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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第3章 -その血を恥じることはなし-】
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暑さ……熱さ?

「また来たんですか」

「来ましたけど、悪いことですか?」

「悪いことはありませんが、私がどこぞのレストラン経営者だったならアレウスさんは出禁にしている、くらいには呆れ果てていることと軽蔑していることをお伝えしておきます」

 いつにも増して、リスティの発言のどれもが刺々しい。新人歓迎会の時に見せた柔和な態度は、まやかしだったのではアレウスは思う。

「なんでそんなに怒っているんですか?」

「むしろ怒らない理由はどこにもないと思いますが」

 やはり、リスティの機嫌は悪い。しかし、彼女のご機嫌を取るために四苦八苦している暇は無い。

「アベリアが店から出たあとに、どこに向かって歩き出したか報告して下さい。それでまた現地に向かいますので」

「私に報告の義務は……ははーん」

 アレウスの言い方からリスティはなにかを読み取ったらしい。

「つまり、女性御用達の店舗が並ぶ道には入れなかったんですね。なるほどなるほど、そんなところでアベリアさんを尾行していることがバレたなら、変態の称号を間違い無く授与することになりますからね」

「担当しているパーティから変態が出て来ないで済んで良かったと思って欲しいくらいなんですけど」

「なんでそう上から目線で言って来るのか分かりません。アベリアさんの動向の全ては私でなければ把握出来ていないんですよ?」

「事態を把握した途端に上から目線になっているリスティさんよりはマシなんじゃないかと」

 こんなことで火花を散らしている場合ではない。リスティが目を離している内にアベリアは店から出て、クルタニカと別れて小道にでも逸れてしまっているかも知れない

「まぁ私はあなたがリーダーを務めるパーティの担当者ですから、少しぐらいは特権があっても構わないはずですから」

「特権とは?」

「たとえば、今度、暇な時にでも私の買い物に付き合ってくれるなんてのはどうでしょう?」

「え、そんなので良いんですか?」

「え、なんで了承しているんですか?」

 情報伝達に何一つとして問題が生じている風には見えないのだが、アレウスとリスティの間では齟齬が生じているらしい。それを見て、ヴェインが片手で額に手を当て、悩ましそうに「やれやれ」と呟いていた。


「リスティさんはやっぱり年下が好み」「先輩の恋愛対象にとやかく言っちゃ駄目だよ」「根も葉もない噂を垂れ流すのは無し無し。まだそうと決まったわけじゃないし」「でもリスティがあそこまで異性になにか交渉を持ち掛けることって今まで無かった気が」


「なにか色々と言われているんですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです。なんで私は大丈夫じゃないのに、あなたは大丈夫なのかが逆に不思議で仕方がありません」

 リスティはどうしてかとても居辛そうである。その理由をヴェインは知っているのだが、敢えてアレウスには伝えずに状況を見守っていた。アレウスが視線で助けを求めてみても、フォローに入って来る雰囲気はまるで無い。

