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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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故に世界を見る

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 人生はいつだって後悔の連続である。ガラハは、多くの同胞を死なせたことでそれを深く深く痛感した。生きていることさえ罪じゃないのか。共に山を駆け回った同胞を救えなかったこの体で、これからも生きて行かなければならないのか。そうなるくらいならば、死んで同胞の魂が向かったであろう“巡り”へと自らの魂も投げ出してしまった方が良いのではないだろうか。

 それが正しいことに違いないと、思っていた。

「ガラハ」

 大長老に名を呼ばれ、ガラハは我に返る。

「なんでしょうか?」

「またどこかしらに思いを馳せておったのだな?」

「そのようなことはありません。もう永久に、オレが里を出ることはないでしょう。それがオレの罪滅ぼしになります。天寿を全うするその日まで、この里を守り続ける。同胞たちが眺めたこの景色をいつまでもいつまでも、この世に残し続けることこそが使命だと思っています」


 霊媒師は牢獄に入れている。二人のエルフによって事情の説明が行われ、そして大長老はそれら全てを『良し』とした。あのヒューマンに言ってしまった手前、大長老にもやはり引き下がれなくなった。そして、エルフの手によってゲートは修復され、その二人はゲートを通ってドワーフの里をあとにした。他に求められたことは、霊媒師への尋問は黒衣の男が連れて来るヒューマンの立ち会いの元、執り行うことだ。これも大長老は首を縦に振った。

 大長老もまた責任を感じずにはいられない。ガラハは漁村とも呼ぶべき町で起こった悲劇の当事者であるが、そもそもの開拓話に食指を伸ばしたのは大長老である。そうして同胞を喪ったのだ。そういった無念を晴らしてくれたのならば、一つ二つの無理難題を受け入れるのもまた里の長である者の務めとなる。


「しかしな……やってくれるとは思わなんだ」

「ゲートの修復ですか?」

「いいや、あのヒューマンの若造だ。救援があったとは言え、よくもまぁその救援が来るまで場を持たせた」

「買い被り過ぎでしょう。彼我の差は絶対でありました。覆ったのは、運が良かった。ただそれだけです」

「しかし、たったそれだけのことが、運を引き寄せるということがこの世では一番難しい。そうは思わぬか?」

「……思わざるを得ないのは、確かですが」


 思えば、あのヒューマンは会った時からなにもかもが特別だった。まず臭いが違う。死臭を漂わせるヒューマンなど考えてみれば、この世で相見(あいまみ)えたのは奴が初めてなのだ。長年、山を駆け回っていたガラハですら嗅いだことのない死臭に、強い嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 だが、人種の本質というのは目利きや臭いで全て把握出来るものではない。少なくとも、アレウリス・ノールードという名の若者は、あの町でガラハからあゆるものを奪って行った神官よりもずっと聡明であり、苦しみにもがきながらも正しさを目指して突き進んでいた。これまでも何度か臭いや目利きで人の本質を分かった気になっていた。それが覆されたのだから脱帽である。


「ヒューマンは信じるに値せん。それを思い知ったのは事実だ。しかし、未だ私の中には、もしかするとという気持ちが残っておる。なんであるのだろうな、これは?」

「異端を垣間見たからですよ。今まで見たどんなヒューマンからも外れながらも、芯を揺らがせない者たち。ヒューマンはそういった者たちを総称して冒険者などと呼んでいるようですが」

「神官をその手で殺せずに、憤怒に暴れ回るかと思えば、意外と冷静であるな」

「“声”は奪いました。あの声音はオレがスティンガーから預かった限り、未来永劫、輪廻から外れ続け、この世界には還らない。オレが死ぬまで、同じ声を耳にすることはありません。これがオレにとっては、あの男の死後における至上(しじょう)の幸いとなります」

 もう二度と聞くことのない声音。聞けば全てがフラッシュバックしかねないその声が、ガラハが死に旅立つまではこの世には戻って来ない。それだけでも彼にとっては心安らかに日々を過ごすことの出来る幸いだ。

「それよりも、ゲートの修復とはそう容易く出来るものなのですか? あの二人のエルフは物の数分でやってのけてしまい、この里から出て行ったようですが」


「ゲートの基礎、その全てを知る者はこの世に一人しかおらんのだ」

「一人?」

「“大いなる至高の冒険者”。その内の一人であるイプロシア・ナーツェは『大賢者』とも呼ばれ、空間超越の魔法を数多、生み出したとされている。しかしその空間を超越する魔法のほとんどは門外不出――いや、イプロシア・ナーツェ自身の魔力でのみ、魔法として成立することがなかった」

「では、ゲートもその理屈であるなら修復はイプロシア・ナーツェでなければならないのでは?」

「ナーツェに連なる血統――つまりは子孫、そして彼の者の親戚筋は似た魔力を保有しており、その血であれば壊れたゲートも甦る。しかし、まさかそのような眉唾話が真実であったなどとは、本当にゲートが修復されるまでは信じてはおらんかったがのう」

「これまでも何度かゲートを岩で塞いだことはありましたけど、壊したことはありませんでしたからね」

「あれは無機物のみを運びはせんようだな。必ず人種の意思が介在しなければ物は運べん。このことを世の中の人種のどれほどが知っておるのか……知らんくとも、教えはせんよ」

