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ソラのウラガワ  作者: マサムネ
§1 イマ
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§1 イマ(003)

◆◆◆


最初のアラバキが飛来したのは、平成最終年である。

能登半島沖合に突如として姿を現したそれは、円筒形の巨大な塔のようであったと、生存者は証言している。

外面には無数の窓のような穴が開いており、光ったと思った瞬間には、既に町が焼失していたという。


海岸線一帯の町を破壊しつくすのに要した時間は、推定三十分。

最初の目撃情報が総理官邸へ伝わったころには、既に日本の地形が変わっていたといえる。


海上保安庁及び沿岸の県警が治安維持にあたるも、拳銃一丁で高高圧型粒子砲に太刀打ちできる訳もなく、多くの殉職者を出している。


目撃情報から四十七分後、政府はこれを激甚災害と指定し、自衛隊の派遣を決定。

航空自衛隊が排摘に成功したのは、そこから四時間後のことである。

投入した部隊の八十パーセントを失うという結果であった。



事態が膠着したのは、その後である。



日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


昭和二十三年、第二次世界大戦後に制定された、日本国憲法第9条である。




アラバキは、六発のミサイル攻撃を受け、体積の推定三割を失ったところで全体が塵のように瓦解した。後日、光状瓦解と名付けられた現象である。

しかし排摘後、現場となった海を何度も浚ったが、その破片などの痕跡は何一つ見つからなかったのだ。


つまり、アラバキ--当時はその名すらない飛来物が、生命体であるのか、或いは兵器であるのか。兵器とすれば、国内組織によるテロなのか、それとも他国、或いは地球外の何者かによる侵攻なのか。

誰にも、判断が出来なかったのだ。





『指令室より各機、指令室より各機。三十秒後、解頭し配備に付け。これよりカウントを開始する』


中間圏界面を超えたところで、基地から通信が入った。


「神邉機、了解。」


カウントゼロに合わせ、俺は操縦席左手に付いている解頭用のボタンを押した。

アシカビは頭部にコックピットを置き、二本のアームおよびレッグを持つ有人人型戦闘機だが、高速飛行の際にはレッグの膝部分を背側に折り、アームで頭部を抱え込むような姿勢をとる。

これにより、翼--解頭時には脇腹に格納されている--が肘にかけて開くため、一般的な航空機に似た形状となる。

コックピットを衝撃から守るためもあるが、単純に、この姿勢の方が抵抗が少なく速度が出せるのだ。


アシカビには、膝部分と足裏部分に合計四基のエンジンが付いている。

高速飛行においては膝部分のエンジンを使用しているが、解頭ボタンをおすと自動的に停止し、三秒後に今度は足裏部分のエンジンが自動的に起動する。


三秒間。


その静止に似た落下の間に、人型としての立位を確立・保持し、再加速に備えなければならない。

アシカビの操作性の、課題の一つである。

出撃の度にこなす動作だが、何度やっても好きになれない瞬間である。


目視による視界の端で、東川機がややもたついているのが見えた。

フォローするほどでもないので、見なかったことにしてスルーする。


重力による負荷を断ち切るように垂直上昇すると、俺は、外気圏のおよそ中間、高度四千四百キロメートル地点で静止した。

しんがりとなった東川機の到着確認後、班長である香田三佐から指令室へ通信をいれる。



『香田機より指令室、香田機より指令室。香田班、全期配備完了。香田班、全期配備完了』

『指令室より、香田機。配備完了、了解。排摘対象、ア-107は現在、百単位毎秒の速さで接近中。表面境界到達予定時刻、マル・ロク・ゴ・ハチ。到達確認後、速やかに作戦行動に移行せよ』



出撃前、格納庫で聞いた情報では、今回の襲来は円筒型アラバキが一体とのことだ。

大きさはおよそ六十メートル、比較的大型だが、速度は遅い。


俺は、深呼吸を一つすると、ヘルメットから遮光ゴーグルを下ろした。

目視による視界を遮断し、代わりに外殻に付けたカメラを同期化すると、焦点距離を動かしながら、ジリジリする思いで空の彼方を探った。





ゼロ管区航空特務部隊、通称JASS-0(Japan Air Security Section- 0)。

航空自衛隊および警察庁が共同して運営する、つまり、警察権と自衛権の両方を併せ持つ組織である。


アラバキに対する攻撃が、憲法第9条に対し合法か違法か。

その問題は、平成から元号が二度変わった今も決着せず、それより先に整備されたのが国際宇宙条約である。

かつての宇宙条約では曖昧だった、各国の領空と、領有権の及ばない宇宙との境については、表面境界--外気圏と宇宙空間との境--とすること、そして併せて、条約上、表面境界は海抜一万キロメートルの地点とすることが定められたのだ。


時の日本政府がかなり躍起になって諸外国の条約締結・批准を取り付けたというのは、国内で賛否の渦巻く9条問題を先送りしたいという腹に他ならず、事実、宇宙条約が発効されてからというもの、9条に関する議論は急激に失速していった。



要するに政府は、アラバキが外国勢力の侵攻ならば領空侵犯として自衛権の対象に、民間人だというなら不法入国として逮捕権の対象にする、という方針で問題を落着させたのだ。

もっとも、アレを相手に逮捕などというのは全く現実的ではなく、相手が攻撃を行った瞬間に自衛権を発動し排摘行動をとるというのが実際のところである。



 アホなんじゃないかな、と思う。



政府の立場はつまり、それが誰になのかはわからないが、アラバキは何らかの形で人間に帰属している、ということである。

人間以外の、もっと言えば、地球外の勢力である可能性を、端から排除している。

いや、検討することを放棄している。


誰が見たところで、あれが人に属するものでないことなど、明白なのに。




 来た。


視界の真ん中に、黒い粒を確認した。

すぐさま、全機および指令室へ報告をいれる。


『こちら神邉機、目標を現地にて確認。指令室、表面境界までの距離をカウント願う』

『指令室、了解。表面境界まで、残り五千キロ・・・四千五百キロ・・・』



生命体か構造物かもわからない物体に対して、クソ真面目守る9条など、ただただ滑稽なだけだと思う。



『二千キロ・・・一千五百キロ・・・』


しかしそれでも、それが俺たちに課された使命なのである。

アラバキの先端が真っ赤に光ったのは、サーモカメラでなくともはっきりわかった。


全員、固唾を飲んで指令室のカウントを聞く。


『到達』との通信と、俺が「嘘だろ」と呟いたのと、班長が『退避!』と叫んだのとは、ほぼ同時だった。




専守防衛。

俺たちはいつだって、最初の一発は甘んじて受けるしかないのである。


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