§2 邂逅(002)
◇◇◇
氾濫する情報の、いったい何割がリアルなんだろう。
高崎の半分が消失してから一週間。
おびただしい数の死傷者と行方不明者が出ているとか、政府が復興のための交付金投入を決定したとか、物知り顔のコメンテーターがJASS‐0の対応を批判したりとか、最近売出し中の若手俳優がボランティアに駆けつけたとか。
テレビを付ければ、ピンからキリまで高崎の話題で持ちきりだ。
しかし、ボクの生活はというと、何ら変わったところはない。
相変わらず、お酒と喧騒の合間に紛れているだけだ。
あれだけの甚大な災害でも、百キロ離れてしまえば対岸の火事ということだ。
「ちょっと、ホール君!」
席から席へ慌ただしく駈けずり回っている中、リカさんに声をかけられた。
「さっきオーダーしたボトル、まだぁ?お客様お待ちなんだけど」
すみません、すぐにお持ちします
ボクがメモ帳にそうペンを走らせると、
「だから、その時間が無駄なんだって。アンタ、向いてないよ、この仕事。とにかく早くして」
と吐き捨てるように言われた。
ボクはリカさんが苦手だ。
声が出ないということは、ボクにとっては、さして不便ではない。
だが、むしろ周囲の人にとって、不便な、或いは煩わしいことなのだろう。
そのギャップは、昔も今も、埋められない。
「気にすることないよ、朽木さん」
ぽん、と肩を叩いてきたのは、同じホール係のハラダだ。
この店で働き始めたのはボクの方が先だから、一応は苗字にサン付けで呼んでくるのだけれど、ボクより二つ年上ということで、こうして時折、微妙な先輩風を吹かせてくる。
「君、ママに気に入られてるからさ。リカさん、ヤキモチ焼いてるんだよ、きっと」
ボクは、リカさんのことは苦手。
そしてハラダのことは、嫌い。
置かれた手を払い除けると、ボクは不愛想な会釈だけをして、ボトルを取りにカウンターへ走った。
「ラフロイグ・・・二十四年か。やっべぇ、スマン、テンちゃん」
オーダーのメモを受け取るなり、バーテンのヨシザキさんは渋い顔でボクに詫びた。
「俺、今日に限って発注忘れてさ。あー、リカちゃんの客かぁ・・・俺、対応しておくから、その間にひとっ走り、酒屋に行ってきてくれないか。店の場所、わかる?」
ボクはサムズアップで了承を伝えると、お金を預かって店の外へ走り出た。
ハラダが
「代わりに行こうか?」
と言ってきたが、聞こえなかったフリをした。
ボクはハラダが嫌いだ。
目は口ほどに物を言う。
ニヘラッと愛想よく笑うハラダの目は、胡散臭い。