§2 邂逅(001)
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出撃から一週間。
戦闘時間が長引いたため、アラバキガ放出する衝波を規定以上に浴びたとして、検査入院を余儀なくされていた俺は、退院するとすぐに基地の最深部へ向かった。
他のフロアと違い大理石でその部屋には、真ん中に黒い大きな石碑があるきりだ。
静謐な空気と、物理的な寒さに身震いしながら、その石碑に歩み寄る。
俺の他に人は無く、革靴の靴音が、カツン・・・カツン・・・と響き渡る。
「東川・・・二等空尉、か」
俺は、碑に刻まれた新しい名前を指でなぞった。
減ることは決してない、死者の名前の列である。
氷のように冷たい石が、ヒヤリと体温を奪っていく。
「俺より出世してるんじゃねぇよ」
対アラバキ排摘作戦において、アシカビの操縦士は階級が准尉以上でなければならないという内規がある。
そのため、出撃の直前、東川は予定より一日前倒しで曹長から准尉へと昇任した。
そして出撃後、三尉をすっとばしての二尉である。
「神邉」
不意に呼ばれ、振り返ると、香田三佐だった。
慰霊碑を訪れるときは、制服の着用が慣習となっているが、上着の袖を通せず吊っている右手や、制帽の下の包帯が痛々しい。
左手には、白い菊の花束を握っている。
「退院したのか。体、大丈夫か」
「・・・ええ、このとおりです。三佐は、まだ入院が長引くとお聞きしましたが」
「寝てられるかよ」
三佐はそういってこちらに近づいて来ると、俺の隣に並び立ち、献花台に花束を手向けた。
「お前、東川とは同期だったんだってな」
「同期で、同室でした」
「そうか」
「だからって、特別仲が良かったって訳じゃなかったですけど」
「・・・そうか」
それから暫くおいてから、三佐は絞り出すように「神邉、スマン」と言った。
「いいえ」
俺は半歩下がると、三佐に、そして東川に敬礼をし、碑を後にした。
アラバキの飛来から四年後、国会議事堂を地下化したのを皮切りに、中央官庁を始めとした主要な施設は全て地下に移設された。
このJASS-0基地も例外ではない。
地下十八層に及ぶ施設のうち、六層から十二層までが隊員たちの居住区である。
緊急招集の多い職業柄、職住接近というのは合理的な仕組みだと思うのだが、地下深部に居を構えることがステータスとされるこのご時世に、世間からは「特権」とバッシングされることも度々だ。
慰霊碑を後にした俺は、居住区へは戻らず、その足で三層にあるドックへ向かった。
途中、廊下で三人連れの同期とすれ違ったが、皆、一瞬俺に目を止め、やり過ごし、その後ヒソヒソと言葉を交わしていた。
初めての出撃からもうすぐ四年。
この雰囲気は、もう慣れた。
「お、来たな神邉!待ってた待ってた」
ドックに着くなり、ハイテンションで出迎えてくれたのは整備士の沖田美奈だ。
「あれぇ、制服?畏まっちゃって、どうしたの」
「・・・東川の墓参り」
「あ・・・そっか、そうだよね、ごめん」
「いいんだ。それより、サクッと整備してくれるんだろ」
「あたぼうよ。おやっさーん、」
沖田は、JASS-0の隊員ではない。
アシカビ機の製造・整備を担う城之崎重工の整備士だ。
年齢は二十歳前後、恐らく俺と同じくらいだろう。
おやっさん、というのは日比谷章造。
沖田に呼ばれ、のっそりと奥から出て来た彼は、このドックでは最もベテランの整備士で、沖田の師匠にあたる。
「待ってたぞ、神邉。お前さん、また派手に壊しやがって。よく無事だったな」
「・・・お陰様で。それで、新しいアームは?」
「着いて来い」
有人人型戦闘艇アシカビ。
その操舵の巧拙は、パイロットと機体が、どこまで同期化を図れるかにある。
