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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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戦い方を改める

【妖精の一刺し】

 ドワーフのパートナーとして行動を共にする妖精は、フェアリーサークルや鱗粉に限らず、各々が固有の能力を持っていることが多い。ガラハのスティンガーはその名の通り、妖精としての体に鋭い獣の爪のような針を隠し持つ。ガラハに、そしてスティンガー自身に悪意を持って襲い掛かる魔物、そして者に対しては体を変化させてその針を突出させて突き刺そうとする。これはガラハに命じられた際も同様である。


 刺された対象は、その対象にとっての普遍的なことが異質な物へと一時的に転化する。悪霊に刺せば、霊体であるという普遍性が失われ、ガラハの斧が通るようになる。ただしあくまで一時的な物であることは忘れてはならず、スティンガー自身が狙われる可能性も高くなる。最初から敵がスティンガーを狙うならば、ガラハもそのような無茶な命令はせず、またスティンガーもフェアリーサークルによる支援に回る。


 もしも霊媒師に『妖精の一刺し』が通じていたならば、彼にとっての『霊媒体質』や『霊体を従属させる』という普遍性が失われていた。

 街から馬車で一時間弱のところにスライムの出没する地帯はあるらしく、割と近いことにありがたさを感じるべきなのか、それとも魔物の脅威に対しての緊張感を高めるべきなのか、アレウスには分からなかった。拠点としているところはこの地方でも大きな街である。所属する冒険者の数も多く、依頼も辺境の村に比べれば多く飛び込んで来る。なので、街の人々は魔物の脅威を身近に感じることが非常に少ない。それを感じる前に冒険者が退治するからである。そのことは別に悪いことではない。むしろ街の人々を守るための正当な行いである。

 それでも、魔物が蔓延っている世界で街の人々は、或いは辺境の村人ですらもその事実に目を背けて、見せ掛けの平和だけを享受しているようにしか思えない。それもきっと間違ったことではないのだろう。だが、人種の穢れた一面も、綺麗な一面も知っているアレウスにとっては、平和の裏側にある崩壊についても忘れずに頭のどこかで考えていてもらいたいと思ってしまう。たとえそれが他人に笑われるような妄想であったとしても、対策を取ることや体制を整えることはなにも恥ずかしいことではないのだから。

 アレウスは妄想と想像の住人である。戦闘であっても常に最悪のパターンを考える。それらへの対策が決して結実することがなくとも、妄想の通りに事が運ぶことがなくとも、それでも捨て去らずに考える。これに共感してくれるのは今のところヴェインだけなのだが、アレウスはヴェイン以上に最悪の展開を考えてしまうために、終わったあとでも恐怖に見舞われる。

 もしもあの時、判断を誤っていたのなら。そんな、終わった戦闘のことを省みて、勝手に怯える。時折、そんなアレウスの顔を見ると、居ても立っても居られないのか、アベリアには唐突に抱き締められることもある。さすがの彼女も人目を憚るため、それは大抵、借家に帰ってからなのだが、そうやって恐怖を取り払ってもらっていなければアレウスもこうして冒険者稼業を続けて来られはしなかっただろう。


「どう戦う?」

 ガラハが考え込んでいるアレウスに不意に訊ねて来る。

「スライムの討伐方法についてか?」

「ああ。スティンガーに手伝ってもらうか?」

 妖精の手を借りれば、力任せなガラハの斧であってもスライムを容易に倒すことが出来る。暗にそう伝えて来ている。しかし、その方法に乗ってしまってはガラハの問いに答えていることにはならない。


「スライムはアメーバに近いんだったか」

「アメーバ程度の大きさなら誰も困らないよ……いや、場合によっては困るのか? もし、人の中に入り込めるアメーバが居たなら……怖ろしいことになりそうだ」

 ヴェインが考え込んでしまった。アメーバはこの世界にも存在する原生生物であり、単細胞生物に属する。それが人の目で見ても分かるほどの大きさで、そして人種を体内に収め、肉体の消化と同時に魔力を吸い上げるのがスライムである。

 つまり、スライムも拡大解釈すれば単細胞生物ということになる。

「単細胞生物は核を壊せば、瓦解する」

 核は単細胞生物にとっては心臓である。心臓が潰れれば、人種のありとあらゆる機能が停止するように、単細胞生物も核を壊されれば細胞の全てが崩壊する。

「まさか、アメーバのように核を露出させているとは思っていないだろうな?」

「その言い方だと、どうやら露出させてはいないらしい」

 微生物の理論であれば、アメーバの核は顕微鏡などで観察すれば発見出来る程度には、手を尽くせば目視可能な物とアレウスは思っている。だが、ガラハがわざわざ核についての話をしたということは、どうやらスライムにその法則は通用しないらしい。

「まず知っておきたいのは、スライムは単細胞生物に限りなく近いが細胞分裂をするのか否か」


「魔力が増えれば、分裂する。クルタニカに貸して貰った本にはそういう記述があった」

 馬車を降りてから、ずっとアレウスの歩調に合わせているアベリアが情報を語る。

「でも、魔力が少なくなって来ると動きは普段以上に緩やかになって、移動距離も元々大したことが無いのが、一日に馬の脚で五十歩ぐらい動くかどうかぐらいになるって。行き先も大して決まっていないから、街や村に真っ直ぐ向かわないし、接近し過ぎなければかなり無害」

