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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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正しい裁き

「どうしてここに来たんですか?」

「魔法の“風の便り”で、ギルドに連絡を入れたのが居るだろ?」

「……もしかして、ヴェインですか?」

 ヴェインはギルドへの連絡手段について「考えがある」と確かに言っていた。その件は任せ切りにしていたが、なにかしらの方法を用いたのだろうというところだけは信じていた。だから夜襲も上手くギルドに連絡出来た方向で、ある程度は考慮していたのだ。誰かしらの援軍は来るだろうと踏んでいたが、まさかデルハルトと『影踏』が来るなどとは思わなかった。

「あの時の僧侶か! そりゃぁ頭が回るはずだ。経験を積んで行きゃ、頼れる僧侶になれるだろうな。やっぱガキにも運が巡ってるんだな」

「やましいことばかりが僕の中にはありますが」

「それでも運が見離さないんなら、それはお前にとって必要な要素だ。無理して捨てようとしたら逆に運にも神様にも嫌われちまうから、自分の筋はしっかりと通すんだな」

 デルハルトはそう言いつつ、アレウスには見えない複数の悪霊からの攻撃を盾で凌ぐ。

「たとえばこの俺のように、守ると決めたなら絶対に守り通すぐらいの根性を持っておくと良い。ただ、俺の『守る』って言葉は少々、特徴的でな」

 盾を下げ、鎗で前方を薙ぎ払う。

「守るために魔物を排除する。そういう意味合いも込めてある。勿論、守るという筋を通すのなら人を殺すことだって念頭に入れる。で? あの神官と霊媒師はこの町になにをした?」

「神の御言葉とのたまって自身の信者を増やし、ドワーフを弾圧する原因を作り、そこまで煽動したクセに悪霊が襲来した際にはドワーフだけを残して霊媒師と信者となった町民で逃げ出し、生き残ったドワーフの“ロジック”を書き換えるだけでなく、今はこうして信者を煽って僕たちを殺そうとしている。加えて霊媒師は悪霊を憑依させて手駒にしていましたよ」

「すっげぇ長ったらしく言われて、半分以上も頭には入って来なかったんだが、ゲス野郎ってことだけはお前の言葉の圧力で感じ取れた。安心して首を刎ねて良いぞ、『影踏』。それとも俺が先に奴の喉元を貫いてしまおうか?」

「聞いた限りではヒューマンの中でも同情に値しない連中だ。混血を拒み純血主義者である以上に、種族弾圧が酷い輩だ。特にヒューマンが驕り高ぶる。ただし、“この手の者たち”に限るとだけ付け加えておこう。生かしていてもより多くの犠牲を増やすだけだろう。お前が悪霊の対処に遅れているようだったら俺が首を刎ねさせてもらう」

 この二人は敢えて『異端審問会』という言葉を遣わない。神官モドキと霊媒師の後ろ盾について知らない風を装っているのだ。これは口では「貫く」や「首を刎ねる」とは言っているものの、どうにかして捕縛したいがための意思疎通である。『異端審問会』は尋問されるくらいならば死を選ぶか、なにかを白状する前に殺害するというスタンスを取っている。テストの時はルーファスが殺さなければ全員の“ロジック”が元通りにはならず、キギエリ・コーリアスに関しては明らかに『異端審問会』との関わりがあったがために何者かの矢によって殺されている。ニィナの一件にも『異端審問会』が裏で糸を引いているのは明らかだが、彼女は接触しただけであり一員ではない。奴らのことをなにも知らないために見逃されたのだろう。そうやって考えて行けば、この神官モドキと霊媒師が『異端審問会』に所属していることを知らない風に装えば、僅かな可能性ではあるが奴らは図太くも生き残ることを選択し、絶対に自害することが出来ないような環境下で尋問を行える。デルハルトと『影踏』はそれを狙っているのだ。

