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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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公私の両方で信じることが出来ているのか?

 リスティがギルドへと呼んだ薬師の診断を受け、そして調合された薬を貰う。お金はアレウスの財布から払われる。ヴェインが代わりに支払いそうになったのだが、お金の貸借は人間関係においてあまりよろしくないことを知っていたため、そこだけは譲らなかった。

 その後、ヴェインに肩を貸してもらい家まで帰り、自室のベッドで横になった。緊張が解けたのか、それまでは気にしていなかった筋肉の(だる)さを感じる。さほどの運動もしていないのに、強い疲労感すらもアレウスにはあった。

 そこから数分ほど経って、ヴェインが調合薬と水の入ったコップを持って来る。

「風邪はどうして『解毒』の魔法で回復出来ないんだ?」

「体に入った悪い物を倒すための防衛方法として体は熱を出すんだ。つまりは人種が持っている自然治癒力であって、発熱に関しては『解毒』は働かない」

「でもウィルスは取り除けるんじゃ?」

「あくまで『解毒』は予防の意味が大きい。体に入った毒素が満ちる前に排除する。つまり、症状が出始めてからじゃ遅いんだ。冒険者が魔物と戦って、その強毒への対処が間に合わずに死んでしまうことがあるのは、毒が回るのが早いせいもある。それでも唱えるタイミングさえ見極めれば、どんな毒だって排除することが出来る。実際、何人かはこの街のギルドに居るらしい。クルタニカさんはその内の一人かもね」

「なら、毎日のように『解毒』を唱えれば病気とはおさらばだな」

「うーん、毎日のように『解毒』を掛けてもらっていたら、体はウィルスへの対策を怠るようになってしまう。それだと大病を患った時に自力、つまりは自然治癒力に回すべき体力が足りなくなってしまう。それぐらい複雑なんだよ、人種は」

 アレウスは上半身を起こして、調合薬を水で流し込む。

「一人でも大丈夫かい?」

「動けるには動ける。それに、アベリアもそんな長い間、外出はしないだろ」

 調合薬も飲んだ。これから症状は快方へと向かうに違いない。

「まぁ、処方された薬はまだこんなにあるんだけど」

 ヴェインがアレウスからは見えなかったところから調合薬を見せて来る。

「一つで済むと思ったのに」

「そんな魔法もビックリな薬は無いよ。でも、お金を払ってでも薬を調合してもらえて良かったと思うよ。世の中には、そういった薬や医者の診察を受けたいのに受けられない人は沢山居るんだから」

「……そうだな」

 医療の発達した世界をアレウスは知っている。しかし、医療はどれだけ発達しても求めている治療、手術を受けることが出来ない人たちは数え切れなかった。医療行為がその世界よりも未熟なこちらの世界でもまた、アレウスの知らないところで治せるはずの病気で苦しみ、そして死んで行くような人は居るのだろう。

「幾ら憂いても、僕一人で現実は変わらない。自分自身の環境をありがたく思うべきなんだろうけど」

「けど?」

「そうやって、自分よりも苦しんでいる人たちのことを思って、自分の環境に安堵するようなことはあんまりしたくない」

「……君は本当に、捻くれた性格の割に考えさせられることを言う」

 ヴェインは意外そうに言い、そしてアレウスに微笑む。

「俺もそんな風に考えられるように努めるけれど、もしかしたらこれから先、君の意に反するようなことを口にするかも知れない。でも、悪気は無いんだ」

「僕だってお前の気持ちを汲み取れない時があるかも知れないんだから、気にしないで良い。今日みたいに、馬鹿だなと思いながら付き合ってくれるのなんてヴェインぐらいしか居ないんだ」

「そこは男同士、分かる部分があるからね。俺もまだ自分では若い方だと思っているから、今日みたいな話には是非とも声を掛けてもらいたい。それじゃ、しっかりと風邪を治すように」

