秀でてはいるものの
「カプリース・カプリッチオさんの出生についてはギルドの方も完全には把握し切れていないのよ」
先ほどの発言に対しての不平不満はカプリースにではなくギルドの担当者に向けられ、更なる喧騒が生み出されつつある。そんな中で、リスティからの説明を受けていたアレウスに対して、彼女の先輩であるシエラが溜め息混じりに伝えて来る。
「ギルドは冒険者として登録してもらう以上はロジックの開示を求めるわ。あなたも羊皮紙に込められた魔法でリスティに能力を開示したでしょう?」
「ええ」
「カプリースさんはその魔法の羊皮紙の干渉を受けなかった。だから誰も彼の能力を知らない。どんな技能を持っているのか、どんな生き様をロジックに描いて来たのか。なにもかもが不明なの。ギルドとしてはそんな産まれも育ちも不明な男を冒険者として登録するべきではなかったのよ……でも、そんな問題なんて問題じゃなくなるくらいに、カプリースさんには才能があったのよ。だから例外としてだけど彼を冒険者として登録した」
「奇才にして鬼才。奇術が如き水属性の魔法の使い手。付けられた称号は『奇術師』。ただ、冒険者として登録するまでに至ったは良かったんですが、その後の彼の横暴は私たちの予想を越えていました」
シエラの言葉に連なるようにリスティも言葉を紡ぐ。
「優れた才能、優れた頭脳、恵まれた魔法の叡智。ありとあらゆる冒険者が羨む才能を持ちながら、彼は高みに登ることを拒んだの。彼が冒険者として登録されたのは約十年前。あれほどの才能を持っていながら、未だに上級冒険者止まり。当初は五年もあれば『至高』に登るだろうとさえ言われていた成長株だったのよ? このことは先輩から聞いただけであって、私が十年前からここに居るわけじゃないんだけどね」
別にアレウスは考えたこともないのに、シエラはどういうわけか十年前という言葉の綾から導き出される年齢に対する推論を立てられないように言葉を付け加えて来る。逆にそのように言われてしまえば、これからの発言の数々から年齢を推理してしまいたくなってしまう。
「いつからか冒険をやめて、防衛戦にだけ参加するようになったようです。防衛戦は街とギルドへの貢献度は高いのですが、一定期間、依頼をこなさなければランクを上げるわけにも行かなくなります。そして、彼が望むような防衛戦がそんな頻繁には起こりません」
「付け加えるなら、今回のような総力を費やすような大規模な防衛戦にしか赴かないのよ。そういった緊急の依頼以外、全くと言って良いほど手を出さないんだから、『至高』のランクへ上げるわけにも行かないわけ」
「ルーファスさんが『至高』で胡坐を掻いている冒険者が居ると言っていましたけど……カプリースさんではないんですね?」
アレウスは二人に確認を取る。
「“あの人”はまだマシな方よ。だって一応は冒険者としての使命は全うしているはず……だから、多分」
「胡坐を掻いていると言われるのは本当に胡坐を掻いているわけではなく、その『至高』というランクに立っているために、冒険者稼業を軽んじ始めているからかと。『至高』を到達点としてしまった以上、“あの人”は登るのをやめてしまったんでしょう」
「けれど、カプリースさんは登るべき道がまだあるのに、上級で足を止め、あろうことか防衛戦にしか顔を出さないのよ」
「それどころか、自身よりも経験が豊富な冒険者を前にしても態度を改めません。彼の行動原理は一切不明ですが、防衛戦のために出す作戦はどれも非人道的。自身以外の冒険者を全て駒としてしか見ていない。それどころか、作戦によって生じる周囲への余波、影響についても無関心を貫いています」
「女癖も悪いらしいしね。女遊びは派手ではないけど、私たちのような、ほぼ彼と初対面の担当者の耳にまで入るような変態っぷりらしいから。表が紳士でも、裏の顔は別物っていう良い見本よ」
特段、女遊びについてまでアレウスは聞きたいわけではなかったのだが、どうやらシエラはリスティに向けての、身に降り掛かるかも知れない火の粉に対しての情報提供であったらしい。担当者はギルドの顔であるので、基本的には性格が良く、見目麗しい女性が就きやすいらしい。そうなると、リスティに限ったことではないがカプリースの毒牙に掛かりかねない。それを未然に防ぐための、先輩からの忠告なのだ。
「あまりあの人の言うことに従わない方が良い?」
アベリアの問いに二人が口を噤む。
「……なんとも言いにくいのですが、アレウスさんたちとは考え方が真逆と言いますか、なんと言うか、」
「カプリースが求めているのは『作戦のために死ね』と言えば死ねる冒険者」
アレウスはリスティの顔を見る。彼女は驚きは見せはしたものの、そこから首を小さく縦に振った。
