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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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訪れ


「相手は手練れ。間合いを考え、的確に詰めて来る。君は即座に応戦するが、手練れは左右に体を揺らしながら、君の真横を取った。さぁ、どうする?」

 シチュエーション通りにルーファスが動き、アレウスの真横を取ったところで動作を止める。

「その方向に体を動かしながら、切り付けに行きます」

 対応を見せるためにアレウスがルーファスの居る側へと足の軸を向け、体を九十度だけ動かす。

「けれどそれも読まれていた。手練れは真横を取りたかったのではなく、真裏を取りたかった。だから君のその方向転換も予測し、そこから攻撃を行う素振りを見せつつも、それはフェイントであって本物では無い。それに翻弄されて手練れが君の背後を取り切った」

「反転して、その遠心力も加えた一撃をお見舞いします」

「手練れは得物を知っている」

 安易に反転し、攻撃に転じたアレウスの左手首をルーファスが掴んでいる。

「どういった攻撃を行うか、そして間合いも理解し切っている。どちらが利き手であるのか、それすらも把握している」

「けれど左手こそ僕にとってのフェイント。本質は右手にある」

 アーティファクトとして機能している右腕の攻撃こそ、アレウスにとっての真の利き腕である。最近は意識して左手を使っているが、それもこれもスライム戦でも行った二刀流を可能とするための練習に過ぎない。

「短剣と剣。見ただけで両方を扱えると推察する。ひょっとしたら、両手で扱えるのかも知れない。そう考える。だとすれば、右手すらも脅威と捉えるのが手練れだ」

 左手首を軽く捻り、アレウスが体勢を崩したのを見てからそこで手を離し、今度は右手首をルーファスが掴み直す。

「これで少しばかりの間は左手が思うように使えない。右手は抑えられている。どうする?」

「……足技を使っての脱出を、」

「両手の自由を奪ったのであれば、次に予測すべきは足技だ。足は人種自身の体重を二等分して支えるほどに筋力を備えている。得物を自在に扱える両腕よりも厄介だ。魔物相手ならともかく、人種同士の争いであれば、より気を付けなければならない」

 足を引っ掛けられて、アレウスは呆気無くその場に倒れてしまう。

「君は全ての対策が後手に回った。先手を取られ続けた結果、こうして地に伏している。分かるかな?」

「……じゃぁ、相手に横を取られた場合、ルーファスさんはどうするんですか?」

「私ならいつぞやの君に見せたように手甲による応戦だ。隙を無くすんじゃない、敢えて隙を残す。そうすれば、あの時の君のように私の左手側に回り込もうとするからね。そうなれば、手甲で叩くのも容易くなる。あとは」

「あとは?」

「真横からの攻撃なんて、大概は失敗するものだ。人種なんて特に横への対応は早いよ。左右を取って、戦いやすいのは魔物ぐらいだ。ってことは、左右のどちらかに動いたのなら、ほぼ確実に背後を取るんだと思っておく。八割方がそうだろうね。残りの二割に賭けるのではなく、八割に賭ける。だから、前方へと走ったり、転がってみたりしてとにかく一撃を凌ぐ」

「二度目は無さそうですが?」

「君は二度も背後を取らせるようなダラけた戦い方をするのかい?」

 なんとも無茶なことを言っているが、その言葉のほとんどが意味を持つ。確かにアレウスは一度背後を取った相手に二度も背後を取られたくはない。むしろ二度目はほぼ死を意味するとすら思えて来る。そうならないように色んな方法でそれを阻止する。

 八割に賭けるということはつまり、八割の確率で生存出来る。残りの二割で傷付いて動けなくなることを考えると、ずっと八割に賭け続けるわけにも行かないのだが、それでも状況の打破にはなる。

 なにより、八割の全てにおいて同じ回避方法を取るわけではない。ずっと同じ戦法が通用するような魔物が居ないのと同様、避け方もいずれは通用しなくなる。

「スライムで戦い方を変えて、新たに学ぶことも多いと思ったのに、力尽くで一定数の討伐を果たしてしまうんだから、君の担当者も頭を悩ませたことだろう」

「それでこんな頼みをされたわけですか?」

「ん~まぁ、そんなところかな。ここのところ、依頼を受ける量を減らしてね。なるべく街に滞在するようにしていたんだ」

「どうしてですか?」

「いずれ分かるさ。でも、ありがたいことだと思うんだね。こうして君の悪い点を洗い出すだけでなく、君のパーティメンバーにも指導をしてあげるんだから。クルタニカは『泥花』の師匠だけど、デルハルトはドワーフの師匠ではない。それなのに、ちゃんと見てくれているようだし」

 あの港町での一件以来、ガラハはデルハルトに対してはとても素直である。相手は上級冒険者なのだから当たり前であるが、あのガラハに礼儀正しい一面があるなどと思いもしなかった。

「パーティとしては形になっていても、肝心な部分がまだ整っていないからね」

「……アベリアは整っていると思いますけど」

「いいや、全然だよ。『泥花』は君への依存を軽減しなければならない。『純愛』は判断力が鈍っているから応用力を身に付けなければならない。そして『猛突』は協調性を身に付けることだ」

「ガラハはともかく、ヴェインの判断力が落ちているというのは不可解です」

「君への信頼が、同時に彼の判断基準を鈍らせている。つまり、自身の判断以上に君の判断の方が優れているだろうと思い込み、それが最良の選択であると信じるが故に、自己が育たなくなってしまっている。元が思慮深いのだから、君よりもずっと良い判断を下せる時だってあるだろうに」

「それは……心当たりが、あります、けど」

 ここのところのヴェインはアレウスの指示にしっかりと従い過ぎている。確かに自論を展開することはあるが、最後にはアレウスの判断を最適解として自身をその作戦の中に置く。

