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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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審問結果


「風邪の方はもう良いのでしょうか、アレウスさん」

「おかげさまで、審問の結果を聞きに来ることが出来るようになりました。ところで、風邪を引いている時の約束なんですけど」

「ああ、あれは有効ですのでご安心を」

「それを聞いて僕が安心すると思うのはおかしいです」

「そのように担当者に文句を仰られても困ります」

 自身の立場を利用して、アレウスとの約束は絶対に無かったことにはしたくない。そのような意思表示が見て取れたので、アレウスは溜め息をついてリスティへの話の追及を諦めた。

「アレウスの審問結果は私たちも聞いても良いことなんですか?」

「アベリアさんとヴェインさんはここでお待ち下さい。あと、どういった結果が待っていようとも、それを受け入れて下さい。私も今回の件については、ちょっと調べた限りでは前例が無いので、少しばかり今後について考えています」

 そんなに悪い結果が下されたのか。アベリアとヴェインがアレウス以上に肩を落とし、表情にも陰りを見せる。

「なるようにしかならない」

「そうは言っても、君の場合は結果を素直には受け入れようとしないだろうから……そこが俺としては心配だよ」

「心配している方向が、僕と同じじゃなかった」

 これはヴェインなりの気遣いなのか、それとも、もしかしたらこれっ切りであるかも知れないから溜めていた鬱憤を今ここで晴らしているのか。どうにもアレウスには判断することが出来ない。

 リスティに促されるままにギルドの奥に通され、続いてリスティから『影踏』へとアレウスの身柄は引き継がれる。

「ここで僕が暴れた場合はどうなるんですか?」

「首を刈る以外にあるまい。そして、口を慎め」

「はい」

 『影踏』は言った以上は実行する男であると、アレウスはこれまでの言動から察している。そんな男が「首を刈る」と言うのだから、暴れれば本当に刈るだろう。そんなのは試さなくとも予想が付く。そして予想してしまい、悪寒が走るほどだった。

 厳かな装飾の施された両扉を前にし、アレウスは唾を飲み込む。この扉を見たのは今回で二度目だが、言いようのない緊張感が圧し掛かって来る。『影踏』はそんなアレウスを尻目に扉をノックし、中からの返事を確認してから両扉を開け放つ。

 前回と同じように組まれた椅子とテーブル。前回の景色と異なる部分は、クルタニカが居ないことだけである。アレウスは素直に、自身が座るべき椅子へと腰掛け、そして後方からの『影踏』の強い圧を感じながら、テーブル越しにこちらを観察しているギルド長たちの表情を窺うようにしてスッと視線を走らせ、それからすぐに足元へと落とす。誰一人として優しい目をしている者は居なかった。これは最悪な審問結果が言い渡されるからなのだろうか。自身の冒険はここで終わってしまうのか。であるならば、どうにかしてアベリアを宥めて、彼女だけでも昔の約束を果たすために尽力してくれるように説得しなければならない。


「『異端』であっても、己の生き様が変わるやも知れない場面では顔を強張らせるか」

 壮年の男性が僅かではあるが、柔らかな声音で呟いたようにアレウスの耳は受け取った。

「以前にこの場に来た時は、『風巫女』の影響もあってか、(とし)らしからぬ表情を顔に貼り付かせていたようにも見えたが」


「ギルド長、御託は良いんだよ。さっさと言うことを言って、撤収しようじゃないか」

「ヘイロン・カスピアーナ。立場を弁えなさい」

「あなたの担当総括者としての発言力は全てのギルド長よりも下となっているはず」

「『審判神(テミス)の眷属』が揃いも揃って偉そうに」

「眷属たる我らではなく『審判神』すらも侮辱するようでしたら、あなたの頭上より稲妻を落としても構わないのですよ?」

「稲妻に留まらず、あなたを幽世(かくりよ)へと誘うことさえ我ら眷属はためらいません」


「身内で喧嘩をしてもどうにもならん。だが、ヘイロン・カスピアーナ。容姿に付随する態度は印象の八割を担う。残り二割が幾ら優秀であっても、八割の部分で難色を示されれば生き辛いぞ」

「分かりましたよ、ギルド長様」

「さぁ、本題に入ろう。『異端』に掛けられていた嫌疑、即ちはアレウリス・ノールードが『異端審問会』に属し、内通しているが故に行く先々で起こるトラブルに奴らが関わっているのではという疑惑。その審問結果を下す」

 アレウスは唇を噛み締め、個を押し殺す。どのような言葉が向けられることがあっても、自我を保つために『痛み』を利用する。それは肉体に与えられる確かな物であり、心の衝動によって起こるあらゆることを御する力を持つためだ。

「嫌疑について、どのように証明し、そしてそれを晴らすのか。ドワーフの里との交流回復の評価だけでは、とてもではないが足りない」

「それは! ギルドから、嫌疑を晴らすためにやれと言われたことで!」

 思わず声を出してしまうが、壮年の男性ではない別のギルド長が「まぁ待て」とアレウスを止めて来る。

「『異端審問会』によって、全てが歪んだ港町。関わった者たちにはありのままを報告してもらったが、これの解決に『異端』とそのパーティが関わっているそうだな」

「ドワーフの大長老から信頼回復ではありませんが、ともかくゲートを修復する許可を得るためには、ドワーフの無念を晴らすために真実を探りに行かなければならなかったので……」

