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ソラのウラガワ  作者: マサムネ
§1 イマ
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§1 イマ(004)

◇◇◇



その朝、ボクは電車に乗れなかった。

電車が来るより先に、避難命令が出たのだ。


サイレンが鳴り響き、各ホームに駆けつけた駅員が、地下へ下りるように、と大きな声で叫んだ。

商業施設のある地下一、二階の更に下が避難用シェルターとなっている。


ボクは、階段手前にあった自動販売機で温かいお茶を買うと、手を温めながら避難路を進んだ。






早朝であるせいか、避難者はまだまばらである。

通勤中のサラリーマンというよりは、ボクと同じような朝帰りの人種が多い。


「高崎市だぁ?どこよ、高崎って。めっちゃ遠くね?勘弁してくれよ、帰って寝てぇんだよコッチはよぉ」


ボクのすぐ前でスマートフォンを操作しながら苦々しく舌打ちをしているオニイサンだって、光沢のあるスーツはどう見てもホストかヤクザだ。



アラバキは、中間圏界面に到達した時点でJASS-0が排摘作戦を開始するが、その衝突予測点の直下から半径百キロメートル圏内には避難命令が出されることになっている。

高崎なら、恐らくギリギリ百キロメートルに引っかかったということか。


もう十分もすれば、近隣の住民が避難してくるだろう。

混雑する前に、とボクは体育館ほどあるシェルターの壁際の隅を陣取ると、コートのフードを目深に被った。

耳にはイヤホンを突っ込み、音楽プレーヤーのボリュームを最大にする。



六時三十七分。いつもならそろそろ家に着く頃だ。

夜通し乱痴気騒ぎの間を駆けずり回って、さっきのオニイサンと同じように眠気はピークである。




外部からの情報を一切遮断する姿勢を堅固に、ボクはユラユラと眠りに落ちた。






「サンキューな、テン」


屈託のないカミナベの笑顔。

差し出された、イチゴ味のチロルチョコ。

宿題やノートを写させてやると、カミナベはいつもこうして、チロルチョコを持って来るのがお約束となっていた。


本当はチョコレートが好きではないということを、カミナベに伝えたことはなかった。



ボクは、中学の制服を着ている。

ボクの中学は、学年が上がるたびにネクタイの色が変わった。

今締めている青いネクタイは、三年生の色だ。


「いい加減にしなよね、いつもいつも」


夢の中のぼくは、いつも饒舌だ。

そう。これは夢だ。


「冷たいこと言うなって。俺とお前の中じゃないか」


カミナベの、屈託ない笑顔。


「大した仲じゃないでしょ」



カミナベとボクは、特別仲が良かったというわけではない。

カミナベにとってボクは、大勢いるクラスメートの中の一人だっただろうし、ボクにとってもそうだ。

ただ、クラスの輪からはぐれていたボクに対して、躊躇なく接してくるカミナベが珍しかったのは事実で、だから僕はしばしば、カミナベのことを観察していた。


眠そうな横顔や、笑ったときの八重歯や、考え事をするときに左手の親指と人差し指を擦り合わせる癖。


夢は、そうした、ボクが知っているカミナベを忠実に再現する。




夢でも、或いは現実でも、カミナベは、いつも楽しそうだった。

友達が多くて、皆から好かれて。

授業中も、先生にからかわれて、でも返す刀でやり返したり。


カミナベは、いつも笑っていて。

カミナベは、いつも騒いでいて。


「放課後、ツチヤたちとゲーセン行くんだ。テンも来いよ」


カミナベは、誰にでも差し出すことの出来る手を持っていた。

でもボクは


「・・・やめとくよ」


夢の中でも、その手を取らない。

夢と分かっていても、その手を取らない。






目が覚めると、泣いていた。

かけっぱなしにしていたイヤホンからは、聞き古したパンクロックが流れていた。

anonymous。

あの頃、流行っていたバンドだ。


停止ボタンを押して止めると、両手で顔を覆った。


しばらくそうしていると、突然、


「おにいさん、だいじょうぶ?」


頭上から声がした。

顔を上げると、小さな女の子が、ボクの顔を覗き込んできた。

小学校一年生くらいだろうか。近くにいた母親が、「こら」と窘めている。


さっと周囲を見回すと、やはり眠る前と比べて人口密度は百倍ほどになっていた。

シェルター前方のテレビ画面の表示は七時四十三分。一時間ほど、眠れたらしい。

チャンネルはニュース番組に合わされていたが、国会議員の汚職がどうとかいう話題で、アラバキについて報じている様子は無かった。

当然だ。

避難命令の出ている地区は、報道機関も立ち入りを禁止される。

アラバキの発する衝波により衛星画像も途切れるため、ボクらには今、地上の様子を知る手立てはないのである。




「おにいさん?どこか、いたいの?ころんだの?」


ボクがぼんやりしていたせいか、女の子は一層心配そうにボクを覗き込んだ。

ボクは涙を拭うと、ニッコリ笑って、コートのポケットからスマートフォンを取り出し


『へいきだよ。ありがとう』


と打ち込んで彼女の前に差し出した。

彼女は不思議そうに首を傾げ、


「おにいさん、くち、きけないの?」

「こら!!すみません…」


母親は、今度は強く窘め、女の子をボクから引き剥がした。



ボクは困ったような笑顔で会釈をすると、再びイヤホンを耳に差し込んだ。


おにいさん、か。


全く苦笑いだ。







その後、ボクはもう一度眠りに落ちたらしく、誰かの

「酷いな」

という声に目を覚ましたのは、八時半過ぎだった。


避難命令が解除されたのだろう、テレビではヘリコプターから撮影しているらしい、高崎市の様子が中継されていた。



「ご覧ください。市街地の一部が消失しております。まるでクレーターのように陥没し、残った建物も火災が発生している様子です。市街地への被害は平成最終年の能登、十二年前の名古屋に次ぐ甚大な状況と言えるでしょう。人命への被害状況は今のところ不明ですが、多数の死傷者が出ている模様です-・・・」



「何やってんだよ、JASS-0は」


誰かが苛立たしげに吐き捨てた。



ボクは、アラバキを見たことがない。

特務部隊が戦っているところも、見たことがない。

そしてそれは、ボクに限ったことではない。



だから、こうしてもたらされる結果だけが、全てなのだ。


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