パーティは四人に
「と言うことで、アレウスさんのパーティに新規加入となるドワーフのガラハさんと、その妖精のスティンガーさんです」
アレウスがギルドの奥からガラハと共に戻って来たところを見て、アベリアとヴェインはある種、察する物があったらしく、さほどの驚きを見せることはなかった。そんな中でリスティだけが淡々とガラハの紹介を済ませる。
「ギルドはテストを受けさせてから冒険者にするのが普通ですが、ガラハさんは異例となります。ですが話や情報、書類の限りでは初級冒険者として活動させるには勿体無いとのことで中級冒険者からの登録、またレベルに関してもロジックに仮打ちという形で中級相当としています。これに関してはクエストや日頃の鍛錬等によって、ガラハさん相応のレベルへと変容します。そこでようやく正式なレベルとしてこちらで登録することとなります。あと、ガラハさんはギルドが任命したアレウスさんの監視役でもあります。どんなクエストや冒険があっても、アレウスさんは今後、ガラハさんを必ずパーティに加えて下さい。でなければギルドはあなたに再びの審問を掛けることになります」
ガラハから妖精が出て来て、発光しながらアレウスたちの周りを飛び回る。悪戯心に満ち溢れた表情ではあるのだが、飛び方は以前よりもどこかぎこちなく、見たことのない景色に対して多少の怯えもあるらしい。
「アレウスさん? 聞いていますか?」
「え、あ……はい」
「腑抜けた顔をしている。それでよくもまぁ、冒険者などと言えたな」
「…………いや、なにも言わないでおこう」
ガラハは明らかな喧嘩腰であったが、アレウスは抑える。ガラハの中でヒューマンに対する信頼は失墜している。つまり、元々、信じようとはしていない。だからこそ、この場で反骨的な態度を取ってみせ、自身がどのような反応をするかどうかを試している。それこそ、周囲を飛んでいる妖精と同時にである。特に妖精は感情の機微に敏感である。なにせ、パートナーとして選んだドワーフとは話をせずとも分かり合ってしまう。ならば、妖精は表情以外の様々な動作で感情を見抜いているのだ。言葉に乗る感情もまた、妖精は聞き取ることもまた得意に違いない。
ガラハはもう関わることのないドワーフだろうと思っていた。だからこそ、ありのままの自分を出していたのだが、これからずっと監視役として付き纏われるのであれば、どう接すれば良いのかが分からない。港町では信じる信じないに関係無く、ガラハの復讐とアレウスの『異端審問会』に対する個人的な恨みが合致していたために協力関係を築けたが、冒険者として、パーティとして回せるかどうかは非常に不安である。
「ヒューマンと関わらず、里で暮らすものとばかり思っていたんだけど、違うのかい?」
アレウスの言いたいことをヴェインが柔らかく、穏やかにガラハへと訊ねる。アレウスだったなら「もうヒューマンとは関わらないんじゃなかったのか?」と喧嘩腰な態度に喧嘩腰の態度で対応していたため、この疑問をガラハにぶつけてくれたのはありがたい限りであった。
「どうも生き様と言うのは、オレの思い通りにはならないらしい。里で暮らすのが正しいのだと分かっていても、オレ自身は今、ここに居る。好奇心は時として死を招くが、だが好奇心を殺せば感情が死ぬ。どちらにせよ、難しい選択だ」
「だけど、その難しい選択からより難しい方を選んだ。そういうことで良いのかい?」
「そうだな。そう考えてくれて良い」
ヴェインとは友好的な対応を見せている。だが、アレウスにこの態度を取るかと言えばそうではない。
同族嫌悪という言葉をアレウスは知っている。ガラハはドワーフではあるが、『異端審問会』によって生き様を狂わされた。それはアレウスはヒューマンであれど、同じ経験をしている。ロジックを開き、彼の生き様を垣間見て、これまでの生き抜いてきた日々は異なれど、『異端審問会』に対しての強い強い復讐心、その先にある他人をすぐには信じられなくなった心などは似通っている。
だからこそ、まだ合わせられない。馬が合わない、反りが合わない。そういった表現は幾らでもあるが、まだアレウスとガラハの間で落としどころが見つからないのだ。
「アレウスの監視役ってリスティさんが言っていたけど」
アベリアは『監視役』という部分が不愉快ということを、そのまま言葉に乗せて表していた。妖精が聞き取らずとも分かるくらいの不機嫌さである。
「日常生活までも縛るわけではない。交流を再開するにあたっての測りだ。オレとスティンガーが見たこと聞いたこと、感じたことが大長老様へと遅くはあれど伝わる。そんなドワーフとの交流が決裂するほどの大きな事態を、オレに見られている中で、そこの小僧が起こすことはないだろうという判断なのだろう。聞けば、貴様には約束があるらしいな? 人非人のような行為に及べば、それも果たせないと言うわけだ」
一種の脅迫であるが、事実であるので反論の余地も無い。
「あの、アレウスさんはこれでもパーティのリーダーを務めていますので、そのように攻撃的な態度を取られますと担当者としてはギルド長の方にありのままを報告せざるを得ません。パーティに加わるという意味を理解し、協調性を……いえ、すぐには無理でしょうが、とにかくリーダーの指示には出来得る限り従って下さい。作戦や判断に問題があれば進言して下さい。彼は聞き、考え、改め直す器量も持ち合わせています。それでも尚、自我を押し通すと仰るのであれば、自身のせいでパーティが崩壊する危険性をあなたが持っていることを分かった上で行動して下さい」
見かねたリスティが珍しく助け舟を出して来る。ここまで恩を売られてしまうと、アレウスは風邪を引いたという言い訳を行使できず、その際に行った約束を反故には出来ない。約束事や使命感を強く持っていることをよく理解され、そして利用されてしまった。
