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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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一年を経て、冒険者を目指す

【異世界】

 アレウスが転生した世界。ただし、自身が『異世界』と意識していても、そこに住まう大半にとっては『世界』であるため、そこに名前は無い。『世界』という枠の中で『国』や『地名』と細分化されて行く。過去の世界で生きた『地球』に近く、陽の巡りと暦、季節が存在する。


『ここと違う世界が同じ道理が機能しているとは思えない。そこで酸素と呼ばれているものが本当に自分たちが今ここで吸っている酸素と同質かどうかさえ分からないんだぜ?』


「測定結果を報告します。魔の素養は皆無です。あなたが魔法職に就くことは難しいでしょう。前衛職をオススメします」

 受付で言われ、深い溜め息をつきながら「ありがとうございました」と言い、アレウスはギルドを出る。外で待っていたアベリアと合流すると、彼女の表情がパァッと明るくなる。

「どう……だった?」

 けれどそれを決して声で表すことはなく、測定結果について訊ねて来る。

「魔の素養は無いってさ」


「一年前は、あるって言われていたのに」


「異界を出る前まではあったんだろうな」

 アベリアのフードが脱げ掛けていたので、被せ直して空を仰ぐ。

「あの時、お前と一緒にロジックを開いた。感情が合致して、書き換えた。多分だけど、僕の魔の素養はその時、お前に全部持って行かれたんだろう」

 仮説でしかないのだが、現状はそうとしか思えない。自身に魔力が溢れるほどあると断言したあの二人の言葉を信じるのなら、それが失われた理由は必ずなにかに起因している。異界を無い物にしたか、或いはアベリアと共にロジックを開いたことか。異界とアレウスが繋がっていたのなら、前者が正しいが“無くした”のなら同時に自身すらも消え去っておかしくない。だからこそ、後者の可能性を挙げるしかない。

「それにしても、なにかをすれば勝手に技能が追加されたり、数値が足されたりされるのは困る」

 これは一年前から思っていることだ。


 そして、現状で参っているのはこのロジックには様々な技能の項目があること。一つを学べば項目が追加されるが、それが悪いことであっても追加される。他人の物を盗めば、窃盗の技能が加算される。自身はアベリア以外にまともにロジックを開けないため色々と隠し通すことは出来るが、言われた通りロジックとはその生命の生き様そのものであり人生を綴っているようなものらしい。


 アベリアは特に深刻だ。彼女の技能の項目には性技というものがある。ロジックを開く練習台に互いを使った際に彼女の人生に触れたのだが、奴隷として身に付けさせられた技能がいつまで経っても消し去れないのは辛いものだろう。赤の他人が面白半分にアベリアのロジックを開けば、その波乱の人生に悲鳴を上げるかも知れない。逆に弱みを握って彼女を従属させることだってやろうと思えばやれるだろう。なにせ、従属の項目だってあるのだから。


「人生を書き換えるのは、駄目」

「分かっているよ」

 心配しているのはアベリアに対してのはずなのに彼女にアレウスは心配されてしまっている。ロジックを開き、テキストを書き換えれば確かにそれは事実となる。だが、技能の項目だけは別だ。書き換えても、すぐに実際の数値に戻る。フレーバーテキストと異なり、能力値というものは常に現在の状態が反映され続けるからなのだろう。だからと言って、フレーバーテキストを書き換えるとそれはそれ齟齬を発生させる要因になるため生半可な気持ちで書き換えるのはよろしくない。アレウスに至ってはフレーバーテキストすら書き換えを行っても、元の文章に戻るのが異様に早い。ロジックを開くことへの抵抗力が高過ぎるのだ。

 これはメリットでもありデメリットでもある。フレーバーテキストに書き換えを行えば、一時的な強化が施される。本来であれば付与魔法に比べて効果が高く、また長時間の恩恵が得られるのだがアレウスの場合はなにもかもが極めて短い間に切れてしまう。つまり、それだけ同業者には負担を掛けてしまう。特に後衛の魔法職に。


 だからこそ、魔法職が出来るような簡単な付与魔法の習得を目指したかったのだが、測定結果によってそれは不可能だと突き付けられた。


「私が、ちゃんとするから」

「負担を掛け過ぎるのも嫌なんだよ」

 アベリアは魔法職に適している。ずば抜けて高い魔の素養を持っているので、あと一週間後には後衛で魔法を唱える仕事を見事にこなしてくれるだろう。

「そんなに、負担じゃない」

「回復までしてもらうとなると、やっぱり負担になるから」

 それならば回復専門の神官や僧侶をパーティとして加えれば良いのであるが、過去のことから神官は入れたくない。明日に迫ったギルドのテストにおいても、常に神官は信じずにクリア出来ないものかと考えてしまう。

