§1 イマ(001)
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照準を絞って、引き金を引く。
それは、ただの作業だ。それ以上でも、以下でもない。
当たればアラバキが瓦解し、当たらなければ俺と俺のアシカビが砕け散る。それだけのことだ。
基地への帰還・格納を描く見慣れたエンディングには付き合わず、俺はVSG(Virtual Simulation Gear)を頭から外した。
後頭部から鼻の上までを覆うヘッドセットである。物理的な意味合いに加え、タスクを一つ終えたという精神的な解放感。最も、どちらも程度としては極めて軽いのもので、特に後者など、シミュレーターを下りた途端に、吹いて消し飛ぶ類ものなのだが。
「おはようございます、神邉三尉。今日も早起きですね」
コックピットを模したカプセルのフタを開けると、同じく訓練を終えたらしい、東川歩が声をかけてきた。
士官学校の同期で、一年間、寮で同室だった男である。
解頭時のアシカビ機本体は全長一〇.二五メートルの人型戦闘機であるが、その頭部にあるコックピットはせいぜい畳一畳ほどである。
学校の教室を二つ合わせたほどの広さのトレーニングルームには、五十機のシミュレーターが設置されている。訓練生時代においては週十五時間、正規パイロットとなった現在は週五時間、このシミュレーターによる演習が義務付けられている。
「・・・早起きはお互い様だろう、東川曹長」
早朝五時からシミュレーターに乗るのが、訓練生時代から五年間、俺の日課となっている。
なんのことはない、その時間が一番空いているからだ。
同じ魂胆の東川とは、俺が昇任し、訓練生寮から仕官用のコンパートメントに移ってからもしょっちゅうここで顔を合わせている。
ニコリ、と東川は、効果音まで聞こえてきそうな笑顔を寄越した。
物腰が柔らかく、またいつも穏やかな笑みを絶やさない東川は、女子からの人気が高いらしい。
食堂などで、「あのね、この前東川クンがね、」なんて、名前が聞こえてくることはしょっちゅうだ。
でも、今もそうだが、俺にはその微笑みが、ただの穏やかなものには見えないのだ。
人の本心を語るのは、口元の笑みではなく、その口から出る言葉でもなく、では何かといえば、目なのである。
目は口ほどに物を言う。
そうだろう?
――――テン。
「それにしても、さすがですねぇ。的中率、百パーセント」
つい、回想にふけりそうになった頭が、東川の声に引き戻される。
壁のモニターに表示されたスコアを見ながら、東川は「参った」というように肩を竦めた。
仕草とは裏腹の、種火がチラつく野心的な目。
「ゲームみたいなもんだろ、打ち損じたって死なないんだから。多少の無茶は効くさ。実戦で役に立つかは、別」
「またまた、ご謙遜を」
「・・・お前。いい加減その気色の悪い敬語、やめろ」
「親しき仲にも階級あり、ですよ。なんせ、三尉は我々JASS-0二十七期の出世頭ですからね。・・・って、冗談冗談。やだなぁ、そんな怖い顔するなよ」
ジロリと睨みつけると、東川はやっと言葉遣いを崩した。
「それより神邉、この後、時間ある?朝食、一緒に行かないか。ちょっと報告が-・・・」
ビー…ビー…ビー…
東川の言葉を遮るように、左腕に巻いたウェアラブル端末からアラームが鳴った。
出撃命令である。
やっぱりか。
俺はため息交じりにアラームを切った。
この二週間ばかり、出撃が全くなかったため、そろそろじゃないかとは予想していたのだ。
ただ、俺だけではなく東川の端末も鳴っていたのは予想外だった。
「東川、お前、」
「ああ、昇任したんだよ、俺。飯、食べながら話そうと思ったんだけどな」
「いつ」
「内示は二日前。発令は明日の予定だ。君と同じ、香田班に配属になる」
「そうか・・・」
オメデトウ、と言うべきか逡巡したが、いずれにせよ今はそれどころではないと判断し、
「行こう」
地下のアシカビ格納庫へ走った。