全て分かった上で話している
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「――以上のことから、有能な手駒は可能な限り残し、無能な手駒は早々に捨てるのが得策。なぁに、死んでも生き返るのならば命など安いものでしょう? その命で、少なくとも時間稼ぎのなるのなら、気にせず死にに行ってくれた方が僕としても采配がしやすくて助かりますが」
凄まじいまでの殺気がカプリースに向けられている。初級から中級冒険者までを集めた作戦の連絡会とカプリースは言ってはいたが、ここで語られた全てのことは『戦って死ね』という命令である。それも『迷惑にならないように余計な真似はせずに死ね』と付け加えられている。
この場で誰かに切り殺されてもおかしくない言動を取りながら、カプリースは表情を崩さない。仮面のように張り付けた形だけの笑顔が、逆に怖ろしい。真顔になることも、冷酷無比な表情を見せることもなく、ただただ笑顔を見せ付けている。
裏側を見せる気など無い。そんな強い意思表示が、仮面のような笑顔を生み出しているのであれば、命の危機に晒されようとカプリースはずっとこの笑顔を崩すことはないだろう。それはこの男がこれまでの人生の中で培い、そして習得した己自身の全てを隠匿する技なのだから。
「役に立たない駒は死ねってか?」
「実際、初級冒険者が防衛戦で役に立ったことは僕の経験上、僅かしかありません。呪うならば、己の才能の無さを恨んで下さい。それか、タイミング悪くやって来た“周期”にでしょうか? それとも、兆候がまるで無かったとは言え、こんなタイミングでしか冒険者になることの出来なかった運の悪さ、でしょうか?」
この男はどんな相手だろうと容赦無く煽る。それは自身が絶対的な強者であるという姿勢を貫いているためだ。実際、上級冒険者なのだからアレウスたちにとっては雲の上のような存在である。
ルーファスやデルハルトは上級冒険者であっても後進に対してここまでの強気な態度を見せることはない。あるとしてもそれはきっと戦場であろう。この男に近いのは、どちらかと言えばクルタニカである。しかし、彼女からはカプリースほどの嫌悪感は抱かなかった。それは冒険者としての矜持を捨てていないからだ。命の価値が平等にあることを理解し、どんな小さな命であっても救うために尽力する。崩壊した街からの帰り道。ギガースに襲われたのはアレウスたちの乗る馬車だけだった。あの時、クルタニカは仮眠を取っていたために判断が遅れてしまったのだが、そうであるならば大抵はアレウスたちを捨て置いて、残りのキャラバンだけは街へと走らせるのが最適解だったはずだ。
なのにクルタニカは自身の乗っていた馬車だけをキャラバンから外し、助けに来た。あれはキャラバンを統率するリーダーとしての判断とはとてもではないが言えない。
だが、それがクルタニカ・カルメンなのだ。そんな彼女だからこそ、アレウスに限らずアベリアも心を許せたのだ。
カプリース・カプリッチオにはそれがない。自分本位さはクルタニカを軽々と越え、発現のどれもが耳障りで聞いてはいられない。かと言って、歯向かえば味方だと思っていた後ろから思わぬ一撃を浴びせられるかも知れない。ならば、歯向かわずに戦場で好きなようにしていた方がまだ魔物と獣人に集中できるはずだ。
「アレウリス・ノールード君」
思わぬ形で名前を呼ばれ、アレウスは顔を上げる。
「ギルドから話は聞いている。君が関わると碌なことが起こらないそうじゃないか。どうやら随分な問題児のようだ」
「僕の名前を知って頂けているなんて、光栄なことです」
「反抗的な目だ。僕も馬鹿じゃない。何度となく君と同じような目を向けて来た冒険者を見て来た。その大抵が、死を体験してその後、冒険者を辞めてしまったよ」
「だから僕も同じだと?」
「女に現を抜かしている中級冒険者が威勢の良いことを言う。君にどんな魅力があるのか知らないが、そうやって良い気になっていると痛い目を見るのは君自身だ」
そのように女性を見て来たことはない。アベリアとの関係が今後、壊れずに済む方法は無いだろうかと探しているアレウスが、性欲や色欲などといったものに現を抜かしたこともない。ヴェインやリスティからは「女性との関わりが多い」と言われているので、その点は余計に気を遣っているつもりである。それを聞いただけで、もうなにもかもを知ったかのような口調で言われては、言い返したくなる気持ちも強くなる。
「采配を振るう者が、死人を出すこと前提で防衛戦に臨むのはいささか疑問ではありますね。どんな策士も軍師も、自軍の被害を最小限に抑える方法は無いだろうかと死に物狂いで探し、奇策を講ずるものだとばかり僕は思っていましたので」
「無駄な死者は出さない」
「あなたの指示一つで、無意味に死ぬ冒険者は出る」
「それでも僕の中で想定の範囲内であれば、それは無意味でも無駄でもならないんだよ。君の頭では、僕の考えている作戦の全てを理解することは到底不可能だろうから、気にせず最前線で死んで行ってくれるとありがたい。そうして生き返ったのち、この街が残っていることに喜び、僕に感謝すると良い」
