§0 プロローグ
おはよう!ねえ、昨日の歌番見た?
見た見たー、anonymousの新曲、すごいカッコ良かった!
誰か数学の課題見せてくんない?
今日、アシカビのテスト飛行だよな。あー見に行きてぇ!
え、嘘、三組の吉川くんって、加賀美と付き合ってんの!?
一限目古典かぁ…かったるい・・・
誰かー、数学の課題ー
朝の教室の喧騒は好きだ。
いや、朝に限らず、教室に限らず、喧騒は好きだ。自分が紛れ込める世界は、安心する。
「テン!おはようテンちゃん!!な、な、数学の課題、見せてくれない?ウッカリ忘れちゃってさ。俺、今日当たるんだ」
ドアを開けた途端、縋り付いてきたのはカミナベ ダイチ。
クラスで一番騒がしい男である。
ウッカリっていうのは、たまにあるからウッカリというんだよ。
同じクラスになって1ヶ月ちょっとだけど、何度目だ、これで。
そんな呆れた眼差しを返すと、カミナベはパンッと顔の前で手を合わせ、
「頼む!テン様!」ボクを拝んだ。
しばらくジトりと睨んでみるが、なるほどカミナベはその体勢を崩す気はないらしい。
ったく、しかたないな・・・
断る方が骨が折れると判断したボクは、肩にかけたカバンの中から、課題の入ったクリアファイルを差し出した。
が、
「サンキュー・・・って、おい!」
カミナベが手を伸ばした瞬間、サッと引き戻した。
タダでなど、虫の良い話がある筈がない。
おいマジかよ、
というカミナベの目を、ボクは高圧的な態度で見返した。
カミナベはあまり背の高い方ではない。
目線の高さはほぼ同じである。
「・・・わかったよ。チロルチョコ、一個」
一個!?
「ウソウソ、三個。どうだ!」
どうだ、じゃないよ全く。二時間かけたんだぞ。安すぎるだろ、どう考えても。
「ちなみにこれ以上は無理だ。金がない!頼むよ、テン」
本音を言えば、報酬はもう少し釣り上げてやりたかったが、必死のカミナベに絆され、結局ボクは課題を渡してやった。
するとカミナベは
「いいの?マジで?ありがとうテンちゃん、テン様!やっぱり持つべきものは友だな!」
と調子よくバシバシとボクの肩を叩くいて、
痛いから!
抗議の眼を向けた時には、既に自分の席へすっ飛んでいった。
はぁ、と呆れた溜め息を一つ吐き、ボクも自分の席へ向かう。
窓際の1番後ろ。
麗らかな日差しの中、若葉の芽吹く並木を見下ろせるここは、二週間前の席替えで引き当てた特等席だ。
鞄から机の中へ教科書を移していると、ふと、視界の端で何か動いた気がした。
窓の外に眼をやると、青空の中、白い二本線が北東へ延びていた。
黒くボテッとした楕円のフォルムは、恐らく空艦トコタチだ。
開発中の有人人型戦闘艇アシカビを、訓練島へ運んでいるのだろう。
今日はアシカビのテスト飛行だと、さっき誰かが言っていた。