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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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西方よりの風

 ルーファスと共に訪れた冒険者ギルドはいつも以上に慌ただしさに満ちていた。担当者たちはギルド内を駆け回り、冒険者は次から次へとギルドへと押し寄せて来ている。そんな冒険者へ説明をしている担当者もいるので、様々な情報があちらこちらから飛んで来て、まともに頭の中で精査することは出来ない。必然的にアレウスはリスティの姿を探すが、どうにも見つけられない。


「リスティんとこのガキじゃないか。悪いけど、あいつは今、外に出ているよ。担当者になる前は冒険者ってことで、陣を敷いたり防衛網の確認に付き合わされている最中さ」


「ヘイロン、“周期”だからって少々、大騒ぎし過ぎじゃないかい?」

「私も最初はそう思っていたさ。“周期”にしたって今日が初めてなわけじゃない。いつものように街を守り、いつものように街の人々に平穏を与える。それで良いと思っていたんだけどねぇ……」


 これを見ろと言わんばかりにヘイロンがアレウスとルーファスに地図を寄越す。


「西の方角に赤いライン?」

「ここより西の彼方にはエルフの住まう森がある。とは言え、そこに行き着くまでに村も幾つかあるけれど」

「その村から連絡があったのさ。魔物共が村を襲わずに、ただひたすらにこの街に向かって走っていると」

 どうやら赤いラインが引かれているのは、その方角から魔物の大群が押し寄せるという予測の線らしい。


「小さな村々を襲わず、この街だけを標的にしているのかい? それはまるで、」

「まるで何者かの意思が介在しているかのようではないか。そう言いたいんだろう、ルーファス・アームルダッド?」

 先の言葉をヘイロンが言ったことで、ルーファスは口を閉ざす。

「お前の思っている通りさ……獣人が魔物を率いている」

「獣人が?」

 二人の間で交わされる言葉にアレウスが首を傾げているとヘイロンはそんなことも知らないのかい、と言わんばかりの哀れみの視線を向けて来る。


「人種にも成れない、獣でも在れない半端者(ミーディアム)。それがミディアムビースト――獣人さ。こいつらは揃いも揃って魔物が持つ魔力に精神が汚されてしまって、頭がおかしくなる割合が非常に高くてねぇ。まともな奴なら基本、手出しはしないんだが、まともじゃないなら殺さなきゃならない」

「半端者……」

 つまりはクルタニカと同一の種族ということだ。ただし、彼女は迦楼羅やガルダと呼ばれ、人種としても少数ではあれ存在を確認されている一族。今回はそれにすら属さない本当の意味での半端者である。

「敵対するなら殺す。それはずっと前からやって来たことだよ。君だって『異端審問会』を前にすれば、戦うだろう? それと同じだよ。疑問に思う余地すら無い。そんな物を抱けば、君が獣人に殺される」


 アレウスの表情からルーファスが思うところを汲み取ったらしく、精悍な表情で現実を突き付けて来る。


「ま、ガキにとっては次なる試練ってところだね。登りたいのなら突き詰めな。出来ないなら降りて行け。それが冒険者の道のりってもんさ。けれど、戦うと決めたんなら死ぬ気で戦え。お前の肩に人種の命が百は乗る。あんたが死ねば、百の命もあとを追う。冒険者一人が死んだ穴ってのは、小さいようで甚大だ。そういう意味で私は百という数字を出した。小賢しいお前は私の言葉を誇張表現だと言い切って、無視するかい?」

「……いいえ、責任は重く感じる方が真剣になれます。責任が軽すぎれば、僕は気を抜いて死ぬと思いますから、その言葉で気が引き締まりました」

「はっ、そうかい。ならここでお前はジッとしていちゃ駄目だねぇ。リスティのところでもどこでも良いから、まずは戦場となるだろう街の西方を眺めて来ることだ」

「分かりました」


「ルーファス? お前は残るんだよ。上級冒険者はギルドにとっての要だ。端役に過ぎないガキよりも更に重い重い責任を乗せるために話し合いに出てもらう。それを背負って、お前もまた登りな。でないと胡坐を掻いている『至高』のクソに追い付けやしない」

「言われるまでもない」

 ルーファスはギルドの奥へとヘイロンと進んで行く。その背中を見届けてからアレウスはギルドを出て、街の西方へと走り出す。その途中でヴェインやガラハ、そしてアベリアを探そうかとも考えたが、三人が今、どこに居るかの検討が付かない。探すことに時間を掛けるよりも、確実に迫る“周期”に向けての準備に時間を割く方が良いだろうと思い、一人で街の西門を潜り抜ける。


