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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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精霊の戯曲

 気合いを入れ直している間もスライムの攻勢が静まったわけではなく、触手は標的を見失ってはいるが依然として漂っている。体当たりをして獲物を取り込むだけでなく、触手で掴み、そして捕食することもどうやら出来るらしい。一番厄介なのは、そこに強酸性や毒性のあるスライムが混じっていないかどうかである。アベリアは未だにスライムの体内で生きている。そして、もがき苦しんでいるというよりも最小限の活動に留めている。そこから強い酸性、そして毒性は無いと判断する。どこかしらに潜んでいる可能性も否めないが、アベリアの魔力に対して姿を現さずにジッとしているはずもない。なので、アレウスはこの場に例外なスライムは存在しないと仮定する。


「ヴェインは囮を頼む。出来ればスティンガーにも……触手から絶対に逃げられる距離で」

「戦士の時に無駄に鍛えた体力で立ち回ってみせるよ」

「攪乱させるくらいなら手を貸させてやろう。それ以上は要求するな」

「囮も攪乱も、大体やることは一緒だ。ただ、その両方に犠牲になれなんて言うわけないだろ。アベリアのところまで一心不乱に向かうには、出来る限りの干渉を減らしたい」


 スライムは生物と言い切るには難しく、間は盗めない。となれば剣と短剣でひたすら切り進むしかない。その時に触手に捕らえられたり、別のスライムに捕食されてしまえば努力が水泡に帰す。


 正直に言えば、アレウスはスライムを侮っていた。核さえ切ればどうとでもなる相手。それどころか最弱の魔物なのではという気持ちすら抱いていたほどだ。現状、アベリアが取り込まれた点以外に問題と呼べる問題はないのだが、そのたった一点だけが大問題なのだ。そして、たとえその一点が無かったとしてもきっと手こずっていたに違いない。粘性の液体、或いは軟体。それでいて核は俊敏に動く。あらゆる攻撃は無力化され、打撃は通らず、斬撃も効果が薄い。湿地の水分を吸収しているのならば自己的な再生も行っている。スライム自身が魔力を求めて彷徨うため、触手は魔力を持つ者を優先し――特に体内から体外へと魔力を放出し始めれば鋭敏な反応を見せる。魔力を持たない者に対しては反応が薄い。しかし、体内に魔力を秘めている可能性も踏まえ、捕食行為に移らないわけでは決してない。


 これが一つに纏まらずに別々に襲い掛かって来ていたならば、これ以上の惨状となっていたかも知れない。アベリアの膨大な魔力に反応してくれたからこそ救助に動ける状態にある、とも言えるが、それは最大限に現状の良い点を伝えろと言われれば、そう分析するというだけの話である。


「行こう」

 アレウスが告げると、ヴェインが魔力を衣服へと満たし、それに強く反応してスライムの触手が俊敏に伸びる。ぬかるみの中を物ともせずにヴェインは疾走し、向かって来る触手を避けるだけでなく、避け切れない触手は魔力を込めた鉄棍で叩いて弾けさせる。ただし、これで触手が消え去るわけではなく、弾ければ弾けた分だけ、或いはその倍以上となってスライムから伸び出て来る。いくら戦士を経験していえど、増えて行く触手を的確に避け、弾くのは至難である。だからこそ、彼を手助けするためにスティンガーが舞うように飛ぶ。微細ではあるが、妖精は魔力に満ち溢れている。


 食事に関しては強欲さを見せるスライムは、ヴェインを追跡する触手の一部をスティンガーに向ける。しかしながら、空高くまで飛ぶだけでなく、ガラハにあくまで攪乱することを命じられているスティンガーがスライムの触手如きに捕まるわけがない。こうなればヴェインも受け持つ触手が減ったため、格段に動きやすくなる。


「喰われることも怖れずに突き進め」

「言われなくてもそのつもりだ」


 液体の中でも粘性を強く持つスライムの体は剣戟を浴びせれば、僅かだが断つことが出来る。断ち切ることは難しく、左右に分かつことが出来たとしても液体特有の結合力によって元通りにはなるのだが、ただひたすらに切り進んで行けば道は出来る。とは言え、ぬかるみに入っていた足はやがてスライムの粘液に塗れ始め、続いて歩調も乱れ始める。ぬかるみに足を取られるよりも強い重みを感じながら、アレウスは左右の短剣と剣を振るう。これはとても効率が悪い。非効率的で、アレウスらしくもない戦法である。それどころか半分、スライムに身が捕らえられ始めている。どれだけ切ったところでスライムは死なない。核を壊さなければスライムという存在そのものを倒すことにはならない。下手をすれば体の全てがスライムに取り込まれ、アベリアと同じように消化を待つだけになる。アレウスはアベリアがどうしてスライムの体内から出て来ようとしないのかと疑問だったのだが、こうしてスライムに触れて分かる。液体に粘り気があるということは、液体の体積全てを身に纏うに等しい。即ち、糊のように体から離れてはくれない。引き剥がそうとしても剥がれず、動こうとしても重みで動けない。なのに液体としての性質を残しているが故に呼吸が出来ず、溺死する。むしろ窒息死と呼ぶ方が相応しいかも知れない。こうしてそれらを痛感し、遂には右手までもがアレウスの意思に反して、動かなくなった。気付けばもう体のほとんどはスライムに取り込まれている。あとは左腕と、胸から上だけが自由を有している。


