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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第0章 -Prologue-】
10/705

1-9

――首を傾げている暇はもう無い。走れ、走れ!!

 ヴェラルドが仮眠をしている最中に魔物が湧き、どれが誰の鞄や荷物かも分からないままに抱えられるだけ抱えて二層へと渡るというゴタゴタはあったが、ともかくも全員無事である。まだ頭の中が夢心地であるが、体に鞭打って自身の装備を整える。

「木製の器は回収できなかったか」

「水の革袋を一つ置いて来てしまったわ」

「……水は痛いが、残りはさほど無くしても構わない物ばかりで良かった」

 器は無くとも鍋があれば、代用は利く。四人で鍋を囲って食べれば良いだけだ。ただし、干し肉を煮出したり、スープには必要な水が減ってしまったのは食料面で見れば、結構な打撃である。

「三層で良かったな。四層でこれだったなら、集落に戻ることも検討した。穴に堕ちて、集落の界層に戻れるかは別として」

「あんな唐突に魔物が湧いて出て来るなんて」

「言っても始まらない。次を考えよう」


 アレウスは「自分がもう少し早く魔物を見つけられていたら」とでも言いたげだったが、ヴェラルドはそれを遮る。マイナスなことを言ったって、もう起こってしまったことだ。取り戻せないのなら、前に進むことに意識を向け直さなければならない。


「武器を落としていないんだ。戦えるのなら、進む」

 だが、二層は三層とは構造が大きく異なる。今までは洞窟内――通路と呼べるものを進んで来た。先ほどの界層も広間はあったが、それでもこの界層の半分も無かった。つまり、あり得ないほどに二層の空間が広い。

 そして、暗いには暗いがまだ遠くを見渡せる程度には明るい。

「これはベースと似たような構造か?」

「岩壁の近くに洞窟は見えないけど」

 だが、それ以外はベースと非常に酷似している。

「だだっ広い中から、穴を見つけるってか……?」

 それはそれで面倒だ。さっきまでも面倒だったが、別の方向に面倒臭さが切り替わった。


 空気が震える。地面が激しく震動する。


「まさか……異常震域?」

 ナルシェは呟きつつ、揺れでバランスを崩さないようにその場で屈む。

「ここでようやく気付いたか」

 首を傾げるアレウスとアベリアが答えを求めている。

「虎の子を盗られて見逃す虎の親など居ないということだ」

「喩え方が微妙。もっと分かりやすく説明してあげなさい」


「膨大な魔力を持つアレウスとアベリアを異界から取り上げられそうだから、異界獣がこっちに向かって来ている。基本的に、生きているか死んでいるかは措いておくとして、異界獣が異界に人種を飼うのは魔力を吸い上げるためだ。生きていればそれだけ奴らにとっては食べる魔力効率が良く、死んでいれば悪い。要は美味いか不味いかだな。異界で魔力の消費が激しいのも、一部を異界獣に喰われるからだ」

「私たち四人は生存者。生きている魔力供給源を四つも失いたくはないから、やって来ているのよ」

「だが、ここの異界獣はノロマな方だ。ベースから動き出しても気付かず、異界から外へ近くなって来てからようやく気付いた。他の異界じゃ堕ちて早々に出くわすことだってあるんだ。生かさず殺して、異界の虜囚として魔力を喰った方が奴らにとっては将来、喰いっぱぐれはないからな」

 そうは言っても、ヴェラルドには焦りが芽生え始める。

「もしかしなくても、ここが(ぬし)にとって、動き回りやすい場所だな」

「なら、ここが最終感知ポイント。渡る者が必ず通らなければならない、異界獣が絶対に気付くエリア」

 地面の震動は止まりそうにない。ナルシェは覚悟を決めたように立ち上がった。


「首を傾げている暇はもう無い。走れ、走れ!! アタリを付けて走った先に一界への穴があるわけでもねぇ! 走らなきゃ死ぬぞ!!」

 ヴェラルドが二人に鬼気迫る表情で叫ぶ。四人が走り出し、どこかに穴は無いかと探っているところで左斜め、やや遠くの地面から巨大な爪が突き出した。その爪を見て、ヴェラルドは右に方向転換をして、三人がそれに続く。