「僧侶も、お前と組む場合は後衛じゃなく中衛に立ってもらいたいし」

 杖による打撃は女性であれば魔力を載せるのが常識だ。当たり前だが、それだけで魔力を消費する。つまりは後衛にまで魔物が迫った際の緊急事態による仕方無しの攻撃になる。アレウスが求めるのは、筋力にある程度の数値があって、魔力を使わずに殴ってくれるような男性の僧侶になる。しかし、魔の素養がある男性は大抵が筋力に難がある。

「ヒューマンは良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏ってのは本当なんだな」


 誰もが突き抜けた強さを追い求める。ヒューマンはその時、どこの職にも向ける種族だが、逆に言うと突き抜けてしまうと他の能力が平均から伸びない。場合によっては平均以下になる。魔を伸ばせば、筋力を捨てるのは正しい選択だとはアレウスも分かっている。だからこそ、求める僧侶の条件が高くなる。


「明日のテストが、終わってから」

「……そうだな。テストが終わってからだな」


 ギルドと言うのは、とても面倒臭いところだ。全ての冒険者はギルドに所属する。ギルドに所属する者は冒険者と呼ばれる。つまり、ギルドがあるから冒険者であり、冒険者であるからギルドがある。これに所属しなければ、冒険者としての肩書きすら与えられはしない。

 教会があるから神官という職があり、神官が居るから教会が成立する。それと同じようなシステムだ。

 なにより、半端な者は冒険者として不適格として承認されない。その半端であるか、求める水準に至っているかをギルドは冒険者志望にテストを行う。


 新米は死にやすい。死んでも甦るからと手を抜きがちになる。それはギルドの評判を下げることに繋がりかねない。だから、教会の祝福を与える前に死なない程度のテストをする。ただし、あくまで死なない程度とはギルドからの言葉であって、運が悪ければ死ぬんだろうとアレウスは想定している。


「とっとと終わらせてとっとと帰る。そしてさっさと冒険者として認めてもらう」

「それが、手っ取り早い」

「その通り」

「異界を渡る」

「生きる意味を見つけて、そして異界を壊す」


 この決意は、アベリアと一年前から変わっていない。問題は、すぐに冒険者になれるだろうと思っていたら一年もの期間を要してしまったことだろうか。身寄り無し、産まれた街不明、住む場所無しと、無い無い尽くしではギルドも話を聞いてはくれなかった。なので一年間は住む家探しとお金稼ぎだった。異界で鉱石を掘り続けていたことが功を奏したが、常に「嬉しくない」、「こんなことは早く辞めたい」と愚痴を零し続けていた。なにせ異界で生きるために嫌々やっていたことなのだ。確かにこの世界でも生きるためにやらなければならないことだったのだが、もっと別のところで稼ぎをしたいものだった。だが、採掘以外の知識を持ち合わせていないアレウスには、仕事を変えるような器用さは持ち合わせてはいなかった。正直なところ、アベリアが居なければ途中で投げ出していただろう。彼女は愚痴を聞いても、慰めもしないし気の利いた言葉を掛けることもない。料理は下手だし、悪食で貧乏舌であるためその自覚が無い。それでも、“誰も居ない”と思わずに済んだ。とにかくアベリアの居るところに帰れば、明日への活力が湧いた。決意も誓いも思い出すことが出来た。


「それじゃ、明日に向けて準備を始めよう」

「うん」


「おい、『アリス』。お前もテストを受けんのか? やめた方が良いぜ? お前みたいなもやしみたいな奴がテストなんて受けても途中で投げ出すに決まってる」


「僕はアレウスだ。その略し方はやめろ」

 外では名前をからかわれることがよくある。『アリス』はもう聞き飽きたが、黒い髪に合わせて『黒のアリス』と呼んだりもして来る。この世界では、『アリス』は女性をイメージする物ではないらしいのだが、やはり記憶に残っている以上はそう呼ばれるのはあまり嬉しいことではない。