「たとえばの話を真に受けるのも程々にして下さい」

 半ば逆ギレのようなことを言われ、アレウスは言い出しそうになった怒りの言葉を必死に喉の奥へと引っ込ませる。

「じゃぁ、なにをしたらアベリアの動向について報告してくれるんですか?」

「……いや、あの、別にさっき言っていたことをして下さったら教えることもやぶさかではないのですが」

 一体どっちなのだろうか。アレウスは更に混乱する。

「担当者として普段、アレウスが街でどんなことをしているのかを知りたいってだけだよ。そうですよね?」

「はい、その通りです」

 何故だか分からないが、リスティにヴェインは助け舟を出したようにアレウスには思えた。我慢ならず、ヴェインをギルドの隅へと連れて行く。


「なにがどうなっている?」

「女性がそれとなくアプローチして来るんだから、素直に乗れば良いのに」

「アプローチ? まさか。あのリスティさんがどうして僕に? あり得ない」

「否定から入ると、基本的に物事は複雑に絡んで大変なことになるから、ここは受け流さずに受け止めておくのが今後の人間関係の維持も含めると大事になって来るよ」

「……お前、面白そうだから話を余計に複雑化させているだけなんじゃないか?」

「まさかぁ、そんなことを俺はしないよ。人の心を弄ぶなんて僧侶の風上にも置けないじゃないか」

「たまに疑惑を掛けられると『僧侶』って立場を利用しているように思うのは気のせいか?」

「たまたまだよ。たまたまだ。君がなにやら面白そうなことに首を突っ込む時に、たまたま僧侶という立場が利用できる状況にあることが多いってだけだ」

「なにか言い包められたような気がする」

 しかし、ヴェインを疑っても話は遅々として進まない。物事だって遅々として進まない。

 アレウスはヴェインと共にリスティの元に戻る。

「リスティさんの提案を受け入れます」

「本当に?」

「……今、ちょっとだけ嬉しそうにしませんでした?」

「しませんでしたよ?」

 表情筋が固いはずのリスティが、ほのかな笑みを作っていたように見えたのだが、どうやらアレウスの気のせいだったらしい。

「それでアベリアは今どこに?」

「まだお店からは出ていませんね……そもそも、十分くらいで出るようなお店でもありませんし」

「衣服を買うのにそんなに時間を掛けるんですか」

 外行きの服、そして冒険者として活動する時の衣服の選別は行っているが、普段着ならば着られればなんでも良い派――つまりは衣服としての(てい)を成してさえいればなんだって構わないアレウスにはその感覚が理解できない。

「特にこのお店は……いえ、これは必要の無い情報ですね」

「どんなお店なんですか?」

「男性のアレウスさんは知らなくて良いお店です」

 キッパリと返答を拒否されてしまう。

 しかし、それはアレウスにある種の答えを言っているようなものであった。つまり、下着――ランジェリーショップに違いない。


「リスティさんって肌着はなにか身に付けています?」

「は?」


 時が止まった。そんな感覚をアレウスは覚え、自然と辺りを見回す。ギルドの中にあったあらゆる音が消え去ったかのような、それでいてあらゆる女性からの軽蔑の眼差しが向けられている確信があった。

「深い意味は無いんですが」

「あったらセクハラ案件として上に報告するところでした」

「いや、ホント、今のは聞かなかったことにして下さい」

 言ってしまったことは取り消せない。このままアレウスはギルドのあらゆる担当者に要注意人物として扱われかねないため、姿勢を低く、限りなく身を縮めてリスティに許しを請う。

「はぁ……今日のアレウスさんはどうにも、頭が回っていないように思えますね」

「ですよね。俺もちょっとアレウスは頭がこんなにも悪かったっけと思い掛けている最中です」

 なんでそこでヴェインはリスティに同調するのだろうか。アレウスは回転率の落ちた頭で精一杯、考えてみるがちゃんとした答えは見出せず、黙り込むことしか出来ない。

「と言うより、アレウスさん? ちょっと目が虚ろじゃないですか?」

 リスティがアレウスの目の前で手をヒラヒラと振っている。

「暑さのせいじゃないですか?」

「暑さ……? 確かに今日は暑いけれど」

 そう言って、ヴェインがアレウスの首に手を置く。

「いや、君? 熱が出ているじゃないか。風邪を引いているんだよ」

「風邪?」

 リスティがアレウスの額に手をやる。

「確かに、これは熱がありますね。こうなっては回復魔法ではどうしようもありません。医者か薬師に診てもらうしかありません」

「調合師は?」

 ヴェインが訊ねる。

「あくまで調合師という冒険者の職業は、ポーションなどの道具を生成するレシピを沢山保有し、それらを駆使して薬草などを掛け合わせて身体の回復、能力の向上を一時的に飛躍させることを第一としていますから、風邪薬の調合なんてそれを生業(なりわい)としている医者か薬師に放り投げていますよ」

「風邪で倒れるわけには行かない……」

「暑いからって水浴びして、それからちゃんと体を乾かさなかったんだろう? そうやって冷えたまま寝てしまったら、風邪を引いてしまうんだ。君が倒れたらアベリアさんも素っ飛んで来るさ。だから、素直に帰ろう。俺がちゃんと送るよ」


「まぁでも、アレウスさんの冷静さが欠落している原因が判明した分、私は良かったと思っていますけどね……あと、風邪だから判断力が落ちていたとは言え、先ほどの約束については有効ですのでお忘れなく」


 ヴェインの肩を借りて帰るため、アベリアの動向のチェックについてはもはや知ることさえ出来ない。なのに条件だけは成立しているのは、リスティだけ得している。

 だが、そこに文句を言えるほど、風邪で参ってしまっているアレウスには元気が残ってはいなかった。

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