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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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生き残ったのはガラハだけではなく

 誤算は幾つかある。しかしその中でも特に問題だったのは、アレウスたちには時間があるという考え方だった。神官モドキと霊媒師には、逃げ出すまでの時間が無く、且つアレウスの捨て台詞を気に掛けるあまり、睡眠も碌に取れないだろうと判断して夜襲に及んだ。

 だが、そんなことは敵である奴らだって考えることだった。アレウスは奴らに焦りを与えるための夜襲を選択し、スピーディな襲撃に重きを置いたが、奴らはそれよりも以前――それこそアレウスたちがドワーフの大長老に会うよりも前に、時間が無い状態を、いかにして時間を作り出せる状態にするかに重きを置いた。


「正直なところ、このガラハというドワーフが再びやって来るかどうかは賭けだったんですよ。来てくれないことには、私たちは動けませんからねぇ……妖精に見張られていては、どこに身を隠そうと待ち伏せされかねない。なにも……そう、私たちは何一つとして悪いことなんてしていないはずなのに、奴らは揃いも揃って私たちを恨んでいる。まったく、嘆かわしいことですよ」


 迂闊だった。履き違えた。奴らには確かに時間が無かった。しかしそれは、ドワーフの里から町へと攻められるまでの時間でしかない。場合によっては期間とも呼べるその日々は奴らが動くには難しい期間であったのだ。ドワーフは妖精を用いる。妖精による偵察は奴らには感知出来る範囲外からも可能となる。その間に移動を行えばドワーフは瞬時にどこへ逃げるかを知り、待ち伏せされかねない。そうなってしまえば、どう足掻こうとも死は免れない。


 しかし、ガラハのロジックに仕込んだことが発現すれば、逃げるための時間が得られる。戦斧がアレウスを襲ったように、ガラハが神官モドキと霊媒師の露払いを行う。元々、ガラハが復讐のために戻って来ることは計算の内だったのだ。彼の復讐心に付け入り、捻じ曲げ、歪ませて、共にやって来た冒険者、或いはドワーフの同胞と戦わせる。ドワーフは同胞をそう容易くは殺せない。冒険者もまた、大長老より遣わされたドワーフであるガラハを安易に殺すわけには行かない。

 たった一人のロジックを書き換え、書き加えるだけで神官モドキと霊媒師は、この時をもって膨大な時間を得ることに成功したのだ。


「人の血が流れているとは、とてもじゃないが思えないな……」

 アレウスは起き上がり、呟いてから口の中に溜まった血を唾と共に吐き出す。戦斧を防いでも力任せに弾き飛ばされた。たったそれだけで、全身の筋肉が悲鳴を上げた。だが、幸運なことにガラハはアレウス以外を襲う様子は無い。手数を減らす――確実に人数を減らし、神官モドキと霊媒師でも処理できるだけの数にするために一人ずつ確実に殺す。そんな一文が書かれているのかも知れない。

「そうやって、簡単に人の生き様に触れて! 信念すらも歪ませる!!」


「あなた方だって神官の“ロジック”は利用されているじゃないですか。あなた方だけが許されて、私たちが許されないなどという理屈は、子供の屁理屈でしかないんじゃないですか?」

 神官モドキは悠々と言い放つ。なにか言い返してやろうかと思ったが、ガラハが接近して来たため対応に追われる。

 ドワーフの腕力は想像を絶していた。防げはしたが、二度も三度も防げるようには思えない。動き方は防御から回避に変更する。この手の相手とは何度だって戦って来た。オーガもオークも力で捻じ伏せようとする魔物だった。ギガースに至っては知能と技能を用いて、圧倒されてしまった。今回も魔物と同列に語りたくはないが、同じように力に自信のある相手。死ぬか死なないかを察知することも出来るようになったため、ギガースのように全ての攻撃を避けなければならないという恐怖感はあまりない。

