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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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事後処理

 危機的状況であったのかすらも曖昧だったのだが、しかし『影踏』に救われたことは確かであったのでアレウスはそのことについて礼を言い、それから頼まれていたことを思い出して活動を再開した。

 神官モドキの死は“声”をスティンガーに奪わせたガラハもすぐに気が付いたらしく、その死体を見て、「決して楽な死に方では無かったようだな」と呟き、自身の内に込めていた怒りを必死に抑え込んでいた。見兼ねた『影踏』が「霊媒師の方はドワーフの里に預ける。そこで二、三ほど質問したあとは好きにしてくれて構わない」と言い、これを彼が了承した。

 町民が暴徒化するのではないかと危惧していたのだが、神官モドキが死んだ途端に盲信していたのが嘘のように、各々が自身が行ってしまった非道の数々を思い出し震え上がっていた。「この町は長い歳月を掛けて、みんなの精神を元に戻して行かなきゃならないよ」とシオンがアレウスにボソリと呟いた。あれほどまでに神官モドキに対する信仰の厚さを抱えていた彼らが、それらをすぐに捨て去るのは奇妙さが残る。ひょっとすると、『影踏』の言っていた『魔眼収集家』とやらが「貸していた」と口にしていた眼球――“眼”には、その称号の如き、なにかしらの魔力を秘めていたのかも知れない。それらが町民を魅了していたのだとすれば、その元が断たれたことでそれが解けたとも考えられる。どれもこれも、都合の良い話となってしまうのではあるが、そう結論付けなければならないほどに目の前の事象についての理解が追い付かなかった

 一日を掛けて、教会の地下にある死体をデルハルトと共に引き上げ、もはや生前の面影すら無いその死体を町民に見られないように墓地へと全て埋葬した。深夜零時を回った頃にはアベリアが『御霊送り』を行い、複数の光の粒が空高くへと還って行った。


「俺がやれるのはここまでだな。『影踏』、そこの霊媒師を絶対に逃がさずにドワーフの里へと連れて行け?」

 次の日、月毛の馬に跨りながらデルハルトは黒衣の男にそう告げて、町から草原へと颯爽と駆けて行った。

「この町へ来る前に頼んでおいた馬車がもうすぐ来る。お前たちはそれに乗って、街へ。そこのドワーフと、あとは『影宵』は霊媒師を連れてドワーフの里に来てもらう」

「シオンさんもですか?」

「一番大事な部分を忘れるな。お前に与えられた依頼はドワーフの里との友好の復活。そしてゲートの修復だ。大長老様がこの町の問題解決の結末について一体、どのようなことを仰るかは分からないが、ヒューマンを憎悪していたとしてもお前たちが課せられたことを果たしたのならば形であれ要求されたことを通すのもまた、誇りというものだ。そうだろう、ドワーフ?」

「大長老様にはありのままを話そう。ありのままを、な。だが、金輪際、関わるなというお触れが出るのならもう二度と会うことはないだろう」

 ガラハは()き物が落ちたかのように清々しく言う。実際、彼には多くの物が憑いていた。それは悪霊の類などではなく、生きているが故に抱え込まなければならないありとあらゆることであり、それ以上に肥大化してしまっていた黒い感情だ。それらが半分以下にでも減少したのであれば、ガラハがそのような表情を見せるのはそう不思議なことではない。

「蒸気機関については凄く興味がある。また里を訪れたい気持ちはあるんだ」

「来られる物なら来てみろ。次は容赦無く追い返してやろう」

 憎まれ口を叩かれてしまうが、それをガラハに言われてもやけに小気味が良かった。アレウスは握手を交わそうと手を差し出そうとしたが、ドワーフにとって握手が交流においての礼儀であるかどうかは分からない。ひょっとしたら、その行動はヒューマンとは異なる場所、異なる環境、異なる文化で暮らすドワーフにとっては無礼に当たるかも知れない。

 無知であるからと、そこに甘えてはならないのだ。アレウスはまた多くの文献を読んで学ばなければならない。ドワーフについても、エルフについても、そして『影踏』が言っていたナーツェの血統――リスティがまず最初に口にした「イプロシア・ナーツェ」のことを。