 振り返って見れば、爪から前脚、続いてもう一方の前脚とそれに伴う爪が突き出す。そこから一気に地面が割れて、猛々しい雄叫びを上げながら岩のたてがみを振り乱しながら、地面から獣が這い出て来る。


「戦いますか?」

「馬鹿言うな!」

 いつかは異界獣を討伐したい。それはヴェラルドの中に眠る闘志が語り掛けて来ている。だが、それは一人では成せない。ナルシェを加えても不可能だ。ましてや、アレウスとアベリアを連れた状態で、万全でもないのに戦うのは無茶が過ぎる。


 戦うのなら、複数のパーティとアライアンスを組んでから。それが最低限の前提となる。それでも崩壊し掛けるのが異界獣との戦闘だ。


「“観測せよ(アナライズ)”!」

 まだ距離があるためナルシェが反転して立ち止まり、魔法を唱える。杖の先端に集まった光が弾けて、唸り、吠える異界獣の周囲を巡って瞬く間に戻って来る。

「異界獣の名称はリオン。『掘り進める者』!」

「洞窟は全部、こいつが掘ったってか?」

「そんな感じ!」

 ナルシェは逃走を再開する。

「岩の皮膚、岩の身体、鋼鉄を噛み砕く牙、空間を裂く剛爪」

「あれだけデカいんだ。そりゃ鉄だって噛み砕けるし、空気だって裂いちまうのは見りゃ分かる!」

「明るさに弱い」

 懐中時計で時刻を確かめる。

「午前三時だ。早朝にはあと一、二時間。ここは明るい方だが、それでも駄目か?」

「自分の弱点の明るさを異界の中には作らないでしょ」

「そりゃそうだ」


 ここが夜遅くでも明るいのは、異界獣にとっても獲物の動きがよく見えるようにするためだ。暗がりに生き、ひたすらに掘り進んでいても、その目は退化してはいないらしい。基礎が獣であり、獅子を(かたど)っている。身体の性質はそっちに寄っている。


「なにか作戦は?」

「無い。倒せないなら逃げる。死にたくないなら、逃げろ」

 良いサイクルで来ていた魔物退治だが、異界獣にそんなサイクルが通じるわけがない。なにもかもが規格外なのだ。

「アベリア、一部の荷物を捨てろ」

 ヴェラルドに言われても、アベリアはまだ躊躇っている。物乞いとしての、所有欲が邪魔をしている。

「早く捨てるの、アベリア!」

 それでもアベリアは捨てずに走っている。見兼ねたナルシェが彼女に近付き、短剣で荷物を結んでいる紐を切る。彼女が運んでいた大半のアイテムが地面を転がって行く。それを拾いに行こうとするのをヴェラルドは遮るようにして彼女を追い立て、再び走り出させる。

「魔力を感知は出来ても、目で見なきゃ獲物の位置は判別出来ていないな」

 リオンがそのタイプの異界獣であったなら、最初の爪が四人の内の誰かを貫いている。


 全速力で逃げているが、リオンが同様に全速力で走り始めたなら一分も経たずに追い付かれるのは明白だ。そしてまだ二層。時間稼ぎをするのは無駄になる可能性の方が高い。


「やってらんねぇな、マジで」

 それでも、追い付かれたなら終わりなのだ。ヴェラルドが油瓶を後ろに一瞬、振り返って地面に叩き付ける。ナルシェがそれを見てランタンを投げる。油で地面は燃え盛り、その炎を貰って松明に火を点けてからヴェラルドは再度、撤退する。


 油の炎は魔物には通じない。異界獣であってもそれは同じだ。しかし、明るさに弱いリオンは突然の燃え盛る炎を直視したことで目が眩み、唸り声を上げながらその場で停滞した。


