電撃剣 ヴォルテックス・ノッカー
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
おおっと、もうバッテリー切れそうかあ。こーちゃん、そのあたりにアダプター転がってたっしょ? その中から取ってくんない?
――ごちゃ混ぜ過ぎて、どれがどれだけ分からない?
う~ん……? ああ、まあ確かにねえ。いいや、俺が見る。
ふん、この白いのがケータイで、この黒いのがひげそりで……あったあった、これこれ。そいじゃ早速じゅうで~んと。さあ、バリバリ続きをやろうか。
――電池をすっかり使い切ってしまってから、充電しなおした方がいい?
ああ、昔のニッケルだかの電池だと、そんなことがあったっけ。「メモリー効果」とかいう。こっちはリチウムだから大丈夫と信じたいね。
最近の充電池って、百パーセント充電も、からっからの状態も、どちらもよろしくないと聞いたことがあるよ。こう継ぎ足し、継ぎ足しでやっていくのがいいらしいけど……他にも空っぽについて、そのままにしておくとまずいってね。
その時の話を、ちょっと聞いてみないかい?
俺たちが小さい頃というのは、今に比べて、使い捨て乾電池が隆盛を誇っていたように思う。今ではたとえ話でもよく出てくる、ゴリラがシンバルを打ち続ける人形。
宣伝のために、店先で無心に楽器を鳴らす姿。ある意味で宣伝するものの鑑といえるかも知れない。
電池を入れてスイッチを押しさえすれば、あとはこちらの制止があるまで動き続ける。たとえ見向きをする人がいなくて、放りっぱなしにされたって、淡々と。電池がなくなってしまうまで。
できないねえ、俺には。誰にも反応してもらえず、自分のやりたいこと、やるべきことを貫いて、息絶えていく。「個」を殺してそこまで身を捧げるなぞ、俗に染まりがちな人間には、とうていできるものじゃないと思うがね。
そう考えると、電池とはあらゆるものを動かす力であると同時に、あらゆるものに奴隷を強制して働きつぶす、地獄のような力じゃないかなと感じるね。今、改めて振り返ると、だけど。
当時の俺は、そんな哲学的なことを考えることもなく、刹那的な楽しみに興じていた。
アルカリ乾電池数本に支えられた、数十時間の異世界。家に帰ってからの俺は、その関心を、もっぱらそれに向けていた。
俺の家は小遣いが厳しかったから、母親に買い物を頼まれると、そのお金のお釣りを使って電池を買う始末。レシートは落としたとかごまかして、横領の証拠を隠滅。本当にしょーもない子供だった。
だが、完全に隠すことができるかと思うと、そんなことはない。
空っぽになった電池だ。彼らはその力を賭して幻想を作り、その死を持って俺を現実へ置き去りにする。そしてその身さえも消えることなく、俺の部屋に亡骸を残し、逝ってしまう。
もう彼らは働かない。熱くならない。かつての異世界の立役者も、現実ではもはやお荷物なんだ。
本来は、ゴミ出しの指示に従って、彼らに別れをつけるべき。けれど、買い物の証拠を消してきた後ろめたさもあって、俺は素直に動けなかった。
「どうしてこんなに電池が出てくるの」。そう、何かのきっかけで親に突っ込まれたくなかったんだ。かといって、部屋の各所に置きっぱなしにするのも限界だ。
母親の抜き打ち掃除が待っている。その時に発覚しかねない。
こっそり捨てに行こう。そう思った俺は、まだ夜も明けやらない内に、音を立てないよう起き出すと、自前のビニール袋にありったけの空電池たちを詰め込んで、家を抜け出したんだ。
近場ではダメだ、近場ではダメだと、心の中で言い聞かせ続ける俺は、白い息を吐きながら、暗がりの建物の影の間をすり抜けて、河川敷にたどり着いていた。泊りがけで釣りをしている人がいるのか、ちらほらとテントの姿が確認できる。
そのテントを避けていくうちに、俺はつい線路が走る陸橋の下へ。しっかりと袋の口を縛り直すと、俺は流れの中へ投げ捨てようとした。が、振りかぶりかけたところで、声をかけられる。
「その電池、僕にくれないか?」
ちょっと飛び上がってから振り返ると、ジャージの上下に身を包んだ、クラスメートの姿があった。クラスではそれなりに話す方ではあったけど、互いの家に遊びに行くほど仲が言いわけでもない。
「この電池、もう使えないよ?」
「うん、だからこそ必要なんだ。ちょうど空っぽな奴が欲しくってね」
さっぱり意味が分からなかったけど、まさか俺の親にチクりはしないだろう。どこかに隠したところで、完全に安心はできないんだ。だったら少しでも役に立つ方へ向かうべきだろう。
俺は彼に袋ごと電池を渡す。「近いうちに成果を見せるから」と言い残し、彼は足取り軽く、去っていってしまったよ。