 むしろ義憤が強い。

「それが自分のためだと本当に思うか? ガラハ!」

「オレは、復讐する! ヒューマンに!!」

 討つべき相手はあの神官モドキである。だが、ヒューマンに対する憎しみの感情を利用されている。

「ヒューマンと、あとは魔法職以外を先に殺すという書き換え方か!」

 シオンは自身から明かしていないがヒューマンでは無い。アベリアとヴェインはヒューマンだが術士と僧侶である。種族をヒューマンに限定し、仇敵の職業は剣を持つような前衛職であるとしているのだろう。“ロジック”をよく知っているからこそ、ガラハの“ロジック”をどう書き換えられ、書き加えられたのかもすぐに分かる。

 だが、対処出来るわけではない。一時的に意識を失わせる手段として使っても良いが、神官モドキの魔力が流れ込んでいるのならば、“ロジック”を開こうとした直後に更に憎しみや復讐心が加速しかねない。そうなるとアレウスの手では開き切れず、彼を更に苦しめてしまう。

「やはりあなたは天才だ! 私に最高の形で悲劇を提供して下さる!」

 霊媒師が神官モドキを大声で崇める。

「僕を狙って来る以上、ガラハの相手をする。アベリア、ヴェイン、シオンさんはそいつらをさっさと黙らせろ」

 耳にするのも嫌になる。


 こういう悪質な神官風情を見れば、そしてその声を聞けば、更にそんな神官モドキを崇める声すらも耳に入れると、嫌なことを思い出してしまう。

 捕まった時、拷問された時、異界に堕とされる裁判を受けた時、そしてなにより「死刑にならないだけマシだと思え」という上から目線の、傲慢な態度。


「お前だって、人の心を弄ぶ神官が憎かったんじゃないのか!!」

 戦斧を避け、剣でガラハを牽制する。足運び、そして速度はアレウスに分がある。しかしガラハも大振りではあるが動きそのものが鈍重なわけではない。一撃を与えるための即座の反応を見せるだけでなく、時として思いもよらない速度で動く。戦斧の扱いも乱暴なものではない。細かな部分に得意不得意はあれど、アレウス程度の速度で動き回る相手ならばいつかは捉えられるというのが現実だろう。

 当たり前だ。ガラハは山で育っている。目利きに限らず夜目も利き、動物の狩猟だって行っていたはずだ。反射神経と動体視力も高い。素早くはあっても野生動物よりも俊敏には立ち回れないアレウスを捉えるなど冷静であったなら造作も無いことに違いない。

「冷静であれば、だけどな」

 ガラハは復讐の妄念に囚われている。アレウスを復讐すべき相手と勘違いをしている。戦斧に込められるのは正義の鉄槌ではなく、同胞たちの怨嗟に耐え切れないが故の怒りの感情である。“ロジック”を書き換えられてはいるが、ガラハの中には未だに疑問が残っているのだ。『何故、アレウスと戦っているのだろうか?』と。

「オレはお前が憎い」

「卑劣なことをしたからか?」

「無垢な人間を! ああも簡単に貶める……! 純白を純黒に染め上げるような、下劣な行いを! 平気で行う! だからヒューマンを信じてはならなかった……!!」

「それは本当に僕に向けるべき感情か?」


「黙れ……! 黙れ黙れ!! オレには沢山の同胞が居た! 産まれてから、ずっとずっと共に育った同胞だ! オレの好奇心に乗ってくれた、大切な同胞だ!! 本当に、心の底から! 心の底から信じ抜けた同胞を! オレは救うことが出来なかった……!! 同胞の死体を、同胞の亡骸を……!! ぁああああああああ!!」

 ガラハの戦斧が前方に十字を描く。

「っ!」

 戦斧そのものに触れたわけではないが、十字を描いたその軌跡が衝撃波の如くアレウスを襲う。右へと大きく逸れるように避けるが、左腕が僅かに巻き込まれた。腕に十字の傷が付き、そして血飛沫を上げる。