 彼方へと続く街道。その左右に広がる草原地帯。そこにはもう既に点々と冒険者たちの姿が見える。襲来する魔物の行く先を出来る限りコントロールするために馬防柵を建てている。それだけではなく、負傷した冒険者が逃げ、隠れ、そして魔法による回復や薬での治療が出来るように一時的な拠点の設営も進んでいるようだ。


「街を守る……って、こういうことか」

 人を守ることはやって来た。自分に出来得る限り、努めて来た。そのどれもが村や町を守ることに結果的に繋がってはいたものの、自分たちが住まう街を守るのはこれが初めてである。

 今までと同じようにすれば良いのか。もし失敗したならば、魔物によって滅んだ村のような惨状を、その景色を見ることになってしまう。どう立ち回るのが得策で、どう動けば最小限の被害で済むのか。そういったことにも気を向けなければならない。

「いや、でも……まずは」

 一人で、或いは自身のパーティだけで戦っているのではないのだということを念頭に入れるべきだ。クルタニカをリーダーにしたアライアンスの経験はあるが、そこまでの協調性を発揮することは出来なかった。今回は、あの時以上にパーティ同士の連携が必要不可欠になるに違いない。好き嫌いなど言ってはいられないのだ。好きだろうと嫌いだろうとやらなければならないことはやって来る。嫌いだからと手を抜けば死に、何人もの犠牲が生じるだけでなく人生も終わる。冒険者の矜持云々が失われること以上のリスクがある。


 どうしてこんなにも生き辛いのか。


「この世界に産まれ直した……からか? だから僕のロジックは、アベリアだけしか開くことが出来ないんじゃ……」

 思えばあの男も、アレウスと同じだと言っていた。だとすれば、恐らくは連れていた女性だけしかあの男のロジックは開くことが出来なかったのだろう。

 記憶は鮮明に残っていても、あの男たちが話していた様々なことは抜け落ち始めている。確かに有ったはずなのに、衝撃的な事柄の方が記憶に留まりやすいせいだろうか。


「こんなところでボーッとしていても、なんにも無いよー」

「……なんだ、シオンさんか」


「その言い方は無いんじゃない? あたし抜きでスライム退治に行ったクセにー」

 相変わらず黒衣を纏っているシオンは、どうにも不機嫌そうな表情を見せる。

「だってシオンさんは正式にパーティに加入していませんし」

「そんな困った顔しないでよ。言ってみただけ。それに、あたしはあんまりスライムが好きじゃないからさぁ、むしろホッとしていたくらい」

 先ほどまでの表情も、そして声音も全て演技だったらしい。アレウスには女性の心の機微がサッパリ分からない。ただでさえ他人の心の機微にさえ疎いというのに、演技などされてしまったら、見抜くことさえ難しくなってしまう。

 いや、初対面であったならば不信感や疑心暗鬼を最大限に発揮して、シオンの演技も見抜けていたのだろうか。鈍っているのか、それとも使い分けが出来るようになって来たのか。そこのところは分からない。だが、アレウスは自身が思っている以上にシオンに対して心を許していることだけは分かった。

「シオンさんも戦いますか?」

「一応はこの街でお世話になっているしねぇ……まぁ、『影踏』がなんて言うか……説教ばっかりはもう飽きちゃった」

「説教されるようなことをしているからじゃ」

「むー、言ったなぁ? こう見えてもあたしは……やっぱ良いや。アレウス君には関係無い話だし」

「なんです、その意味あり気な言い方」

「意味は無いよ。あっても、意味は無いから」

「……ええっと?」

「分からなくて良いよ、なんにも分からない方が良い」

 二人の間を風が吹き抜ける。

「嫌な風……凄く、臭う。悪い連中がやって来る臭い。まだ来るまで時間はあるのに、風ばかりは急かして来る」

「そんなに臭いました?」

「あたしにだけ分かる臭い、とでも言っておこうかな。じゃぁね。次に会うのはギルドで開かれる作戦の連絡の時かな」

 シオンは気配を消して、景色からも消えた。

「落ち込んでいるのか、やる気があるのか、それとも悩んでいるのか……全然、掴めなかったな」

 アレウスは心を許し始めている。しかしながら、逆にシオンはアレウスに心を許しているようには感じられなかった。表面上は友好的であっても、アレウス以上に疑り深い部分が見え隠れしていた。


 残念ながら、アレウスの手元にはそんな彼女の心を開かせるような情報源はまだ無い。

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