 とは言え、アレウスにとってはその残った部位だけでもはや充分だった。


「届いた」

 アレウスは左手をサッと振って、アベリアのロジックを開く。直後に顔に粘性の液体が覆い被さって来る。


 紡ぎ出されるのはアベリアの生き様。開き切るまでには時間を要するが、不安は無い。溺死、そして窒息死に関しても気にしなくて良い。そんな期待に応えるようにアレウスの片足に光の鎖が結ばれ、枷となる。と同時に息を吐き、そして吸う。ヴェインの酸素供給の魔法が自身に掛けられたことを実感し、改めてアベリアの生き様を読み取る。


「……お前は本当に、どこまでも僕の予想を越えて来る」

 呟きながら彼女の魔力、知力の数値を高く書き換え、そしてロジックを閉じる。そこで左手はスライムに呑み込まれる。苦しい姿勢のまま身動きが取れなくなっていたが、程なくしてアベリアの手がアレウスの左手を掴んだ。


 強烈に熱を感じる。見ればスライムの体からは蒸気が噴き出している。


「“燃えろ、燃えろ、燃えろ。今宵は熱く燃え上がれ”」

「大詠唱……じゃ、ないな」

「“とても素敵な夜になりそうね?”」

 アベリアは言霊を紡ぐ。

「“ああ、今日の華麗なステップには猫も驚いて足を止めるだろうさ”」

 途端、二人の周囲のスライムを構成する粘性の液体が猛烈な勢いで蒸発して行く。

「“このまま見惚れさせて、今宵の熱に酔わせてしまいましょう”」

 アレウスの体が、アベリアの体がスライムから解放され、そして彼女の足がトンットンットンッと軽く――湿地とは思えないほど軽やかにぬかるみを叩いた。

「“情熱なる(カリエンテ・)炎の円舞(ワルツ)”」

 彼女の足元から炎が噴き出す。一度、二度、三度と彼女が踏んだステップと同じ数の炎の波紋は二人を取り囲んでいるスライムを容赦無く蒸発させて行く。炎は水気のある物、水分を含む物に対して非常に弱いのだが、この炎は物ともせずにただただ炎の勢いだけが色褪せることなく続く。湿地の一部は水気を奪われ、乾燥し、スライムに至っては体を構成するほとんどが蒸発してしまった。


「……魔法の叡智を授かった者の中でも行使することの出来る者は限られている。エルフですらその全てを理解している者は居ないほどだ」

 炎の波紋が静まり切ったあと、ガラハが乾いた地面を踏み締め、残っている甲殻を戦斧で両断する。

「アベリア・アナリーゼ……その(よわい)で、火の楽曲を一つ、物にしたとでも言うのか……」

「火の戯曲? 私は、クルタニカがやったことをそのままやってみただけ。私なら出来るって言っていたから」

 ロジックの一時的な強化が切れ、体への負荷がやって来たのか、フラついたアベリアをアレウスが抱き止めて支える。

「魔法の叡智を知らぬこのオレがよもや精霊の戯曲を目にすることが出来る日が来るとは思いもしなかった」

「その精霊の戯曲っていうのは、さっきの魔法のことを指しているのかい?」

 甲殻の外へと零れ出て来たスライムの核をヴェインが一つずつ潰す。しかし、体を奪われながらも幾つかの核は次なる体を求めて辺りへと一目散に逃げて行ってしまった。


「精霊の戯曲は全五楽章から成る。察しの通り、一楽章につき属性が一つ。このヒューマンの娘が先ほど行使した魔法は火に属する楽曲だ。魔法と大差無いようにも見えるが、使用者のステップと精霊のリズムが噛み合わなければ戯曲は魔力を注ぎ込んでも発動しない」

「あの一人での問答のような言霊と、アベリアさんのステップが合わさって魔法を越える精霊の戯曲まで昇華されたのか」

「そして、ロジックを開いて地力を底上げしたことも成功の一端だ。アレウリス・ノールードの賭けは一見して勝ち目の無い物と思ったが……なるほど、このことを知らずとも視線を交わしたあの時点で、この娘が勝ち筋を握っていると判断出来たわけか」

「勝ち筋は見えていなかった。ただ、アベリアが明らかに自分なら打破出来ると自信あり気だったから、そこに賭けた」

「アレウスなら信じてくれると思って、分かりやすいくらいに自信あり気な視線を送った。そうしたら、やっぱりアレウスは信じてくれた」


「……いや、まぁ良い話をしているところ悪いけれど? ううん? 良い雰囲気のところ悪いけれどの方が良かったかな。ともかく、スライムの核は目的の数だけ潰したし、残りのスライムがまた集合する前に帰るとしようよ。問題は、リスティさんの課題を俺たちは達成しないままにスライムを一定数、倒してしまったってところだけども」

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