「リーダーもいつだって冷静なわけではないからね。いつだって策を練られるわけでもない。提案されたって答えが導き出せることばかりじゃない。そう言った時、或いはリーダー不在の中でも怖れず自分の判断で戦闘を続けること。後方での支援を続けること。『純愛』には改めて、それを学んでもらう。『猛突』が協調性を持っていないのは、そもそもにおいて人種との接点があまりにも少なかったからだ。ドワーフ同士での意思疎通は大概が妖精を介していたこと、同胞であったがために気兼ねなくなんでも言い合えたからだ。ヒューマンと冒険することを選んだのなら、ヒューマンとの協調性を高めてもらわなきゃ、君が困るだろう。そして『泥花』は、君基準でなにもかもを決めている。君が死ぬことを嫌っているために、君を守るために魔力を消費し過ぎてしまう。ここは君も同じだけどね。『泥花』を優先して守ろうとするから、死にすら君は立ち向かおうとすら考える。いわば共依存だ。それは二人でのパーティであれば絶対の強さになる。でも、人数が増えたなら、綻びになる。『泥花』は君を頼り過ぎ、君は『泥花』の魔法を奥の手と考える。それって、『純愛』や『猛突』を蚊帳の外にしているだけでなく、信用していると言ってはいるが、信用していないのと同義だ。二人が猜疑心に囚われれば、パーティは崩壊してしまうよ? 二人は君たちの間柄を認めてはいても、彼らだって君たちに認めてもらいたいと思っているんだから、平等とまでは行かないまでも基準を引き上げてもらわなきゃ困る。そうするためには、互いの依存度を下げることを考えるんだ」

 対人関係のほとんどについて、的確なアドバイスが飛んで来る。アレウスとアベリアの問題点に限らず、ヴェインやガラハすらもルーファスは見抜いていたらしい。

「……ガラハはデルハルトさんが見ていて……ヴェインはどなたが見ているんですか?」

「隠したってしょうがないことだけど、あんまり喧伝はしたくないから、教えないでおきたいな」

「ルーファスさんの知り合いってことですか?」

「知り合いどころかパーティメンバーだよ。私とデルハルト、そしてそのもう一人の三人。そこに『影踏』を加えての四人で活動していたんだ。訳があって、クルタニカに応援に来てもらっているけど」

「訳があって?」

「不調なことが多いんだよ。だからクルタニカが神官としての穴を埋めている。まぁ、実際のところは魔法使いとしての部分にも頼らせてはもらっているけれど……彼女はほら、ちょっと頭が残念だから、たまに大きなことにはならないけど、苦労するようなことをやらかすから」

「ああ……」

 想像は出来る。ただし、アレウスの想像を越える以上のことをやって、それをルーファスたちは溜め息混じりに平気で解決してしまうのだろう。

「……最初は二人。三人増えて五人。減ってまた二人。そしてデルハルトと『影踏』が来た。今は一人が不調だから、クルタニカが穴埋め役」

「三人減った?」

「……とても残念な話さ。ああ、本当に残念な話だ。二人は行方知れず、もう一人は雲の上の存在だ」

「それって」

「『至高』で胡坐を掻いている奴さ。名前なんて、出会ってから教えてもらったら良いだろうから、教えないよ」

 この言い方だと、イプロシア・ナーツェと同期ではなさそうだ。逆に同期であったなら、ルーファス共々、何歳なのだという話になって来る。

「行方知れずの二人についてはなにか掴めてはいないんですか?」

「ちっとも」

 ルーファスは哀愁漂う表情を作る。

「一体、どこでなにをしているのやら……さて、君にはもう一つ直してもらわなきゃならないことがある」

「なんですか?」

 アレウスは起き上がりながら訊ねる。

「短剣の使い方を誰に教わったかは、敢えて訊かないようにしておくけれど、人真似はやめた方が良い。憧れの冒険者に教わったからこそ崩したくない部分があるのかも知れないけれど、それが君の足枷にもなっている。君らしい短剣の技を磨いて欲しい。その方が君はずっと自由な発想で戦える」

 何故だろうか。

 その言葉に、アレウスは思ってしまった。ルーファスはひょっとすると、ヴェラルドを知っているのではないか、と。

 しかし、それを訊ねたところでどうなるわけでもない。知っていたとしても、それ以上訊ねられればアレウスはヴェラルドが異界で死んだことを伝えなければならないのだ。

 知らないままの方が良いこともある。知らされないままの方が良いこともある。ルーファスは未だなにかを隠しているに違いないのだが、そこにはまだ触れられそうにはない。

「精進します」

「ああ、期待しているよ」


『この街に滞在、或いは拠点としている全ての冒険者の方々にお伝えします』


 風が吹き、アレウスたちの耳に声が届く。


『魔物の“周期”を確認しました。到着日時は未だ断定出来ていませんが、数日後には大群が押し寄せて参ります。緊急性の高い依頼以外の全ての依頼を一時、中断し、防衛戦の準備に移って下さい。これはギルドからの勅令となります。誰一人として拒むことは出来ません』


「そろそろだと思っていたんだよ。依頼量を抑えておいて良かった」

「……これを予想して?」

「この街は、守らなきゃならない。私にとっても深い場所でね。とても想い出深い場所なんだ。魔物如きに蹂躙させてたまるものか。ほら、行くよ。君も死なない程度には冒険者としての務めを果たさなきゃ」

「走れ走れ走れ」

「ハシレハシレハシレ」

「走れ、ハシれ、ハシレ」


「「「正義のために」」」


「そうだ、走れ。その調子で、足を止めずに走り続けろ。そして、正義のために、ナーツェを(いぶ)り出せ」

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