「穴、見つけた」

「報告は良い。だが、良くやった。飛び込め」

 すぐ近くを走っていたアベリアが指した方向に渦巻き、空気を吸い込む穴は確かにあった。アレウスが一番に飛び込み、続いてナルシェ、そしてアベリアとヴェラルドが続く。


 一層に登り、リオンの姿は見えなくなった。


「良かった」

「落ち着くな、走れ! まだ来るぞ!」

 アレウスを急かし、走らせる。アベリアの体力は大丈夫だろうか。休んだ分だけ、余力はあるかも知れないが、不安で仕方が無い。


 地面が震撼し、雄叫びが響く。


「構造を見ている暇も、マッピングしている暇もねぇな」

「二層と形は似ているわ」

「そりゃ追い掛けられやすくてありがた迷惑だな」

 広ければ広いほど、そしてリオンにとっての明る過ぎないほどのギリギリの明るさであればあるほどに、ヴェラルドたちは追い詰められやすいのだ。

「前方に魔物!」

「止まるな、突っ込め!」

 ヴェラルドは粗製の剣を抜き、加速して誰よりも速く前に出て、迎え撃とうとする魔物を切る。切って蹴飛ばし、そしてまた別の獣も切って蹴り飛ばす。この場、この状況に至っては仕留める必要性はどこにもない。追って来られないほどの深手を与えて、動けなくさせるだけで逃走しているヴェラルドたちには充分なのだ。

「ぁあああああああ!」

 それでも、想定を超えたところから飛び掛かって来る魔物は、魔物にとっての想定を超えた一撃で屠り去る。強くはない。ただ、数は多い。

「二層と一層がリオンのテリトリーだから、三層が強めで四層、五層は強い魔物が生じなかっただけか」

 リオンからしてみれば、自身の代謝物に獲物を取られるようなものだ。ならば二層と一層は野放しにしておいて、最終感知エリアとし、自らの牙で、爪で殺す。それがこの異界の真実の特徴だ。


「“灯れ(トーチ)”! 松明を持ったままじゃ戦いにくいでしょ?」

「助かる」

 魔法によって生み出された光球がランタンや炎以上の灯りとなってヴェラルドたちの頭上に浮かび上がる。これで松明は必要ではなくなった。魔物を打ち払うために使ってから、地面から這い出して来ようとしているリオンの方角に投げる。ただし、あの程度の灯りでは先ほどのように目を晦ますことはないだろう。


 だからこそヴェラルドは魔物を剣で切り裂きながら、道を作る。


 アレウスとアベリアを見捨てたらどうだろうか? そんな醜い感情に支配され掛ける。しかし、自らの信念を思い出してそれを瞬く間に払拭する。


 剣をなんのために振って来たのか。その剣で、なにを殺すために学んで来たのか。少年や少女を見捨てるために高めて来たわけではない。そして、自分を守るために強くなりたいと願ったわけでもない。

 ただ、守れるのなら守りたい。誰かを守るために剣を振るう。それがヴェラルドの譲れない信念だ。でなければ異界を渡る冒険者にはなっていない。街や村専門の守衛にでもなれば良いだけなのだ。なのに、ヴェラルドは冒険者を選んだ。街を巡り、村を回り、世界を歩く。それだけで不特定多数の力無き者たちを守れるのだ。代わりに富や名誉からは遠ざかってしまったが、自分が満足している人生にとやかく言われる筋合いなどない。


 リオンが迫る。魔物を切り払ったところで翻り、ヴェラルドは震撼する地面に力強く踏み込み、剣を真正面に撃ち出す。剛爪と剣が激突し、気味の悪い音色を立てたかと思うと一瞬にして剣は折れた。粗製の剣ではなく、持ち込み、鍛冶屋にしっかりと鍛えてもらった剣ですらも簡単に圧し折る。そんな悪魔の如き力にヴェラルドが耐えられるわけもなく、受けた衝撃は右腕の骨を砕き、更に体を駆け抜けて彼を打ち飛ばした。