「見た目よりは傷は浅いか……」

 流血の仕方が派手であったため、深手を負わされたと思ったが痛みはあれど、左腕そのものが動かせなくなるほどの傷ではない。戦斧で切断されていないだけまだマシと捉えた方が良さそうだ。

 十字に描いた軌跡を衝撃波――飛刃(ひじん)とし、通常では届かないところまで刃を届かせる。これはガラハの『技』なのだろう。だが、衝撃波そのものはガラハが振るった戦斧に込められた一撃の破壊力を帯びてはいないようだ。それとも『技』の完成度がまだ低いから、この程度の傷で済んでいるのだろうか。考えていても仕方が無いため、飛刃を考慮しての足運びに切り替える。


「“迷える者に、鐘の音を”!」

「祓魔の僧侶は厄介だな。ドワーフに殺させたいところだが、こればかりは私が殺すしかあるまい」

「それをさせないのがあたしの役目だよ」

「“火の玉、踊れ”!」


 アベリアの方へと加勢しに行きたいが、ガラハを止めない以上はそれも叶わない。しかしガラハを止められるだけの実力を自身は有しているのだろうか。判断がとても難しい。油断はしていないが、強気で攻めれば間違い無く命を持って行かれる。そんな死の予感はさっきから何度もアレウスに訴えて来ている。

「オレは、甘かった! 甘いままで良いと思っていた! だが、それは間違いだった! ドワーフとしての誇りを見失わず、里に籠もっていれば……オレの、オレの同胞は!」

 戦斧を受け止めるも、跳ね除けられる。寸前で左に跳ねて、続け様に来る凶刃をかわす。

「どうしてオレが生き残らなければならない!? オレよりもずっとずっと生きるべきだった同胞は沢山居た! 何故オレが?! どうしてオレだけが生き残ったんだ!?」

 アレウスは剣で戦斧を弾き、距離を置いて呼吸を整える。

「同胞の怨嗟の声……生き残った意味を求める……復讐心の果てで、死を望む……」

「オレが生きている理由はこの世にない!!」

「お前が抱いているのはサバイバーズ・ギルトか」

 またも見誤った。復讐心だけで動いているのかと思ったが、その根幹は違った。


 ガラハは罪悪感から目を逸らすために、復讐に拘っていたのだ。


 多くの同胞が死んだ。それは別にガラハが町を出ていたせいで起こったことではない。そしてガラハ自身が引き起こしたことでもない。それでも、彼は問い続けているのだ。あの時、外に出ていなければ同胞を逃がしてやれたのではないか。あの時、牢屋に共に入っていたならば共に死ぬことが出来たのではないだろうか。あの時、密やかに生きていたドワーフだけでも自身の指示を出せば生き残らせることが出来たのではないだろうか。果てには、自分自身を犠牲にすれば多くの命を救うことが出来たのではないだろうか。

 生きているのに、生き残ったのに罪悪感を抱く。生きていることが罪であるかのように迷い、苦しみ、のたうち回る。生かされた意味を求めるが、そんなものは誰もが見つけようと思ってすぐに見つけられるものではない。

 生きていることをありがたく思えない。むしろ死んでしまいたい。生き残ったことを、激しく恥だと感じている。呼吸すらも、心音すらも彼にとってはストレスなのだ。


「過去に生きる意味を探しても、答えは絶対に見つからない! 省みたところで生きている意味を探し出せるわけじゃない! 探すなら今、現在! 或いは未来だ! 過去に囚われるな! 生き続けた先にしか答えは無いんだ!」

「生き続けても答えが見つからなければどうなる!?」

「生き続けた先で答えが見つからないことを考えるよりも、生き続けた先で答えが見つかることを考えろ!」

 発想を転換しなければならない。後ろ向きではなく前向きに。『無い』ではなく『有る』に変える。絶対に無いと決め付けるのではなく、絶対に有ると思わなければアレウスだってこうして生きてはいない。