数日後。学校が終わると、俺は彼に誘われた。見せたいものがあるのだと。
おそらく、あの電池関連だ。もはや乾いた死体も同然の彼らに、何をやらせようというのか。俺自身も興味のわくまま、ついていったんだ。
向かうは、先日の河川敷。そこの、背が高い草が生えた土手の一角で、彼はかがみこみ、何かをつかみ上げる。
釣竿? と一瞬思ったけど、違う。それは自らの重さによって、ほどよくたわんだ、乾電池の竿だった。
ブラス極とマイナス極。家電に入れる時のごとく、それぞれ違う極同士をくっつき合わされ、それぞれの継ぎ目はセロテープで止められている。
なんとも、ずさんなカップリングだ。しかも、最初と最後の奴以外、前と後ろでくっついて、重婚ときている。
「これぞ、現在作成中の、電撃剣! ヴォルテックス・ノッカーだ!」
剣のくせに叩くのか。いや、電池の身体に、切れ味を期待しても無駄か。
案外、的を射たネーミングかも知れない。ヴォルテックスに関しては、本来渦巻きなのに、明らかに「ボルト」につられたっぽいことは、擁護できないけど。
「おい待てよ電撃剣。それだったら、買ったばかりの乾電池でつないだらどうだ。電気がないのに、役立たないだろ」
「違うな、電気が詰まっていたから他のものが入り込めなかった。でも今はこいつらは空っぽ。いわば『無』のエネルギーが蓄えられ、中で渦巻いているんだ!」
あ、だからヴォルテックスなのね。把握した。
かっこいい言葉を並べただけの、病的ネーミングじゃなかった。代わりに今度は、これまた多くの人が引き込まれる病的エネルギー、「無」が姿を現したけど。
「無を束ねて束ねて、最強の剣を作り出すんだ! まず目指すは、合計100ボルト以上の電池の胴体! 協力よろしく!」
電池一本1.5ボルト。それを60本以上集めろというのか。
想像してみる。単三乾電池2本で、広がる異世界20時間。それが30倍以上となると、600時間オーバーの異世界が展開できるわけだ。
なんか、すごいかもと子供心に感じた。電池の中身は「無」だけれど。
それから俺たちは、ゲーム機などで電池を使い切っては、つぎつぎにヴォルテックス・ノッカーの改造にあたった。
ただひたすら長くしても、途中で剣は折れてしまう。それに見合う太さが必要だ。
一本だけの電池に支えられた竿は、しばらくすると二本分、三本分と、どんどんその胴回りを貫禄あるものへ変えていく。一年近い時間をかけて蓄えられた「無のエネルギー」は、500か600ボルトは下らなかったと思う。正確な本数を数えるのは、途中からやめてしまった。
今まで何度か実験と称して素振りをしたけど、一回で中ほどからぼきりと折れてしまう、電撃剣ヴォルテックス・ノッカー。そのたびにパワーが足りないんだと、補強に補強を重ねてきたんだ。
どれくらいの時間が経っただろうか。
その日、ヴォルテックス・ノッカーはついに、一度の素振りに耐えた。
真っ向唐竹割り。友達が大上段に振りかぶり、振り下ろしながら手首を生かして、中段で止めた太刀筋。身体にかかる引力と慣性に引きずられ、大きくしなりながらも、ヴォルテックス・ノッカーは健在だった。
思わず二人して歓声をあげちゃったけど、時間が経つにつれて友達はかすかに不満の色を、顔に浮かべ始める。どうも期待した「無のエネルギー」を目の当たりにできなかったかららしい。
「無」よりも製作に力を入れていた俺にとっては、素振りに耐えた電池こそ称賛に値するもので、彼の感覚は良くわからなかったよ。
彼は、つい先ほどまで愛おしく接していたはずのヴォルテックス・ノッカーを両手で握りしめると、土手の向こう目掛けて放り捨ててしまったよ。
もはや電撃大剣と呼んでも差し支えないほどに育った図体は、この時より、異様に手を入れられた、名もなき鉄塊と化したんだ。
彼は草むらの中に消えた愛剣に背中を向けて、家路についてしまう。
俺はヴォルテックス・ノッカーが消えたと思しきあたりの草むらを漁ってみたけれど、土手の広さの前には多少の幅も太さも、焼け石に水。ついに見つからず、俺はろくに別れを告げられなかった、共同作品の存在を惜しみつつ、帰宅したよ。
その夜。消防車が家の前を通る音がして目が覚めた。音はどんどん遠ざかっていき、近くではないことが分かったけど、翌日、聞いたところによると、現場はあの河川敷の土手らしい。
一部の草がすっかり炎に巻かれてしまうほどの勢いで、音を立てながら、煙をもうもうと吐いていたとか。消し止めた時、そこにはふさふさと生える草に囲まれた、十円はげのごとき黒い地表がむき出しになっていたようだ。
完全に根っこが死滅してしまったのか、そのはげとなった部分には一向に草木が生えることがなく、種や苗を植えても、育たずに枯れてしまうのだとか。