「正しい判断かと思います。ヒューマンへの交渉材料として、ゲートは非常に有効であることが証明されたのですから」


「ああ、その通りじゃ。この里を知らん顔が練り歩くことも当分はあるまいて……私が死ぬまではのう」

 それは絶縁宣言ではないにせよ、この里には彼の街の冒険者を入れることは二度と無いという宣言に近い。

「そう、“知らん顔が練り歩くこと”は無い。断言しておこう」

 しかしながら、大長老は一つの言葉に深い意味を持たせるかのように二度、口にした。

「……そういうことですか」

 その深みを読み取り、ガラハは微かな笑みを浮かべる。


「ガラハよ、外は嫌いか?」

「ええ。もう外は懲り懲りです」

「嘘を申すな」

「嘘ではありません」

「……私も、そう長くは生きられん。今回の件で、未来に夢を馳せるよりも過去に胸を躍らせることの方が多くなったからのう。こうなってから老いぼれが朽ちて行くのは早いぞ? 貴様はこんな私のように、外の世界に興味を抱きつつも結局、外に出ることが叶わなかったドワーフになってはならん」

「いいえ、“ここ”こそがオレの生きる場所です。死んで行った同胞のために、この景色を守る」

 大長老は豪快に笑う。

「そんなことは、里におる誰もが抱いておることだ。一人で大層なことを抜かすでない」

「しかし、」

「なぁ、ガラハ? 私は貴様が子供の頃のことをよぉく知っておるぞ。まさに、まさに無邪気とはこういった子供たちを指すのだろうなと思うほどに貴様たちは私たち大人を度々、困らせたな?」

「ええ……かなり、やんちゃなことをしました」

「里の壁を壊したり、鉄を溶かすための(ふいご)を隠したり、挙げ句の果てには私の大切な(さかずき)まで持ち出し、隠しおったな」

「思い出させないで下さい」

「私はそのたびに怒鳴り、叱り、教育とばかりに貴様たちの体をこの手ではたき倒そうとする衝動を抑え、よく壁に縄で吊るし上げたものだ」

「大長老様の力で叩かれていたなら、今頃、私は死んでいるでしょうね」

 そして、先に逝ってしまった同胞たちも、ひょっとしたらその時に死んでいたかも知れない。


「面白かった」

「はい?」

「その行動の全ては正しいものではない。評価するべきことでも、のちに語り継ぐべきような想い出話でもない。しかしのう、頭を悩ませた分だけ楽しかった」

 大長老は懐かしむように、天井を見上げる。

「子供を慈しみ、育み続けたこの里も、もう限界が近い。あと二十年、三十年もすれば閉じる。なにせ、子供が産まれて来なくなってしまったからのう。これも、大地の精霊に愛想を尽かされたこの山の天命なのかも知れん。貴様はそんな、二十年、三十年で消えてしまうであろう里にこれから身を置いて、なにを成すと言うのだ?」

「それは……」

「耐えて、忍んで、そして死んで行った同胞のために偲ぶ。恐らくそれも正しき選択なのであろう。だが、正しくはあっても安易な道だ。貴様はまだ若い。もっと、“冒険”をしてみてはどうかのう? 見聞を広めねば、出会いも無い。出会いが無ければ、貴様に想いを馳せる者さえ現れん。次の世代に繋ぐことさえ叶わぬぞ?」

「……オレは、大長老の知らないずっと遠くに行ってしまうやも知れませんよ?」

「知っておる。ああ、知っておるとも。貴様ほどの腕白(わんぱく)な子供が、窮屈な里と、そしてこの山でジッとしておられるわけがなかろう。飛び出せ、若造。世界を見て来い。この里にではなく、貴様が初めて見る世界、そしてその未来に生きる意味を探せ。なに、次に顔を見せる時は死の間際で構わんよ。巣立った子供が、どのような経験を積んで私にその顔を見せるのか。今からそれを楽しみにしておこう」

「大長老様も、未来に生きる意味を置いたということですね?」

 それも死の間際という、生き様における最期の最期に置いた。もう決められてしまったのであれば、ガラハはしがらみを断ち切らなければならない。

「オレは多くの同胞の死を目の当たりにしながらも、未だ心は世界を見たいと揺れ動いている。同胞の死に対して、向き合えない不届きな輩です。故に、この里を去りましょう。こんな笑止千万なドワーフがこの里に居続けては、全てのドワーフの名折れとなります」

「ああ、好きにせよ」

「そう致しましょう」


 同胞の死が(こた)えていないわけではない。しかし、もう死ぬほど泣いたのだ。涙が枯れ果てるほどに泣いたのだ。だからこそ復讐を終えたならば、その先で“死のう”と思っていたのだが、あのヒューマンに言われて世界を見る景色が変わった。

 『生き続ける先にしか答えは無い』。その言葉が正しいのならば、ガラハは生き続けなければならないのだろう。生き残った意味を知るためには生きなければならない。生きていることを罪に思うのならば、生きることは同時に償いである。それもまた、正しい。


 間違いが見つかったとしても、正解があるのならば――


 そう思えば、生き続ける先にある答えを見つけるのは、果てしなく遠く思える。しかし同時に、その果てしなく遠い道の(きわ)こそが、ガラハにとっての未来に続くスタート地点なのである。

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