「人は殺すことはなかったそうだな。悪霊に憑依されている人々も、誰一人として殺しはしなかった。敵である霊媒師の指は切り落としたらしいが」

「『栞』を手に取って、神官がロジックを開くことでこちらの手に負えない状態に陥る危険性があったので、阻止するためです。そうしなければ、霊媒師が『栞』を手放すわけがなく、恐らくは阿鼻叫喚の事態へと発展してしまっていたでしょう」

「『異端審問会』と内通する者が、下っ端同士の小競り合いに巻き込まれる……恐らくは、あるのだろう。しかし、『魔眼収集家』がそんな下っ端の足の引っ張り合いに対して反応しなかったのは不自然だ。霊媒師と神官の内、神官だけを殺して立ち去った。『異端』が内通者であったとしても、それは考えられない。奴らは港を手放さなければならなくなった。その重大な結末に至る前に、君が内通者であったのならもっと上手く結末を変えることは出来たであろうと、私は考える」

「……それで、僕はどうなるんですか?」

「不問……にはさせられない。ギルドが内部から引っ繰り返りそうな案件だ。『異端』を不問にすれば、別の冒険者から不満が出てしまう。そこで、今後の君の冒険者としての活動においては監視を一人、付けさせてもらう」

 アレウスはやや狼狽する。生活の全てを監視されるわけではないが、今後の冒険者稼業のあらゆる場面においてその監視者が全ての言動にストップを掛けて来るのなら、これほど動き辛いことはない。しかし、“『異端審問会』との繋がりはほぼ無いと判断したが、解放してその後にその判断が間違いであるようなことが起こる”なら、ギルドとしての立場が無くなる。アレウスからしてみればあらゆる過去の出来事を材料として起こることのない未来と断定することが出来るのだが、ギルド側はその発言が審判者(テミス)の名の元に真実であったとしても、それだけでは全てを断定する材料としては足りない。

「分かりました……」

 だが、審問結果が不服だと言い放ったとしても、それが覆るわけではない。冒険者にとってギルドは生命線である。そこからの信用も、信頼も、なにもかもを失えばアレウスは約束どころか、そこに至るまでの道筋まで閉ざされてしまう。ならばアレウスがここでするべきは我慢すること。耐え忍び、そして監視者との関係も良好な物を築く。未来でもそれが正しいとは限らないが、現状ではそれが一番正しい。


「嫌そうな顔をする必要は無い。監視者など、名ばかりだ。俺に監視され続けるよりはずっとずっとマシだ」

 『影踏』がアレウスの傍で囁いた。

「ギルドが体裁を整えるための言い訳だ。例の里との友好関係を取り戻すための、な」


「小僧に耳打ちとは良い度胸だねぇ、『影踏』?」

「さすがはヘイロン・カスピアーナ。地獄耳という噂は本当のようだ」

「あんたが冒険者の首を冷徹に刈り取ることが出来なければ、本来はここに入ることさえなかったんだがねぇ……血筋がそうさせるのかい?」

「俺の血はどうだって構わない。だが、冷徹に首を刈ることで『彼の者』がギルドの庇護下に置かれるのであれば、俺はただそれを繰り返すだけのことだ」

「……そう言えば、そうだったねぇ。確かにギルドも『彼の者』は手元に置いておきたい。その点では利害が一致しているというわけかい」

 いつも通りのヘイロンのイヤミなのだろうとアレウスは思いつつ、彼女の言葉を半分以上は右から左へと聞き流す。

「聞かない態度はやめな、アレウリス・ノールード。これからお前に付けられる監視者は、お前自身が導いた結果によるものだ。もしもそれを不服とし、思考を閉ざすと言うのであれば、あのドワーフが冒険者になった意味が無くなるんだよ。そう、この審問結果は、同時にお前の手柄でもあるんだ。なにせ、港町を『異端審問会』から解放した英雄だ。私たちからしてみれば、その偉業だけでテストなど受けさせずとも冒険者になりたいと言うのなら、冒険者にさせる以外に無いのさ。残念で仕方が無いのは、その英雄は私の担当では無い、というところぐらいか」

 壮年の男性が「入れ」と言い、後ろの両扉が開かれた。アレウスは恐る恐る、後ろを向く。


「ドワーフの大長老たっての願いでもある。聞き入れないわけには行かない。彼が、今日から君を監視する冒険者だ。名前はガラハ、そしてスティンガー。書類上の表記は『ガラハ&スティンガー』としている。職業は『戦士』、称号は『猛突』とした。冒険者としての経験は浅いが、手練れであることは疑うべくもない。妖精は全てを見抜く。彼の前では嘘は慎むことだ、アレウリス・ノールード。そして、パーティとして励め。審問結果は以上だ」


 よりにもよって、とアレウスは思わず声を零しそうになった。

 ロジックを垣間見たことで、その生き様を一番に理解している。だが、アレウスからしてみれば一番、理解されたくない相手がまさかの監視役となった。

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