 アレウスが無茶をしないように、最後の一言だけ強めに言ってヴェインは退室し、アレウスの部屋の窓からは家を出た彼の後ろ姿が見えた。


 半刻ほど経って、軽く眠っていたアレウスでも分かるくらいの大きな物音を立てながら家に入り、そしてアレウスの部屋の扉をノックもせずにアベリアが勢いよく開け放った。

「アレウス! 風邪を引いたってリスティさんから聞いたけど本当?!」

「本当だよ。いや、そんな青褪めた顔をされても困る」

「私が今日、買い物に行かなければもっと早くに気付けたのに……」

「お前は悪くないし、風邪を引いたのは僕の生活のテキトーさが原因にあるから、泣きそうな顔をするのはやめてくれ」

「うぅ~、うぅぅぅうう~」

 なにか言いたそうなのだが、それを言えば全てアレウスが否定するだろうとアベリアは予測しているため、言葉にすることが出来ない。

「心配してくれているのは分かる。だから、ありがとう。風邪は治る。治る環境に僕たちは居る。そのことを噛み締めながら、僕は治すだけだよ」

「でもなんで今日、ギルドに行ったの? まだ審問の結果で呼び出されたわけじゃないはず」

 その問いに「うっ」と、アレウスは言葉を詰まらせる。

「それは……話せば長くなると言いますか」

「長くなっても聞く準備は出来てるから」

「いや、風邪が移ったら大変だし」

「それでアレウスが楽になるなら、私は全然平気」

 そうなったならアレウスが平気では無くなってしまうので、この騒動の始まりについて白状してしまいたい。だが、それは果たして正しい選択なのだろうか。風邪を引いているアレウスにはその線引きが出来ない。それでも、ここに長く留まらせてはアレウスの風邪がアベリアに移りかねない。


「ブラ……を買いに行く、というのが、気になって」

「気になる?」

「下着、ってそんな……誰に見せる物、でもないだろ? それを買うってことは、見せる相手が居るのか、と思って」


 順を追って説明をしているが、薬を飲んで楽になって来ているアレウスは自分で言っていて『何故、僕はそこに拘ったのだろうか?』と疑問を抱き、そして恥ずかしさに耐え切れず、シーツを一気に被ってしまいたい衝動に駆られる。


「……クルタニカが言っていたんだけど」

「言っていたんだけど?」

「女性の魅力の一つに胸があるらしくて、胸当てや布当てだけだと……胸の形が、悪くなるって」

「……あー」

「それで私はまだ成長期? らしいから、『ちゃんと胸を支えておかないと将来で後悔することになる』と言っていたの」

「じゃぁ見せる相手は?」

「居るわけない……うん? あー、えっと……どうなのかな?」

 なにやらアベリアは悩み出した。しかし、その素振りを見るとどうにも男が居ると言うわけではなさそうだ。

「僕の杞憂か……ついでに、熱を出したせいで妄想が酷かったのもあるのかな」

 あとで風邪だと分かったのだが、今朝方から熱が出ていたのなら、体に強い負荷が掛かっていたために妄想が悪い方向へと転がって行ってしまったのだろう。あとは純粋にアレウスの中にあったアベリアへの感情も根底にはあるのだろう。

 改めて、アベリアへの自分自身の執着心を理解しつつ、同時にそれらに振り回されたことに反省する。

「全部、話したけど?」

「なんか、女同士? 女性同士の話のはずなのに、話させてしまって悪いな」

「アレウスは私のそういうところを外では言わないって分かっているから気にしない。それに、クルタニカが怒るだろうから黙っていた方が良い」

 クルタニカを怒らせた場合、彼女の魔法の叡智が兇器となってアレウスを襲いかねない。女性同士の秘密の話、秘密の買い物とは男には決して露見されてはならない物なのだから。

「今日はゆっくり過ごす。昼食と夕食はなにか作るけど」

「私も作る」

「……まぁ、それも有りっちゃ有りだけど」

 アベリアの味音痴、そしてそこから生まれる料理には慣れている。風邪を引いたアレウスの胃腸にはひょっとしたら負担になるかも知れないが、彼女はもう既に作る気満々なので止めたって無駄である。

「多くは作り過ぎないでくれ。食料は大切にしないとならないから」

「うん」

 それとなく量の調節をお願いする。これでアベリアが作り過ぎたことは一度も無い。アベリアはアレウスの額に手を当てて、その熱を調べてからトタトタと部屋をあとにする。

「まったく……僕はアベリアを戦いでは信じているクセに、生活では信じ切れていないんだな」

 その(いびつ)さにアレウスは溜め息を零す。


「アレウス? 今日、買ったブラなんだけど、どんな物か見てみる? 材質もそうだし値段相応かどうか調べて欲しい」

「見ないよ! 頼むから外ではそういうことを言わないでくれよ!?」


 今日一番の大声を発し、アレウスはシーツを被ってベッドへと潜り込むのであった。

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