そう、一見して助け舟なのだがリスティの発言の全ては、彼女自身へ還元される諸々へと繋がっている。
「ガラハが監視役になったことは驚きではあるけど、全く知らない誰かになるよりはマシだと思うしかないな」
本音をそのまま口にするが、ガラハは既にアレウスがこれくらいのことを平気で言うことは分かっているので、嫌な顔はしなかった。むしろ、やっとあの時のアレウスと同じ調子で返されたことで、安心感すら抱いているようにも見えた。
「それで、リスティさん? 僕たちが今、受けられる最適な依頼ってなにかありますか?」
ガラハをパーティとして迎え入れる。それはもう決まったことで、これからどのようにして関係を深めて行くかは些末事である。むしろ、このパーティで回るのかどうかをアレウスは早めに知っておきたい。歓迎会のような大きなもてなしを行うのか、それとも軽い食事会程度で終わらせるのかは後回しにする。ガラハはヒューマンを信じていない。そうであるなら、むしろヒューマンだらけのこの街の料理店は居心地が悪いかも知れない。そういった思いもあった。
「スライムをご存知ですか?」
「熔解主ですか?」
「相変わらずよく分からない呼び方をするんですね。控えた方が良いと思いますよ。私のように、事情を把握していない相手が聞いているかも知れませんので」
「すみません」
自身の生い立ちについてはリスティには話している。どこまで信じるに値する情報だったのかはリスティの判断に委ねることになったのだが、この言い方であると少なくとも“この世界に産まれ直した”という点については、僅かだが思考の内側に置いてくれているようだ。
「……スライムはその特質性からランクだと中堅相当が妥当だと言われていますが、それは数が多ければの話です。私がアレウスさんのパーティに紹介する依頼は既に中堅冒険者が十数匹を狩ったあとの物となります。その時の冒険者が確認した限りでは残りは十匹から十五匹。初級相当まで依頼を落としたいので、八匹から十匹を目安に退治してもらえれば充分となります」
「あの、魔物としては知っている範疇なんですけど、取り込まれたら一瞬で溶かされる……わけではないですよね?」
実際に見たわけではないし、遭遇した経験もないのでアレウスは訊ねる。
「種類にもよります。強酸を内在させていれば、肉体どころか骨まで残らないでしょう。残るとすれば金属のような無機質な物体になりますね。スライムだって人種と同じで金属は消化出来ないようなので」
「魔物は食事を摂らなくても、魔力で生きて行けるはずなのに」
アベリアが呟く。
「昆虫や節足動物だけに限った話ではありませんが、そういった生物を例に挙げますと、毒を注入して獲物が弱ったところで筋肉から内臓に至るまでを溶かし、それらをストローで吸い取ったりもします。スライムは人種の肉体を溶かし切ることで、その中身にある魔力を吸収するわけです。実に吸収効率は悪いと言えますが、肉体を溶かすのはその行程の一環でしかないのでしょう。とは言え、先ほども申し上げたように強い酸性のスライムが蔓延っていたのならそれはもう中堅以上の冒険者が始末しているはずです。あなた方が遭遇するのは恐らくは取り込まれても数時間は溶かすのに時間を要するような物ばかりとなります。毒性を持っている場合も考えられますが、それはヴェインさんの『解毒』で乗り越えられる問題です」
「もしも、手に負えないタイプのスライムが出たならば無理をしない。そういうことですか?」
「やはりアレウスさんもそうですが、物分かりが良いのはこちらとしても非常に助かりますね。スライムの特質を知れば、他の魔物を討伐する際にもきっと役立つ戦い方を身に付けることが出来るはずです。そして、ガラハさんを加えたパーティが回るのかどうかを調べるのにも適しています。中級ともなれば初級冒険者のことを考えて、強いスライムから倒して下さい。もう分かっていらっしゃると思いますが、学びは戦いの中にもある。その学びの機会を初級冒険者たちにも与えなければならない立場なのです。駄目な冒険者は、ランクを下げて行く依頼を初級冒険者のために残さず全滅させてしまう。周期などで人種を襲うような緊急性の高い依頼、又は初級では難しい依頼はこちらでちゃんと分類しているので、そういった小さな先輩風が逆に初級冒険者の寿命を縮めるような事態になると、頭の隅っこにでも置いて頂けると幸いです。まぁ……大抵の冒険者は自己を押し殺すので必死になりますよ? だって、魔物を討伐してこその冒険者ですから。なのに魔物を残して引き上げるのは、なんとも歯痒く、不完全燃焼感が強い。それでも後進の育成のためだと思って下さい」
ギルドのやり方にどうこう言うつもりはない。むしろアレウスにしてみれば審問を受けるような場所を素直に信じるわけがない。だが、ギルドが、ではなくリスティが、そう言うのであればアレウスは信じるし、そうするだけなのだ。彼女はアレウスが子供の頃に言われた『信じたい奴だけ信じれば良い』の中に入っている。
「報酬は勿論、初級の頃より上がっていますよね?」
「パーティが増えた分、微増という表現にはなりますが増えてはいます」
「それなら助かります。パーティが回っても、そこで消費する道具や食料の代金と釣り合いが取れなかったら家計が回りませんから」
「では、受注ということでよろしいですか?」
リスティが指をインクで濡らす。
「アレウスさんの判断に異論が無ければ受注とします。アベリアさんとヴェインさんはともかく、ガラハさんも構いませんね?」
「オレはヒューマンの常識は知らないが、冒険者として小僧の判断を仰げと言われるのであればそうする。小僧が決めたのなら、オレもまたそれに従おう。無茶には、口を挟ませてもらうが、な」
「では、決まりですね」