「駒、というのはボードゲームにおいては奪い合うものです。場合によっては奪った駒を利用することだって出来ます。けれどそれはあくまでボードの上でのこと。実際の作戦においては、被害は最小限に抑えるのがセオリーであり通例であり、全ての指揮官、統率者、隊長、或いはパーティのリーダーがそのように考えます。ですが、カプリースさんは自身の駒ごと、相手の駒を壊す。魔物一匹に対して十人が死のうが、それで駒を排除出来たのならば良しとする。何故ならば、最終的に数が減った魔物を始末することが自分自身には出来ると信じて疑わないため。要は手間を省くための作戦です。自分自身に向かって来る魔物の数をただ減らしたいために、味方すらも減らす。場合によっては味方ごと魔物を討つことさえあるとかないとか……とにかく、その手の資料なら幾らでも出て来ます。出て来ないのは、彼の出自……そして能力、生き様だけです」
「なんとも愚かなヒューマンだな。己の力を信じて疑わないのは構わないが、同胞を捨てる戦いなど、あるべきではない」
「ガラハの言う通りだよ。彼がどんな作戦を告げて来ようと、俺たちはアレウスの判断を仰ぐ。それで良いかい?」
「それは別に構わないけど」
ヴェインの目にはアレウスに対する異常なまでの期待感があるのでは、と恐る恐る視線を上げる。
「心配しなくて良い。俺は君に言われずとも、自分の弱さを再認識したばかりだよ。君ばかりを頼るわけじゃない」
向けられた言葉は自身の不安を払拭するものだった。
「……実を言うと、カプリースの非人道的と言われる作戦、或いはその思考に関しては僕もどこか思うところがあるんだ」
「アレウスも、大勢の人が死んでも作戦が成功すればそれで良いって考えるの?」
「昔の僕ならそう考えていただろうな、ってことだよ。目的が果たされるのなら、過程には目を瞑る。結果さえ残れば誰もが肯う。力が全ての世界じゃ、それが摂理だった。だから犠牲の上で成り立つ勝利であっても、勝利には変わらないんだと思う。でも、それは逆に無謀で無茶で無価値だと今なら判断して、そういった作戦は現実的じゃないと思って判断材料から破棄することが出来る。でも、カプリースはそうはしないんだ。僕が駄目だと思うことを、あの男は良しとするんなら……僕以上の凄まじい生き様を、ロジックに刻んでいるのかも知れない」
「まったく、防衛戦も厄介だと言うのに、上に立つ者まで厄介だとは……まさか、“アレウス”。オレたちにまであの男を真似して『死ね』とは言わないな?」
「ああ、僕自身が死にたくないのに死を強制するわけがない。そこのところは分かってくれているようでなによりだよ、ガラハ」
『ヒューマンの小僧』ではなく『アレウス』と呼んだので、ガラハからようやくアレウスは認められたのだろうと思い、そう返した。
「分かっているとは思いますが、時間がありません。カプリースさんの資料については私の方で暇さえあれば掻き集めますので、アレウスさんは防衛戦の方へ準備を進めて下さい」
「資料集めなら私も手伝うよ、リスティ。まぁこっちはあなたと違って沢山のパーティを抱えているから、暇を見つけられるかも危ういんだけど」
「ありがとうございます。担当者としての業務に支障が出ないようにして下さい」
リスティとシエラの会話を聞き届けたのち、アレウスたちは正式なギルドからの作戦指示が与えられるまではこの場ですることも無いので、外へと出る。
「魔物に限らず、獣人も相手だし、ウィルス対策に『解毒』は必須か。俺はなるべく魔力を温存しなきゃならないな」
「偵察ならスティンガーにやらせれば良いが、目の良い獣人に攻撃でもされたらたまらない。スティンガーが一人でも作れるフェアリーサークルと、それを描くまでの時間を把握したい」
「獣人の死体に聖水を掛ければ、ちょっとはウィルスの蔓延を防げるかも知れない。聖水を作らないと」
「携帯食料の用意と、各種のポーションを調達。効果が薄い安物でも無いよりはマシなはずだ」
各々、思うことはあっても下準備がある。自然と口から出て来たのだが、どれもこれも防衛戦に向けてのことばかりである。それだけでアレウスは仲間との意思疎通が取れていることが分かり、強い充足感を得る。
「カプリースが捨て駒戦法を前面に押し出すとしても、僕は死なないことを前提に戦う。だから、誰も死ぬこと前提で戦ったりはするな。どんなことを言われたって、生きること優先で戦って欲しい。僕の予想だと、こうやって反抗的な言動を取るパーティは最前線か、或いは集結できないように散らされる。でも、戦局という盤面をあの男が全て知ることなんて出来ないはずだ。僕たちは僕たちのやり方で戦わせてもらおう」