「それで? あそこのドワーフはどうにかなったのか?」

「テキストを出来る限り元の文章に近付けて、修復したつもりです。それ以外には特に手を付けてはいません。それで僕たちを襲うのか、それとも利害が一致して神官と霊媒師を狙うのかは、委ねています。それと、」

「案ずるな。お前が人の生き様をそう容易く変えてしまうような輩でないことぐらいは把握出来ている」

「は、い」

 一切、「ガラハの生き様の基礎となるような場所には触れていない」と主張しようとしたのだが、『影踏』の一言を聞いて肯いてしまった。理解されていることは恥ずかしいこと、或いは気を遣われていることだとアレウスは思って来たのだが、こういった場においては必要最小限の情報の共有や意思疎通だけで済む。ひょっとしたら、信じること以上にパーティでは重要な要素なのかも知れないと、考えた。


「さっさと彼らの動きを止めなさい」

「体に憑依させて縛っていた霊体が消された。新たな霊体を降霊させなければ私は戦えない」

「そこら辺の悪霊を使役すれば良いでしょう?」

「あんな下等な悪霊を呪縛したところで、私の魔力に耐え切れずに消えてしまうのがオチだ」

「ちっ……この周辺はスピリットが出やすいと最初の段階で分かっていました。だから私は、あなたが優秀な霊媒師だと言うことで、この町の開拓者に紛れて共にやって来たのですよ?」


「おいおい、よしてくれ。そこまで悪役らしさを演じなくて良いんだぜ? 追い詰められると仲間割れをするなんて悪者にしか出来ないことだぜ? 少なくとも俺たち冒険者は喧嘩したって、追い詰められた時にはどちらがくたばるのが先かで争って、この身が甦るその時まで全力で振り回して魔物の数を減らすもんだ」

「かなり大げさだが、確かにお前は喧嘩しようと悪態を付こうと一度も前衛での盾としての務めを放棄したことはないな」

「はっ、お前だってそうやって姿を消せなくなっても、ちっとも下がりやがらないじゃねぇか」


「申し訳ありませんが、そのような馴れ合いは私たちには気色の悪いものでしかないんですよ」

「霊体を失ったとしても、この町にはまだ大量の悪霊が湧いて出て来る」

「町民も私の言うことを利いてくれます」


「この期に及んで、観念しないのも悪役らしいな。だから俺は言っておく。これまで何度もゲス野郎を殺して来たが、そのどいつもが似たようなことを言っていたぜ? ってことはだ。確率で言えば、テメェらもここで殺されるか、死ぬんだよ」

 デルハルトは溜め息をつき、明らかにオーバーなリアクションを取る。


 その言葉、そして動きを見ていた神官モドキと霊媒師目掛けてシオンが魔法の短刀を投擲する。これまでの会話で発生した緊張の緩和は終わりを告げ、感覚としては冗長気味になっていた時の流れがあっと言う間に圧縮され、元通りとなる。神官モドキは下がり、霊媒師がヴェインに止められている悪霊とはまた別の悪霊を呼び出し、その全ては二人を守るように展開される。アベリアは“沼”を唱え、アレウスが後方で睨みを利かせて寄せ付けていなかった町民の足を泥へと沈めて、動けなくさせる。ヴェインは既にアベリアの付与魔法が切れているため、無理はせずここで彼女を守り、そして二人で後退を選ぶ。闇夜から再び現れた『影踏』にシオンが魔法の短刀を投げて寄越し、それが消えるまでの間に黒衣の男は目にも止まらない速度で悪霊を切り伏せて行く。その様はガラハの妖精が霊媒師に魔法罠を踏ませ、一時的に視認出来ないアレウスとヴェインにも見える。

 後退し切ったヴェインとアベリアと入れ替わるようにアレウスが前進し、下がるシオンと道中で擦れ違い様に魔法の短刀を受け取る。短剣の扱いならば慣れているが、短刀は初めて握る。片刃である点だけを注意しつつ、ヴェインの魔法によって動きを止めている悪霊だけを狙って始末して行く。一部、例外もあったがこれはデルハルトがアレウスを庇い、そして鎗で振るって対処する。