「僕が最初に感謝するのはいつだって、僕を支えてくれているパーティメンバーですけど」
これは少しばかり言い過ぎただろうか。反抗的な態度を取れば後ろから矢が飛んで来るかもと考えていたのはアレウス自身である。そして、出来る限り穏便に済まそうと考えたのもまた同じである。しかしながら、これでは明らかに攻撃的な意思を向けていることをカプリースに勘付かれてしまう。
いや、最初からカプリースはこの場に居る全ての冒険者から向けられているものを感じ取っているだろう。それらを物ともしないのであれば、この程度の言い争いはこの男にとっては些末事になるかも知れない。
「最終的に英雄と讃えられるのはこの僕だ。諸君らは精々、僕の想定通りに動き、そして有効な命の使い方をしてから死んで行ってくれたまえ」
張り付けられた笑顔の仮面で言われれば、若干ながらに奇妙さ、不可解さ、そして恐怖がある。殺意があるわけではない。カプリースは極々、普通に、彼にとっては当たり前といった具合で「死んで行け」と言ったのだ。それがどれほど傲慢であるかも理解した上で言っている節がある。
しかしながら、分かり合えそうもない。産まれ直しであるのなら、もう少し踏み込んだ話をしたいところなのだが、全ての冒険者がいつカプリースの首を掻き切ってくれようかと様子を窺っているようなこの場では、そんな話題を口にすることさえ憚られる。
そもそも、産まれ直しという概念自体を公衆では控えなければならないのだ。いつどこで、誰にアレウスは見られているかも分からないのだから。
「しかしながら、不穏分子足り得るだろう君を、そして君を取り巻く者たちを同じところに固めるわけには行かないな。真の強者であるのなら、たった一人でも状況を打開できるだろう。それとも、自分に賛同してくれる面々が居なければ吠えることすら出来ない弱虫か?」
これはアレウスが粗方、予想出来ていたことだ。
「僕は上が決めた配置をとやかくは言いません。上が言って来ることには、僕なりの解釈を加えますが……」
「良いとも。それで魔物や獣人の数が減るのなら、僕にとってみれば願ったり叶ったりだ。君という不穏分子が、強がりを言って死んでしまっても僕にとっては願ったり叶ったりであったりもするからね」
敵対したくはないのだが、敵対しているような言い合いをしてしまう。やはり芯の部分でアレウスはカプリースとは馬が合わない。反りも合わないだろう。こんな男から、生き様について語ってもらおうなどと考えていたことすら虚しく思ってしまう。
「それでは諸君、ごきげんよう。次に僕と見える時は、生き返ったあとかも知れないけれど、それまでの生を味わい、そして来るべき死に備えていてくれたまえ」
「死ぬのはお前の方だ。このクソッタレめ!!」
カプリースが簡易に設けられた壇上から降りた刹那を狙って、一人の冒険者が荒々しく罵りながら駆け寄り、剣を振りかぶった。
「アレウリス君が不穏分子であるのなら、君はまさに反乱分子といったところだな。タチが悪いのは共通だが、頭の出来不出来については語るまでも無かったようだ」
笑顔を崩さずに語るカプリースを見て、アレウスは夢でも見ているのかと頬を抓る。
冒険者の剣はカプリースの首を断ち切った――ように見えた。しかし、男の首はどこにも転がっておらず、それどころかしっかりと頭と胴体はくっ付いている。剣を振り切った冒険者もなにが起こったのか理解が出来ておらず、力の緩んだその隙をカプリースは逃さず、その手から剣を奪い取る。
「処刑だ……と、言いたいところだけれど、貴重な肉壁が減ってしまうのは街にとっては損益だ。歯向かった以上は君も、そして君が連れ歩く仲間とやらも揃って最前線へ送らせてもらうことにするよ。なぁに、たった一度死ぬだけじゃないか。我慢することだ。反乱分子は他に居るかい? と言ったところで、出て来るわけがないか。反乱分子は目で見て、体で受けなければ理解しないのは知っているとも。しかし、この場、この体に宿るは確かにカプリース・カプリッチオではあるけれど、実体であるわけではないから、どれだけの刃、魔法が飛んで来ようと決して僕という存在が死ぬことは絶対に無いとだけ、伝えておこうか」
「水に自分を投影している」
「分身ってことか?」
アベリアがボソリと呟いたので、アレウスは訊ねる。
「でも、魔力の流れは……実体と繋がっているはずの魔力の導線が見えないから……予め、実態が予想した範囲の発言と行動だけが詰まっている水の人形」
「……じゃぁ、なんだ? あの冒険者からの襲撃も、本人は予め想定していたと?」
「それだけじゃない。アレウスと話したことも全部、水の人形に詰め込まれたものだけ」
「僕がなにを言うかも、どういった態度を取るかも、全部……お見通しってわけか」
アレウスが混乱する中で、カプリースと思っていた存在から色と色が失われて行き、やがて無色透明な水と化して、その場の地面を濡らして消えた。




