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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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反する判断

 その後、借家でアベリアを待ち、二人で外に出たところでスティンガーに導かれてガラハと合流する。ヴェインもガラハが再度飛ばしたスティンガーを頼りにやって来た。そうして四人でギルドに行くと、先ほど帰還したばかりなのか、どこか疲れが見えているリスティを見つける。


「アレウスさんたちには作戦内容を伝えないと行けません」

「大丈夫ですか? 僕たちはリスティさんが休憩してからでも構わないんですけど」

「事態は急を要しています。時間はありますが、有限です。準備と対策は速ければ速いほど、魔物を抑え込むことが出来ますから」


「そんなに大群なんですか?」

 ヴェインが遠回しにではなく真っ直ぐに訊ねる。

「ええ……間違い無くこの街を守るために総力戦となるでしょう。場合によっては、ギルド長が幾つかの区画を捨てる決断も下さなければなりません。それに、厄介なのは魔物に精神を穢されたミディアムビーストです。呼びやすいように、敵対する者は獣人と呼称するようにしています」


「ゴブリンやコボルトよりも厄介?」

 アベリアの質問にリスティがハッキリと肯く。

「魔物の死体は魔力を失えば跡形も無く朽ち果てるだけです。ですが、獣人の死体は残ります。それも、人種と敵対する獣人の大半はウィルスの宿主です。つまり、死体は一人残らず回収し、そのどれもが腐り果てて、その破片の僅かでも風に乗る前に焼き払わなければなりません。疫病が街に蔓延すれば、それもまた崩壊と言えます。獣人の血液が付着しても、鼻腔や口、目といった粘膜に接触させないようにして下さい。『解毒』が間に合うのは粘膜との接触が起こっておよそ一時間以内。それ以降は風邪と同様、肉体の防衛機能が働いて、異常が異常だと認められないようになります」

 症状が出てからでは遅いのだ。出る前に『解毒』を掛けてもらわなければ、ウィルスを体内から排除できない。これはパーティを分けての別行動はやめた方が良さそうだ。戦いの最中に付着した血液にまで意識は向かない。注意に注意を払っていても、気付いたら血液と接触しているかも知れない。自身の傷口に獣人の血液が染み込んでいるかも知れない。


 となれば、一時間よりも短い五十分ごとに集合し、ヴェインの『解毒』を掛けてもらう。或いは、彼のような僧侶の居る場所へと後退し、同様の魔法を唱えてもらわなければならない。


「皆さんは中級冒険者。最前線に中堅を、一番後方に上級を配置します。そのため、初級と中級はそこに挟まる形となるでしょう」

「上級が最前線じゃないんですか?」

 アレウスは上級が最前線でバッタバッタと魔物を討ち、獣人を殺すものと見立てていた。

「冒険者は最終防衛ラインです。幾つかの上級のパーティは最前線に出てもらいますが、全ての上級冒険者が最前線で倒れるようなことがあれば、それは即ち、この街の全ての冒険者が束になって掛かっても倒せない魔物や獣人に蹂躙されることを意味します。中堅で力の差を推し測り、初級と中級が人種の盾として侵攻を妨げ、上級が対策を打って倒す。非常に心苦しい限りですが、あなた方をそのように投入せざるを得ません」

 リスティは普段からそのような非情なことをアレウスには言って来ない。だが、この場では冗談でもなんでもなく本気で、その仕事を全うしろという指示を向けて来ている。

「戦力の温存ということですか?」

「ヴェインさんの言う通りです。上級という確実な戦力を防衛戦においては適宜、投入し、回収します。積み上げて来た死体の数、見て来た絶望の数、貫いて来た意地の数、そのどれもがアレウスさんたちを上回っていることはご理解頂けますね? 私たち冒険者ギルドは初級や中級、中堅以上に上級を重視します。確実に、魔物と獣人の数を減らせる実績がある者を最前線で戦わせ、疲弊させ、そこで一瞬の隙を突かれて死ぬような場所に赴かせるわけには行きません」

「それは(くぐ)って来た修羅場の数が足りない冒険者たちで凌ぐのか?」

 どうにも納得が行かないといった声音でガラハが問う。


「はい、そうなります……実を言いますと、これは私たちの信条に反する作戦です。ヘイロンやシエラ先輩も道理に反すると進言してくれていたのですが……」

「覆らなかった?」

「大規模な防衛戦になると、ある上級冒険者の発言力が強いんです。どこの冒険者ギルドも拠点とせず、様々なところを渡り歩いては、その路銀を稼ぐために近場のギルドで依頼を受ける方もいらっしゃいます。今回は、その冒険者がたまたまこの街に訪れていました」

「拠点を持たないのなら、そもそも防衛戦に参加なんてしないんじゃ」

「例外中の例外なのです。各地の“周期”を耳にすれば、緊急ということで担当者のみに許されているゲートを使って飛び回り、そこで参加する。彼はもっぱら、防衛戦にのみ参加する冒険者。その防衛率は九割を越えています。これが六割、七割程度であれば他の上級冒険者が黙殺することも可能ですが、防衛戦において彼の名を知らない上級冒険者はいらっしゃいません。なので、ルーファスさんですら黙って従うことしか出来ませんでした」

 ギルドは冒険者に死ぬような指示は絶対に出さない。常々に死なないようにと念を押して来る。リスティに至ってはアレウスたちが死んでしまわないように慎重に依頼を精査するほどだ。ヴェインが異界に堕ちた時もギルド総出で救援のために冒険者を募ってくれた。それぐらい命の重さを知っている。

 彼女の言い分が正しければ、その上級冒険者はギルドの方針に反し、命を軽んじていることになる。

「その人の名前は?」

「カプリース・カプリッチオ。恐らくは――」

 続く言葉をリスティがアレウスにだけ聞こえるように耳元で囁く。


 人が作る空気の流れが頬を撫でる。

 リスティが離れてから、アレウスはその空気にさながら全身を観察されたような気配を感じ取り、すぐさま振り返る。


「死んでも死に切れないと嘆く前に、街の礎となるために死んでくれ。別に構わないだろう? 僕たち冒険者は『教会の祝福』を受けたならばすべからく、生きる屍の如き、不死なのだから」

 その言葉でギルド内の空気が張り詰める。冒険者たちの声は静まり、ただ一人に目が向けられる。

 そんな中で、動揺の色を一つも見せることなく、被っている帽子を紳士的に脱ぎ、そのまま右腕を肩より上へ。それからゆっくりと前に回しながら一礼する。

「それとも、死ぬのが嫌で冒険者になったような、そんな奇特な輩は一人として居ないだろう? それではごきげんよう。この世界で、取るに足らない存在として散って行くだろう初級と中級冒険者の諸君」

 表情のどこにもおかしな点は無く、一礼を終えたのち、男は静かに帽子を被る。そうして翻り、立ち去ろうとした刹那、アレウスの目は見逃さない。


 男の口元は歪み、怪しく笑っていた。


「……カプリース・カプリッチオ」


 リスティが囁いた言葉を反芻する。『恐らくは、アレウスさんと同じ、この世界に産まれ直した者』という言葉を。

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