「たった二人増えただけで、どうして私たちが防戦一方にならないと行けないのですか!」

「あとから来た二人は場数を踏み過ぎている。私やあなたの手でも負えるような相手では無いのだろう」

「ならばせめて、絶望を与えなければならないでしょう」

「仰せのままに」

 霊媒師が懐から『栞』を取り出す。


「やれるか?」

 『影踏』から訊ねられ、アレウスは魔法の短刀を捨て、短剣を鞘から抜く。

「アベリア!」

「“軽やか”!」

 負荷軽減の魔法を受け、走り、跳躍する。

「“闇に紛れし(スコタディ)()森の音(ヒューレー)”」

 背後に付いて来たかのように『影踏』が現れ、アレウスの背中を軽く叩く。バネ仕掛けのように自身の体が中空で悪霊の群れを越えるように加速する。握っている短剣が直線の軌道を描き、霊媒師の真横に着地する。そしてすぐさま振り上げる。短剣の刃は男の指を捉え、『栞』は鮮血と共に奴の手から滑り落ちた。

「ぐっ」

「まったく、なにをやっているのですか。“癒……”っ!?」

「何故、回復魔法を唱えてくれない?!」

 戸惑う霊媒師が下がろうとするが、その“間を盗む”。一気に距離を詰め、逆手に持ち替え短剣の柄頭で腹部を強く殴打する。痛みを堪え切れず、男が蹲る。

「声は出せる……何故、唱えられないのですか?!」


「スティンガーが作った魔法罠に貴様が足を踏み入れただけのことだ。言霊を麻痺させた。貴様はもう、魔法を唱えられない」

 『影踏』が全ての悪霊を始末し終え、作り上げた道をガラハが歩いて進む。

「まさか……この私に歯向かうのですか?!」

「歯向かうもなにも、貴様はあの日あの時からオレの仇敵だ」

「勘違いをしていませんか!? あなたが復讐すべきなのは、ここに居る短剣を握った若者のはず!」

「……勘違いをしているのは貴様の方だろう? どうしてそのような、愚鈍な考えに至る? 刃を向けたのは確かなことだ。だが、どうかしていたのはオレだ。オレが全て、間違っていた。貴様の言うところの勘違いだろう。なんとも不可思議な感覚だった。討つべき者を誤認させられているかのような、最低最悪な感覚だ。だが今は、頭の中が澄み渡っている。これ以上無いほどに、貴様に憤怒という感情を堂々と、見せ付け、そしてぶつけられる」

 神官モドキの元までガラハは歩き切り、戦斧を振り上げる。

「ふ、ふふふっ……結局、ドワーフは野蛮な人種ということですね……町民も見ていなさい! この者によって、この私が死ぬ様を、しっかりと見届け、」

「貴様の悪行の数々を鑑みると、どうにもオレ一人で貴様を殺すのは惜しい。ついさっき、考え方が変わった。殺すやり方を変えようと、スティンガーにも言われてな」

 戦斧を神官モドキの傍に振り下ろし、その刃は地面を抉る。

「怒りに我を忘れ、殺し、肉塊になるまで潰してしまいたいが、その考え方も、怒りの全ても、貴様たちとなんら変わらない。だから、やり方は変えなければならない。正しく、殺さなければならない。大長老様もそう考えておられるだろう。だが」

 神官モドキの胸倉を掴む。

「その耳障りな声はしばし、預からせてもらう。でなければ貴様はまた善良なヒューマンの心を穢す。スティンガー!!」

 ガラハの手の中に妖精が収まり、拳が鱗粉を帯びて光を放つ。人差し指に光が集中し、そのまま男の喉を突いた。

「取ったな?」

 光から妖精へと戻ったスティンガーがなにやら丸い光球を両手で抱えていた。


「奴らを拘束するのは貴様たちに任せる。奴から奪った“声”については、どうするのが一番なのか。それも考えてくれると助かる」

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