「ヴェラルド!!」

 体を打ち、跳ねて、そして転がって近くに折れた剣が降って来て、近場の地面に突き刺さる。


「やってらんねぇな、まったく……」

 少年にあれだけ強気で異界獣を討伐しなければならないと言っておきながら、ヴェラルドは地面を転がっている。自分の剣であればもしかすると、などという邪念が全ての綻びだった。しかし、あそこでリオンの攻撃を一度、誰かが受けなければ被害は更に加速していた。自らの行動を肯定したいための言い訳なのかも知れないが、結果として三人は無傷である。だったら、それで良いじゃないかとそのまま納得させようとする。


「良くない!」


 ナルシェの回復魔法がヴェラルドに掛けられる。粉砕された骨が繋ぎ合わされ、断ち切られた筋肉が、神経が縫合を繰り返し、ヴェラルドに再び立ち上がる力を与える。

「アレウス、アベリア! ここは私たちに任せて行きなさい!! あなたたちはツイている。運に見放されていない! あなたたちが思うところに走れば、きっと外に出る穴の元に辿り着ける!」

 立ち上がったヴェラルドの傍にナルシェが駆け寄り、杖を構えている。

「『栞』は?」

「ある」

「なら、ここで使うしかないわ」

「せめてアレウスとアベリアが穴を見つけて、脱出するまでは、」

「そこまで粘ったらあなたが死ぬか、異界獣が外に出ちゃう!」

 キツい状況下ではあるのだが、妙なことに笑みが零れる。

「俺を殺すように言われているんじゃなかったのか、ナルシェ?」

「それは、」

「俺はアレウスと同じでロジックを開けられることに強い抵抗力を持っている。何度も開けることを試みて、お前だけが開けられるようになった。そんな不穏分子を、異端審問会でなくともお前が教えを受けた教会は放置しておけないはずだ。なのに、十年一緒にやって来て、なんでまだ殺さない? なんでまだ生かそうとする?」

 リオンはヴェラルドとアレウスのどちらを先に仕留めようか、悩んでいるように見えた。ヴェラルドは己に唯一、歯向かった。脅威としては先に排除したい。しかし、そちらに本能のままに動けば、途方もない魔力量を要しているアレウスと、それどころかアベリアすら異界から逃してしまいかねない。ならばそちらを優先するべきである。だが、ヴェラルドに後ろを見せて良いものかどうか。


 そのような迷いなど、ヴェラルドには手に取るように分かる。優先事項というものは本能的には決められない。常に理性的に、冷静な思考回路がなければ成立しないのだ。


「ええ、そうよ。私はあなたを殺すか、ロジックを開いてテキストを書き換えて従えろと教会から言われているわ」

「なら、ここで見過ごして死なせれば良かっただろう? わざわざ回復魔法を唱えて、こっちに来てしまったらお前すらリオンの餌食になるぞ」


「十年一緒に冒険者をやって来た。けれど加えて十年一緒に育った! 冒険者になって再会して、あなたが私を必要としてくれた時、どれほど嬉しかったか分かる?」


 神官を信じるのなら、たとえロジックを開かれるリスクを伴うことになろうとも、テキストを書き換えられて自身の生き方が変えられてしまおうとも、構わず信じ抜く。ナルシェは確かに神官だ。そしてなにより、ヴェラルドを殺すように言われていると白状した。

 だが、それらはナルシェの感情によって全て放棄された。神官も人種である。全てに肯うわけではない。拒んだからこそ、ここで彼女は自身の傍に立ち、運命を共にしようとしている。


 その覚悟に、もっと早く気付いてやれなかった。そればかりがヴェラルドの心残りである。


「……ずっといつ殺されるか分かんねぇ状態でやって来たつもりだったが、そんなピリピリしたものは最初の一年くらいで消えちまったな。ナルシェ、『栞』を使うがその前に声を届けたい」

 しかし、それらは全てが遅い。遅いからこそ、託さなければならない。

「“声よ響け(リサウンド)”」


 ナルシェの魔法が異界に響く。

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