 白い肌についてもよく言われる。五年も日の光とは縁遠い異界で暮らしていたせいで、色素が薄いのだ。日焼けもしないため、どうやら完全に異界に居続けたことで体質が変わってしまったらしい。アベリアに読み書きを教えてからロジックを開いてもらい、ある程度のことは頭に入れているが、体質に『肌白』が刻まれていたことも忘れてはいない。

「当日に怖くなって逃げ出すなよ~」

「逃げることのなにが悪い?」

「は? 『アリス』、お前本気で言ってんのか?」

「戦況が悪いなら、逃げる判断も必要だ。逃走だってリスクを伴う。早々に逃げることを決めなきゃ死ぬ。怖くて逃げるのは論外だが、逃げ出せる余力がある内に逃げ出せないのはもっと論外だ」

 むしろ怖がりの方が冒険者に向いているのではないだろうかとアレウスは思う。

「マジ、現実を見てないのな。こうやって、魔物に襲い掛かられたら」

 笑いながら男は木剣を振って来たが、さほどの苦労も無くかわして、手首を捻って木剣を奪い取り、足を蹴って転ばせる。奪った木剣はテキトーに投げ捨てる。

「え?」

 なにが起こったか頭が付いて行っていない男を尻目に、アレウスとアベリアはこれ以上の相手をすることなくその場をあとにした。


「アリスって呼ばれるの、そんなに嫌?」

「僕の中だと女性のイメージなんだよ」

「……よく分からない」

「そっか」

 この世界には、僕の記憶に残る有名な児童小説は無いらしい。そもそも、それを書いた本人が居ないのだから創作として生み出されることもない。こういった微妙な認識の差異が時折、出て来てしまうのはやはり転生する前の記憶が不鮮明になりつつも残ってしまっているためだろう。生まれ変わり、或いは産まれ直しとも言われるが、何故、前世の記憶を保持したままなのか。

 それを知るためには、その意味を見つけるためには自分自身を知らなければならない。アベリアはアレウスのロジックを開ける。だが、黒く塗り潰された項目があるらしい。そこに転生した意味があるのだと言うのなら、そこを読めるようにするなにかを見つけることも目標となる。

「晩御飯はなにが良い?」

「なんでも良いよ」

「急に、顔が曇った」

 自身の料理を美味しいと疑わないアベリアに、「不味い」と言うのはとても難しい。言って、どうにかなるものとも思えない。


 それに、なんでもかんでも放り込んで煮込んでいるわけではないのだ。彼女なりに調理として色々と考えている面がある。その楽しく調理している様を見て、文句が言える人種は居ないだろう。なにせ、誰から見ても彼女は可愛らしい。あんなに痩せ細って、骨と皮だけしかないような姿はどこへ行ってしまったのやらと疑うほどに。そして最近になってアレウスはアベリアに身長を抜かれた。傍目からではアレウスが年上などとは誰も思うまい。

 とにもかくにも、容姿のことはどうでも良いのだ。結果として調理の技能はちっとも上昇していないことを、あるがまま伝えても「なんで上がらないんだろ?」と首を傾げる始末だ。


「今日は僕が作る」

「作ってくれるの?」

「たまにはね」

 明日の朝に腹痛なりなんなりを起こしてテストに不合格になってしまっては目も当てられない。事前に阻止できることは阻止しなければならない。アレウスも言うほど料理は得意ではないのだが、鍋にあらゆる具材を放り込んで、それを煮込み料理などと称して出して来るアベリアに比べれば、食べられる料理を作れる。とは言え、そんなアベリアの料理を食べ続けて、舌の感覚が麻痺し掛けていそうなことは否定し切れない。間違っても、冒険者として共に組んで、異界を渡るのだと決めているのだとしても、揃って料理が下手くそという事態だけは避けたい。

「保存食も一応は作っておいて、乾パンやドライフルーツは売っているかな」

「買い物は任せて」

「ああ」

 アベリアが街並みに消えて行くのを眺めてから、アレウスは借りている家へと向かう。

 料理は散々なのに、買い物だけはしっかりと言った通りの物を揃えて来る。記憶力の高さは奴隷であった頃の名残りだ。あらゆることを学べと教わり、少しでも間違ったなら虐げられる。その恐怖が、彼女の潜在的な記憶力を呼び覚ましたとアレウスは推測している。

「得た技能はどれも奴隷であったから……僕の技能も、五年間、鉱石を掘り続けていたから……これから得て行くことは、それとは程遠い物であることを願うよ」

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