 馬の脚――走った場合なのか歩いた場合なのかで距離に差が開くが、アベリアの言い方であると歩かせての距離だろうとアレウスは判断する。

「近付き過ぎると有害なら討伐はしなきゃならない。魔物だし」

「賛成。ただ、もう一つ気になる記述もあった。魔力が少なくなったスライムを別のスライムが取り込むことで延命する」

「要するに弱い個体が強い個体に吸収されるってことか」

「問題になるのはこの次なの。その吸収した個体は、大半が核を複数持つ」

「……複数の核を壊さなきゃ、スライムは死なない、か」

 弱い個体の核も取り込むことで、自身の生存能力も上昇させるようだ。理に適っているが、スライム自身が果たしてそこまで考えて吸収という行動を取っているとは考えにくい。魔物として生きることが最優先された結果、吸収を行い、そしてスライムの意図しない形で核を複数持つようになるのではないだろうか。ただし、こうして単細胞生物の思考についてまで考えを巡らせるのはさすがにやり過ぎかも知れない。


「当たり前だけど、スライムと言うくらいだからゼリー状の体を持っているはずだ。軟体動物ぐらいだったなら、まだ戦いやすかったかも」

 ヴェインは荷物から魚の干物を取り出し、おやつ代わりに食べながら言う。

「刃物や打撃が通用する相手なのか、それとも悪霊と同様に魔法に頼る必要があるのか」

「けど、リスティさんが言っていたよ? スライムの特質を知れば、他の魔物を討伐する際に役立つ戦い方を身に付けられるって」

 アベリアは出発前のリスティの言葉を出して来る。

「急所を狙う、という意味合いで言っていたのか、作戦を練ることの重要性を言いたかったのか……どっちだろうな」

 しかし、どちらにしてもアレウスは、もうそれらを身に付けている。さすがに完璧にとまでは言えないが、動物の急所については狩猟で学び、作戦については毎日のように考えている。ある場面、特定の事件などを想定し、自身やパーティがそういった場面に遭遇したならばどう対処するか。欠かさず行い続けている。その二つについてリスティが今更、改めろと言って来るだろうか。リスティの性格ならば、わざわざ遠回しな言い方をせず、直接、言って来そうな物だ。


「スライムの核は常に動いている」

「動いている?」

 呆れたとばかりにガラハが答え合わせのように語り出す。

「つまりだ。急所が常に変化する。動物であるならば特定の箇所を狙えばほぼ必ず仕留められるか、重傷を負わせられる。それもリスクの少ない方法で、幾らでもな。スライムは核を守っている上に、移動に合わせて核が奴らの体内を動き回る。同じ箇所を一辺倒に攻め続けて倒せるわけではない」

「……僕たちに他の急所も狙えるような、手数を増やす考え方を持て、って話か」

 アレウスの右腕はアーティファクトで筋力にボーナスを受けているが、それでも相手を攪乱する際には持ち手とは逆に得物を握ることもある。その際、骨を断ち切れない。剣であれば強気に攻め切ることも出来るのだが、アレウスが最も得意としているのは短剣である。霊媒師の指を切ることが出来たのは言うまでもなく右腕で握っていたからだ。肋骨を辛うじて貫いても、そこまでの筋肉に妨害されて心臓に辿り着かないかも知れない。肋骨に限らず人種で言えば鎖骨や腰骨のように、折れれば腕や足の機能を失う箇所もまた狙えない。狙うのはいつも首元である。それも骨に邪魔されないようにやや斜めから。これはゴブリンやコボルトであっても同様に行って来た。

 それはいつの間にかアレウスの戦闘における、一種の癖のようなものになってしまっていた。一度交えただけならば通用するが、二度、三度と交えることがあるならばいずれ通用しなくなる。これから先、魔物自体の名称が同じでも環境によって強い個体と遭遇した際、一度の戦闘の折、学ばれたならばアレウスは返り討ちに遭いかねない。ガラハの言葉を深読みするならば、リスティはそれを懸念していたのではないだろうか。


「俺も鉄棍での攻め方を変えなきゃならないんだろうな」

「核は動く。スライムもまた流動的にその形を変えながら動く。必ずしも万全な姿勢ではなく、即興で急所を狙わなければならない場面もあるだろう。だがそれは、スライムだけに限った話ではない。常々に狙うべき箇所を変え、流れる戦闘の中で、万全ではなくとも、相手の隙を逃さず急所を狙い撃つ。それが出来るようにならなければ、高みには至れない」

「わざわざ答えを言ってくれるとは思わなかった」

「言わなければ分からないだろうからな、ヒューマンは」

 感謝しているとは思えないアレウスの台詞に対し、ガラハもまた強気の姿勢を崩さない。

「戦い方を改める良いチャンス……そういうこと?」

「だろうな。ガラハの言うことを全て飲み込むならの話だけど」

 アベリアの疑問にアレウスはやはり素直な言葉を口にはしない。


「まぁ俺たちの戦い方はどこか相手に頼り切りな場面が多かったと思うよ。多分だけどお互いに力量を把握していないんだ。それでも上手くやって来れたのは、アレウスなら、アベリアさんなら『これぐらいはやってくれるだろう』という期待感に俺もそうだけどギリギリ、応えることが出来ていたからなんだよ。そして、咄嗟の判断力を信じていたし、過信してもいる。この際、俺たちはお互いにやれることや出来ること、そして極めて難しいこと、限界だと思うこと、そういったことを把握し直そう」


 ヴェインの言葉に首を横に振る者はおらず、ガラハでさえも僅かだが肯くような素振りを見せていた。

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