔物との戦いに身を置く者! どれほどの数を前にしたところで、やるべきことは変わらない!! 街を守り、魔物を倒す! 小賢しくも、しかし精神を穢された獣人もまた等しく始末せよ!!」

 足の速い魔物――ガルムやハウンドは馬防柵を嫌って進路を変える。

「防衛ラインを意識しつつ進め!! 戦い抜いた者にだけ、勝利の美酒は与えられる!!」


 一際強く銅鑼が叩かれ、馬に乗っている冒険者――騎兵が我先にと突撃を開始する。馬防柵によって方向を意図的に変えられたガルムやハウンドを馬上から鎗を振り乱し、次から次へと切り払って行く様を見つつ、それでも仕留め損ねたガルムやハウンドは街への進撃を続ける。これをアレウスを含めた歩兵が対応する。

 この程度の魔物ならアレウスでも戦える。ハウンドとは戦った経験がほぼ無いのだが、対処の仕方はガルムと変わらない。ただし、ガルムと同様に戦っては軽く喉元を掻き切られるので、注意はしなければならない。

 剣を振るい、足運びは慎重に、時に大胆に。これだけの数を相手ともすれば、急所とも言うべき腹を狙うのは非常に困難であるため、少しずつ傷を与えて、弱らせて行くしかない。周囲の冒険者も考えていることは同じであるらしく、代わる代わる相手にするガルムやハウンドのほとんどは手傷を負っている。繰り返せば繰り返すほど傷が増え、そして手負いとなって動きが鈍くなったところでトドメを刺しに行く。

「前方で暴れてくれているからこの程度で済んでいるけど……」

 騎兵が大暴れし、合わせて攪乱もしてくれているため、その後ろで構えているアレウスの元にやって来る数はまだ対処の出来る数である。これを一番最初にアレウスたちが受け止めていたのなら、それこそ歯牙にも掛けられることもなく街へと雪崩れ込ませてしまっていたところだろう。


「獣人が来るぞ! 気を引き締めて掛かれ!!」


 丘の向こうから現れた、人でも無く獣でも無いミーディアム――獣人が馬のような、しかし牛のようにも見える魔物に騎乗しながら雄叫びを上げ、複数が纏まって進撃を開始する。

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