「もし次に会うことがあるなら」

「あるなら?」

「オレは冒険者になっているやも知れないな」

「……はっ」

 思わず鼻で笑ってしまう。

「だったら、僕のところで面倒を見てやるよ。お前が生きる意味を問い続けるのなら、僕の生き様を見て答えを探れば良い」

「はっ、エルフどころかドワーフほどにも生きられない脆弱なヒューマンが、このオレにどんな生き様を見せるのか……面白い冗談だ」


「馬車が来た。話はそれくらいにしろ。霊媒師の口は塞いでいる上に『影宵』が言霊を麻痺させている。だが身体能力まで縛り付けているわけではないからな。どう暴れるか分かったものじゃない。出来る限り早く、複数人の手で連行したいところだ。逃走など企てられたら、思わず首を刎ねてしまいかねないからな」


 『影踏』が言ったように、遠くに馬車が見えた。

「町の外でキャンプしていたので、そこまで荷物を取りに行っても?」

「往路が同じなら、問題は無いだろう。馭者に伝えれば寄ってくれる。貴様もか、ドワーフ?」

「オレが持ち込んだ食料は全て食べられてしまったからな。あるのは寝袋ぐらいだ。そんな物に執着して、この男を逃がす方が問題だ」

「そうか。ならば、行くとしよう」

 『影踏』が霊媒師を縛り上げている縄を引っ張り、その後ろをガラハが付いて行く。

「それじゃ、あたしはここまでだね。楽しかったよ」

 シオンは別れの挨拶を告げて、あまり多くを語ろうとはせず、霊媒師を連行する二人のあとを付いて行った。


「一時はどうなることかと思ったよ。本当に人を殺さなきゃならないのかと不安になったくらいだ」

「それくらいの覚悟はしていただろ?」

「まぁね? けれど実際、アレウスも斬ろうとしても斬ることは出来なかったんじゃないかい?」

「どうだろうな。案外、出来てしまっていたかも知れない」

「いや、迷ったり、躊躇ったりしたからこそ君は人を殺さないようにと全力を尽くせた。それで良いってことにしよう」

 ヴェインにそう言われてしまえば、アレウスは自分の中の倫理観の低下については語れない。

「また、助けられちゃった」

「いい加減に、身の丈にあった依頼をこなして行きたいところだよ」

 色々な冒険者の支えがあって、アレウスたちは命を拾っている。分かってはいても、こう何度も手助けしてもらっていてはなんのために冒険者になったか分からない。


 だから、身の丈に合った依頼を受けたいのだ。自分自身の力量を知り、そして自分たちの力で誰かのためになれること、誰か守ることに繋がることを。


「でも、街に帰ったら休暇だな。割と休みは挟んでいるつもりだけど、一つ一つの依頼内容が手に負えない物ばかりだったから、ちゃんと休まないと」

「まぁ休んでいる割に、全然休めていないなという感覚はあったよ」

「私も、疲れちゃった」


 ギルド長からの直々の依頼であるため、報酬は無い。となると、いつぞやのオークの死体から取ったアミュレットなどを売り払ったお金を大事にして行かなければならない。

「あれ?」

 不意にポケットに手を突っ込むと、紙の感触があったためアレウスはそれを握って取り出す。

「『栞』……あの時、霊媒師に使わせなかった……?」

 子供の頃は確かに手癖(てぐせ)が悪かった。しかし、今はこんな高価な物を目にしたところで無意識にポケットに入れるようなことはしないはずなのだ。

「……まさか、な。でも、奥の手として持っておくのは……悪くない、か」

 デルハルトは存在感が大きい。近付かれればアレウスでも警戒する。しかし『影踏』とシオンのどちらかであれば、ポケットに『栞』を忍ばされても、今この瞬間まで気付けないだろう。あの二人の気配消しは、その称号の如く、影へと入り込んでいるかのように消失してしまうのだから。


「帰ったら沢山、なにか食べたい」

「食費を考えてくれ。今回の旅費とあと諸々の雑費で家計がまた火の車になるからな」

「ニィナさんから食べ物を送ってくれとねだったらどうだい?」

「それも考えたけど、あんまりねだるとその内、相手にしてもらえなくなるだろ。ああ言うのは、向こうの気紛れで送ってくれるから続くんであって、要求したら段々と続かなくなるものなんだよ」

「いや、君が頭を下げたらニィナさんは喜んで送って来てくれそうだけどね」

「なんでだよ?」

「それはアレウスが考えることだから、ヴェインはそれ以上言っちゃ駄目」


 ともあれ、街に帰ってギルド長からの嫌疑が不問となれば二人だけでなく、アレウスにもしばしの休息が待っていそうである。

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