逸脱している
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「足音が三人分……一つはあのドワーフ、もう一つは影に潜みし者、もう一つは……初めての音色だな」
牢獄に降りて来たルーファス、『影踏』、ガラハに対して目隠しをされ、両手両足を拘束されたまま椅子に縛り付けられている霊媒師が顔を上げて呟いた。
「ようやく尋問の手筈が整ったか。ありがたい話だ」
「貴様にくれてやる時間は無い」
ルーファスは霊媒師を拘束された椅子ごと蹴飛ばして、床に転がす。
「単刀直入に言おう。『魔眼収集家』はどこを根城にしている?」
「個人的な恨みか? であれば、影の者に文句を言うんだな。あの時、『魔眼収集家』をミスミス見逃したのはそこの影の者なのだから」
「『影踏』は俺の事情を汲んだだけだ。それに、俺一人であっても『魔眼収集家』には敵わない。『影踏』もまた、同じように思い、無理をしなかった。冒険者としての経験が活きている。あの時、私情のままに追い掛けていたのなら『影踏』は返り討ちに遭っていたかも知れない」
霊媒師の顔をルーファスは踏み付ける。
「答えろ、『異端審問会』。『魔眼収集家』はこの世のどこに住まい、どこで、今も、平然と人を殺している?」
「幽世、或いは常世とも言うべきか」
ルーファスは『影踏』とガラハに視線を送り、どちらも首を横に振ったため、小さく溜め息を零す。
「現世に居ないなどと馬鹿を言うなら、貴様の指をこれから一本ずつ落として行く」
そう告げて、霊媒師を縛る椅子を起こす。
「既に数本は切り落とされている。今更、全ての指を切り落とされたところで思うこともない。それに、貴様がやろうとしていることは尋問ではなく拷問だ。そんな非道を、ドワーフは許すのかな?」
「ならばオレは見なかったことにしよう。子供の頃から大長老様には興味があることに意識が向いて、細かなことには集中力が持続しないと言われていた」
「気が利くドワーフじゃないか。そういった言い回しは彼を彷彿とさせる」
ガラハの発言にルーファスはニヤリと笑みを向けて返す。
「待て、ルーファス」
ルーファスが指を一本、まずは落とそうかと思ったところで『影踏』に止められる。
「こいつは戦っている時から妙だった。霊媒師は普段から霊体を憑依させている。『首刈り』が成功しても霊体が犠牲になることで本体が生き残る。殺した実感が無かったのはそのせいもあるが、こいつはあまりにも痛覚に対して緩慢だ」
「なにか魔法によって、自らに暗示を掛けている可能性がある、か?」
『影踏』が肯いたため、ルーファスはナイフをしまい、霊媒師と面と向かう位置の椅子に座る。
「貴様たちはなにを目的として活動をしているんだ? 貴様とて、昔は世のため人のためにと冒険者として生きて来たはずだ」
「それら全てが幻想であることも知らずに、人種を守ることを生きる実感に変換する浅ましき職業よな、冒険者とは」
「矜持はとうの昔に捨てたのかい?」
「冒険者は矜持を抱いて生きているのか。ふはは……笑えるな。先達者は冒険者は自由であれと説いたのではないかな? しかし、今や全ての冒険者は自らが掲げる矜持に縛られ、自由ですら無いではないか」
「誇りを愚弄されていることと同義だと察するが、感情を抑えられているか?」
「ありがとう、ドワーフ。君がこの復讐対象を前にして冷静であり続けてくれているのなら、私もまたそれに続かなければならない」
霊媒師はそのやり取りを聞いて「下らない」と一蹴する。
「小さなことで賞賛し、小さなことで励まし合い、小さなことで協力する。孤独に生きることさえままならなくなってしまっては、冒険者という職業そのものが、その根幹が腐り始めたことを示している」
「だから『悪』へと身を落としたのかい?」
「『悪』ではない。私たちこそ『正義』だ。歪みは正さなければならない。間違ったことは正さなければならない」
「そのために犠牲者を積み重ねるのか?」
「犠牲者ではない。私たちの手によって束ねられるその者たちは、巡礼者に等しい。犠牲ではない。私たちのために死の概念に巡り会いに行っただけのこと」
「都合の良い解釈だ」
ルーファスはそう断言し、足を組む。
「こうして追い詰められて尚、笑えるのだから貴様はまだなにかに期待している。生きられると思っている。違うかな?」
「“この体”に穢れた『教会の祝福』は掛けられてはいない。死とはまさに、訪れるべくして訪れる」
「だが、助かるだろうと、算段を立てている。たとえば、ギブアンドテイク。私たちに情報を売って、見逃してもらおうという僅かな期待……違うかな?」
目隠しをしているために霊媒師の視線も、そして表情ですら読み解くことは難しいが、ルーファスの言葉に男は少しは動じているような、そんな色を見せている。
「見逃してくれると?」
「ああ。手に入れたい情報を提供してくれるなら、私たちもそれなりの報酬を与えようとは思っている」
ルーファスは『影踏』とガラハに目配せをする。同時に短刀と戦斧を手に取り、二人が霊媒師の傍に寄る。
「しかし、それが私たちにとって情報とすら呼べない代物であったなら、その体が切り刻まれるだけだ。たとえ痛みに対して緩慢、鈍感であったとしても、血が流れれば人は死ぬ。それは全ての動物、魔物においても通じる道理だ。違うかな?」
「『魔眼収集家』を追ったところで、掴めるものはなにもない。あの方は常に最高の“眼”を求めている。今回はたまたま、神官に“眼”を貸し与えて下さっていたが、ただの気まぐれに過ぎない」
「“眼”……か。漁村のヒューマンたちを誑かしたのもその“眼”の力か?」