例えば、外殻カメラによる複眼システム。
アシカビ機の外殻には、合計六ヶ所にカメラが付いているが、それらの映像は、ヘルメットでナブ信号へと変換され、ダイレクトに脳へ伝わる仕組みとなっている。
アシカビ機の最高速度は約六百単位毎秒で、アラバキもほぼこれと同じである。
超高速の物体同士の戦闘において、肉眼はほぼ役に立たない。
だから俺たちパイロットは、遮光ゴーグルで敢えて肉眼での視野を閉ざし、代わりに外殻カメラを文字どおり自らの目として使用するのだ。
360度方位の視野に加え、望遠やズーム、赤外線、サーモなど、複数の情報が一気に流れ込む。
訓練生時代、初めてこれを体感した際は、映像酔いによる眩暈と頭痛で二日間ダウンしたものだ。
話が少しそれたが、とにかくアシカビ機は、そのようにパフォーマンスがパイロットの体感と密接に関わる以上、パイロットの個人差に合わせて一機ずつ調整を図る必要があるのである。
そのため、出撃により機体が損傷するたび、修理に合わせて調整を行うという訳だ。
ドックの整備ラインは、大破した機体で溢れていた。
今回の出撃は、最悪だった。
俺の機体は、左膝下と左翼のロスト、両アームは装甲の溶解に加え高高圧粒子砲の被弾により蜂の巣状に穴が開いていたが、これはまだマシな方で、最も破損の激しい機体――ラインの最奥にある東川機は、両手両足、そしてコックピットの半分が吹き飛ばされていた。
「そんじゃ、始めるよ」
沖田からVSGを受け取ると、換装用の新しいアームに有線接続されたシミュレーターに乗った。
訓練室にあるものと同じシミュレーターだが、外構はなく、剥き出しの椅子のようなものだ。
「まず右手からね」
沖田の指示に従って、俺は右腕用の操縦桿に右腕を乗せた。
「じゃ、肘から上、上げてみて」
レバーを握り、ゆっくり引きつける。
アシカビは、コックピットの左右一つずつ取り付けられた操縦桿とフットペダルで操作する。
右のアームは右桿、左のレッグは左ペダルという具合だ。
実際の操縦時には、外殻に取り付けたセンサーが感知する熱や風なども、ナブ信号化して脳に伝えられるため、操縦桿による操作というよりも、自分の体の延長という感覚となる。
「あれ、」
沖田指示されたのは簡単な動作だが、駆動に違和感があったので、俺は素直にその旨を口にした。
「前より重くなった気がするんだが」
すると、沖田が嬉しそうな声を上げた。
「お、さすがだねぇ、良い感覚してるよ神邉クン!鋭い!偉い!実はこれ、新兵器搭載しててね。後で追々説明するけど、とりあえず駆動だけ見せて。手首に射出口あるんだけど」
「こうか?」
手の平を上に向けると、ガコンッと大きな音がし、手の付け根の部分に直径二十センチ程の射出口が露出した。
「随分でかいな。これ、反動とか排熱とか、大丈夫なのか?」
「んー・・・理論上はね。でも実は、実証実験、まだ済んでなくってね。換装後、ご協力、よろしく。楽しみだなー、なんたってミヅハはねぇ、あ、ミヅハってのはこの新兵器の名前なんだけどね、」
「こら沖田、口より手ぇ動かせ!」
「痛い、師匠!殴ることないでしょう、女の子なのに!」
「うるせぇ、くっちゃべってないでサッサとやれ!」
「・・・はーい、ごめんなさーい」
新兵器の実証実験に借り出されるのは、今回が初めてではなかった。
おやっさんいわく、俺は他のパイロットと比べてアシカビ機との同期化率が高いらしい。
そのため新しい機能への順応が速いため、実験体として重宝するという訳だ。
また、か・・・
機能向上の役に立てるなら、お安い御用だ。
しかし。
俺は、後日生まれるのであろう軋轢を思い、胸の内で溜め息を吐いた。