 サバイバーズ・ギルト。それはアレウスもアベリアだって抱いているものだ。男を犠牲に、神官の女性を犠牲に、二人は生かされた。しかし、どうして力の無い子供だったアレウスとアベリアは、力有る大人に生かされたのか。その理由を今だって探している。アレウスは男に言われた通り、自分自身の“ロジック”の中にあると信じ、アベリアはアレウスと共に異界獣を倒した先に生きている意味が有るのだと信じて疑わない。

 そう信じなければ、生きてはいられなかったからだ。そう思わなければ、罪悪感に押し潰されてしまっていたからだ。


「お前は、生きる意味を未来に見出せなかった僕だ」

「ならばどうだと言うのだ!? 似た者同士、傷を舐め合おうとでも言うのか!?」

「そうやって、なにもかもを決め付けて、勝手に答えを出したところで、お前の中にある罪悪感は薄まらない。消し去れない」

「お前たちヒューマンがオレを苦しめた!」

「罪を抱くことは悪いことなのか?」

「罪が無い潔白の人種以外を一体誰が信じると言う!?」

「だったらお前は、これまでの人生において悪いことをしたことが一度として無いと言い切れるんだな?」

 ガラハの戦斧による一撃は最初のそれよりも弱まっている。アレウスの言葉によって迷いが増幅している。それがそのまま攻撃として形となっている。現にこうしてアレウスが剣で受け止めていても、その迷いの一撃は確かに伝わって来る。

「罪は無い方が望ましい。だが、罪を背負って生きることだって求められる。罪人はその全てが死刑を宣告されるわけじゃ、ない」

 生きることで罪滅ぼしとする判決だってあるのだ。確かに罪人は、咎人はその後、生き辛いかも知れない。

 だが、生きなければ贖罪が出来ないと言うのなら、それを受け入れる罪人も咎人も少なからず存在する。

 アレウスもアベリアも、そしてガラハも決して大きな罪を犯したわけではない。それでも罪悪感を抱いて生きているのなら、罪人と等しく、咎人と等しく、罪を背負って未来で償えることを信じて生きるしかないのだ。

「答えろ。お前は、このまま生かされた意味も知らないまま死んだとして、死んだ同胞たちに顔向け出来るのか?」

「それは、」

「生きるんだ。生きた先に答えがある。僕がその答えを見せてやる」


「よくもまぁそんな台詞が次から次へと出て来るものですね、アルフレッド・コールズ君」

 神官モドキが鼻で笑う。

(ほだ)されてはなりませんよ。仇敵を討つための障害に、説得されてはドワーフの誇りが(すた)ってしまうでしょう?」


「オレは」

 ガラハがアレウスの片腕を掴んだ。戦斧は振り上げられ、今にも振り下ろされそうだ。逃れようとするが、腕を掴まれていてはどうしようもない。

「ヒューマンが、嫌いだ」


 妖精がガラハの正面で舞い踊り、アレウスを庇うように両手を伸ばす。

「そこを退け、スティンガー!」

「……信じるぞ、妖精」

 アレウスは強引に後ろに一歩、踏み締める。妖精の鱗粉で描き出された魔法陣が輝き、ガラハが掴んでいたはずのアレウスの腕が雲散霧消する。

「どこに」

 そう呟いたガラハの真後ろで、アレウスが景色と同化していたその姿を現す。

「幻を掴まされた……だと? オレではなく、ヒューマンに肩入れした……? スティンガー、が……?」

 アレウスの体に付いている大量の妖精の鱗粉を見ながら、ガラハの動きは完全に止まった。

「同じように生き残った仲間に救われたな。だが、そいつはお前のように後ろばかりを見ているわけじゃなかったようだ」

 そう言って、アレウスはガラハの背後から“ロジック”を開いた。

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