ガラハは戦斧の刃を男の右肩に乗せながら訊ねる。
「あれは『魔眼』の一つ。あの方は『言うほど価値のある物ではない』と仰られていたが、その力は絶大だった。特に、無力なヒューマンたちを言葉だけでなく“眼”で翻弄するくらいには」
「それでヒューマンはドワーフを……随分とふざけたことをしてくれたものだ」
戦斧に力を込め、右肩に傷を付けたところでガラハは怒りを鎮め、後退する。このままでは怒りに任せて霊媒師を切り刻みかねないと判断したのだろう。
「どうして『魔眼』を収集する?」
「それが『美しいもの』だからだと仰っていた。この世で一番、集めるに相応しい物だと。そして、極めて愚かで醜い輩がそれらを持っているなど、見るに堪えないと」
「醜い……愚か? そんな、そんな理由で!」
思わずルーファスは拳を霊媒師にぶつけていた。
「そんな理由で“彼女の眼を奪ったと言うのか”?!」
「ふはは……私よりも貴様たちの方が動揺しているではないか。世のため人のためと生きるのは辛かろう。己を殺し、信条を貫くとは、本来あるべき人の生き様から逸脱してしまっている。精神的に不安定になるのもそれが原因。冒険者とは、狂人、果てには廃人へと至る最初の一歩でしかないのだ。そして、っ?!」
霊媒師の両腕を縛り上げていた縄が千切れ、同時に男は自身の腕で首を絞め始める。『影踏』が腕の筋を断ち切るが、血が迸ろうとどうなろうと首を絞めるその力が弱まる気配はない。
「腕を切り落とせ」
「いや……これは……」
『影踏』は思うところがあったがルーファスに言われるがまま、男の右腕を切り落とす。
「お迎え、だよ。仰っていた、だろう? あの方が」
切り落としたはずの右腕はルーファスと『影踏』には見える霊体の腕によって強引に接合され、尚も男の首を絞めていた。
「次は、私に相応しい肉体……を提供、してくれると……助かるの、だが……な。こればかりは……使役される側である、以上……仕方が、無……ぁ、っ」
首の骨が嫌な音を立てて、折れる。『影踏』が短刀を男の体から抜け出て行く霊体に対して投擲するが、命中するよりも先に牢獄の壁から外へと消えて行った。
「死んだのか? オレの復讐対象はどいつもこいつも勝手に死んでくれてありがたい限りだな」
ガラハが皮肉を言う。しかし、自身の手で殺さずに済んだことをどこか安堵しているような表情も見える。
「違う。こいつは元々、“死んでいた”」
「死んでいただと? ついさっきまで話をしていたじゃないか」
「死体に別の人間の霊体が憑依していた。そしてその霊体が、霊媒師の肉体を利用して悪霊を従えていた。技能としては多重霊媒に当たるが、それそのものは死んだ霊媒師の技能だろう」
『影踏』が絶命した男を調べながらガラハに説明する。
「元々が霊体で、死体に憑依してさも生きていたかのように振る舞っていた。器なのだから、痛みなどそもそも持ち合わせてはいない。『首刈り』を避けたのは、死体との定着が使い物にならなくなっていたとしても必要不可欠であるから。ギガースを人工的に生み出す方法と同じだ。そしてその止め方もまた、同じ」
「首が折れ、心臓が止まれば死体から離れる……なるほどね。だから霊体が離れるために死体の首を絞めた、と」
ルーファスは怒りに打ち震えながら、しかしその感情をコントロールすべく呼吸によって調子を整える。
「『魔眼収集家』の居場所については聞き出せなかった」
「元より話す気など無かったのだろう」
落胆するルーファスに『影踏』が意見を述べる。
「途中で、妙に饒舌になったのはどうしてだ?」
「お迎え、というものを察したんだろう。霊体は他者の手で憑依した死体から離れることは出来ない。つまり、屍霊術士から霊体へ交信があったんだ。そういえば……『構成員』には、要注意とされている屍霊術士が居たな」
「『異端』にギガースをけしかけたのも、その『構成員』のはずだ。つまり、『魔眼収集家』と屍霊術士は利害が一致しているのか、現在は共に行動している。過度な協力関係など築かない『異端審問会』に、なにか妙な変化が起こり始めている」
『影踏』の言うことがもしもそうなのだとしても、今、この場に居る三人にはその先の「何故?」を知る術はない。
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《もう少し、早めに引き上げさせてもらえるとばかり思っていたが》
「それは、今回の内海の港を支配できなかったことに対する罰みたいなものさ。けれど、あれの失敗のほとんどは始末したゴミにあるようなものだから、君が気にする必要もないんだけれど」
《死んだ私に、今更、罰など与えられたところでどうなるわけでもあるまい》
「新鮮な冒険者たちと話が出来るという素晴らしい機会を与えたんだよ。そうだろう? ゴースト」
「上質な死体を失った……異端に関わったためだ。異端であるぞ……異端で、あるぞ」
「君の主人は相変わらず、異端異端とこればっかりだ」
《冒険者など異端であって当然だ。話をして、その歪みをより深く知ることが出来た。次はその歪みを屠らせてもらいたい》
「とは言え、あんまり出張っちゃうと、それはそれで『人狩り』がうるさいからねぇ。ぼくに一方的な恨みを抱えた被害妄想も甚だしい連中もいるようだし、少しの間は『人狩り』に任せてしまおうか」
《ナーツェに連なる血統に拘りはないのか?》
「“特別な眼”があるなら興味があったけれど、無いならどうだって良いね。一番、それを探していたのはぼくじゃなくて『人狩り』だったわけだし。たまたま、痕跡を見つけてしまったのがぼくで、更には姿形も捉えてしまったのもぼくだったってだけだよ」




