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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第0章 -Prologue-】
11/705

1-10

――この世界に自分が無いと言うのなら、自分のロジックから探し出せ。そこにきっと、ここに産まれた意味は書かれている。そして、異界を壊せ。

///


 足が動かない。恐怖はもう克服したつもりだった。五年前に堕ちて、この異界で生き続けるために、あらゆることを犠牲にして、耐えて耐えて耐えて、耐えて来た。


 そんなアレウスでも、いや、アレウス如きが怖れずに済むわけがないのだ。恐怖の質が違い過ぎる。品定めをするようにヴェラルドと自身を眺めている異界獣は、たった一振りの剛爪で男を叩き飛ばしてしまった。アレウスよりも強く、ここまでずっと冒険者としての矜持を語り続けて来た男で歯が立たないのなら、自身が抵抗したところでそんなものは異界獣にしてみれば獲物が死ぬ間際の悪足掻きでしかない。


「足を止めてどうする、アレウス」

 不思議と耳元にヴェラルドの声が届く。

「ここで揃って死にたいわけでもないだろう? お前には外に出たいという強い欲があったはずだ。それに従わずして、ただ足を止めて、見ているだけで俺が文句を言わないとでも思ったか?」

 ヴェラルドは折れた剣を手に取り、しかし左手にはなにやら別の物を握り締めている。

「お前はこの異界の概念に干渉した。概念のロジックを開き、書き換えた。異界獣が巣の規則を書き換えた者は逃がさないだろう。きっと、お前を追って外にまで出て来る。俺たちを始末してからな」

 言葉の通り、異界獣は向きを変えてヴェラルドに狙いを絞る。

「だったら、俺たちはお前に賭けるしかない。外に出て、再び概念のロジックを開き、穴を閉じろ」


「……一緒に?」

「それは出来ない。俺とナルシェはリオンを穴から遠ざけなきゃならない。こいつが穴から外に出る前に、閉じろ。通常、異界へと続く穴は、異界獣を討伐しない限りは閉じない。だが、お前なら閉じられる。お前だけが、閉じられる」

「……出来ません。ロジック? というのもよく分かっていないのに、それに、開けたのもたった一回切りで……」


「正直なところ、俺だって無理だと思っている。だが、可能性に賭けるしかない。なんにせよ、俺たち全員が死ぬか、お前が成功して二人が生き残るかのどちらかだ」


 二人とは、ヴェラルドとナルシェのことではない。アレウスとアベリアのことだ。それぐらいの察しは付く。あの男は、アレウスを助けるためだけに異界へとやって来て、アレウスを外へ出すためだけに死のうとしている。言葉の端々から感じる覚悟が、そう告げている。


「外に出たって、なにをして生きれば良いか……」

「冒険者になれば良い」

「誰かのためになんて、生きられませんよ」

「人のためではなく、自分の世界を維持していると考えろ」


 自分の世界。あの世とこの世でも無い、外の世界。アレウスの記憶に残る世界とはまた異なる世界を指すのなら、それほどの愛着は無い。そんな世界を維持したいなどとはまるで思えない。


「お前だけじゃないんだ……“俺も”なんだよ」

 リオンは己を昂ぶらせて、今にもヴェラルドへと走り出しそうだ。

「俺も、異界の外の世界に、ワケが分からないままに産まれ直した」

 夢に近しくなっていた記憶の欠片が不意に繋がり、唐突にその言葉を理解する。

「転生……したんですか?」

「お前よりずっと前にな。それで、だ。お前も俺も、なにかしらの理由があってこの世界に産まれ直した。その理由はナルシェが俺のロジックを開けるようになっても、見つけることは出来なかった。どうやら転生者のロジックってのはこの世界に生きる奴らのロジックとは勝手が違うらしくてな、開ける奴は限られているんだ。俺は、ナルシェだけだった。そしてお前はこの異界で同時にロジックを開いたアベリアと繋がっている」

「アベリアが?」

「この異界から『性欲』を消し去りたい。そんな風に願うのは、お前みたいな少年、そして搾取されるだけの少女であるアベリアぐらいだ。そう思って、お前たちが眠っている間に確かめた。その子は、“眠りながらでもお前のロジックを簡単に開けてみせた”。だから、な」


「“開け”」

 ナルシェの声が木霊して、ヴェラルドのロジックが開かれる。大量に溢れ出す文字が整列し、文章を成し、男の人生を語るテキストをナルシェの前に提示する。


「この世界に自分が無いと言うのなら、自分のロジックから探し出せ。そこにきっと、ここに産まれた意味は書かれている。そして、異界を壊せ」

 ロジックを開いている間は、その者の意識は朦朧となる。集落付近で短剣を扱う術を学んでいる最中に、合わせてナルシェから教えられたことだ。なのにヴェラルドはアレウスと会話を続けている上に、とてつもない覇気を纏って折れた剣を振り、その剣圧に異界獣が足を止めた。

「誰もを信じるな。信じたい奴だけを信じろ。無理になんでもかんでもやろうとするな。やれることだけを着実に果たせ。そして意味を見つけたのなら、異界を壊せ。外の世界はともかく、こんな異界は全て等しく破壊しろ」


 もうアレウスはヴェラルドを視界に収めようともせずに、アベリアの手を握って走り出していた。後ろでどのような命のやり取りをしているのかは分からない。けれど耳に響くのはヴェラルドの絶叫と、ナルシェの魂の叫びである。

 穴が見えた。渦の向きを確認する。空気を吸い込んでいる。間違い無く、異界の出口だ。アベリアと共に飛び込んで、数瞬にして吐き出される。


 洞窟でも岩肌でもない、広々とした草原があった。五年前に見た、青々と茂った草木の数々や人が整備したのだろう街道、なにより日の光が眩しく二人を照らしている。


 異界の穴から異界獣の唸り声がする。言われたことを思い出し、アレウスは穴に右手だけを入れる。

「開け……開け…………開け、開け開け開け!!」

 感覚だけを頼りに右の手の平を何度も滑らせるが、異界の概念は開かない。文字は溢れ返らない。

「頼む……開け……開いてくれ……でないと、なんのために……なんのために僕は!!」

 刹那、異界の穴から文字が溢れ出し、アレウスの前で整然と並び、文章を綴る。


 気が付けば、アベリアもまた異界の穴に手を入れていた。口にはしていなかったが、恐らくは同じように「開け」と念じていたに違いない。言葉数が少ない以上は表情からしか読み取るしかないのだが、アレウスには確信があった。

 ここまで助けて来てくれた冒険者の言葉を、信じたいと思う気持ちは彼女にだってあるのだ。たとえヴェラルドの推測で、希望的観測でしかなかったのだとしても自身に出来ることがあるのなら、出来ないのだとしても、出来ると信じて彼女は同じように異界の穴のロジックを開こうとした。


 感情が合致した。二人で一つの異界の“概念”に干渉する。確かに昔、アレウスは“これ”を感じていた。

 周りに誰も居ないはずなのに、誰かが居る。そのような感覚があった。誰かが感情に触れて、同じような願いを持っているのならと、その時、アレウスはまだ生きようと、強く意思を固めたのだ。


「お前だったのか……」

 アベリアもなにかに驚いたようにアレウスを見ている。だが、感傷に浸っている暇はない。

 テキストを流し読みする。アベリアは文字の読み書きがそこまでハッキリとは出来ない。だから昔もアレウスが導き、アベリアが共感し、一部を書き換えた。今回もまた同じようにアベリアを導けば良い。


 概念とは、“有る”から存在し認知される。つまり、その部分だけを“無い”とすれば、結果的に“失われる”。


「あの二人ごと……失われる……だけど!」

 そうしろとヴェラルドは言った。そして、異界獣は外に出れば多くの人種を殺す。そう語っていた。自身とアベリアが死ぬのは構わない。身から出た錆だ。生きたいと願い、異界の概念に抵触した。合わせてヴェラルドに助けを乞い、外に出ようとしたことで異界獣の怒りを買った。ヴェラルドとナルシェは覚悟を決めて、死への道を突き進んだ。


 自分たちがやったことで、二人はきっと死んだ。そして自分たちもまたこのままでは死ぬ。ただそのあとだ。問題はそのあとに残っている。

 異界獣が、自分たちのやってしまったことで沢山の人種を殺す。その一点だけは、死を享受したとしても決して、受け入れることは出来ないことなのだ。


「“有る”から、“無くす”。閉じろ……!!」


 目的のテキストを見つけ、削除してから書き直す。テキストは文字へと分解され、その全てが異界の穴の中へと消えて行く。アベリアの腕を掴み、一緒に穴へと入れていた手を引っこ抜く。


 異界獣の顔が穴から飛び出し、その口を開けて涎に塗れた牙が迫る。小さく何度も吠えて、どうにかして二人に喰らい付こうとしているが、辺り一帯の草木が揺れるほどの強い風が巻き起こり、空気を呑み込みながら穴が猛烈な速度で閉じて行く。異界獣はその吸引力に逆らえずに穴へと堕ちて、そして二人の目の前で穴が塞がり、弾けた。吸い込んだ空気が破裂したかのように衝撃波となって二人の体を襲い、掴む物を見つけられずにその場から大きく吹き飛んだ。


 けれど、繋いだ手だけは決して離さず、辺りが静まり返ってから身を起こす。


「……消えた…………けど」

 ヴェラルドとナルシェの姿は見えない。無意識の内に二人の姿を探してしまった幼さがもたらしたご都合主義への期待感を抱いてしまったことにアレウスは一人、心の中で舌打ちをする。

 吹き飛ばされた荷物を見つけて回収し、アベリアの傍へと戻って中身を開ける。

「これ……保存食と水……それに、お金?」

 次にアベリアの荷物を開ける。

「女物の衣服……アベリアの、ために……?」

 襤褸の上にナルシェの外套しか纏っていないアベリアが街中を歩いていれば不審がられる。そうならないように、簡素ながらも襤褸よりはマシであろう衣服が入っていた。


 ナルシェはアベリアの荷物の紐を切った。その時、これらだけは捨てないように切る紐を選んだのだ。そしてヴェラルドがアレウスに持たせた荷物は数日の食料と、街に入った際になにかと必要となるお金だった。

「二層で、荷物を纏め直して……その時にもう、もしものことを考えて……」

 自分たちは助からないかも知れない。それでもアレウスとアベリアだけは外へと脱出させる。その強い想いが、ただただ伝わって来る。


 信じたい奴だけを信じろ。そうヴェラルドは言った。

 だから信じよう。その言葉を。

 意味を探そう。

 生き残った意味を。その人生の意味を、知るのだ。


「そして、全ての異界を壊す」

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